第二千二十七話
聴取は思っていたよりもずっと和やかに進行した。
質問は鋭く、具体性を求められて、時間を置いて内容に変化がないかを確認された。
必要なことだとわかっているから、意識してすべてを伝えるよう努めたよ?
それが相手にとって好ましいものかどうかはわからない。
シュウさんもかっちりスーツのおじさんも、こちらの踏みこんだ質問はスルー。私が答える内容に関連していると私が説明できなかったら? 不十分な説明だったら、なんの情報ももらえなかった。あくまで私が伝える側に過ぎない。
どれほどお話したか。喉が渇いて、二度ほどいただいたペットボトルのお水を飲み干した。三本目の残りが半分になったところで、ようやく終了。カゲくんと交代する。待ちくたびれて寝てたよ? 揺さぶって起こしたよ。なんだかなあ。もう。
かっちりスーツのおじさんは部下と交代。強面のうえにスーツの上からでもわかる筋肉質なおじさんふたりが中に入る。シュウさんは遅れてきた佐藤さんとあねらぎさんに交代。
きつそうでやだなあとぼやきながらも「じゃ、またな」と私に伝えて、カゲくんは部屋に入っていった。いったいなにを知っていて、なにを話すつもりなのだろう。気になるけど、あとで聞けばいいかな。
シュウさんはかっちりスーツのおじさんと大事な用があるみたいで、あいさつもできずにお別れした。なので私はすらりとしたおじさん刑事に連れられてエレベーターまで案内される。一階を押したうえで、お礼と共に送り出された。さっさと帰れ、寄り道するなという圧もしっかり感じた。
どうなんだろ。丁重なほうなのかな? 警察だと、どんなもんなのかな。謎。
スマホをいじってマドカと連絡を取り、合流する。てっきりお店で待っているのかと思いきや、私のおうちの鳥居を経由して宝島にいるそうだ。
仕方ないか。尻尾、目立つもんね。
人の姿で歩くと、渋谷の街は新鮮そのものだった。
見られない。音もいつもよりざわついていて、不鮮明。あと九尾の圧がないせいなのか、わりと「わ、わ」と歩くのに困る瞬間がある。中学生時代に戻った気分だ。人混み歩くの無理だった。
九尾の姿は私にとって、大事な衣だったのだなあ。
電車を乗り継いで、うちに帰る。
ひとりだけの時間。
今日見たことを忘れてしまいそうなほど、ひとりぼっちの時間。
だれにも呼びかけられず、なにに巻き込まれることもなく、人々の中で翻弄されたりままならなかったりする時間。
私に矢印が向いたなにかが、私のすぐそばで、相応の熱量をもっているのがいつもなら? いまは寒々としていて、広いようで狭く、遠いようで息苦しい。
どちらがいいか。比較するものじゃないな。どちらもそれぞれにあるものだ。ともだちがいない学校に通うときさえね。不意に先生に向けられた問い、だれかとふたりでペアになったときに感じるしなあ。
おたがいのストレスを介して、私たちは過ごしている。
ゼロにした状態で、ふたりで過ごすことはできない。シンデレラと王子さまでも。美女と野獣でも。桃太郎のおじいさんとおばあさんでもね。それは、無理。
最寄り駅で降りて家路を歩きながら「すこし寄り道しようか」と思いつく。けど、結局はしないのだ。
危険が予測されているから? 理由になるけど、ちがう。
ユメたちが心配だから? マドカたちが待っているから? それはある。でも、芯ではない。
やりたいことがあったから。
あとは、ほっとしたかったから。
ひとり時間の魅力にも増して、みんなの居場所に戻りたかった。
いま一番強烈なストレスは、あの男だ。シュウさんたちに話しながら整理できてきた。具体的な物証もなしに断定するのは早計、という刑事ドラマでよくきくフレーズを思い浮かべながらも「爆破と茶封筒、私塾に関して、かなり怪しい」。ホテル内の犯行をふり返ると連続殺人事件に関与していたとしても不思議はない。一切、躊躇せずに殺していた。
立件できるのか。証拠は。現状で逮捕できる確率は。手配できるのか。
ぜんぶはぐらかされた。私の術が「実際に起きたことに近いとして」と前置きを入れて、かっちりおじさんが話してくれたところによれば「状況証拠もろくにない」。男の痕跡が見つからない限りはむずかしい。解決のため捜査を行なっている最中だ、と。
どれくらい役に立ったのかどうかも謎のまま。
そこはいいんだけどな。
役割分担というか、ギブアンドテイク。うん。後者のほうがしっくりくる。
眉唾どころか詐欺、手品、マジックの類いだという目つきで胡散臭げに見られもした。
警察のお仕事、捜査、証拠の集め方なら? それでいいんだ。むしろね。
ストレスはないかって?
あるよー。あるあるぅ! 当然でしょ。
それは、でも、知らせだ。
私のしたいことがある。できなくていやなことがある。変えたいことや、つらいことを教えてくれている。
シュウさんや警察の人たちを攻撃したって、なんにもならない。
意地悪な気持ちはいくらでも際限なく浮かび続けるけど、だからって意地悪しても始まらないし? すっきりしない。お腹が減ったからご飯を食べるようなイメージよりも、もっとひどい。地獄の刑罰で食べてもお腹から食べものが落ちて消化できず、永遠とお腹が空き続けるみたいなのなかったっけ。餓鬼の罰。あんなノリだからさ? 意地悪を選ぶと果てなく飢える羽目になる。だからだめ、意味がないとは言わないし、言えない。言いたいけど、無理がある。それしか他に手がない状況だって本人が囚われていたら、むずかしい。自発的にやめたいって選び、実践していかないと、なかなかね。周囲がどれほど止めても続いちゃうのだろう。犯人と思しき男のように。
暴力に利を見たら? 男は続けるのだろう。
こう言うかもしれない。
自分に他に術を与えない周囲が、とか。救ってみせろ、とか。変えてみせろ、とか。
ちがうんだ。まちがえてる。
あなたがあなたの利を選ぶ限り、他の人にできることはないよ。
そんなときにそばにいてくれる人がいたら、それはもうすごくハッピーなこととしたいけど、そんなに簡単にわかることじゃないよね。同じ利に魅入られていて、背中から撃つタイプかもしれないし? 支配して唆すタイプかもしれないし。
私もまたまちがえていた。
変えよう、責めよう。そんな簡単な話じゃなかった。
そういう気持ちは鞘に収めて、意地悪を土台から外して、別でほうほうよしよしする。暴れる大型犬。いっそ首輪をつけた巨大な龍でもいい。彼らがくつろいで安らいでくれたとき、はじめてやっと目的に集中する。
理想はね。
実際にはむずかしい。
お散歩ひさしぶりすぎて大はしゃぎで、人と並んで歩くことなんか知らなかったら? 全力で走りだす。そんな大型犬をイメージするとね。龍なら空を自由自在に飛び回る。どちらもリードなんて握ろうものなら引きずられる、押さえられない。押さえたところで止められない。むしろ「いーくーのー!」と元気だしちゃうでしょ。
ユメたちのようでもあるし? たとえば、そうだなー。幼稚園に一日保育士さんとして、マドカたちとお邪魔したら? 一時間もしないで精魂尽き果てるにちがいない。ユメたちといる私は毎時毎分そんな感じ。
なので?
理想通りにはなかなかいかない。
それでもストレスも、ストレスから生じる意地悪からさえも利用して自分を知って学んでいかなきゃ、散歩を待ち遠しく願うわんちゃんマインドは癒やされない。他に術があるだろうし、気にせずとも生きられる。ただ私はそれをしたいだけ。
むずいねー。
むずかしくない?
たとえば気の合う人との旅行ってさ?
ストレス! あります! ゼロじゃないです!
カナタとふたりの旅行だって、皆無というわけにはいかない。
家族旅行をふり返ってもそうだしなあ。
旅先に行くと見かけない? 家族のひとりが妙に愚痴っていたり、怒っていたり、残った家族をふり返ってあれこれ言っている現場。恋人同士でも見かける。彼氏ずんずん進み、彼女とぼとぼとか。むすっとしたまま会話がなかったりとか。
あるある。
よくある。
ともだち同士で旅行にいって「相手のいびきで一睡もできん」とかになったら? 目も当てられない。そんな愚痴をトシさんから聞いたことがある。宿代けちって一部屋で泊まるとだめだって言ってた。カナタとふたりでよく見る北海道ローカル発の番組でも、ふたり一部屋は多い。
うちのお父さんも、いびきはけっこう豪快だからなあ。
たいへんだよね。
いびきする人は自覚ないからさ? 指摘しても認めないことも多いんだって。
なのに「え。一緒に寝てくれないの? なんで」って不満をぶつけてくるという。
それは、かなり、地獄。
耳栓して寝る人って意外と多いかもしれない。
耳栓することさえわんちゃんマインドが暴れ狂う要因になる。なぜ私がこんなことを! ってね。
一連の事件のみならず、去年のいくつもの事件からして、ずっと思ってた。
なのに私はほったらかしにしてた。
なぜ私がこんな目に? なぜ私がこんなこと!
そういう気持ちがたまっていくばかりだった。
そう思ったっていいんだ。別に。
それとは別に「起きることの対処をしよう」というだけ。
イライラと対処を分けられる、とは言えない。そんな自信はない。
カナタとふたりで寝たら、いびきで目が覚めるとイライラが止まらなくなる。
夏の暑さにへこたれるときだってそうだ。
だからまず、ストレスよしよしほうほう作戦だ。
夏の暑さは日傘。真夜中のいびき、自分のものなら耳鼻科に通ってご相談。カナタのものなら、耳栓。それじゃどうにもならないストレス、いくらでも生じるだろうから、そのつど選んでいく。
人と居るのなら?
居ることがつらくなる関係性は、解消する。
別れる。
結局のところ、そうなるからね。
相手のストレスほうほう、そうして生じる自分のストレスよしよしほうほう。さあ、対処を考えよう。これを日常的にできるかどうかが、いまの私にとっての要。
それは警察と私たちという関係性においても一緒。
どちらも男がさらなる被害を出せないように捕まえて、法の裁きを受けるところを目指している。私たち側というか、私に関しては「男が面倒を起こさず、私にちょっかいをかけない」のが根っこの目標だ。
一致している目標に向かって協力できることをする。
手段も利害も完全に一致しているとは言いがたいし、隔離世の認知度や社会的信用度などの事情もあるから、限界はある。その限界に対して、私もかっちりおじさん側もストレスを感じている。だからといって、私たちで意地悪しあっても、なんの役にも立たない。
無茶をするな、警察に任せて通報を。ありきたりだけど大事な忠告を受けたし、警察が受けとめやすいやり方をすればするほど、彼らは動きやすくなる。私たちにどれだけできるかは別だし、警察の責任を担うつもりもない。だって、できないもの。そんな法整備、ないもんね。
『制限ばかりを浮かているな』
あははー! わかるぅ?
でもね、十兵衞。
昔から言いません?
ずるをするなら、バレないようにしろって!
◆
烏天狗の館の一室を借りて、早速みんなで現場の再現に勤しむ。
男と少女の顔がばっちり映るように。
金色をばらまいてマドカやノンちゃんと相談しながら、撮影に勤しんだ。
犯行現場は動画にしたよ。ひととおり確認を済ませたうえで、マドカに問われる。
「それで? 彼らの名前は?」
「聞いたけど捜査情報は教えられないって」
「俗称、社長。日本刀の女子か。ガード固いな」
呼び方に困るよね。
調べようもない。
「ふたりの顔を使って探査術を使って居場所を探る他ないか」
「謝肉祭遊園地がビルの跡地にあったこと。少女の日本刀について考えると、まだなにかあるかもしれませんね」
みんなで気味の悪い少女の肉柱のあるフロアを眺めている。姫宮さんの返答を聞きながら、立てようのない予測に途方に暮れる。
シュウさんさえガードが固くて答えてくれなかったけど、合計七人の少年少女たち。
肉柱。推定されるのは、残り六カ所での再現。
どのような手段を用いて少女を、部屋を肉に包みこんだのか。成長する肉の仕組みは。少女が吐きだす黒い液体は?
「ずいぶん前に感じるが、浅草の一件に重なるな」
再現した現場の肉柱少女の顔から漏れ出る液体をタツくんは睨みつけていた。
たしかに、言われてみれば。
「少女は核か? 体液が黒く染まっているのか。なら、これはなんだ。人を道具にして。なにかを作る、ね。人柱のつもりか? それとも怪異にでもする気なのか」
ミナトくんの呟いた内容のおぞましさにめまいがする。
残った六人も含めて、私たちよりも年下の子たちばかり。
本来なら、入れるはずのない場所。性行為なんか、早すぎる歳。おとなが金銭でなんて、あってはならないこと。そのはずなのに。やることやって、利用して。
出回っているなんて噂の黒い薬の出所、製造方法がこれなら?
ミナトくんが客船に乗り込んで処分しようとした、それは? 女性の姿をしていた、あれは?
クローンのようだった。そうなると、狼少女たちのことを思い出さずにはいられない。
繋がりがあるのだとしたら?
ウィザードもといマドカのお兄さんが関わっていた。
シオリ先輩曰く世界を飛び回る彼だけで成立することじゃない。
ミコさんに呼ばれて目撃した、富士山そばの施設。同じ部屋ばかりが並ぶ場所。
狼少女たちの檻。設備として成立する場所。
いったいなんだ。これは。
ずっと昔から、日常にまぎれて行なわれていた行為なのか。
この気味の悪さはなんだ。
「放っておいたら、なにかになるのか」
「こんなのが現世に増えたら隔離世は荒れるんじゃないか?」
「黒い御珠が増えてもおかしくない」
シロくんと狛火野くんの会話を聞きながら考える。
人柱。人身御供。
少女は生きていた。
ただし意思疎通は図れなかった。そこは警察で確認が取れた。現場ではとても勇気が出なかったよ。圧倒されてしまって無理だった。
生きたまま、なにか奇怪な肉に包まれていく。
食べられてしまうのだろうか。殺された人々が消えていった。あれをどう解釈するかは意見が分かれたけど、私は食事に思えた。肉は人の亡骸を栄養にして、広がっているのではないかと。
じゃあ少女が無事な理由はなんだ。
探るとしてもむずかしい。警察は手出しができずにいた。少女が生きているから、下手に刺激できない。まず安全なのかどうかがわからない。前例もない。
放っておいてよさそうなことは、ひとつもない。周囲に広がっているのだから。あの肉が最終的にどうなるかが、わからない。
のみならず、あと六人いる。
どこに?
わかるはずがない。
警察は捜すだろう。足取りが掴めるのも時間の問題かもしれない。
じゃあ、その先は?
肉に包まれたこどもを前に、なにをすればいい。
科学捜査のお時間かな。
私たちの関与で変えられるのかな。それは捜査情報を潰してしまいかねないのでは。
きりがないや。
きりがない。
「こどもたちを運び出して、恐らく一日二日。設置に時間がかかるとしても、一週間もいらないかな。警察の動き方次第とも思えるけどね」
「設置には目的があるのか。ないのか。ビルの爆破のようなものなのか。蜂か、それとも」
マドカとレオくんの会話も独白に似ていた。
答えられない。だれにも。わかるはずがない。
その答えはただひとり、あの男しか知らない。
先手を打って早すぎる作戦を実行するのなら? 猶予はない。
できることはしっかりと。できないことはできないまま。
ひとりひとりでなく、全員で可能な限り予測を立てていかないと。
男を見つけるためには読めなきゃならない。
ハンニバルのウィルみたいに、犯人の視点で捉えるんだ。
できうることを想像する。とことん。
だから「深淵を覗くとき、深淵もまた」ということばが利いてくる。
理解できるということは、自分の内面に犯人の捉え方を飲みこむことでもある。
そういうアプローチをするのかな?
いまがそのときかな?
中学生時代のこじらせた自分を蘇らせる?
さんざんやったよー。ネットでね。
ひらがな四文字で表現できる技があるの。
あまりの痛みで心が砕け散りかねない最終奥義なんだけどさ。
「ちょっといいかな」
みんなに場所を空けてもらって、少女と入ってきた場面までさかのぼる。男の立っている場所に重なって、狐憑きに戻った。さらに服装を男と同じものに化ける。
「なに、なにやんの?」
「どうしたよ」
当然きかれるけど、答えるためには勇気が必要だった。
その四文字はね? 私にとって、ラピュタが滅ぶ呪文と同等だったから。
「なりきりするの」
は? と。
ほぼ全員がきょとんとした。
ほら! 崩壊しちゃうよ! 私の自我が! みんなの反応で!
なにそれなんて聞かないで! 説明したら恥ずかしすぎて死んじゃうから!
つづく!




