第千九百十話
事件は現場で「起きた」。
捜査本部は会議室で「行なう」。
現場の捜査は現場の担当者が「行なう」し、なにが「起きた」のかを探るのに必要な情報はまず「現場」にある。「会議室」には集約された情報が、わかりやすく加工された状態で、伝聞として集ってくる。
「今回の青澄春灯宅ポスト不法投棄事件について、理華をはじめとするみんなは現場の捜査官ですよ? 春灯ちゃんは会議室。科学捜査などのバックアップサポートは尾張シオリ先輩が担います」
「「「 はあい 」」」
ゆるい!
真夜中に指輪の術を用いて千葉の街中へと飛び、ひそやかに進む。
頼もしいメンバーは少数。
聖歌と瑠衣、スバルにワトソンくん。
残りはどうしたかって?
美華は単純にお仕事終わりでまだ帰ってきていなかったので、今回はパス。
ワトソンくんに片思い中の詩保は彼が行くというのでついてきたがったけど、昨日の夜の稽古中に足首をきつく捻挫したため、今夜はお留守番だ。
七原くんは長年収監されていて勉強でまだまだ抜けが多く、姫ちゃんがせっせと自習を手伝っている。
キサブロウは実家の手伝いがあるというので外出中。岡島くんは先日、春灯ちゃんのぷちたちと過ごしたときから「新技がいるんだ!」と鍛錬に燃えているので辞退。
ツバキちゃんはお仕事で難産の最中。さすがに邪魔はできない。
というわけで今夜の愉快な仲間たちは以上である。
マオあたりが首を突っ込んでくるかと思いきや、いまだになにやら忙しくしている。宝島滞在期間中に八組と競ったのだけど、心ここにあらずといった様子だった。
なんだかなあ。
「それで、理華。今夜の調査の方針は?」
「春灯ちゃんの家でなにが起きたのかは話しましたよね? ポストに投函したとおぼしき人物について尾張シオリ先輩の調査によれば、対象はかなりのクロ判定」
「とはいえ、いきなり無理を通して真夜中に足を運ぶ理由がわかりませんが、なにか動機が?」
ワトソンくんの問いはいいところを突いていた。
春灯ちゃんから知らせとお願いがメッセージで届いてすぐに仲間内のグループメッセージに情報提供を求めたところ、出るわ出るわ。枝葉末節な噂の山が。そこはいちいちくまなく確かめない。それよりも石を投げて波が起きるとき、思わぬなにかが驚いて反応することがある。
その施設のこどもが入院している場所で、直接はなした近親者がいるというのだ。
直接メッセージをくれた人の旦那さんの姉夫婦、そのこどもが三度目の自殺未遂で入院。その入院先の病院がいわく付き。いわば収容病院とでも言うべき施設だったという。旦那さんのお姉さんは反対したけれど、結婚相手は強行。離婚騒動からなにから、うちのグループ内で相互補助し、なんとか区切りがついた。その後、探しに探してこどもを無事に保護。そこでこどもさんから、やばい実情を聞く中で出てきたのが、今回探していた施設だったというわけ。
ひとしきり説明すると、聖歌がわけわからないという顔でいた。
「ねえ。なに、その病院。どういうところなの?」
「んー」
掘り下げて説明するべきだろうか。
「治療と称してベッドに拘束し、患者に対して強すぎる薬をただただ投与するだけで、診察などろくにせず、部屋に入れとくだけの場所だろ? 聞いたことしかねえけど」
悩んでいる間にスバルが説明する。
まとめてしまえば、彼の言うとおり。
「面倒を見る費用を受け取り、もしかすると重病に対する支援や障害年金の費用もがっつり持っていく。貧困ビジネスならぬ、重病ビジネスってとこか」
それを言うなら正しくはなにか特定の対象を狙い撃ちにした強奪と監禁ではないか。
「牢獄のような部屋。衛生面に問題があっても放置。治療のためのプログラムはなく、生きていればお金が増える道具として、放っておかれる場所ですかね」
偏見を助長してはならない。
念のため言うと、普通はそんなことをしないし、できないようにするし、していたら捕まるように社会制度を整えていくものじゃないかな。
自由を奪い、法外な値段で弱味につけ込んだ契約を結ぶのは問題がありすぎるからね?
すべきでないもの。
あくまでも極少数のクロが目立つという話だ。
ゼロでないというだけで途端にすべてのシロがグレーに見えるようなら、どうか落ち着いて。
私たちの答えがつらいのか、痛みをこらえるように顔を歪めて俯く。
隣を歩く私の手を、聖歌はことさらぎゅっと握りしめてくる。
「そんなところ、あるの?」
「俺ぁ都市伝説だと思ってた」
「入院を継続しつづける人自体はいると伺ったことがあります。家では受け入れられない、お世話ができない、世間体が悪いなど、一方的な理由でね? 自宅ないし近親者の家に居場所がなくて病院にすべてを丸投げされてしまう」
それこそ病気として認識されるまでは座敷牢や離れに置かれたり、山に捨てられたりしていたのだろう。この国では。他の国ではどうか。悩ましい問題としてあったろうけれど、こうした話はいわば「語られない問題」として蓋をされがちでもある。
特に世間体を取り繕う家族や近親者たちにとっては、これほどばつの悪い話もない。ばつの悪いどころでは済まないのだが、春灯ちゃんが送ってくれたメッセージの中から引用するとしたら多くの人にとって「いますぐ答えが出せない問い」ではあるのかもしれない。
望まない相手を受け入れて一緒に過ごすとなれば、お互いに満足な生活を過ごせない。家庭という密室で権力を持つものが、そうでない者に対してどのような振る舞いに出るか。想像に難くない。
だからといって、もちろん現状を「以上が答えだ。どうにもならなさを証明完了。終了!」とはならない。してもいけない。断じて。
「ひきこもりの自立支援をうたう民間業者が最近、話題になっているそうです。今回見にいくのも、そうした施設ですね。当事者の承諾なしに連れ去るんです」
「この場合は親か養育者が依頼している。連れ去りの対象になったこどもこそ本人だが、江戸時代でいう人買いが家に来て、出ていくしかないみたいな状況を迫られるんだろうな」
「そう。もちろん、すぐに社会問題になるでしょうね」
でも、現状ではまだ止められずにいる。
実態がよくわからないというのもある。
「そうした業者が件の病院と繋がっている、なんて話もあるから闇が深い話ですが」
それだけでは断じて済ませてはならないけれど。
ともあれ。
「知らせにあったこどもはなんとか無事でした。病院で会ったこどもはというと、身体中に虐待の痕があるのにも関わらず身体の治療はろくにされずに退院していったそうです」
「いつの話だ?」
「五月くらいの話だったかな。なので、どうにも気になっていまして」
閑散とした住宅街を抜けて、片道二車線の開けた道路に出た。
角に駐車場のあるコンビニが周囲を明るく照らしている。ゴルフ場が近く、東京のベッドタウンとして開発された住宅街は新しく小綺麗なデザインハウスが多く並んでいた。道路の交通量もそれなり。信号に停車する車両が十台以上の集団でにらみ合っているからだ。
ファミレスなどのチェーン店が軒を連ねた大通りは二十四時間営業でない店の暗さが目立つ。歩いている人の姿はない。それは住宅街でもそうだった。夜に犬の散歩をする人もいないのが不気味といえば不気味かな。
この通りの先、途中で小道に入った先に狙いの場所がある。
歩いて十分くらいかな。
「そんなの、いますぐやめられないの?」
「やる理由があるといえばあるんです。といっても、お金といまの生活の維持が目的でしょうけど」
痛い。聖歌の手に力がますます入るから。
見なくてもわかる。怒っているし、傷ついているのだろう。
「遠からず。終わりますよ」
刑事、民事のどちらか、あるいは両方からの訴追は免れない。
どう考えてもね。
「いますぐでしょ!?」
信じられないという顔をされるけれど、なんていえばいいんだろうな。
「病院には既に警察の手が入っているんです。訴訟の準備中で、記事にもなっているのでね。どんどん資金源が断たれていくんじゃないかな」
「さっきの救助騒ぎの話からか?」
「まあ、そんなところです」
スバルの問いは答えそのものだった。
ただし、いま調べに行こうとしている場所は? まだ。
病院との繋がりが明るみに出ればアウトだ。そのわりに業績拡大のまっただ中。出所が不明な資金もあると聞く。少数の依頼人から多額の費用を巻き上げていた?
「だ、だとしても! 頼む方も頼む方じゃない!?」
聖歌の憤りは止まらない。
気持ちはわかる。
伝えたくないな。世の中には、苦しんでいる人を追い出すくらいの偏見や差別があることも。あるいはまず自分たちさえ満足に安心できず、そのうえさらに安心を届ける余力がなくて、塞いで苦しい人生がいくらでも存在することも。それらを知らずに差別的発言で済ませる無関心さが溢れていることも。窓口として働く人の中にも、そうした強い偏見で閉じている人がいることさえあることも。ましてや、安心が奪われ、損なわれて傷つき弱っている人を苦しめることで金を稼ぐ人がいることも。伝えたくない。
青臭くていい。
助けたい、だから知りたいと繋げて、進んでいけたら、そっちのほうがずっといい。
気持ちを選ぶまでは、伝えたくない。
率直にいえば、私も聖歌と同じように思う。
けれど、それも言えない。
それぞれの事情を知らないかぎり、怒りに正直になれない。
聖歌のようでありたいと願うのに、できないのだ。
強烈な依存。賭け事に対して共依存状態に陥った人がもしも貧困に陥って社会保障を頼ったら? ギャンブル依存の治療はできる? されている? それとも、社会保障を攻撃する材料として、さも貧困に陥って社会保障を頼る人すべてがギャンブルばかりしているように知らせて利用する? このふたつは明らかに目的が異なる話だ。
保障を求める立場に対して知っておいたほうが全体から細部に至るまで見通しがよくなる話がいったいどれほどあるのだろう。どれほど必要なのか。
私には全貌のごく一部でさえ、ろくに見えていない。
お叱りを受ける話をしたかもしれない。正確ではない、間違っていると。
けど佐藤さんから教えてもらった話によれば?
監禁と強奪の標的に隔離世の人さえ含まれるというから放っておけない。
知らなければなにもできない。未知の先に対して、常に思いを馳せていなきゃ。それは同時に知の虚飾や知に絡まる未知について敏感でなきゃならないということでもある。
そう。これら、いま並べた知に対しても虚飾があるかもしれず、未知への入り口でしかないのかもしれない。常に、何事においても、その可能性はあるのだから。忘れてはならない。
そんな私になにをどう伝えられようか。
「――……なるほど。瑠衣、理華の話に思い至ることは? 忍びはなにか掴んでいませんか?」
「千葉の連中に連絡を取ったけど、たしかにここいらには邪がかなり出ているそうだ。近くの警察署の侍隊が頻繁に討伐に訪れているって話だぞ?」
「他に警察は動いていないと?」
「まあ、だって、悲しいけど侍隊の地位はそこまでじゃないから」
話しても、それを受けとめる相手がいなければ始まらない。
組織は組織であればあるほど、良くも悪くも安定してしまう。
その安定は崩せない。崩しがたい。
「ついでにいうなら、その病院うんたらってのも、似たような状況だったんじゃねえかな」
侍隊はお見通しかって?
いや。現世での実情を見ることはできない。
隔離世から眺めるまでで精いっぱい。
邪の声を聞く内に「もしや」と思って動いてみても、警察が動くわけではない。
うまくいかない壁にぶち当たる人のほうが多いだろう。
精いっぱいだ。
仮に声を聞いてどうにかしたいと思う刑事がいたとして、正当な手続きもなしになにをどこまでできるだろう。裁判になったとき、侍隊の杞憂を受けて、ではむずかしい。現状、隔離世の情報は裁判で扱えるほどの信用を勝ち取れていない。行けない人にとってはないものと同じだ。
ひとりじゃだめだ。組織ゆえに組織でなければ。
それさえ足りなければ? さらに、もっと?
わからない。精いっぱいを続けていくしかない。
そういうときほど、聞くことができなくなる。
聞かないことを当たり前にしてしまってはいけない。
「いやですね?」
そばにいる聖歌にささやく。
「いやだよ。ぜんぶ。なにもかも気に入らない。理華はそうじゃないの!?」
「もちろん、気に入らないですよ」
憤まんやるかたない聖歌の声に、心の蓋が音を立ててずれる。
泉の底から泡がいくつも浮かんでくる。
「でもね。立ち止まれないんです。聖歌はどうしますか?」
「やれることを精いっぱいやるに決まってるでしょ! 帰れとも言うの?」
「ううん。理華は聖歌にいてほしいから、大歓迎です」
無理ならそもそも同行を頼んでいないってば。
いまはまだ頭に血がのぼっているけど、それはできる限り控えて、人助けに情熱を注いでほしい。むしろ戦いになった場合、期待しているのはスバルだ。
これから向かう先でなにが起きているのか。
最悪のケースを想定したら?
「理華。青澄先輩に黙って潜入してよろしかったのですか?」
「シオリ先輩のバックアップって、いつから受けるんだ?」
ふたりの問いかけにどう答えようか考えを巡らせながら先へと進む。
いまの春灯ちゃんには消化するにはカロリーが高すぎる出来事が待っている気がする。
『わざわざ歩くほど時間がかかる距離に転移した理由は、諦めるかどうか考えるためか?』
まさか。
集まった情報を整理して、いてもたってもいられなくなってここまできた。
ただただ。
私はいま、心底怒っているだけだ。
涼しい夜風を浴びながら歩かないと、爆発してしまいそうなほどに。
みんなと歩いて心をなだめておかないと、なにをするかわからないくらい荒ぶっているだけだ。
さあさ、焦らず急いで「現場」へ行こう。
つづく!




