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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
2025/2984

第二千二十五話

 



 レオくんたちやマドカの判断でシュウさんと連絡をつけることになった。

 仲を取り持ってくれたのはラビ先輩。カナタじゃなくてラビ先輩のほうが、この手の連絡はいいみたい。なので? ことの推移はラビ先輩からの報告待ち。

 ユメたちに相談してから、私は現世の病院に顔を出した。トモのお見舞いをずっと先送りにしてきたから。なのに顔を出したタイミングは絶妙だった。なにせ制服姿で荷物をまとめていたから。


「お、遅くなりました?」

「ん? あー」


 ぜんぜんと笑って流された。

 姿勢も顔色もいい。髪も艶があるし、体格にしたって衰えた印象がない。


「でも帰るところでしょ? もういいの?」

「あちこち内出血や疲労骨折寸前、筋も痛めて無理するなっていうけど。検査も休息も十分とったし、寝てるしかないなら病院代もったいないし。寮でみんなと過ごしていたいじゃない?」

「トモぉ」


 絶対無理してるじゃん! それ!


「そんな顔しないでよ。あたしより入院経験豊富な青澄春灯さん?」

「うっ」


 それを言われるとつらい。


「心配するなら肩貸して? まだ身体中が軋むの」

「ぜったい痛いやつじゃん」

「痛み止め飲んでるからね」


 すこしも安心できる要素がない!


「私が荷物はこぶから、トモは雲に乗ってよ」


 近づいて金色雲を出そうとするのに「いい」と遮られる。


「車椅子のレンタルまで提案されたのに断ったんだから。格好つかないでしょ? 歩かせて」


 前に伸ばした腕を掴まれていた。

 力が入る。だけど前ほど強くはない。それに、僅かばかりだけど震えていた。


「シロたちにも秘密にしてるの。会計に行ってるうちの母親が戻ってくる前に済ませちゃいたいんだ」


 見ているか手伝って、手伝うならあとで肩を貸してと言われて手伝うことにした。

 じゃなきゃ来た甲斐がないもの。

 といっても着替えや刀、握れるボールや刀剣カタログ、剣道雑誌は既にスポーツバッグに入っていた。ラインナップからしていかにもだけど、これほど日常生活そのままなものと一緒に過ごしていたら、気持ちも休むどころじゃなかったんじゃないかな。

 そういうところもらしいっちゃらしいんだけど。心配。


「お医者さんの注意事項は?」

「力を使うな。走るな。どうしても走るのなら乗り物で。足で走るときは三分を過ぎるな」

「いろいろツッコみたいところだけど。なぜに三分?」

「ヒーロータイムは三分までにしろってさ。意味わかんなくない?」

「だ、だねえ」


 マンが好きなのかな。ウルトラの。


「本音を言えば一分も走るなって」

「それはもう走るなってことなのでは?」

「だから最初に言われたわけ。力を使うなって。ま、無理だけど」

「納得」


 うなずきながらも胸中で思う。

 ヒーローパワーを手に入れた主人公を見守るともだちの気分。

 しかも無茶して自爆するような形で傷ついた、ね。

 恋人だとしても、親でもこどもでも、響かない。止められない。

 歯がゆさを味わうことになる。

 手元を見ながら唇を引いて絞り出す。トモの様子からして周囲に言われてきたんだろう。お医者さんだけじゃなくて、ご家族やシロくんたちから。折に触れて。

 みんなの心配がトモにはストレスになっているんだろう。

 ストレッサー。トモの根本にあるのは、なんだろう。

 だめだ。他人を推し量るな。ともだちを推し量ろうとするんじゃない。


「みんなが気にするの、しんどい?」

「ハルもそうだったんじゃない?」

「まあ」


 言われてしまえば。


「そう、かも? 私の気が回らないときにはありがたいよ?」

「でもわかっているって言ってるのに、あれこれ言われるのうっとうしくない?」


 推し量る暇があったら尋ねればいい。

 でも尋ね方はとてもむずかしくて、私は下手だった。

 トモの苛立ちが声に滲み出ている。肩も強ばり、すぐにぎこちなく揺れる。

 筋肉や筋が痛むのかもしれない。


「病院にいるのも、いや?」

「じゃなきゃ出ていかないよ」


 返しもいつもよりきつい。

 顔も声も。身体も。力もうとするし、緊張するし、そのたびに痛むのだから。

 心の無理は身体にくる。身体の無理は心に障る。

 そういうときほど刺激はストレス。

 トモにとってどうかはわからない。なのでまず我が身をふり返る。

 ストレスか。夏の暑さみたいなものじゃなく、もっと、こう。自分史に関わるもの。

 キラリに対するストレスはどう? 小学校時代の影響がないと言える?

 ううん。言えるはずがない。

 そういう「ともだちでも気軽に話せない」、そんな領域に絡んだものなら?

 つっこめない。

 いちいち私の物差しでトモをはかるんじゃなく。自分をはかるんじゃなく。

 ほうほうと、まずうなずいちゃう。認めちゃう。

 だけどストレスを感じていると、それができない。

 トモがどうか。それはさておくとしても、私にはむずかしい。

 中学時代は常にいらいら。小学生時代は常にびくびく。

 そういう気持ちをどうすればいいのかなんて、考えたことなかった。

 いつだってその原因について、どうにかしなきゃで頭がいっぱいだった。

 もしもだれかがそういう状況に陥っているように思えたら、どうしたらいいんだろう。


「そんなにい?」

「だって、本当にもうだめみたいじゃない」


 尋ねちゃう。言える機会を作れたらどうかと。

 試す時点でよくない。トモのためだなんてそんなの言い訳にさえならない。

 私のための欲がそこにあるから。


「だめなの?」

「だめじゃない」


 秒で返してくる時点でトモの心の、いま脆い部分なのかもしれない。

 悪戯心の振りして指先で背中をつつ、となぞりあげてみる。


「ひ、お!? う!」


 ぞわぞわっとしたのか、胸を張って指から逃げようとした。

 だけどすぐにトモの身体が痙攣して、身悶えるようにベッドに倒れ込む。


「くうう、ふっ、ふうっ」


 痛かったのね!

 くすぐったくて身体を動かした途端に激痛が走っちゃったね!

 鎮痛剤を飲んでいても!


「これでそんなに痛いんだから、そこはちゃんと労ってあげなきゃ」

「い、いじわる!」


 渾身の恨み節を浴びながらも、腹をくくっていくよ。


「だめじゃない。でも、身体はボロボロ。休ませてあげなきゃ」

「そんなの!」


 俯いたまま、トモが怒声を吐く。

 すぐに身悶えて、深い呼吸。たぶんいまので胸が痛んだんじゃないかな。

 身体が相当、酷使されていた。その名残はいまも色濃く残っている。

 大声を出して痛くなるなんて。


「わかってるってば」


 病院だから、なんていうのは後付けかな。

 声のボリュームを落として、だけど顔をあげずに言うの。


「わかってるけどさあ。気が狂いそうなんだよ。病人でなんて、いたくない」


 駆り立てられるもの。

 衝動。

 実現させないと。

 泳いでいないと、生きていることができない。

 空気を吸っている、自分でいる、そんな実感がない。

 どんどん世界ににじんでいって、薄まっていく。死ぬということじゃない。

 自分がただただなくなっていく。埋もれて見分けがつかなくなってしまう。

 錯覚かもしれない。

 必要なんてないかもしれない。

 だけど、自分でいたくて必要さに囚われていると、無理なんだ。

 ほうほうとうなずくことも。

 受けとめることも。

 立ち止まることもできない。

 自分でいられない。その恐怖には、抗えないから。

 こんな歌があるじゃない?

 おばけなんてなーいさ! おばけなんてうーそさ! ってやつ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花でもいい。

 そんなことないよ。

 ないんだけど、自分がそれを選び続けている以上はわからないよ。

 認識も知覚もできない。

 自分でいられないって恐怖は、それを怖がる人は、そこがまさに露出した神経のようなものだから。触れたら激痛が走る。そよ風に撫でられるだけで刺激を感じる。

 ストレスになる。

 癒やすどころじゃないんだ。痛みをどうにかしてからじゃないと。だけどそもそも痛みを和らげるどころじゃなかったら? 心は限界を来していたら。

 怒りは六秒で和らぐなんていうけどさ。

 私は無理だ。

 アベンジャーズでハルクになる前に博士が言うの。いつも怒っているって。

 消えない怒り。心の深いところにある感情は、消えない。消えてくれない。

 ベルセルクのガッツのよう。

 怒りだけじゃない。

 恐怖。敵意。渇望。

 愛されたいという気持ちも。愛したいという気持ちも。

 あるいは?

 支配したいという願望も。

 心の深いところにあるもの。未来ちゃんから教えてもらった単語でいえばスキーマ。私の捉え方だと自分史。自分の中に生じるテーマであり、祈りの姿をした呪い。こうでなければならない、というもの。

 ふり返るまでもない。

 トモは私にいっぱい教えてくれていた。

 こうありたいんだって夢も。どうして目標を持つに至ったかも。

 ぜんぶじゃない。けど遠い内容でもない。ぼかし気味かもしれないだけ。

 すごいなあとただただ感心していた私は気づいてなかった。

 気づいてなかったんだ。

 強く自分に求めるものがあるから。

 その祈りは反転なんてする必要がなく、呪いとしても刺さっているんだ。

 なんならそれって普遍的なことなんじゃないか。

 もう。

 ほんとさあ。

 生きるのむずかしすぎる。

 ユメたちと過ごしながら育成中の、私の中にあるなけなしのおかん力を集めて荷物の整理を進める。


「一生、風邪ひかないつもり?」

「できるならね」

「乾布摩擦なんて始めないでよ? タオルが燃えるか、肌が擦り切れちゃうよ」

「……しないよ」


 うそだね。いまの間は試しかねないね。

 ところでスルーされるか笑われるところだと思ったんだけどな。

 乾布摩擦。学校のみんなはほとんど知らないのでは?

 トモのお父さんとかおじいちゃんたちがするのかな? お兄ちゃんもたくさんいるっていうし、その縁かな。

 いまどきしないよね。乾布摩擦。

 おばあちゃんちに行くと、親戚でやる人がいるんだよ。

 タオルでごしごしごしーって。上半身真っ裸になって。ひんしゅくを買っているけど、まあ、見えないところでやるなら、ひんしゅく回避はできるんじゃないかな。いや、ほら。上半身だけとはいえ、裸って「おう」ってなるじゃない?

 とにかく。


「いまのなにそれって笑うところなんだけど」

「いまそんなむずかしいこと求めないでよ」


 上目遣いで文句を言う。そんなトモ、これまで見たことなかった。

 ちがうな。見ようとしたことがなかったんだ。ずっと。

 もったいね!


「力は戻ったの?」

「別に弱ってない。身体を動かすのはそもそも無理。痛すぎる。だから指と指の間でばちばちっとね」


 右手の親指と人差し指を私に向ける。

 二本の間で白い光がばちばちっと流れた。

 中学生時代にお父さんがオススメしてくれた雰囲気グッズに、手をのせると手のひらに光が集まるボールがあったっけ。あれを真っ先に思い描く。


「これで明かりに困らないね?」

「触るとびりっとくるよ? 試す?」

「けっこうです!」


 静電気よりも痛そうだもの。


「素早く動き回るのがしばらく無理そうだからかな。狛火野くんが面白いこと提案してくれた」

「なになに?」

「待ちの構え。静の動き。私は動ばかりだから、これを機にスタイルの模索をしないかって」

「そっか」


 ちゃんと考えてるじゃんか。

 しっかりしているんだ。トモって人は。

 いつも、いつでも十分になんていうのは無理。

 人はそこまで強くない。

 煽り耐性っていうじゃない? ストレスに晒されたり、蓄積したりするほど、基本は耐性なんて言っていられなくなる。ほうほうとか、これはだいじょうぶとか、対処の術を知っているとか、そうして対応している人を耐性があるといっている印象かな。

 未来ちゃんが「鵜呑みにしないでね」「知りたいなら専門家にみてもらうこと」「自分でいちから勉強するのも大事」「批判的にね」と教えてくれた。

 耐性なんて、みんなないんじゃないかな?

 私はそう思うの。なので? 煽るべからず。煽りかどうか選べるのは、自分についてだけ。だれがなにをどう感じるかなんてわからない。

 トモがなにをどう感じて、どう考えているかも? わからない。

 いまのはさすがに強引すぎ?


「痛いのなんて屁でもないなんて言いそうなのにね」

「しょっちゅう動いて筋肉痛にも慣れているから、あ、これはだめなやつだってわかるんだよ」

「失礼しました」


 舐めるなよ? と言い返しながらも立つのに苦労しているから、手を貸そうとする。

 だけど「いい」と断られた。そこら中が痛むので、気を遣うのが負担過ぎるんだって。

 そりゃそっか。納得!


「で? 見舞いだけじゃないんでしょ?」


 立ち上がって汗ばんでいるトモが座るのを手伝う。

 無茶はしない。身体を酷使するのも控えるつもり。そう言いながらも、狛火野くんちの抜刀術を学んで戦うつもりなんだから、止まるつもりはないみたい。

 トモを止めるためにだれかがなにかを言っても、むしろ逆効果だろう。

 未来ちゃんの教えてくれたことを踏まえるとね?

 いま感じるストレスを掴んで自分をなだめる。

 結ちゃんに教えてもらった赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケアと組み合わせると?

 ストレスの影響を受けるいまを変える。

 そんな自分をいま生かすためになにができるのか。

 未来ちゃんの教えてくれた内容でいけば?

 自分お助けリストの連絡先、サポートに繋がる。数多の依存先に触れながら負担を分散していく。依存先は多くもつ。そうやって「繋がるというセルフケア」を実践する。

 映画やドラマで見かける「いま苦しんでいる人」には、まず「繋がる先がない」。困窮している。そんな状況だと、選べる手段はあまりに少ない。少なければ少ないほど、増やすことができない。いまを耐えるので精いっぱいだから。いま自分を生きるだけで精いっぱいだから。

 そんな言い分は自分を正当化して甘やかしているだけだと嘲り決めつけることができる時点で「知らない」。絶望的なほど、差がある。溝がある。

 結局のところ、今日を生きるために常習化しているものに繋がる。

 今日を乗り越えるのは困難だ。

 次から次へと湧いてくる思考が、私にとってはストレス。

 でも自分の一部だから、それを変えることはできない。切り離すことだって無理。

 太陽が輝き、地球が回る。いまの状態を変えることなんて、人間ひとりにはできない。フィクションでどえらい力を手にした人ならできそうだけど、世界大会で常勝無敗になれる力持ちが現われても不可能だ。

 それくらい変えられないもの。

 変えようとしても?

 ストレスが増す。

 だから諦めたり、いちいち言うなとふたをしたりする。

 いま降っている雨を指ぱっちんで止める、なんてこともできない。

 でもね?

 そこで止まらないのが人の遊び心じゃない?

 不可能を可能に見えるようなことができたなら?

 手品のように。

 マジックとしては大成功でしょ。

 手品が題材の映画であったなー! グランドイリュージョンの続編、見破られたマジックで。せいやっとジェスチャーをすると、降っている雨がぴたっと止まって、雨粒が見えるの。あれはウォーターパールを使うんだっけ? ストロボも使うのかな。とにかくやばい!

 そこまでのマジックは、それこそ用意周到で準備万端。リハも重ねて行なうレベルで専門性の高いもの。

 それに比べると、いまきついけど他に手がないから、なるべく維持するなんていうのは小手先かもしれない。でも、それが必要なときがある。そりゃあ依存先が増えるほどいい。選択肢が増えるようにしたい。ただ増えればいいわけでもない。だからこそ福祉の適切な充実を、そのためにも予算の拡充を、きちんと実状に即して打ち合わせを、事前の準備で学習と現場の体験と実践をっていうんだよね。

 果てしねえ。果てしねえよ。

 果てしねえけどさ?

 幸いにして今回は、いろいろと繋がれそうだ。

 だからこそ私は仕掛けたいんだ。


「もしも雷を落とせるとしたら、やってみたくはない?」


 トモが目をまん丸く見開く。

 ちゃんと伝えなきゃわかんないよね。

 そのためにも話したいことがある。

 特別体育館で逃げる他なかった私の前で、たしかにヒーローになったトモの姿を。

 どれほど勇気をもらったのかを。




 つづく!

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