第二千三十一話
立体地図を眺めながら相談するのは、化け術の方法だ。
男を追いつめる。もちろん仲間もだ。
いまのところ、日本刀を所持する少女だけ見つかっているが、他はどうかわからない。
逃げられては困るから、退路は断ちたい。そうなると、必然的に包囲網を敷いて、どんどん逮捕したい場所へと誘い込みたい。
大勢の人を雇って海に投げ入れて逃げ場を奪って閉じ込める定置網漁のように。網の中に入っていると気づいた頃にはもう、逃げ場はなく。行く先を探して泳ぐと、どんどん追いつめられていく、みたいな。そこまで複雑じゃないかな!
「たとえば羽田方面、成田方面、各種鉄道に道路網は逃げ道になる。そこを塞いで、内へ内へと追い込むのがいいね」
「一瞬で全体を化かすのかと思ったけど、ちがうのか」
マドカの提案にキラリが唸る。
さすがの私も一度にそこまでの金色を展開することはできない。
物理的に不可能だ。たとえば二十三区に限っても、ひとつの区にひとりの私がいるくらいじゃないと。それにしたって、ひとつの区の面積よ! いかに妖狐たろうとする私であろうと、無理ぞ? 単純に霊子をみんなに放ってもらって化かすにしても、うちの学校の高等部全員で挑んでみても、とてもじゃないけど足りやしない。
それに、なんとか実現できたとしても、そのあとの作戦が実行できない。くたびれすぎて!
おまけに隔離世での作戦もあるから、そもそも全校生徒で挑めやしないのだ。
そこまで人手は割けない。
「侍隊の協力がいる」
交番勤務の人から、各警察署勤務の人まで。
ひとりのすげえやつがどうにかするようにはできてない世の中ならさ?
協力する。
でも、日頃の業務があるし、日常で切羽詰まっている人もいれば、職場がストレス源で余裕のない人もいるし、体調が伴わない日とだっている。
しなきゃいけない、なんていう求め方じゃ保たない。
日常まいにち全力なんて、だめ。
余白がないと、余裕がないと? プラスアルファがない。
仕事に全力投球なんて、だめ。
人生すべて仕事一色とはいかない。夢中になっている、集中したい、いろいろ理由はあるだろうけど、食事して、住んでる場所に帰り、遊んでかないと心も身体ももたない。
でも、そういう状況ってあり得るからね。
やらなきゃだめは? うまくいかない。
そうなると、必然的に「計画的に分散を」となる。
それなら協力できる、協力するからこうして、を吸いあげられなきゃ、お互いに目標に寄せられないし? そうしたい意欲を持ってもらえないようじゃ、そもそも話を進められない。
上司がいうから、会社命令で、お国がいうんだ、なんてのはだめ。
魅力的なプランにして、みんなの利の矢印を向けないと。
いちばんシンプルなのは?
お、か、ね!
その次が?
やって楽しい。その後の人生で具体的に利用できる類いの、いい経験。でもこんなの実利に比べて数万段も下がる。特に「やりがいあります」「いい経験ができます」と迫る手合いが相手なら無価値といっていい。土台にしっかりした労働の対価がなきゃ、絵空事に過ぎないもの。
なので、その筋からいくとなると?
警察に支払うお金なんてない。元手がない。というか、警察はその手の金銭授受をしない。アウトです。アウト! あくまで警察主体で、かつ彼らが職務として必要だと認められる形でいかないとね。
そのあたりの配慮もいるし?
いっそ相談しちゃうのも手。やり方は考えたほうがいい。たとえばシュウさんからお話がありました、私たちがんばって協力しまーすくらいの体に落とし込めるように。
それくらいの動員をお願いしても、まだ足りない。
各種交通機関を「止める」ことは不可能だ。男を捕まえるために検問を敷く、ということが可能かどうかもわからない。できたとして、鉄道各社に運休を願えるはずがない。東京で。大勢が通勤しにくる、この都市で。飛行機もそう。止まるとどれだけの費用が飛ぶのか、想像するだけで蒸発しちゃう。できて人員の配置じゃない?
そういう事情も踏まえて考えるとなると?
いかにして、そうした経路を掌握するのか。
実は他にも問題がある。
「事務所に来た、死んでいるはずの私塾のおじさん。そっちもまだ捜査中だけど、仮に男が姿を擬態できるとしたら?」
「推理漫画アニメの怪盗みたいな?」
キラリの問いにうなずいて、地図を眺める。
「単純に人相だけだと取り逃がしちゃうし、探査術も空振りする可能性がある」
なにせ後手で必死に練っている最中だから、穴は多い。
むしろ穴だらけの状況を眺めて、網目を縫っている真っ最中。
「だからこそ、化け術を使うの。男があれを設置した意図を読んで、見逃せない状況を演出したいんだ」
「メディア越しに眺めるんじゃ満足できないようなことをする。しかし、私たちの関与を疑って逃げを打つようなものではだめ。仕掛けが済んだら、あとはもう興味なくして、とっとと逃げている可能性だってある」
マドカのフォローにカゲくんがぼそっと「ビルんときのようにか」と呟いた。
連続爆破事件が起きて、実行犯と思しき人たちは逃げた。カゲくんたちは追いかけようとしていた。海外へ。教団らと協力してでも、追いつめてやろうというのだ。
しかし男は国内で再び事件を起こした。
逃げて、戻ってきたと推察する。
なのに警察は公表せず、捜査中としている。きな臭さを感じるけれど、シュウさんと一緒にいたかっちりおじさんは仕事に意欲があるタイプに見えた。刑事課とおぼしき人たちを率いる偉い人は、追いつめるつもりのようだった。
なにか壁があるのか。
だとしたら、さらなる手がいくつも必要だし?
私たちが協力を狙うのなら、そこがポイントになってくる。
「具体的に、どうするおつもりですか?」
姫宮さんの問いにマドカが罰ゲームで濃いめのセンブリ茶を飲んだような顔をする。
気が進まないんだ。私の案が気に入らないのか、それとも他に策を探しているけど思いつかないのか。ひとまず、私が言っちゃおう。
「私が男に化けて悪役をやる」
「「「 はい? 」」」
何人かが聞き返してきて、何人かが顔を両手で覆った。
呆れた顔をしている人もいるし、なにいってんだこいつって顔してる人もいる。
「大悪党の芝居を打って、江戸に化かしながら混沌に陥れるよ!」
「いやいやいや」
「お前が迷惑かけてどうするんだよ」
まあまあみなさん、落ちついて!
「実際の犯行について言及はしない。あの女の子たち七人からすごいことが起きた、という筋で、嘘っぱちの現象をやまほど起こす。その現象を私が男に化けたまま、これでもかーと自慢する」
「そ、それで挑発になるのか?」
「ならねえだろ」
「食いつかなかったらどうする気?」
どんどん元気になっちゃってー!
いいぞいいぞ?
「だから、元の私に戻って、それを次々と打ち砕いてみせる。そのうえで、男を挑発するの。合計、七回。そして決着をつける場面を用意するっていうわけ」
「「「 なんで? 」」」
素朴かよぅ!
「ビルの連続爆破に、繰り返しの殺人事件。劇場のように飾り立てたものばかり。蜂事件のときだってそう」
騒がせたいし、注目を浴びたい。
反面で。
「ホテルで目撃したものが事実だとする可能性を踏まえるとね? 妄想するの。現世で霊子を使った道具を作っているって」
それはなんのため?
彼本人が使うため?
それだけかな。
社長なんでしょ? 集団なんでしょ。組織だっているんでしょ?
それだけの規模で動いていたなら、ビル爆破は拠点の後始末。そう見せかけて、挑発。
騒がせたいし、注目を浴びたいから。
どこまでもする。
そういう類いの衝動を想定する。
「蜂事件のときほど、ホテルは」
次の単語を選ぶべきかどうかで迷うけど、選ぶ。
「飾られていなかった。消化不良だと思うんだ。ひとりないし少数で犯行に至っているのなら、ペースがあまりにも早い。止まらないタイプだと思う。けど、欲求不満なんじゃないかな」
「現場を飾る、か」
おぞましさにことばを失う人たちの中で、タツくんが嫌悪感を堪えながら声を絞り出す。
連続殺人事件で行なわれていたことの数々。
蜂事件の現場の状況。
それらにあって、ホテルになかったもの。
亡骸。ひとりひとりへの作為。
肉柱はあった。大勢の人たちを捧げて、ひとりを包む肉を育てていた。
けど、他の現場に見たものがなかった。
数だ。並ぶものの数がない。犯人が飾り立てられる数が、足りないんだ。
目的がちがうから? そうかもしれない。
道具の開発、ないし手段の開発のため? そうなのかもしれない。
だとしても、蜂事件の現場のような手の込んだ犯行がホテルの現場にはない。
そう緻密とも思わない。言ってしまえば緻密である必要性もない。
いつでも捕まえにこいと挑発している。ビルの連続爆破なんかは顕著な例だ。
なのにまだ、彼は捕まっていない。
考えずにはいられないよ。
いつから?
ここまで犯行が過剰になった男は、いつから、加害に至っていたのか。
なぜ、いままでだれも止められなかったのか。
日本刀を手にした少女は、彼を敬愛しているように見えた。
あの子もまた、殺しているのだろうか。殺してきたのだろうか。
あの子のような人が、他にもいるのではないか。
私たちの社会で明るみになったら、間違いなく排斥される嗜好。
にも関わらず、捕まっていない事実は、なにを示すのか。
そこまではまだ、わからない。証拠もない。妄想に過ぎない。
「なので、それらを好き勝手に語って挑発する。ひとつひとつの肉柱に対して、勝手に物語をつくって語って聞かせて、私たちがことごとく打ち砕くショーをやる」
「男の犯行を、こちらの自作自演で台無しにすることで挑発する。だから肉柱のある場所を調べ上げるし、順番に移動する。移動経路に合わせて化かしていき、網目を細めていくというわけ」
マドカが補足してくれた。
立体地図のうえにノンちゃんが線を描く。
東京は二十三区を中心にして、神奈川は羽田まわり、千葉は成田までの経路。関東近郊から伸びる高速道路と高速鉄道。これらにはピンを打つ。
とにかく数が多い。
すべてをカバーしきれるはずもないし、計画は結局のところ「うまくいかない場合」をどれほど事前に見つけてカバーできるか、その負担を担う人たちが活動できるよう土台をどこまでも支えるかに掛かっている。負担が増えればたやすく崩れる。無理を強いると長続きしない。
それじゃ私の願う「私たちはここまでやるぞ」が示せない。
真っ当にやらなきゃだめだ。どこまでも真っ当にやらなきゃ。
男がどこまでも汚く悪辣にやるのなら?
襟を正して、しっかりやりきるのだ。
「春灯作の脚本ももらってある」
マドカの発言にみんなが「うそだろ」と私を見た。
ここは胸を張って言ってやれ!
「もちろん! みんなの活躍の場も用意してあるよ! 配信もするよ!」
「「「 余計なことを! 」」」
望んでないから! という悲鳴を浴びながら、私はご満悦だ。
うんうん、そうでしょうとも。
「話し合いが終わったら共有グループに入れておくから、チェックしておいて?」
「演劇部を筆頭に、もろもろ部活の協力を要請中。生徒会長からもほどほどにと注意を受けたけど、実行する予定」
「「「 まじかよ! 」」」
いやあ!
みんなの元気な反応が気持ちいいったらないな!
でも理由はある。
探査術で見つけ出せない可能性を鑑みると、男を挑発しておびき寄せるほうがまだ分がある。
移動しようのない、あの肉柱は別だ。隠れているだろうけど、あの異様さと動けなさを思えば、まだ手はある。
ち! な! み! に!
「現在、隔離世にてシオリ先輩が付近の監視カメラをこっそり調べ回って、怪しい車両を発見。三年生が鋭意追跡中」
「「「 まじじゃん! 」」」
そうですよ?
まじなんですよ。
シャルをはじめ、大勢の協力がいる。
やまほどの調整がいるし?
失敗をいかにケアしてカバーするかが大事だ。
そのうえで、水面下であり舞台裏の網目の細さがまぎれるような祭りがいる。
騒ぎがいる。男ができなくて、私にできる騒動が。
演出するよ。いくらでも。
そのためにも、とことんド派手にいこうよ。
完全に江戸時代にするわけにはいかないし、無理だ。
江戸風アレンジにならざるを得ないところもある。
日常生活を送っている人たちをなるべく脅かさないようにするために。
お祭りとして楽しめるようにするために。
めちゃくちゃ炎上するだろうし、叩かれまくって仕事ができなくなるどころか、警察に捕まる可能性まであるし? そうなると日本にいづらくなるまである。
それでもやるよ。
なるべく! 負担を分散して。
みんなでみんなをヒーローにできるように、日頃やっている延長線上で協力してもらえるように手分けしてね。
アメスパ2にはあるんだ。スパイダーバースにだってあった。
スパイダーマンは親愛なる隣人で、自分たちの味方。ときには自分たちも手助けするぞっていう、ああいう縁があった。
その手のヒーロー物につきものな、まだ認知されていなかったり、偽物騒ぎで信頼が揺らいだりしたときよりも、私たちはずっと認知されていないし、信頼もない。となれば当然、手助けなんて得られるわけもない。
それについて毒づくのも、愚痴るのも、問題視するのも、いまは? なーし!
できることを探して、できることからやっていくよ。
「いまのところ空港や鉄道各社でも、それっぽいショーをかますのはどうかって思ってるの。男は危険を読み取り、そうでない人たちは東京湾で巨人相手になんかやってた学生がまた変なこと始めたぞ? くらいに見えるような」
「ちなみに最初の案は鉄道と飛行機をぜんぶ化かすことだった。とても霊力が保たないから代替案を模索中。混乱が起きるし、そうなると協力も得がたくなるし、だいたい怪しい人がいても見落としやすくなる」
マドカのフォローがいつにもまして行き届いてるなー!
「現状ではデフォルメの効いた巨大なネコとかイヌとか、動くマスコット的なのを配置する案が出ている」
「睨みを利かせつつも、傍目にはかわいい的な!」
動物苦手な人には頭を下げるしかないけどね!
駅の了承を得る必要があるし、人員には限りがあるから、どの駅のどの場所にどれだけ配備するかが問題だ。そうなると駅の了承だけじゃ済まない。
関係各位が鼻血出しそうなレベルで考えなきゃならないレベルかもしれない。
恨まれるぞー。これは!
それぜんぶ、引きうけてやるほかない。
いまのところはこれがポンコツポンポンな私の精いっぱいだ。
「でね? そういう睨みが利くような形で、建物を化かすついでに妖怪や怪物を貼りつかせてみようと考えてるの。名づけて! わるいこはいねがー作戦!」
「「「 う、んん! 」」」
これにはみんなが項垂れた。
絶望的なセンス! わかっちゃいるけど、わかりやすさ優先なので!
「すべての作戦を包摂した今回のプロジェクトは名づけて江戸風百鬼夜行ショー!」
「犯人逮捕感がまるでない!」
日下部さんが悲鳴をあげる。
けど、いいの。これで、いいの。
「逮捕するのは警察のお仕事」
だから警察がぜんぶやればいい、と考える人もいるかもしれない。
そんなノリで「私たちがやればいい」とかね?
カナタに「お前たちがどうにかしろ」と言った酔っ払いおじさんとか。
そういうノリ、わかる。
わかるんだけど、だめなんだ。
このままじゃあ、もうだめだ。
「現状では男がどこでなにをするのかわからない。みんなが日常を過ごしていればじゅうぶん、必要なある人がやればいいと分断したままじゃ、被害が出続ける」
それを止められない。
業界はそれぞれが村のよう。
村の中にはさらに小さな集団がある。
それぞれのまとまりごとに分断があって、専門性の特化という利点で押し切るにはあまりにも多くの弊害がある。
なくせばいいとは思わない。
そう単純な話でもあるまい。
こうすればいい、なんて一手でどうにかなるほど簡単でもない。
人が集まって活動しているのだから。そのそれぞれを無視したら軋轢が生じるばかりだ。
繋がればいいわけでもないよね。
いいこともわるいことも、ぜんぶ含めて流れがあってさ?
繋がるだけでやまほどの負担が生じる。丸投げだと、その負担が枷となってしくじる。いまある負荷は外からだと読み取れなくて、集団ごとに、その内部ごとに異なる。
それらがブレーキになることは? 容易に想像がつく。
利益を提示しても、まずその調整でひどいことになるだろうし?
たいへんだ。ほんとに。
そうした調整や制度がじゅうぶんあるかって?
ないだろうなあ。すくなくとも、私たちの提案を受けとる窓口はない。たぶん。
あるものをいかに利用していくかが肝心になってくる。
なにせ、肉は成長し続けている。少女がいつまで保つのかわからない。
あまり時間はないのだ。
慣れない私たちが慣れてる人たちの作業まで奪って、時間がないのに余計に消耗する手段を選べやしない。
いいか! 全力で依存するぞ!
たくさんの縁、たくさんの仕組み、たくさんの人たちに依存する!
日常生活がそうであるように。
そのためにも、精いっぱい、手を繋げるように考える。
「だから私たちはお助けする。いま現状で足りない緩衝材になる。網になるし、囮になる」
みんながあとちょっと足りないなにかをしよう。
「みんなでなってやろうよ。日常にありふれた親愛なる隣人にさ」
そういうヒーローなら、きっと地続きだ。
選ぶかどうかはご自由に。
ただ、今回の作戦には似合ってる気がするの。
「今回の作戦だと日常にありふれた親愛なる隣人っていうより、地元にいるやかましい隣人って感じだけどね」
「おぅっ!」
マドカの指摘はいつも手厳しいっ!
つづく!




