第二千二十二話
血に汚れた壁。床。
色と匂いで名残を知る。
みんなで見回しながら、この建物はまるで鳥かごのようだと感じた。
学校でも、家でも、仕事でさえも、たまに錯覚する。
生きながらに罰を受けているみたいじゃないか。
砂の女。読みたい一冊。番組であらすじを聞いたんだ。
どんな場所で過ごそうと安部公房の砂の女のよう。砂漠の中に生きている。たまに交流するだれかが砂丘のうえから覗き込んでくる。とうとう自分と過ごす羽目になっただれかが、砂丘の底にある砂底に落ちてくる。ふたりで過ごす。
房事を気兼ねなく行なうためにお金を払い、一時的に部屋を借りる。ここは小屋のある砂底の集まりだ。蜂の巣のようでさえある。
そこで人が死んだ名残を見つけた。砂底が血で濡れている。ここは砂漠じゃないから、人々の営みの名残はより露骨に見つかる。ベッドの乱れに汚れ。働く人たちがたまに発信していない? 驚くべき落とし物が残っていることがあるって。なんと、うんちまで見つかることがあるみたいだ。そこで疑問が生じる。どんなプレイを?
答えはわからないし、聞いたとしても? 後悔しそう。
でも、こうしたかごがいる。
場所を変える。舞台装置として意味がある。気分的にね? それに、声が出せる。配慮しなくていい。開放的な気分になれるなら? とてもよし。
乱入者など、いるべきではない。断じてね。
そのうえで利用者は、それがコンビニであろうと、ご飯屋さんだろうと、カラオケだろうとなんだろうと、節度をもって。そう願うのだけど。
とりわけ血だまりで汚れたであろう一室にみんなで集まって、黙り込みながら思うのだ。
一律の節度。一律の規則。そんなのは夢幻に過ぎない。
八月が迫っている。
おばあちゃんちという意味での青澄家は、お盆を大事にする。
なす。きゅうり。ありふれたことをするよ。お墓参りや仏壇のお掃除。お線香など。
霊子にはそれぞれに思いがある。水に霊子を注ぎ込める。隔離世業界では、そういう。
だけど同時に、こうもいう。
水はしゃべらない。H2O。原子は水素がふたつ、酸素がひとつ。合計みっつ。
疑似科学は水を題材に選びがちだ。
でもね? 水は水。
一度に大量に飲む、などという噂はあるけど自分の身体を意味なく苦しめる。それにとても危険なので「やめよう、絶対」だ。厚生労働省ではポスターなどの啓発を行なっていて「人間は一日に2.5L水が必要です」としている。汗を掻いたりおしっこしたら? 水が出る。食事したり、水を飲むことで補給する。身体がおっきくて体重が増えるほど、必要な水分量も増える。だからって「過ぎるといけない」。アルコールやカフェイン飲料、それも含有量が増すほど排泄しちゃうから、水分補給に適さず。腎臓や心臓の疾患によって、事情も異なる。お医者さんから指示されている場合があるのなら、従う。
なので?
こうした話が変わるわけでも、水の性質が変化するものでもない。
そういうことを踏まえるとね?
現世に出ないことの意味を思い知る。
目の当たりにすると考えずにはいられない。
映画でゴジラを見るのはいい。楽しいし、面白い。
だけど過去に大きな地震と津波による災害で、いまも、復興の最中にある。気候変動の影響を天災に重ねて語る筋よりも以前に、そもそも天災は起きているし? 筋を用いれば、より悪化しているとも言えるそうだ。
同じか、より悲惨な被害が生じる可能性を見て取ると?
みんな、画面や展示の中に留まってくれと願う。
ドローンが各地の配達業を担い、とりわけ山岳地帯や地方の村々に医療品さえ届けるなどの進展は願ったとしても、メガホンをつけて「市民は指示に従い、屋内に留まるように」みたいなアナウンスをしたり、撮影して通報されたり、銃器や爆弾を装備して遠隔で殺すような事態は願わない。ドラマ「ホームランド」ではCIAが利用する偵察用ドローンが作戦地域を監視して、諜報員の安全や諜報対象の行動を捉えていた。爆撃もドローンが行なっていた。
たびたび私はSDGsの話をしてきたけど。いろんなセミナーが窓口として利用しているように、それらを口実に人を集めるなんて手も存在するのだろう。ボランティアなんかさ? 就職活動で話せる利点っていうし。手っ取り早く実績が欲しいときには、ふらふらっと入りそうだ。
人が集まる。
一定の人が利点を感じる。
それだけで、何段階かの手順を飛ばせる。
防音が行き届いた場所で。基本的にはお互いに立ち入らない施設で。何人も殺された。
弾丸の痕のようなものはない。銃器じゃないみたい。日本だけに、とは言いにくい。ぱっと見て壁は傷ついていない。だけど、それにしては血が放射状に飛び散っている部屋が散見された。
どんな方法で。
わからないから、ある程度あつまってマドカがGOサインを出したのちに鍵を出して回す。記録の再生を試みる。烏天狗の館はさすがに現世に漂う霊子までは際限してくれなかった。だから、なにも再生できなかった。
意気消沈するみんなには、とても言えなかったよ。
見えなくてよかった、なんて。
隔離されていることには、ちゃんと意味があるのだなって感じたんだ。
現世でもしも利用されてしまったら? それを止める術がない。
ニチアサで不思議空間に戦闘の舞台を移すのだって、結局のところ、被害を防ぐ一助になっているしなあ。みんなに、はいどうぞと配るものじゃない。配れるものでもない。自分で獲得するものだし、すると個々人の意図によって、いろいろな使用が想定されるし、防げない。
隔離世絡みの力がなくたって、世の中いろんな犯罪が発生している。手段が増えることは、あらゆる方面に影響を及ぼして、しかも制御なんかできやしないのだ。いつだって、後手。
姫宮さんがスマホで調べて「いまちょうど、同じ場所で警察が捜査中だそうですよ」と教えてくれた。
ことが起きる。それが明るみに出る。さあ、どうする?
基本は、この流れだからね。
以前みたいに隔離世絡みの事件が滅多に起きない現世を望むのなら? 霊子量が増えた現状で、隔離世絡みの事件が滅多に起きないようにするための手立てがいる。
それは事件が起きても「起きていない」とすることではない。「隔離世絡みの事件ではない」と嘘をつき、隠蔽することでもない。
見ていてもわからないし、一度出ようと促すマドカによって、ホテルを出る。浮かれた気持ちになっていた人たちも、いまじゃすっかり気鬱だ。こんな現場を見たいわけじゃなかった。
一年生だった去年が足し算の一年なら、二年生になった今年は引き算の一年として、なにかを減らす? 霊子量を私に凝縮させるとか。そこまで世界規模のことを狙うなんて、アクションの大作映画じゃあるまいし。もっと目の前のことに集中しよう。
記録の再生術。探索術。これで対象を特定する。たとえば昨夜の女の子の居場所を突き止める。彼女の語る社長とやらの居場所もね。
その次に、なにをする?
だれかの足した隔離世ぶん、ぜんぶ引く。
なかったことにする。
お父さんが好きなパトレイバー。漫画やアニメじゃ作業用大型二足歩行ロボット、レイバーがいっぱいいる。車のように。あるいは土木作業用に。自衛隊の装備として。アメリカやロシアなどの軍用レイバーもある。だけど後年、実写映画になると? 途端に「衰退してる」!
びっくりするほどローテクなものになり果てている。
警察のいぬ! を地でいくデザインの強化スーツを着る警察もののアニメ、アクティヴレイドだと? 大型ロボットは「作るのたいへん」「メンテがたいへん」「費用が高すぎ」「そもそも運転するのが一苦労」とまで言われていた。
その手のネタに興味のない人に話したら、どうだろう。
ドローンでよくない? って言われそう。
でもなー。
いまあるものは「ある」んだから、それを引いたり、なかったことにするための手段を考えなきゃいけない。
一発の威力があまりにも強すぎて「抑止力」にしても持っておくのが大変すぎる核とはベクトルの異なる厄介さがあるね。
お母さんがハマってた漫画があったなあ。少女漫画の月刊誌に連載をもっている男子高校生漫画家と、彼に片思いをするでっかいリボンの子が絡むギャグ漫画。あの中で、男子高校生三人が乙女ゲーをプレイする回がある。ありとあらゆるギャップを披露する攻略キャラたちを相手に、なにがこようと「そんなあなたも好き!」と受けとめ、受け入れようとする主人公の包容力はもはや宇宙規模。御曹司の実家が破産して「おれんち、一文無しどころか多額の借金ができて、だからもうお前とは」みたいに言っても「なんとかなる!」といって、ほんとにどうにかしちゃいそう。
主人公がいちばんハイスペックまである。
あれくらいの、なんだろ。「大阪のおかん力」? イマジナリー大阪のおかんに私が多くを求めすぎている! もっと、こう、なんかないかな?
ファリンちゃんのように転化して、もぐもぐごくんと食べること?
あそこまではまだできんしなあ!
程ほどで解散して、宝島のお店でお昼をみんなと味わいながら相談したらさ?
「そりゃもう邪になってもらって、退治するっきゃないんじゃない?」
「隔離世にぜーんぶ持ち込んだうえで、と注釈が入りますね」
マドカの元も子もない返答に姫宮さんが添える。
それもう、まんまニチアサのノリじゃん。
「現実では夢を。舞台裏では有事の対策を。忙しないね」
レオくんの憂慮を晴らすことばがない。
流しそうめんにユメたちが大はしゃぎ。ギンたちもかなり盛りあがっている。すずめのご飯どころで、神使のすずめさんたちがせっせと麺を流してくれる。庭先で盛りあがるみんなを横目に、畳のうえで私たちはのんびりそばを啜っていた。部屋を隔てた先ではわんこそばに挑戦できる。首にでっかいキスマークをつけたカゲくんとミナトくんたちが大食いに挑戦中。若い!
それぞれに今日みたものとの折り合いをつけたり、気分転換に勤しんでいる。
けど、先行きを思うとね。なかなか切りかえられない。
「お姉ちゃんならどうする?」
日中なら頼りになる姉に話を振らずに、いつ振るのか!
揚げたて天ぷらの盛り合わせをそばつゆにちょっとつけて、さくさくと音を立てていたお姉ちゃんがエビをくわえたまま「ふあ?」と見てきた。
食べてからにしてほしい。
まあ待てと片手を挙げて、しっかり堪能してから油に濡れた口元を拭う。
地味に時間がかかるなあ! もう!
「車エビ」
「なんて?」
「うまいなって」
聞いてないから!
おいしいでしょうね! たっかいから私は頼まない、というか頼めないけど!
「いや、すまんすまん。山吹の策でいいんじゃないか? 千葉で行なったように現世の転化、隔離世での討伐。この二面作戦の他に現状、手立てはあるまい」
「そんな元も子もない」
「警察や各自治体と協力してことに当たる他ないだろう、と言い換えようか?」
「う」
「四の五の言うな。いまさらなんだ? この手の犯罪がどんな世でも起きるんだ。隔離世が絡もうが絡むまいが悲惨なことなどどこでだって起きているだろうさ。いったいなにに、どう関わるのか。決めたんなら、腹をくくれ」
「くうっ」
説教しやがって!
「なにをどこまで止めるんだ? 春灯やキラリが好きなアニメの登場人物みたいに、事件が起きたら首を突っ込むのか? 行く先々で殺人事件が起きる探偵のように、そこにあるから解決するのか? なんでもいいけどな」
いや、よくはないでしょ。
ここで揚げ足を取っても仕方ないから言わないけども!
「行なうターンだろ? 求めるほうへ。期待するものを、自分で掴み取り、そのようにしていこうと実践するターンだろ。昨夜の際限も、調べたのも、術の開発も、そのためだろ?」
四の五の言うなと繰り返して、すぐさま食事を再開するんだ。
サクサクと音を立てて、揚げ物は鮮度が大事だといわんばかりに夢中になる。
ゲームしまくったり、カゲくんたちと遊びまくったり。かと思えばトウヤやコバトちゃんと知らないうちにめちゃめちゃ打ち解けていて、よく絡んでいたり。
お姉ちゃんはマイペースで、行動力が日に日に増している。
私はむしろ、逆。
自分を助けずになんとする。わかろうとするのも、気持ちを受けとるのも、自分でするの。
「キラリさー。特撮やアニメの人なら、こういうときどうすると思う?」
「そんなの聞くまでもなくないか?」
「だよねえ」
ほっとくわけないんだ。
どうにかして関わり、探って、できることをするし?
へこたれて「どうしたいのか」「これでいいのか」がわからなくなったら、だいたい、わかる出来事に遭遇するか、わかっていた自分に気づくなにかを体験して、立ち上がる。
やーめた! って、すべてを投げ出して、どんな事件が起きてもほっとくっていうのを選んでから徹底して守り続けるなんていうのは、私の少ない視聴回数だと覚えがない。アメスパ2のピーターも結局、出かけていく。
でもなー。ヒーロー活動から視点をずらすと、今度はやまほど出てくる。問題のある業界体質に染まるとか、家庭内で生じる問題のある構造がずーっとそのままとか。「やーめた」のまま、放っておく。弱い立場へと、どんどん負担が押し流されていく。半地下家族なんか、もろにそんな印象だ。ゴミを押しつけられてできるゴミ山のある地域とかね。
後者の比率に私はいま、だいぶ参っている。体感時間が増して、日に日に年単位になってんじゃね? って思えるくらい。日常がそのまま、鳥かご。砂漠の砂底。古い映画でいえばキャスト・アウェイやライフ・オブ・パイ。特に大きな変化を起こせる手立てが思い浮かばない場所で、せいぜい、昨日と同じ日になるようにできるかぎりのことをするだけ。そんな鳥かご。
お盆って昔は意味がわからなかった。
なんでやるのか。
お母さんはおばあちゃんちに行くと、とても機嫌が悪くなる。
なるべく、おばあちゃんと話さないようにしていた。そういうお母さんが私は正直、きつかった。苦手だったし、いやだった。
お父さんもお父さんで青澄家の人たちに精いっぱい気を遣っていた。娘婿状態。お母さんの姓だもんね。青澄は。夫婦別姓になっても私はぜんぜんいいんじゃないかと思うんだけど、そうなったとして、お父さんは姓をどうするんだろうか。戻さないかもしれない。お父さんにはお父さんの弱味がある。お母さんが学生時代に妊娠したこと。双子の出産になって、お姉ちゃんが死産となったことで、お母さんは深く深く傷ついた。いまだにきっと、癒えてはいない。傷痕として残り続けている。そういう過程になった。苦労もやまほどあった。そんな弱味がある。
親戚の集いもね。サマーウォーズだと雰囲気いいけど、実際にやるとなると「気を遣う」。ひたすらに。立場が弱いほど、発言力がないほど、雑用や面倒を押しつけられるし? ノンデリカシー親戚のハラスメントを浴び放題になる。均等に仕事を分配するとか、立場が弱い人ほど、そうでない人がフォローしていくとか、そういう仕組みがない。
ふたりには言わないけど。妊娠、出産、産後はしばらく実家で、とか。あるいは相手方にお世話に、とか。うちに関しては針のむしろになるばかりで、どうだろうと悩んでしまう。
どれほどしんどいかって?
火垂るの墓の親戚のおうちみたいなもの。
令和が迫っているのに、うちは家が古くて時が止まっているかのようだ。
それこそ砂底のように。
お母さんは抜け出したかったのだろう。私と同い年のこどもを出産してる葛葉さんちの美希さんだってそうだ。
現状さえ、私は砂底にいるように感じるの。
でも日常に変化を求めるのなら、実践がいる。いつかはね? 歩きだす。
砂底にハシゴがかけられるのを待つのがいやになったその気持ちを掴み取らなきゃ、続く。
うちでもお盆はできる。
なすやきゅうり。やらなきゃやらないまま過ぎ去る。
でも呟きアプリや画像投稿アプリだと? すごい乗り物を作っている人さえ見かける。
日常を変える実践には、自分でできることがある。そう言い切ることはできない。不幸せには底がなく、いま選択できる適切な態度と実践が「なるべく笑える時間を増やす」で精いっぱいな環境さえあるだろう。いついかなる経緯で自分がそうなるか、わからない。
いまのように四六時中、頭と心がわーっとなって、砂の女状態だなんて思いついちゃう日が来るとは思わなかったもの。
それでも結局、いつか「いやなら手放していい。手放したくないなら、大事にしたいようにすればいい」とシュウさんに叫び、部屋の隅で膝を抱えるカナタをベッドに呼んだときみたいにさ?
望むように実践していくのだ。
今回の犯人もまた、そうした選択をしているから、あのような犯行を?
どうだろ。わっかんね!
わからないよ。
わかっているのは、見つけて捕まえないかぎり、まだまだ繰り返すことくらい。
クルミナルマインドじゃ地域を変えて、あるいは周期があって一時休むことがあって、やがてまた起きる可能性を示唆していた。アメリカの陰惨な事件を起こした実在の犯人の分析傾向を引用しながら、という印象だけど文献を読んでないので正確じゃない。
どうであれ、これで止まるとは思えないからね。
まずは止めることから。
「じゃあ、現世で調べるっきゃないよね」
「右往左往しすぎてるけど、やるのね?」
マドカの指摘が痛い。
私はこれに関して、何度も意見を変えている。
警察の協力がいる。学生のできることじゃない。やるべきじゃない。責任を取れない。その他もろもろ、考慮する要素がやまほどあってさ?
そもそもそんなの決めきれるわけがない。
かといって、手放していい問いじゃない。
「シュウさんにお願いされたからでもなく、犯人が襲ってきたからでもなく。そういう、だれかに流されるんじゃなくて、私たちなりに行動していきたいの」
ほら。マドカの早すぎる作戦だ。
それを実現させるために、精いっぱい暴れたいのだ。
そのためにも情報がいる。
「調べる。でもそれは、シュウさんの意に沿うためじゃないし? みんなを危険に晒すためでもない。ましてや、犯人が想定する流れに乗っかるためなんてことは避けて、むしろこっちの流れで翻弄したい」
「具体性」
今日のマドカ、手厳しいっ!
さてはまだ怒ってるな!? ゆうべ勝手に調べに行ったこと!
だからって怯まないぞ?
「後手に回って、よくある流ればかりイメージするからいけないんだ」
私にだって策はある。
つづく!




