第二千三十二話
夜更け過ぎに宝島に訪れたシュウさんに、マドカたちと手短に伝える。
提案に関してはルルコ先輩のもとを訪ねて、お手すきの先輩たちの力を借りてまとめた。
心より感謝!
すずめのおやどの居酒屋さんで「すべて見たよ」と私たちに事前に伝えたうえで、あねらぎさんと佐藤さん、それにネクタイを外してリラックスしてるかっちりおじさんの三人を引き連れて「率直に、なにがしたいのか意欲を聞かせて」と言われた。
私が話すと長くなるから、マドカがまとめてくれた。
ポイントはみっつ。
警察に捜査と逮捕を。各地域、各施設は安全管理を。私たちは男たちと前者二点の間の緩衝材となり、男たちの探査と誘導を。
次がポイント。
私なりにいえば?
このみっつのポイントを実現させて、東京を舞台にド派手なショーを実施。テロリストだろうがなんだろうが、こと隔離世技術が絡むかぎり、東京ではなにもできないことを見せつける。抑止力となるくらい、お祭り騒ぎを利用した莫大な霊子の活用術で解決して、圧倒してみせる。
マドカなりにいうと?
「ばかばかしくて東京で隔離世の技術を用いた犯罪なんかする気もないようなパフォーマンスをするんです」
ばかばかしいってなにかな!
棘がありません?
「よくわかった。じゃあ、柊くん。お願い」
「まず暴力、脅迫のニュアンスがあると騒乱罪になりかねないから、男との対決を担う内容は困ります」
マドカは涼しい顔でいるけれど、私は顔のデッサンが崩れそうなくらい愕然としたよね。
うそでしょ!? そこ肝なんだけどな!?
「また、男に化けて脅迫や暴行を示唆して、それを広めようとするのも困ります。その行い自体について、私たちは関与できません。また、そうした活動に対して許可を出すこともできません」
だよねと言わんばかりにマドカが鼻息をふんと軽く出した。
隣の私は液状化してどろどろに溶けそうなくらい、腰が砕けて力が入らない。
「私たちは法律家ではないので判断はできかねますが、建造物の損壊と受けとられてしまうと? また、実際に損壊することになると、建物をなにか別のものに変える、ということについても大手を振ってどうぞ、とは言いかねます」
「個別の建造物の権利者ひとりひとりに挨拶回りをしていたら、いつまでかかるかわからない」
あねらぎさんに続けて佐藤さんの容赦のないダメ押しが「おぅ」と胃の腑に刺さる!
「道路使用に関することでいえば、使用許可を申請してもらう。が、あまりにも広範囲に渡ると、こちらも正直どうすればいいのか取り扱いに困る」
「あなたたちの提案からすれば、道路における祭礼行事などに属すると思うので、四号許可となりますね」
「いずれにせよ、派手にやろう、規模の制限なくそうとするほど難易度が跳ね上がるよ」
ふたりの指摘にマドカは「ですよね。わかってましたよ」と、すこしも動じていない。
対する私は足が震えて止まらない。
どどどどど、どうするの!? だめじゃん!
あんなに大風呂敷ひろげたのに!
「こうした企てはバレずにやってしまえとするのが若さだと思っていたが、真面目だね。きみたちは」
現場や会議室では見なかった、かっちりおじさんの柔和な顔に驚く。
「え、と」
「挨拶していなかったかな? シュウ」
「強面で話せの一点張りだった」
「それは失礼」
ジャケットを脱いで、くつろぐと背筋を正す。
「警視庁刑事部捜査第一課長の因幡だ。因幡イツキという」
名刺はやめておこうと付けたした。
ニュアンスが含まれている。そういうの好きなシュウさんと仲が良いのだから、因幡さんも推して知るべし。
「ここは不思議な場所だね。シュウはもっと早く私を連れてくるべきだった」
「いまはその話じゃない」
「そうだな。杓子定規かつばか正直に行動するとね? 今回の一件は、それこそ万博や五輪よりも大仰なイベントになるのだろう? 準備にはよりかかると見ても不足はないね」
因幡さんが腕を組んで、マドカではなく私の目を見据える。
発案者が私だってシュウさんに聞いているのかな。それとも警察に伺ったときとちがって、いつもの狐憑き状態だから物珍しいのかな。
「だが手はある。バルーンリリース。プロジェクションマッピング。直接建物に干渉せず、信号機や標識、交通を惑わすことのない、空間の変容」
思わぬ単語を出されてついていけていない私とちがって、マドカは「あ」と呟いた。
え。え。どういうこと?
「監視および逮捕の準備、手続き等々はこちらの仕事だ。必要であれば交通機関等々、できうる限りの手を打とう。そこにかわいらしいマスコットがついてくるという案も、侍隊の協力を得て行なうのも悪くはない」
「いやいや、刑事さんの仕事をとっちゃっあ、ねえ?」
「私服でまぎれて警戒するにしても人手が足りないから、むずかしいな」
「どうにかしてくれよ」
「はっはっは!」
私たちはなにを見せられているのか。
「百鬼夜行として規模を大きく、けれどきちんと法に則って協力を呼びかけるというのなら、たとえばマラソンやスポーツのような道路使用を思い描く。浅草のサンバカーニバルとかね」
「車線が複数ある広い道路で、一車線だけ利用するとか。あるいは歩行者天国のように完全に進入禁止にするとか」
「けど、きみたちが思い描くような全面的な、というのは、まずできない」
消防車や救急車が出入りできないと困るでしょってマドカが小声で教えてくれた。
たしかにそうだ。騒動を起こすとなれば、なあ。
それでなくても出動の可能性があるんだしさ?
道路が一車線でも塞がれると、渋滞が生じる。
それだけでも救急にとっては命取りになる。
うううん……っ!
「真っ当にぜんぶ貸し切ろうとすると? 正攻法ではいけない」
「だが、そもそも現実にはあり得ないものを見せようというのなら。化かしてみせようというのなら? イツキ、ラスベガスの天井ショーなんか評判だね」
「いやはや歳を取る、仕事で疲れるってのは考えものだな。俺たちはあるものをもってきて想像してしまう。若いときは無茶だろうが、奇想天外だろうが、それこそが愉快だと遊んだものを」
「それを裏家業の商材だの、現実の犯罪への利用だのにする者もいるという」
「そいつらの鼻を明かして、愉快なものを見せてくれるなんて告知があったら、期待するな? 見たことのないものを。やりようのない奇跡を」
「ああ、まったくだ」
気の合うふたりの語らいを横目に佐藤さんとあねらぎさんはすずめの店員さんに「さしもり。それから枝豆とぉ、たこわさ。ほうれん草のバター炒めと、あ。飲みもの、生中の人」と普通に注文している。即座におとな全員が手を挙げる。
なんだかだめな呑み会になりそうだ。
「ショー以外はなんとかしよう。こちらの発案と主導という体裁でね。青澄くんたちは、そうだな。仕事の一環として、というのはどうかな?」
「ただし犯人の偽装、ふん装はなし。脅迫などもなし。意見を求めるなら、こちらからの要請は以上のものになる」
「当日、思わぬできごとを目の当たりにして、きみたちを捕まえなきゃならなくなるなんていうのはごめんだからさ」
うわ!
でた!
事前相談なんかしてないし、提案書だって受けとってないって白切るつもりだ!
「わかりました。夜も遅いので、なにもなければ失礼します」
「気をつけてね」
またねーと手を振るシュウさんの笑顔が憎らしいこと!
私の代わりに話を進めるマドカに手を引かれて、おやどを立ち去る。
夜道は涼しく、あちこちからアルコールと料理の匂いが漂ってくる。どのお店からも笑い声が聞こえてきた。楽しそうだなあ。
私はいらいらが止まらないし、正直おもったよりもままならなさが大きくて戸惑ってる。
「どうすればいいの?」
「そのいち。建物そのものを変えず、空間を利用した演出案に切りかえる。ベガスやバルーン、プロジェクションマッピングがいい例」
「あれって提案であり代替案だったの?」
「規則に縛られる場所を狙うよりも、そっちのほうが確実だし、ずるのしようがあるってこと。春灯が思うよりも、ずっと悪戯好きだよ。あのふたりは」
「そっ、それくらい、なんとなくわかってたし!」
隣を歩くマドカが「ほんとにい?」と言わんばかりに一瞥をくれた。
けど、その話題は流すようだ。鼻息ふんすと出して、前方に視線を戻す。
「既存のものに囚われるな。もっと無茶をしろってさ」
「それは、なんとなくわかったよ?」
「そうだよね?」
むむむ!
「あと、男の挑発もなしでしょ? 脅迫や暴行もカット」
「そこは元より乗り気じゃなかった」
「そうなのぉ!?」
「春灯、きらいでしょ? どこまでやれるかなーって懐疑的だった」
言ってよぉ!
「代案がなくて、ずっと唸っていたけど。やっぱりここは基本に忠実にいこう」
「基本って?」
「東京を化かすんでしょ? 江戸の華やかさをみせるんでしょ? ショーに徹しようよ」
「で、でも、それじゃおびき寄せられないんじゃない?」
「直接的なメッセージだけが手段じゃないってば」
「でもさあ」
盛大なショーが、完全に見世物になっちゃうよ?
なんのためにやるんだ感がありません?
「緩衝材じゃなくなるし男がどう出るかわからなくなる。網じゃなくなっちゃうよ?」
「さあて、どうでしょう」
「な、なにそれ! なにか考えがあるってこと?」
「いろんな部活、生徒会、ルルコ先輩たちに呼びかけた私ですよ? それに春灯の考えじゃなかった? 可能性を見出しては、ひとつずつ対処するっていうのは」
「厳密にはシオリ先輩の教えなんですが」
「どちらにしても、備えてある。結城くんたちとね」
おお。シロくんも?
え。待って?
「それなりの人数が「できれば他の策に!」って考えてたってことなのでは?」
「加えて脚本が恥ずかしいので「なんとか軌道修正を」って、キラリたちの嘆願もありまして」
がっでむ!
「ひどい! みんなに話す前に教えてくれてもいいじゃない!」
「春灯が言ったから、春灯のプランを土台にして、みんないろいろ考えることができたし? 全部がそのままOKじゃないだけで、ちゃんと通ってる部分もある。プランの骨子が肝心なの」
「なんか通った意見あったっけ」
「いろんなところに協力を求める。交通機関で監視をする部隊で、春灯プランを利用してもらえる。なにより、ショーができる」
「――……まあ、そうなんですけど」
言われてみればたしかに、マドカの言うように許可が出た部分もある。
許可を求めるのなら現状では無理筋だという助言ももらった。
実現するための会話であって、情報交換をしたのであって、全却下か全肯定か、敵か味方か対決してきたわけじゃない。
もっとすごいことを、自由にやってみせてごらんよって背中を押されたともいう。
「みんなでやるってことは、いろいろ練り直しになる部分があるってことだってば。元気だしてこう?」
「元気だす、かあ。じゃあさ? もっと前向きにショーをやっちゃって、いいのかな?」
「いいでしょ」
「男にさえ構わず、どでかくてやばいことやっていいのかな?」
「あ、まあ、うん。うん?」
「みんなが見惚れて、こんなのできないって思えるようなことをやまほどやっちゃっていいのかな?」
「春灯さん? あの。節度は大事といいますか。仕事としてやる体でいくのなら、炎上騒ぎは困るといいますか」
「予算度外視! 東京中を舞台にド派手なショーかあ! 事務所でスケジュールが空いていて協力してくれそうな人たちに声をかけて、フェス仕立てにしちゃう?」
「待って!? どんどん手に負えないものになっていってるよ!」
「そっかそっか。建物を変えられなくても地上から空まで、交通の邪魔をしないようにするのなら、空間を自由に使っちゃっていいんだもんね!? すごいぞお! もっと自由にできるじゃん!」
「春灯さん!?」
思いついていく。
まだまだ足りないとばかりに心が声をあげていく。
「いっそ空に逆さまの江戸を浮かべてみるのはどうかな!」
隣を見たら「え、と?」と、きょとん顔のネコのお姉さんが立っていた。
恥ずかしさがこみ上げてきて、あわてて「すみません」と謝る。
ふり返ると呆れた顔したマドカが歩いてきている。
いつの間にか、距離ができていた。昂ぶる気持ちのまま歩いたせい?
「落ちついてよ」
「ご、ごめん」
「男のことを土台に、影響を受けて考えるショーなんてつまらない! 私は私の思う化け術でショーをやる! っていうほうがらしいし、元気でるのもわかるし、待ってたけどさ?」
言ってよぉ!
「私たちといること、忘れないでよね?」
ひとりで先に行かないでと隣に立つ人の顔を見る。
わずかに揺れている尻尾を覗いて、お鼻で深呼吸。
「じゃあ話してもいい? いま思いついたこと」
「へこたれねえなあ! 続けるんかい! 聞くけども! 時間ないのは変わらないから!」
しょうがないなと苛立ち交じりに腕を組まれた。手を繋ぐんじゃ私を止められないからってさ。めいっぱい話しながら、なるべく意識してゆっくりと宝島の鳥居を目指す。
学校で考えて。それを他の集団に話して、さらに考えて。規模を増せば増すほど、変更したほうがいいこと、気づくことが増える。変えたくなることすべてが「ベター」とはいかない。議事録なしだと「それ前にも話したんだよね。これが理由で、残しにするね?」が確認できなくなるし? どんどんぶれてしまう。
だから骨子が大事。
マドカ曰く、残したほうがいい骨子は現状で望ましいもの。
もっと骨抜きにダメ出しされたり、協力を得られない可能性もあったという。
だけどシュウさんだけじゃなくて、刑事部の因幡さんまでもが乗り気だったから、思っていたよりも動きやすそうだっていうのがマドカの見立てだった。
「うちの事務所には連絡必須だなあ」
思っていたよりも大ごとになりそうだと唸るマドカの腕を引く。
「ミコさんたちにも言っちゃわない? もっともっと協力依頼してみない?」
「連絡とか行動とか、もろもろコストがかさむんですけど?」
「でも必要だと思うんだ。協力の輪を広げるのって。ユニスちゃんとこや、ワトソンくんとこにも頼りたくない? 忍びも加わると頼もしくない?」
「それは、たしかに、ね」
でしょ?
おおごとにするんだよ。
いまよりももっと、ずっと、大勢で挑むんだ。
ショーをやりながら、徹しながらも、頼りになる味方で固めてしまえ。
あまり猶予はないのだから、なりふり構わずいこう。
そんでもって幅広く協力を求めるんならさ?
この夏をめいっぱい楽しくしたいね!
男を奈落の底に落とすための化け術を披露するの?
もっとどでかくいこうよ!
笑い飛ばしてしまえ。
シュウさんたちが手をこまねいて見ているとも思えない。
にも関わらず手に負えないことが起きる可能性もある。
どこで、どれほど起きようと、ウィザードが暴れたときに各地で行動した名前も知らない大勢の人たちのように、今度は私たちがやってみせよう。
いまので思い出した。
「マドカ、お兄さんにも声かけといてね?」
「えええ?」
すっごくいやそう!
でも必要だって。
シャルだけじゃなくて魔術師さんの協力がいるよ?
出し惜しみはなしでいこう。
つづく!




