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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
2024/2984

第二千二十四話

 



 ひととおりみんなが書く速度が落ちついてきたあたりで、未来ちゃんに教えてもらった。

 教えてくれた単語で検索するとね?

 なんということでしょう! いろいろ「お、おう」って情報が引っかかる。

 基本的に医療やケアにまつわる情報は書店の本棚と同じく「それほんと?」が混じっていて、国家試験で資格を取得する、他の職業と同じく実務について誠実に働く、そうした過程を踏まえず「発信」できるのだろうか。

 そんな確認機能、SNSにはない。

 書籍はまともに校閲がなされていれば指摘が入るかもしれないけど、校閲部があるのは大手出版社までなんていう話もあり、そのあたりは世知辛い「人件費が増えるのは悪」「というかお金かかるからたいへん」という話になる。案外、肩書きとそれっぽい内容でスルーされる可能性もある。刺激的な見出しやタイトルで敢行すれば「ある程度は売れる」、というほど簡単でもない気はするけど。そのわりには本屋さんで見かけるよね。これどうなの? っていう本。

 ワイドショーの「わたしたち専門家でございます」という人たちが実際、話す分野においてどれほど専門性があるのか視聴者にはまるでわからない。肩書きがしれっと出て「ふうん、そうなんだ」くらいのものだ。

 書籍購入者からは出版された書籍がその業態においてどれほど専門性を担保されているのかがわからない。

 そんなこと言ったらニュースや新聞でもそうだし?

 ネットも大概。

 ぜんぶ押し並べて「あやしい!」っていう話じゃない。

 それは極端だし、安易かな。

 じゃなくて、それぞれの媒体が「いかにファクトチェックを誠実に行なっているのか」が不可視の状態であり、それを知るにはどうしたらいいのかな? っていう視点に立って調べたほうがいろいろ視野が広がって助けになりそう。

 いまのところは発信者の善意に頼るほかない、それってどうなの? っていうツッコミはあるけど、そんなの日常会話と同じだよね。相手が常に事実を客観的に述べるかっていったら、そんなことはないわけで。

 日常的にもできることだけど、そこまで警戒しないというか、調べないという話もある。

 個人差があるといったほうがいいかもしれない。

 息をするように嘘をつく人までは知り合いにいないと思っていても、たまに「ん? いまのほんと?」って思うようなことを話したり聞いたりすることはある。そういうときに「そのつど調べてます!」っていう人ばかり? そんなことはないもんなあ。

 見た目はこどもで頭脳はおとなな名探偵漫画のアニメじゃ「真実はいつもひとつ」が決めぜりふのように使われているけれど、日常的にはそれほど真実は掘り下げない。調べたことを相手に突きつけて、いちいち訂正を求めたら? うざがられる可能性もある。話の最中にいちいち指摘されたら、話ができずにうっとうしいと感じる人もいる。

 ストレスを感じて、怒ったりする人もいるかもね。

 そういう展開を予期すると? あとでいちいち伝えたりもしない人も多いんじゃないかな。

 もちろん指摘しあう人たちもいるだろうし?

 マスメディアや情報発信をする立場には強く指摘しあい、正確でいてほしいと願う。

 そのぶん「そうじゃないぞ?」と感じたら、それがストレスになって攻撃的になる人もいるかもしれない。

 ただね?

 ふり返ってみると、自分たちはそこまで正確さや真実を土台に生きてはいないのかもしれない。前提となる母数を増やせば増やすほど? 割合としては、どうかな。十割はあり得ないとして、どれくらいの割合が正確さや真実を常に意識しているだろう。具体的にはどう探ろうとしているのかな? それは現状において「可能性が高い」といえる、その担保は? 論文が発表された、くらいじゃだめなんだよね? 学術誌に掲載された、でもだめ。研究と、研究に利用したデータと、データの収集経緯の明快な説明などなど、いろんなものがいる。その提示まで含めると、統計で明らかになる割合ってどれくらいになるんだろうね? あ、もちろん統計を取るうえでの抽出方法などについても説明がいるよね。

 こうして考えてみるとさ。

 正確さや真実はけっこう遠いね!?

 後出しで「これってどうなの?」ってなるのが現状では精いっぱいなのかもしれない。

 SNSでお医者さんと自己表明しているアカウントはちょこちょこある。動画配信でもお見かけする。でも実際に「どこそこの病院で本当に働いている人なの?」までは、なかなかわからない。所属する病院、どこそこの課にいますまで書いちゃうと「こ、個人情報だいじょうぶ?」って見ていて心配になるしさ。どうやら「ほんとにお医者さんっぽい」と思ったとしても、じゃあ安心? いやいや。そんなことはない。一部の人たちに熱烈に支持されているけど、同じ界隈の他のお医者さんたちは「まじで嘘ついてんな、こいつ」みたいな態度を取られている、みたいなケースもある。

 新聞に各ニュースメディアなんかも「あーもう。いいのかわるいのか、わかりやすく教えてよ!」っていうくらい、いろんな意見がある。

 そもそもの話、接する情報の分野についてゼロから学んで「どうやらこういうことみたいだぞ?」と当たりをつけるのが一番確実で、世の中の情報の分野はあまりに広すぎて、もはや追いきれないレベル。だれもが学べるかっていったら、そんなこともないしなあ。そもそも学びたいかどうかで分かれちゃうよね。

 それは面倒だから各メディアががんばってよ、専門家も信頼できる人を選んでよ、と投げたくなるけど、それで済ませていたらなんにも変わらないのも事実なわけで。

 よく気をつけて。私が言ったからと鵜呑みにしないで。興味をもったら調べてみてね、とのことでした。

 それはそう!


「聞く人は初心者から入るけど、こつこつ調べたり専門家に会ったりして初級者か中級者くらいになれたらいいのかもね」

「めんど!」


 ヒヨリ、素直か?

 目も口もまんまるくして!


「ああでも、これって書いてすぐに答えがわかるものじゃないか」


 自分のノートを掲げて足を開く。

 そのまま後ろに倒れる形で畳に横になった。


「自分について掘り下げてみようっていうことだから」


 怯まず軽く笑ってみせる未来ちゃん、思っているよりタフな人だ。

 自分のストレスの要件定義みたいなものなのかな。


「ストレスって感じると、ストレスの元をなくすとか、解決するとかに意識が向かいがちだからなあ。いらいらはそのままにしてさ」

「あー、たしかにそうかも」

「いらいらしてると、そもそもストレスの元を前に冷静じゃいられないよね」


 ヒヨリに続いて麗ちゃんが寝転がる。髪がさらりと広がって縁側から入り込む日差しに艶めいて見えた。濡羽色で目を引く。あれ? 麗ちゃんって、ずっと黒髪だったっけ。

 綺麗だなあ。まじまじと眺めちゃう間にも話は進んでいく。


「いらいらする自分をなだめて落ちついてっていうのは、不安や恐れで揺れる自分をなだめてっていうことでもあるよね」

「なんか大学だと、危ないサークルがあるとかいうもんねー。ツボとか水とかサプリとか買わされるんだって」

「なにそれ、こわっ」


 意外と麗ちゃんとヒヨリの絡みがスムーズ。

 ノノカは麗ちゃんと仲がいいから、ヒヨリもその縁で仲良しなのかも? あり得る。

 ちなみに就職セミナーとか、意識高い投資サロンとかでも、やっぱり詐欺やマルチへと勧誘する人がけっこういるそうな。実数は知らないけど、備えておいて損はない。

 コーヒー飲めるところでどこかから「いままさに詐欺を働いております」とばかりに「将来不安でしょう?」とか「お金を払えばもう安心」とかの類いの話も聞こえてくる。ので。

 思っているより不安定なのは、なにも正確さや真実だけじゃないかもしれない。


「案外、多いのかもね。自分のいらいらとか、いろんなストレス反応の感情に参っている人」

「あるいは、救いとまでいかずとも、ほっとしたくて判断にぶっちゃうこと、かな」

「それそれ」


 ふたりの話を聞きながら考え込む。

 たまに脳内に思い描くボッシュたちドラマの刑事は、陰惨な事件に遭遇するほど事件中は感情をなだめているし? 時折、失敗して癇癪を起こす。ベテラン刑事でもそう。あ、正当化する話じゃなくてね?

 捜査する。それが仕事だ。

 だけど、その仕事がそもそもストレッサーになる。

 仕事に勤しむ時間すべてがストレスとの付き合いになる。

 考えてみれば、学校でもそうだし? おうちでもそう。あらゆるお仕事でも一緒。

 人生とストレスが切っても切れない関係性ならね?

 映画「Burnt」、邦題は二ツ星の料理人。主人公のアダムは麻薬に飲酒、暴れまくりのハラスメントし放題という手のつけられない人だった。腕はよくても、それじゃ人はついていけない。彼は立ち直るべく殻向きを繰り返して酒と麻薬を断ち、しらふに戻ってから再起を図る。

 それが映画のはじまり。

 だけど、いかんせん彼はストレスとの付き合いが初心者のまま。調理場での彼はダースベイダー? ううん。癇癪をしょっちゅう起こす。怒鳴るわ罵声を飛ばすわ、手がつけられない。自分のストレスに負けていた。

 彼は期待していたんだ。たぶん。ミシュランの三ツ星に。あるいは、それを獲得する自分に。まるで三ツ星を獲得したら、これまでの人生が報われるし救われて、自分は遂に許されるのだと言わんばかりに! そのための条件である職場、調理場で働くスタッフたちは、自分の思いどおりになる手足だと期待していた。

 もちろん、ちがう。

 彼とはちがう、別の人たちが、仕事を求めて集まっているんだ。できるかぎり、いい仕事をしたいと願っている。できることもあれば、できないこともあるし、ストレスとの付き合いは個々人でちがう。

 だから彼の彼だけのための彼だけによる期待は、常に彼を刺激する。そのたびに生じるストレスに晒されて、彼はなんとかストレスの元を変えようと足掻く。

 つまりは?

 怒鳴る。キッチンを叩く。蹴る。スタッフが調理して「こりゃだめだ」と思ったものを目の前で捨てて、みんなの前でダメ出しをする。とても大きな声で。手が出ていてもふしぎじゃないような剣幕だ。

 みんなが! ぼくの! おもいどおりに! ならないんだ! だからだめなの! なんでわかんないの!? と、怒鳴りながら机を叩くこどものように。

 ことばがおとなの語彙だろうと、立場が立派だろうと、どれだけ資産があろうと、どんな不幸せに見舞われていようと、それじゃたぶん、ストレスはずっと膨らんだままだ。

 ぼくは! えらいんだぞ! とか。

 ぼくは! すごいんだぞ! とか。

 そういう派生もある。

 ボッシュやクリミナル・マインドじゃあたまに、そうした態度を取る悪党や親玉と対峙する場面がある。ドラマのメンタリスト、主人公のパトリック・ジェーンが、けっこうやり込めていたかな!

 でも、仕事柄そういうストレスの出方を示す相手を前にするボッシュたちも、たいがいストレスに晒されている。だから彼らはそうした相手を前にするとき、強めに圧をかける手に出ることがある。映画で見かける、いやな警官や意地悪な刑事たちもそう。圧をかけるのは相手が弱気なタイプほど有効だからっていうだけじゃない。ストレスを感じるからでもあると見ているよ?

 ふと思いついて、ノートに書いてみる。


『ストレス発生!』

『ストレスの元をなんとかしなきゃ!』

『なんともならない!』

『ますますストレスがたまる!』


 シオリ先輩に教えてもらったアルゴリズムの書き方をしよう。

 吹き出しを書いて中に文を記述。吹き出しを順番に矢印で繋げて、最後から最初に戻る。

 かくして、ストレスは増え続けるの。

 ストレスの元という概念を足すなら、どこかな?

 一番最初だね。


『ストレスの元と接触』


 そこから、さっきの四手順に繋がる。

 繰り返しは『ますます』から『ストレス発生』に。

 肝となるのは、ストレスの元に新たに接触したら? この終わらないループに入る動きがさらにひとつ追加されちゃうこと。

 すると当然、たまるストレス量が増える。

 シェフのアダム、ボッシュたち刑事は? この手の循環に陥っている。

 刑事はタフでないとなんていうけど、結局のところストレスとうまく付き合っていけないとっていう意味が大きそうな印象があるよ?

 そして限界はあるんだ。たまるストレスの限界は。

 戦争や紛争に派兵された体験者はアメリカの刑事ものだとけっこう出てくる。それよりもっと露骨なのは大戦のドキュメンタリー。豊富な記録が残されていて、公開されている国がちゃんとある。日本は敗戦が決まって書類をいくつも処分したり、責任者が裁判を受ける前に自殺したりして明らかにならなかったこと、残されなかったことが多そうな印象があるけどさ。

 許容量を超えているのに、死ぬか、国に戻されるまで、ずーっと続く。

 いくらでも追加されるよね。ストレスの元は。

 作戦目標をクリアしても、相手部隊を殲滅しても、狙撃手を殺したと思っても、まだまだいくらでも追加される。帰るか死ぬまで、ずっと。日本じゃ侵略した先で相当悲惨だったみたいだ。ガダルカナルにビルマ。サイパン、硫黄島。防衛線に限らない。

 戦争になると、双方に集まるひとりひとりがひとり残さずストレスの元をいくらでも足される。インパールに参戦した人たちはおよそ八割が戦死したそうだ。けれど彼らの中には、それが侵略であるから、なんの説明にもなりはしないけど、各種暴行、強姦、殺害や強盗などを行なった人がいるという。頻発したそうだ。となれば駐留した現地の人たちにおいてもまた、ストレスは被害とともに、いくらでも足される。

 そうしたできごとを踏まえて想像するなら、私の書いた五つの工程はあまりにも単純だ。

 第二次大戦のインパール戦についてイギリス軍将校が日本軍の評価を、次のように記しているという。曰く。日本軍指導者の根本的な欠陥は「道徳的勇気の欠如」であった。自分たちが間違いを犯したことを認める勇気がないのである、と。

 私はこの記述に連想せずにはいられない。

 ストレスの元の解決のために、あれがわるい、これがなっていないと癇癪を起こしていたシェフのアダムのような未熟さを。


「ううん」


 私にもあるものだ。そしてもしかすると、今回の犯人にも繋がるのではないかと感じるから、必死に考える。


『繋がるか』


 十兵衞、私はね?

 大それたことをしながら、なにも癒えることなく行動し続けている犯人には、なんらかの渇望があるように思えるの。

 だけど、その渇望は満たされることがない。

 ストレスを感じていて、それを満たす行為を繰り返しているんじゃないかな。

 だけど犯人の感覚はもはや塩だらけの丼。味覚が麻痺していて、過剰になることでしか自分を満たせなくなっている。

 そりゃそうだよ。

 ずーっと、ストレスを放っておいているんだもの。


『よほどの目に遭ったか、あるいは』


 日常の不満を蓄積するばかりだったか。

 どちらかはまだわからない。


『元を断てばとはならんのか?』


 たぶん、ならん!

 断つことはできない。

 暑くてしんどいからって、太陽をなきものにはできない。

 雨に濡れるのがいやだからって、雨を降らさないこともできない。

 お水から徐々に茹でれば、いきなり熱湯に入れるときとちがってカエルが逃げずに死んでしまう。そんな話があるの。実際には「あっつぅ!」と気づいたカエルは「はよう! はよう逃げな!」と暴れるそうだよ? 結局は逃げようとするんだって。

 逃げられたカエルもいれば、逃げ遅れて死んでしまうカエルもいたそうだ。

 惨い。

 環境の変化。あるいは、環境を要因とする負荷。

 学術的にどうかを証明できない時点で私の想定はあまりにも曖昧にも程があるんだけど、でもね? ストレスの元に晒されたまま、どんどんストレスが増えて、とうとうどうにもできなくなる人って思っているよりもずっと多い気がするよ。


『さてなあ』


 ごめんね! 私の当て推量に付き合ってもらっちゃって。


『それより、いま受けた教えが入らぬではないか』


 タマちゃんの指摘に気づいて、ノートの矢印の途中から、分岐を作る。

 アルゴリズムの書き方からはずれちゃうけど、消しゴムを使わずにやっちゃう。


『ストレスの元と接触』

『ストレス発生!』

『ストレスの元をなんとかしなきゃ!』

『なんともならない!』

『ますますストレスがたまる!』


 二段目の発生から三段目の「元をなんとかしなきゃ」の間から、新たな吹き出しに繋げる。

 じゃあ、そこになにを記す?


『ほうほう!』

『ストレッサーやストレス反応に対して、自分をお助けじゃい!』


 ちなみにストレッサーやストレス反応とは?

 ストレスの元。そして、私たちの心身に生じる反応のこと。

 太陽はなくせない。でも、日影に入ったり、エアコンの利いた場所に移動することはできる。扇風機でもいいし、なにかで扇ぐのだっていい。

 雨が降るなら傘を差す。服装に工夫をしてもいいし、移動手段を考えてもいい。予定をずらすなどの手もあるし? どうせ濡れるんなら雨合羽で出かけてはしゃぐのも楽しい。

 断つことはできない。だけど対処したり、工夫したりすることならできる。

 だけど、お助けするには感情が暴れ馬状態じゃ無理だし、身体がきつくなるような反応をしていたら無理だ。そういう自分の状態を理解して、ひとつずつ掴んで、気づいていき、ほうほうと受けとめる。それがマインドフルネス。

 なにげなーくやっている人、たくさんいそう。

 もっと意識的にやってみようっていう話と私は捉えているよ。

 でね?


『刺激やできごと、反応する自分自身に向けて対処や工夫をしよう』


 つまりはコーピングだ。

 セルフケアの手順。自分をお助けする。

 でもね? 勘違いしちゃいけない。

 未来ちゃんの手順に沿って、私たちは繋がると助かるリストを作った。こういうところに頼ると自分をお助けしやすくなる窓口の列挙。そこを踏まえるとね?

 セルフケアとはなにか。

 ひとりでなんとかしろ、自己責任だ! では、もちろんない。

 断じてちがうよ?

 じゃなくて。

 自立すること。

 ん? 自立ってそれはつまり、ひとりでなんとかする自己責任じゃない?

 ちがうちがう! そうじゃないんだってば。

 自立するっていうのは、依存先を増やすことなんだよ。

 お金を稼げる手段が多いほどいいし、いつでも気軽に外食したり、行けば食料がやまほど売ってるお店があったりするほどいい。電車やタクシー、各種交通機関があると助かるし? 病院があって、みんな入れる保険があるほどいい。福祉や支援が充実しているといいし? 裁判に関わることになったら、弁護士さんがいるといい。

 あるほどいい依存先、やまほど存在してるでしょ?

 そういうものに繋がること。頼れること。

 さみしさやふれあいさえ含めて、ひとつひとつ思い浮かべられる繋がり先があるといい。

 それが社会の力。なので?

 セルフケアとは困ったときに繋がる力ともいえる。

 困ったときほど「自分で調べてどうにかしなきゃいけない」ってのは論外。調べずともわかるを目指したいもの。

 ここでさらに分岐。


『安全は確保できている?』

『だいじょうぶなら、自分をなだめる』

『だいじょうぶじゃないなら、逃げる』


 こうなる。

 ここをずたずたに破壊するのが、今回の犯人。

 戦争もそうだし? 家庭内暴力もそうだろうし。

 学校や職場のいじめとか、特定の属性へのヘイトもそうだろう。

 あいつが悪い! の一方的さは怖いのだ。

 加害被害双方にストレスの元があるだろうから、ややこしいのだ。

 アメリカでいじめが発覚すると加害者側の児童が停学になって、カウンセリングを勧められるという。家庭で問題が起きているケースも多いのだと。被害者側に特段の対応を求めず、むしろ加害を行なった者に問題があるとみて、家庭含めて対応を求める。この過程で家に問題があると発覚するケースもあるのだと。

 実例を踏まえて語れていないので、不確かなことは忘れずに話を続けるとさ?

 ストレスの元とその対応がままならずに問題が発生したとき、被害者を守り、加害者を分けて、かつ加害者のストレスの対応をする。

 問題の対処と、ストレス対応という二点の行動があるように思えるんだ。

 後者はなぜ行なうか。

 再発を防止するためだ。ただ加害者がいたとしたら? ストレスの元はそのままだし、その対応はなされないままだから、同じようなことを繰り返し続けるだろう。

 今回の犯人はどうか。

 ストレスの元に対する行動もなにもない。あるようには思えない。あったとしても、機能していない。依存する行為が一連の犯行だとしたら、過剰になるばかりだ。止めるとは思えない。


『規模も内容も異なるが、暴力をやめない酒癖の悪い駄目な男のようだな』


 十兵衞の例え! すっごい俗っぽい!

 でもそういえば、十兵衞も若かりし頃は酒癖が悪かったみたいな噂がありましたっけ。


『よせ』


 掘り下げるなとのお達しなので、深掘りはしません!

 たしかに犯行の規模は過剰だけど、でも、似たところはるかもね。

 常にストレス下に晒されていて、自分の欲求を満たすために犯行を行なう。

 けれど満たされることはない。ストレスの元は変わらない。

 できごとや状況からの刺激に留まらない。瞬間的な反応だけじゃない。

 もっと根深いものを感じる。未来ちゃんから教えてもらった単語でいえば、スキーマだ。

 犯人の自分史。価値観。そういったものの影響を感じとる。

 だから、ペン先でタップする。


『刺激やできごと、反応する自分自身に向けて対処や工夫をしよう』


 決して犯人そのものを変えようとせず。

 変えられるものでもないことを思い出して。

 根深いものほど、どうにもならない。ユメたちやカナタ相手でさえ、そうなんだ。

 無理だ。他人を変えるなんて、そもそもが歪。

 みんな自分の利に向かって自分の選択によって変わっている。

 苦痛を伴い、歪むものだとしても、生存するために選ばざるを得ないことが人生にはある。

 私になくても、だれかにある。だれかになくても、私にはある。そうしたことがやまほど存在するほど、不幸せには底がない。作劇よりも救いもなければ、意図も思慮もなく惨いことが為される。カエルの実験のように。

 未来ちゃんの発案で集まって、こういうやり方もあると話しあうのは? こういう依存先は大事にしたい。増やしていけるほどいいな。依存先は多いに越したことはないのだから。

 私に向けて、対処や工夫をしよう。

 そこに集中しよう。


『それで? 策とやらの開陳はいつになる』


 十兵衞の問いに腕を組む。

 むむむ!

 伝えるためにも、練りたい部分があるの。

 それには情報収集が欠かせない。

 どうやって探ろう。

 カゲくんの影渡りで現場に潜入して、影世界で記録を再生できないかな。

 それが無理なら?

 深夜を待つか。あるいは私たちの態度を固めて、シュウさんに交渉するかだ。




 つづく!

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