第二千二十一話
一切の手出しを禁止する。
事件現場の状況を逐次報告せよ。
胸くそ悪い状況下で「緋迎、なぜ貴様が現場にいる」と連絡が来る。
渋谷のみならず本庁の侍隊が来る。交代で会議室へ呼び出されるのだ。
現場に居合わせたからという理由では待機できる時間に限界がある。
佐藤、柊両名には捜査のための情報収集を。渋谷の侍隊には隊長を通じて現世、隔離世両面で調査はもちろん、必要に応じた対応の準備を。隔離世における邪討伐を主軸にしつつも、現世においては指示が下った場合の対処の備えを。なにができるわけでもないが。
現場に立った肉の柱。そして柱から伸びているように見える天井と床、さらには壁をも覆う肉。
その正体さえ、いったいなにかわからない。
迎えの車に乗ってまばたきをしたら、警視庁に着いていた。
『無理しないでね?』
御霊にもちろんだと答えて車を出る。
声を掛けようか迷っていた運転手に礼を告げることを忘れずに。
エレベーターに乗って欠伸をかみ殺す。待ち受けていた、えらくておっかない同期たちに連行されるように偉いおじさんたちの集まる部屋へ。
『いやそう』
現状では責任を取られては困る、というのか。
逆に今回の一件で詰め腹を切ることになるのはお前だ、というのか。
既に報告された内容に加えて所感を述べるよう求められるが、さして役にも立たず、意味がないことは明々白々だった。
「いったいなんなんだ、あの肉は」
「事件性がある、という状況にしか見えませんがねえ」
「どうやれば、あんなことができる! なにかないのか!」
だれも答えられない。
会議室で不機嫌を晒したら、もはや終わりだ。
「現場で組織の採取。調査。なんであるのかが判明し次第、少女の救出に移るほかないか」
「どこが採取を? どのように行なうんだ」
「あれは触ってだいじょうぶなのか? 少女に影響はでないのか」
わかるわけがない。
このような前例などあるはずもなく、その調査を担う部署がない。
強いて言うなら佐藤、柊両名と自分のいる隔離世対策室で行なうのが適切のように思えるが、あの肉が、柱が危険なものであるのなら? 部下の命を悪戯に危険に晒すことになる。
ヤクザな商売だ。
やってみなければわからない。
そして結局のところ、だれかが貧乏くじを引かなきゃ進まない。
このような感覚で話しあっている以上、先の展開など望むべくもない。
投げやりに期待したけれど、的を絞っていない時点で外れることがわかっている。
『ねえ、シュウ。不毛だよ。早く話の舵を取り上げちゃったら?』
それが、だめなんだ。
『なんで?』
いまこの場に求められているのはなにか。
彼らにとって対等な身内との腹の探り合いであり、同時に今後の利益になるきっかけ探しだ。
前者でいえば若造扱いの自分に発言権を認めていない。
後者でいえば?
ひたすら面倒くさい。
『権力闘争?』
そのとおり。
父さんが嫌いなもの。
母さんが行方不明にならずにいたら、黙っていられなかったもの。
『サクラが?』
なにせ母さんは強いから。
自分の求める領域における主導権を握りたい人だからね?
こんな不毛な時間に利用されるなんて許せないんじゃないかな。
『シュウも手出ししたくないの?』
この場に上司がいるからね。
呼びかけられない限りはおとなしくするものだ。
『女の子がひとり、いますぐ助けたほうがいい状況下で?』
悠長な話だけど。
『ドラマや映画じゃ、無茶して助け出す人がいるよ?』
だって実際にはそうもいかないんだから。
せめてエンターテインメントには救いが欲しいだろ?
『やな世の中だ!』
言いたくなる気持ちもわかるけど、それだけじゃあないんだな。
『どうして?』
女の子がだれであれ救出しなければならない。
そのために最善を尽くすとして、現場の人間に無茶を強いるようなことがあってはならない。
関わる全員の安全を最大限に確保しながら進める。わからないことがやまほどあって、いますぐには打つ手がないように思える現状でさえ、人事を尽くす。
人質を取った立てこもり犯が出たが、とにかく犯人を逮捕すればいいとして「人質がどうなろうと、突入する警官がどうなろうと構わない」なんて命令は組織としては下せるはずがない。
そういうわけで手を尽くして配慮を重ねる。
どうしたって動きが鈍くなる。
確実さを取ると速度は犠牲になるし、速度を取れば確実さがどうしても不足する。
どちらも大事だ。それにことに当たるとき、速度と確実さだけでは足りない。
『こないだカグヤとふたりで見てた刑事ドラマだと、東北弁をしゃべれる偉い人が「ぜんぶ自分が責任とる」っていって、みんなでできることしてたよ?』
ああ。躍るね。
彼女は見たことなくてさ。
改めて見ると「映像が! 時代かんじる!」となる。
テレビ版はどうしてもね。仕方ない。
『ここで話したって限界あるよ。いっそ春灯たちに連絡つけたほうがましじゃない?』
それはできないんだって。
『じゃあ侍隊に指示を出したら? シュウ、いちばん偉いんでしょ?』
侍隊の中ではね。
でもそれは「なんでも命じちゃうぞー? 王さまだー! がはは!」という意味じゃない。
みんなの命と責任を預かる立場だ。みんながいかに活動しやすくなるよう、自分の立場で動けるかを試行錯誤する立場なのだから、出すべき指示は「死んでこい」じゃなくて「目的を達成するためにどうするべきかをよく考える」だ。
『それだとさ? 映画でやりたい放題をする悪党とか、手段を選ばない悪党とかが相手だと致命的じゃない?』
既に起きたことの対処。
慣れたこと、経験のあることなら? 予測は立てやすく、対応もしやすい。
けれどだれもが初めてだから、どうしていいのかわからない。
基礎問題を解くことはできて、応用問題も解いたことがあればわかる。だけど思わぬ応用問題が出ると、途端に手持ちの時間を使い切っても解けず、硬直してしまう。
『行動あるのみじゃない?』
それがすぐにはできないから、不毛なんだよ。
なまじ時間と労力、体験を重ねて昇進してきてしまったからね。
進退がかかると怖くなってしまうんだ。人は。
『そういうの、ほんときらい』
自分だけじゃ済まない。
みんな家族がいて、守るものがある。
たとえ家ではどれほどひどい父親か旦那だとしても。
ゴルフの趣味だのなんだの、いろいろ抱えている。
『そんなのみんな同じじゃない? だいたい、なんでおじさんしかいないの?』
たしかにやまほど問題あるよね?
だから不毛なんだと切り捨てようにも、もはやその場にいる一員になってしまっている。
『いやなおじさんになるよ?』
それはやだなあ。
だから現場に残りたかったんだけど。
補佐に呼ばれた人間がそっと耳打ちをしたり、助言をしたり、発言を許されてご注進もうしあげている。いや、いまのは揶揄が過ぎるか。
進まないわけではない。
理想どおりにいくわけでもない。
じれったさをだれもが感じながら、混乱を極めた状況で整理を急ぐ。
こうしている間にも肉の柱に囚われた少女の救助が遅れていく。
わかる範囲で調査は進められているが、未だに少女の身元は不明なままだ。
『ニュースになってたりして』
待ったをかけても限界があるから、今ごろ大騒ぎだろうね。
警察が大勢出動して鑑識まで入っていて、隠し通せるものでもあるまいし。
きっと警察はなにをやっているんだーって、また嫌われちゃうんだろうなあ。
やだなあ。困る。
◆
理華ちゃんの説明によれば?
私を襲ってきた日本刀の子は知り合いだという。
どんな奇跡!? どういう確率なの?
あるいは意図的? 女の子が? それとも理華ちゃんが女の子から聞いた社長とやらが?
実際は尋ねてみなきゃわからないものの、理華ちゃんによれば女の子は買い物をして、烏天狗の館で再現したホテル街に消えていったそうだ。別れた場所が、路地の入り口。
すると彼女の本命は理華ちゃんだったのかな。
みんなの前で再現してみせたのは、戦いだけじゃない。会話もだ。
だから理華ちゃんは少なからずショックを受けていた。「斬るだのなんだの、あれ本気だったのかよ。理華としたことが!」と。見抜けなかったというショックなのかな?
「なんたること。昨夜は反省して寮でおとなしくしていたから、大事な機会を逃したなんて」
慣れないことはするもんじゃないと愚痴る理華ちゃんにクラスメイトたちが「いやいや」とツッコミを入れている。そうであってもらわなきゃ困る。
戦いでみると分が悪い。理華ちゃんはケンカに強いわけじゃない。私も昨夜はかなり危ういところだった。気持ちで負けるなっていうじゃん? あれ、昨夜に関しては本当だった。
夜と霧の新訳版、意外と読みやすくてさーっと読んじゃったけどね?
いろんな理不尽や不幸せに見舞われて「ああ、もう」と心が折れて自分を見捨てると、いろんなことに対して自暴自棄になっていく。自分を助けることができなくなってしまう。
相手は敵意をもって攻撃してきた。
それに対して私が自分を見捨てたら? 防御さえ満足にできずに終わってしまう。
気持ちで負けるな! だ。
でもって、自分でやるぞ! が強すぎると? それはそれで問題だ。
なので理華ちゃんが心配。
ひとりでどうにかできるキャパを越えている。日本刀でだれかが襲いかかってきてるんだもの。ひとりで対応しようとしたら、もうだって、選択肢が限られる。
選択肢を増やすには行動が欲しいし、他にも欲しいことがある。
私がやまほどの問いを見つけながらも「まだまだある!」として途方に暮れてるのも?
たくさんの欲しいを感じているから。
だけど、それは私ひとりでどうにかできるキャパをとうに越えている。
なのに、ひとりで「無理だ」って悲嘆に暮れて、諦められずに悩んでるの。
これも? やっぱり問題!
私らがいるだろ、というマドカのお叱りの通りだし?
まだまだ足りないだろ、とマドカは考えているし。そのとおりだし?
関わる人が増えると、それだけ捉え方も増えるしなあ。
果てしないよなあ。
これ、何度も繰り返してきてるのにね! 私はいったい、どうしたいんでしょう!
『知らん』
『目標を考えてみんか』
ウンザリ気味ながらお返事いただき、感謝!
共有したいのかな。
それには勇気が足りないな?
ともだち甲斐も。
仲間がいるっていう実感も。
私がやらねばだれがやる! いや、そんなの関係なく私はやる! という意欲剥き出しでモチベを高めている理華ちゃんを見ているとね? 重ねる。
私が見たい世界。私が関わりたいやり方。私が知りたいこと。
そういうもので自分が満たされている私を重ねる。
「このあたりでなにか起きているんじゃないかな」
周囲を見渡してシロくんが呟いた。
実は地味にホテル街でそわそわしている人がけっこういてさ?
いまの発言を聞きつけてギンがぼやく。
「試練の部屋が再現してくれてるっつうなら、あちこち覗いてみるか? 無駄足に終わる可能性もあるけどな」
「部屋を訪ねる人以外には、生き物がいませんからね」
ノンちゃんの補足もなんのその。
刀鍛冶の集まりの中からそそくさと抜けて日下部さんが「じゃああっち探してみよう」とカゲくんの手を取る。あまりの早業に驚くばかりのカゲくんが「え? お、おう! 軽く調べてくるか」と間の抜けたことを言っていた。
たぶん、日下部さんの狙いはそういうことじゃないと思うの。
言うまい。
言うまいが!
その手があったかと、みんなのそわそわ度が増すのかと思いきや?
「じゃ行くかー」
「そですね」
ギンとノンちゃんは気にせず行っちゃう。
ふたりにはそういう気配がない。
それにマドカがレオくんたちに声をかけて、分かれて調べにいく。
えー。意外と淡泊ー!
そわそわ勢の意気が挫かれそうになっている!
普通にみんなで見学くらいのノリになっているのがノノカたち吹部のメンバーで、肩すかし。
いやでも。
テレビ、だいじょうぶかな。
いきなりえっちなやつがどーんと放送されていないかな?
「春灯、あたしらもいくぞ」
キラリに呼ばれる。
二年生で調べることにして、さくっと中を見渡しちゃおうというのだ。
マドカの差配で私はキラリや未来ちゃんたちと一緒に行動することに。
あんなに私らがいると言ったのなら、マドカと一緒になるかと思ったのにな。
荒ぶったぶん、ちょっと冷却時間をってことなのかな。
「ほら。緋迎先輩もいまいないし。さくっと済ませるぞ」
虹野くんたちもいる。去年のキラリのクラスメイトたち勢揃い。
うぃず私と未来ちゃん。
手近なホテルの一階から、手分けして各階層の部屋をチェックする予定だ。
こういうとき実感するね。人海戦術、便利。
あわてて合流する間に未来ちゃんがキラリに尋ねる。
「なんで三年生はいないの?」
「マドカの作戦きいて、いろいろ準備してくれてるんだと」
早すぎる先手必勝解決術!
それも昨夜の一件で目論見が崩れつつある。
のこのこと私が調べに行っちゃったものだから、あれこれ腹を探られていそうだ。
あの女の子に。あるいは女の子の語る社長とやらに。
でもね?
対策は無駄にしない。
できる限りのことをするぞ!
そうはいっても疑問だ。
手前のホテルから探査班が入っていくから、みんなで奥のホテルに入る。
道玄坂のホテル街で事件なんて起きる?
いかにも「私たち怪しいです」と自己紹介するような場所で襲いかかってくる?
ついつい弱気で及び腰になっちゃうところだったのにな。
自動ドアが開いてすぐに浅はかだと気づかされた。
血の匂いがぷんと漂っている。これに気づかなかったなんて。
トラジくんが「まじかよ」と呻き、ミナトくんが「再現、すっげ」と引く。
急いでコマチちゃんがスマホを何度かタップして「みんな」と呼びかけてきた。
道玄坂のホテルで殺人事件が発生。警察が調査中。要約すると、ただそれだけのネット記事が表示されている。
だれも知らなかったし、正直いえば知りたくなかった。
烏天狗の館は再現している。
人はいない。生き物もいない。ただ、死の痕跡が色濃く残る場所だけを。
つづく!




