第二千二十八話
思い出はどんなものでもアイスクリーム。
トラウマは心を冷やして茨のように傷口に食い込んで覆っていく。塩辛くてしみるもの。
甘い思い出はすぐに溶けてしまう。心が安らぐものほど、後味だけを残して消えてしまう。心が冷えたときでも、あったかいときでも、癒やしてくれるもの。
じゃあ、なりきりはどう?
金色ホログラムの男に重なって動きをトレースしながら、説明する。
「なっ、なりきりっていうのはさ。アニメや漫画のキャラになりきる二次元創作タイプと、自作のキャラになりきる完全創作タイプがあって」
「へええ」
オリキャラか、既存キャラかで遊び方がちがう。
メッセージや画像を送ってもらった、という体を楽しんだり。彼女と過ごすというコンセプトの恋愛ゲームなら宿泊して楽しむこともできるそうだけど、画像をうまく加工すれば「あのキャラと旅行してる!」を味わえる。スマホゲーにもAR、いわゆる拡張現実を利用して撮影することができるそう。そんな公式提供に留まらず「ないから自分でやる」か「だれかにやってもらう」のだ。既存キャラなら。
オリキャラだと?
まあ。ほら。
チャットとか。いろいろあるよね。
お父さんとお母さんが高校生、よりももっと前。ふたりにとって先輩くらいの年頃だと?
テーブルトークアールピージー、TRPGでシェアワールドの概念があったそう。もっと起源を遡れるかも? クトゥルフとかね。
世界観を共有して作品群を投稿する試みだ。アメコミなんかでも積極的な文化というイメージがあるよ? コミコンとかで同人誌の作者が公式に吸いあげられる、みたいな流れで。
お父さん曰く、昔は雑誌がもっと活気があって、シェアワールドで手紙やメールの投稿で参加できる巨大な遊びがあったそう。その小規模版で、有志が作ってチャットでTRPGのセッションも含めてなりきりを遊ぶサイトもあったという。
それも徐々にMMO、ネットでみんなで遊べるゲームに移行していき、下火になって、残されたのはオリキャラになりきってチャットをする流れなのだとか。私がちびの頃には長文を投稿するサイトがあった。学校ものが強かったかな。
「なにその強かったって。やってたの?」
「えっ、ええやろ! そこは! 掘り下げるとこちゃうやろ!」
マドカの疑問符に強めで返す。
やめて。中学時代にやって、それはもう暴れに暴れて管理人さんからお叱りメールが届いて、それがよりにもよって考えなしに親のアドレスだったものだから家庭で気まずい注意を受けた過去まで思い出しちゃうから。やめて!?
わーい、いろいろ好き放題書けるぞーと思って、いろんなチャットルームに入ってはウザ絡みしたり、空気を読まずに絡んでは「うわっ、痛いやつ来た」と退室された。付き合っているキャラ同士の甘い空気に突撃かまして「それってどんな気持ち?」みたいに煽りまくった。そんな調子で遊んでいたからさ? とある掲示板で地味に晒されたよね。管理人さんから「たぶん若い方だと思うんですけど、いろいろと心配なので」というお気持ちがメールに書かれてた。
危ういところだった。
えっちなサイトもちょこちょこあって「おおおおお!?」と読みふけっていた時期もありました。もちろんログから親にバレました。その日のご飯のお通夜ぶりといったらありませんでした。
ああああ! 封印しておきたかった!
ちなみにその学校のサイトで登録していたキャラがキラリと私を足して、私の痛いところを引いた感じだった。というかキラリのいいとこと容姿ベースで、私がキラリならこうするっていう性格づけでね! 家庭に問題があるみたいな設定つけてね!
ああああああああああああああああ!
「へ、へえ」
引くなら説明だけ聞いて!
「いわゆるアバターになりきるの。そのアバターがどういう思考をするのか、どういう感じ方をするのか想像するんだ」
「男のシミュレーションしてみるってこと?」
「そ。情報はすくないけど、行動を模倣してみたら、またちがう疑問が浮かぶかもしれないじゃない?」
「なるほどねえ」
そうそう。納得してくれたら、あとは見守ってくれるとうれしい。
ベッドシーンはカット。少女を肉のただ中に捧げる場面はもちろんのこと、別室の人々を殺して回る場面も。どのような凶器を使ったのか、隔離世絡みの力を用いたならどんなものなのか、犯行のイメージを掴みたい。
人身御供の場面では、特になにもわからず。ただ抱きかかえて運び、下ろしただけのようだから。肉柱のフロアから移動して、別室へと向かおうとしたのだけど。
「ちなみに春灯はどんなキャラを作ったの?」
「あ。それ気になる」
いや。
気にならないでしょ。
関係ないでしょ!? いまはそれ!
マドカとキラリを振り向きざまに睨みつけた。
身体中に真夏の熱気をこもらせたような息苦しさのままに叫ぶ。
「無理! 死んじゃうから!」
「なんてサイト?」
「結に聞いたらわかる?」
「まさか!」
結ちゃんだって知らないはずだよ!
だいたいそのサイト、とっくに潰れてるからね!
その手のサイトは運営にかなり気を遣うのか、持続性に難がある。
参加者側も、私みたいな「ひゃっはぁ! 好きなキャラで好きなことするぜぇ!? あのサイトへいけー!」とするタイプが荒らしてしまう。後進を教える文化よりも、もうだいぶ落ちついている界隈だから「関わらんどこ」や「そっとしておこう」となりやすいのだそう。
そうなると、ね。
雰囲気わるくなっちゃうだろうし。
しわ寄せがぜんぶ運営に向かうと、ね?
自発的にやってるもので、サイト運営にかかるお金も出ていくだけだから、ストレスが上回ったら? やめちゃうよね。
学校サイトが潰れたらどうなるの? 新たな学校サイトができる。みたいな循環も、最近はどうなっているのかな。しこたま怒られて、しばらくしてサイトも潰れちゃって、もう見にいってもいないや。ハマったの中一の頃だったしなあ。
とっとと逃げて、マドカたちと確認した男の動きを模倣する。
基本、部屋の前についたら呼び出す。チャイムを利用して。何度も、何度も。出てくるまで繰り返す。扉に耳を当てて、足音を確認したら? 両手になにかをはめる。手袋だろうか。鍵が開く音がすると同時に振りかぶって、扉が開いた瞬間に殴る。振り下ろす。ここはいくつか動作のバリエーションがある。中に入って、もうひとりを迅速に殺害。腹部に刃物を突き立てるような動作も見受けられる。一部屋が済むたびに両手にはめたものを取り去り、捨てる。
現場で記録を再生したとき、なにか捨ててあったかと確認を取っていたが、軒並み答えは「いえ、なにも」「ありませんでした」。消えてしまったのか。それとも、私の鍵を用いた記録再生術が的外れな映像を流しただけなのか。
結局なんの答えもわからないまま、一通りの再現を終えた。
時間を取ったうえで見つけた疑問がある。
「私たちの刀は現世で人を傷つけることができない。けど、男の手段がもし、隔離世に根ざしたなにかなら? 彼は傷つけている」
「振りが大げさだよな。殴りつけるときなんか、半身を背中側にぐっと倒していた。野球の投球にしたって、そこまでやらないだろってくらいだ」
「室内で同行者を殺すときは、むしろ迅速だね」
顔色の悪いキラリと思考に忙しいマドカのことばにますます謎が深まる。
凶器の選択にも犯人の嗜好を読み取れるというけれど、どうだろう。
隔離世の技術を使う必要があるのだろうか。
映画ジョン・ウィックで、タイトルそのまま主人公のジョンは現場にあるものを利用して暗殺する。鉛筆一本で人を殺したと恐れられる場面が第一作目で印象的。
さすがに鉛筆はさておくとしても、現世にあるもので実行できる。
一方でホテル中にご休憩しにきたお客さんたちを漏れなく手に掛けるのは、とんでもない重労働だろう。授業で竹刀を用いた組み手を一度するだけでも、かなり骨が折れる。そこに数多くの条件が加わるとなれば? 労力は並大抵のものではない。確実性を求めるのなら? 道具の選択は重要だ。手順も手立ても。
だいたい客の全員を、なんて狙いがそもそも馬鹿げていて、なのに実行した。
慣れているというだけでは言い表せない不気味さが男にはあった。
同時に「彼なら連続殺人事件も起こせるのでは」と、いやな予測を立ててしまう。
「楽しんでる、という風にも見えるが。なにかが足りねえな」
私のなりきり行脚についてきて一部始終を見ていたギンが、私の再現した振りを自分でしてみせている。手にはめて、出てきた相手の顔面めがけて殴りつける振りを繰り返していた。
「同じ攻撃手段が散見されましたが、ハルさんの術で読み取れた被害者側の反応はそれぞれ異なっていました」
一緒についてきたノンちゃんが、そばにいる柊さんのタブレットを眺めて教えてくれた。
ひとりめは拳が当たる前に吹き飛んだ。ふたりめは頭がはじけ飛んだ。三人目になって、よろめいて崩れ落ちた。四人目は痙攣して、膝から崩れ落ちた。
殴る振りはそこで終わり。
次から斬りつける振りへ。
これもまた反応は異なる。ふたりがせっせとまとめてくれた内容でいえば、一度目ほど結果が悲惨だ。二度、三度と繰り返していくことで威力が和らいでいく。調整されていく。
人を殺しながら、武器でも作って、改良でもしているかのようだった。
私の望む生活感は四コマ漫画のほのぼのライフ。なのにジョン・ウィックとマーベルのやべえのが合体したようなのが、ここにいた。
そいつはきっと、私を意識した。いまも意識しているのかどうかまではわからない。私は彼じゃない。わからない以上、だいじょうぶだろうなんて思えるはずもない。
まず。最初に認めることがいくつかある。
男は殺す。たぶん。
再生術に不足の可能性。
男を慕う少女の日本刀。敵意。
未成年への淫行を男はためらわずに行なっていた。
これまでの一連の事件に関与している疑いがある。
疑いのある内容がビル爆破や猟奇的な連続殺人事件からして、男は手段を問わずに犯行を行なう。
遺体をすべて、あの肉のフロアに運んでいた男には体力があり、行動の内容が惨たらしい暴力であろうと止まらず完遂する怖さがある。
蜂の事件に関わっているのなら、異変を起こすなにかしらの手段も。
その手段をもって、あの気味の悪い肉を生やしたのか。少女を、残った六人の子たちも餌食にしたのか。少女から漏れ出ていた黒い液体は。広まっている黒の薬との関連性を疑わずにはいられない。
逃がしちゃいけない。迅速に捕まえて、目的と手段を明らかにしないと。
シュウさんたちおとなの、それも警察の偉そうな人の反応からして、男がノーマークだったとは到底思えない。なのにまだ、捕まえられずにいる。理由があるのかもしれない。
ひとつひとつに「なぜ?」とやまほど疑問が浮かぶ。打ち消したいものも多い。
ただ、ひとまずそれらは「ある」ものとして扱う。
目を背けたくなる悲惨ささえ「ある」ものとして。否定せず。
マドカたちと共有していくほど、人であるはずの相手の輪郭が隔離世でみたどの怪異よりも恐ろしく思えてくる。
「ま。なんだ。改心どころじゃないよ。こいつは」
諦めるとか捨てるとか、そういう話じゃない。
マドカは噛みしめるように続ける。
「捕まえて。わからなさばかりを抱えた男がいることと、私たちはどうにか折り合いをつけなきゃならない。それには正直、警察や法が必要不可欠だし、刑務所で服役してもらいたいけど、まだまだ足りないよね」
「こいつの手段が、刑務所ん中で発揮されたら悲惨だな」
ギンの呟きがそのまま私たちの沈黙の圧力の内訳を示す。
こんなやつ、私たちはどうにかできるんだろうか。
世界的に廃止の向きがある死刑執行。その議論ともなれば実証できていること、できていないこと、現状の刑務について、倫理についてなど、やまほど必要なことがある。
そういうの全部すっとばして、知らないままに安易に語れやしない。
ただ、とにもかくにも、彼はいる。それは事実。
なら私たちはどうするべきか。
そんなのこの場で結論なんか出せるはずもないし? 出せる類いのものでもない。
ただ、まずはと願う。
そこにどれほどの思考放棄があるとしても。
つらいな。ふと「原始時代からどれほど発展してんの? 私」と考える。
ついつい私の部分を現代文明だの社会だのにしたくなるけど、知らない! わかんない!
そこまで私の知識は広くも深くもない。ぜんぜん足りない。
その足りなさを自分の延長線上に捉えて考えるので精いっぱい。どれだけ学んでも。
不足をいくつも掴み取りたいけど、できる範囲でこつこつ続けるだけ。一足飛びも効率も合理もなにもぜんぶ後出し後付けだから、地道にやる。
そうなると、直面する。
わからなさに。
ままならなさに。
それを狂気にせず、狂気にせずに振る舞うための手段として、現状のものにいかに繋げるかを最初に考える。
「捕まえたあとは、シュウさんたちと相談するほかないね」
「捕まえられたらの話だし、犠牲が出かねない相手だね」
すかさずレオくんが事実を指摘する。
そう。彼の言うとおり。
いやなこと言わないでよ、なんてふたはしない。
事実だ。それは、ある。ない、とはいかない。あるまま付き合うほかない。
「女の子も心配だし、急ぐほかねえな。残った六人も見つけなきゃ」
「七人の人柱。そんなもん使って、なにかする気なのか。案外、並べて終わりか? 人柱がそもそも仕掛けなのかどうかもわからねえしな」
ミナトくんとカゲくんの推測も胃がずんと重たくなる。
警察や自衛隊にお任せしませんか案件なのでは。だいたい私たちが関わらなきゃならない理由なんてどこにもないのでは。
そうした内なる思いも否定しない。よしよし!
そのとおりだね。
でもなー。
したいことがあるんだ。
「マドカ、どう?」
「それなんだけど、結城くん、どう?」
「えっ?」
僕ですかって顔できょどるシロくんに、みんなの視線が集まる。
「や、え。なんで?」
「私の策は伝えてあるけど、修正のいい筋が思い浮かばなくて。なにか意見はない?」
「え、と。えええ?」
「一年の頃を思い出して俺も言うわ」
決め顔のカゲくんが前に出てきて、シロくんの両肩に手を置いた。
「シロ。知恵を出してくれ!」
「そっ、そんな!」
あまりにも無茶ぶりが過ぎる。
けど、シロくんは押しに弱くて真面目で「か、考えさせてくれ」と受けちゃう。
悪いなあ。ほんと。マドカにどうなの? って顔しちゃった。
「そんな顔していやそうな目で見るな。ひとりじゃ限界なんだってば。私は私の選択をどうしても維持したい欲目があるからね」
ちがう視点が必要なんだよと補足されて納得する。
シロくんの、ううん。マドカの肩にだって、重すぎる問い。
私たちみんなで背負っても、まだ足りない。
みんなの主体と能動だけでもまだ届かない。
男の行動はいくつもの線を踏み越えたところにある無法の塊。
止めるために、業務として担う警察でも時間がかかってしまうもの。
弱気は叫ぶ。そんなところに私たちがのこのこと出ていってどうするの? と。
だから、やっぱり、相手のフィールドで戦っちゃだめだ。相手のルールに合わせたら? 予測される被害は甚大なものになる。僅かであっても、そもそも許容できないんだ。私たちは。
でもね?
朗報はある。
砂漠の中に一粒のダイヤくらいの朗報だけど。
私たちの力は、私たちのフィールドを築ける。
いくらでも相手は抵抗して、自分のフィールドに塗りかえて、私たちを引きずり込もうとするだろうけど。そのときの相手の手札がどれほどのものか、私たちはすこしも見えちゃいないけど。
ささやかでも、ちゃんとある。
感情はアイスクリーム。
恐怖もまたトラウマのように、心を冷やして茨のように傷口に食い込んで覆っていく。塩辛くてしみるもの。のみならず、現実に被害が出たら傷は広がり、深くなり、悲惨な影響を残すことになる。
希望はすぐに溶けてしまう。心が安らぐものほど、後味だけを残して消えてしまう。心が冷えたときでも、あったかいときでも、癒やしてくれるもの。でも、その甘美さに希望はいくらでも加工できてしまえる。
どう挑むのかはね?
どう味わうかじゃない。
どんなアイスを作って、どんな風に食べるのか実践すること。
目先の味に、刺激に流されそうになるけど、忘れちゃだめだ。
作りたくて、食べたくてたまらないアイスクリームのこと。
シロくんにちゃんと伝えよう。
現世で起きた被害は消せない。傷や経験をなかったことにはできない。
それでも私は九尾を自慢げに膨らませる自分を目指すから。
化かすよ。
相手ができたと思ったことさえ、ひっくり返してみせるよ。
つづく!




