第千九百九話
解決できないタスクばかり増えていく。
おじさんへの対策のためにシオリ先輩と理華ちゃんの連絡を待っている間、めっせーじの履歴を見直して実感する。
ビル爆破事件に連続殺人事件。謝肉祭遊園地のその後も停滞中。
学校でいえばリエちゃん先生に呼ばれた不思議空間での料理に、井之頭くんたちの隔離世任務に活きるお料理開発。ノンちゃん、ノノカとそれぞれにやってる装備開発。授業もあれば試験もあるし、そういや体育祭どうなった? って感じだし。
仕事となれば次のライブと楽曲。真壁さんたちとやってる番組に、看板番組。のみだけじゃやっていけないし、知名度もなにもかもまだまだ吹けば飛ぶようなレベルだし。
修行もやまほど。天国での神使修行に、金色と転化の使い方。マニュアル一切、なし!
日常生活と将来設計でいくと、ぷちたちとの生活があって、大学部はどうするのか、仕事はどうしていきたいのか、カナタとの今後は? 考えたらきりがない。
中学二年生のときは、せいぜい「ああ。来年、高校受験かあ。やだなあ」くらいだったのに。
高校二年生になったらハードル爆上がりじゃない? ねえ。
かと思えばカナタが「俺のぷちたちをいま地獄で預かってもらっていてさ」なんて言うの。
いやいや。
ははっ。
うそでしょ!?
「答えがない問題おおすぎません?」
「なに言ってんの、人生たいがいそんなもんよ」
晩ご飯も洗い物も済んで、お父さんという遊び相手を振り回したくて仕方ないぷちたちを見守りながら愚痴ったら、お母さんが容赦ない。
そっかあ。答えがない問題ばかりですか。
「でもカナタくん、キミの式神どうするの?」
それにしたって、お母さんは冷静すぎやしませんか?
現世にいずれくるんじゃないの? そしたら私みたいにてんてこ舞いになるんじゃないの?
だいじょうぶじゃないよ? それはかなりたいへんだよ?
「いまは空き時間を使って、急ぎ尻尾の掃除をしているところです。まだ春灯のぷちに比べて、一日の睡眠時間が長いから、その間に尻尾の中を整えて住処にしようかと」
「そのあとは?」
お母さん、さばさばしすぎじゃない? ねえ。
「休み時間、放課後になったとき、食事時間に様子見つつ、地獄修行の時間帯を主に一緒に過ごす時間にする予定です」
「じゃあ質問の相手を変えるけど。キミの式神たちは、どうしたいの? ちゃんと聞いてる?」
「あああ」
テーブル越しにお母さんに睨まれて、カナタの目が泳いだ。
「それが、その。聞こうにも、いつも寝てまして」
「病気かなにか?」
「俺の霊子供給が不足気味なのと、まだ眠るのが仕事なのだと聞きました。地獄の狐から」
なんですと?
「え。相談に乗ってくれる狐さんがいるの!?」
私にはいないけどぉ!?
「ああ。玉藻の店で働いてるんだ。ほら、小楠の御霊の」
「おぅ……」
カエンさんだったかな。
火を扱うのがとても得意なのだ、ということしか知らない。
どんなお狐さんなのかがさっぱりわからない。
お話が聞けないのつらいなあ。
っていうか私にはいないっていうの、狸街で聞いてみればいいのにね。
う、それで思い出した。
金長ちゃんに「いたけりゃいていいけど、狐の街にいったほうがよくね?」と圧をかけられていたんだった。アマテラスさまに聞いてみる手もあるけど、いっつもいないしなあ。いや、それにしたって館の神使のみなさんに尋ねてみればいいじゃんか。
な、なんとなく。気後れして聞けてない。
ホノカさんとリエちゃん先生の仲みたいな繊細な話題じゃなく、もっとなんてことない話なのに。八雲さんみたいに小学生時代の頃を知ってるわけでもなければ、シャルみたいに前に因縁があったわけでもないのに。
圧倒的な、陰!
「いちおう言っておくと、こどもと同じなんだから大事に育てるべし、だそう。放っておくなんてあり得ないと、みっちり叱られました……」
あれ。気づいたらカナタが隣で項垂れている。
「そうねえ。産み主の心の成長に影響を受ける。停滞にもね」
「お母さん?」
なにその「私、知ってるよ」と言わんばかりの発言。
「ようく大事に過ごしていたら、思ったよりもあっという間に育つかもね」
「お母さん!?」
ぜったい知ってるよね!? 式神について!
「なにその事情通っぽい発言!」
「だってそりゃあ美希が式神もってるんだもの。私だって知ってるわよ」
「なんでこれまで教えてくれなかったのかなあ!?」
「いまの言おうが言うまいが、やることは一緒でしょ? 気もそぞろな頃に聞いたら、目的がすり替わっちゃうじゃないの」
あんた絶対そうなるでしょ、と。
呆れた顔して言われる娘の気持ちとは、いったいどんなものでしょうか!
大ダメージ! ひねりもなんにもないな!
「た、たしかにぃ」
言い返せねえ……っ!
ぷちたちが早くおとなになることだけ考えたにちがいないよ?
まるで厄介払いでもするかのようにね!
それじゃだめなんだよね。ぷちたちのことなんて、一切お構いなしなんだからさ。
「あのう、逆に俺はいいんですかね?」
「キミは超がつくほど真面目くんだから。反省しているいま聞いたほうが、道標になるんじゃない?」
「おお」
感動してるみたいだけど、カナタさん。だまされてません?
物は言いようってやつじゃないの?
「どうした、娘よ」
「なんでもないです」
半目でカナタを見ていたら、すぐにツッコミが入った。
いけないいけない。さすがにお母さん相手じゃ、考えなんてすぐにバレる。
「よろしい。それじゃ念のため言っておくけど、カナタくん。さすがにキミのぷちまで出てくるなら、うちでは苦しいぞ?」
「わかってます」
急いで答えるカナタさん。もしかしなくても迷惑はかけないアピールなんだろう。けど、顔色に露骨に感情が出てる。やだなあ、なんとかならないかなあって。なんなら、ちらちら私を見てきている。
だけど、お母さんは容赦がない。
「そうなったらサクラさんに連絡するからね」
とどめの一撃にカナタの顔が引きつる。
「あ、いや、俺から、言うので」
「「 おやあ? 」」
お母さんとハモっちゃった。
あちこちに視線が逃げる。目が泳ぎすぎだ。
気もそぞろ。焦っている。
もしかして、もしかしなくても。
「カナタ、サクラさんに言ってないの?」
「ま、まさかそんなあ!」
「言ってないんだ」
「――……はい」
なぜに嘘をつこうとするのか。
私の場合、ぷちたちと当たり前に共同生活するようになるなんて思ってなかったけど。ぷちたちのことはお母さんに伝えてあった。日頃、それくらいは話さない?
や、人とご家庭によるかー。
「夏休みも近づいているでしょう? 連絡しといたほうがいいんじゃないかなー」
お母さんの王手が決まって「い、いってきます」とカナタが席を立つ。
投了! 投了です! カナタ選手、防戦むなしくここで「参りました」宣言であります!
扉を閉めて見えなくなるまで、カナタの背中を見送る。
それからお母さんに視線を戻した。
「カナタのこと、いじめないでよ?」
「なに言ってるの。大事な話をしただけよ」
「押しが強いんだよ、お母さんは」
「受けに回るタイプよね」
なんの話ぃ!?
つっこみたい話は他にもあるぞ?
「それからさ。今日の術といい、式神の知識といい、なにあれ。もっと教えてよ」
「うちの家の術と、学校で習う術と、我流と。その組み合わせ。学校で習うことをいまは精いっぱいやれば? パンクしそうって言ってなかった?」
くうっ! 痛いところを突いてくるなあ!
けどね? 見苦しくても粘りを見せるよ!
「やだやだ、うちの家系に伝承された技とか術とか、ぜったい知りたいじゃん! 教えて? ねえ、教えてよう!」
「こどもか」
「こどもですが?」
「む」
青澄春灯選手、青澄麗子選手から一点を取りました!
ここは押しの一手あるのみか!?
「いまどれくらいのタスクを抱えてるんだっけ?」
「うっ」
ああああ! 逆転! 逆転だ!
たった一言で「う、ぬう」と呻かずにはいられない一撃を食らってしまったぁ!
『やかましい!』
ごめん、タマちゃん。
ついうっかり盛りあがっちゃった。
「いっぱい」
「いまの春灯の顔、たぶん一筆書きで済む」
「ひどい!」
たしかに途端にIQが下がりましたけれども。
「ごめん。ただ、やりたいなら止める道理もないんだけど、心配なのよ」
「過酷な修行なんです?」
「なんともいえないなあ」
うそでしょ!?
「そんな顔しないでよ。かなり昔のことなの。物心ついた頃から士道誠心に入るまで実家でやってたことがメインだから」
何年前だ? と首を傾げるわりに具体的な数字を出さないあたり、カナタの耳の良さを警戒しているのかな。いや。隠さなくてもいいでしょうよ。
「滝行とか坐禅とか?」
「そういうのもあるっちゃあるけど、春灯にとっては札の書き方、霊子をこめた字の書き方に人形の編み方に、陣の組み方なんか。もろもろ覚えるほうがつらいんじゃない?」
「うえっ」
な、なんて?
「え。待って? ここへ来て暗記物が待ち構えてるの!?」
「多いよ?」
「身体を動かす系のは!?」
「なに、いきなりの脳筋発言。どした? やりたいんじゃないのか?」
くうっ! 母親に煽られるこの感じ!
「ないわけでもないけど、術を覚えてからだね。術を試す過程で、邪を相手に立ち回るから」
「実践するまでは、ひたすら座学ってこと?」
なんか運転免許みたい。
「げ、原付みたいにちゃちゃっとできるのないの?」
「お。狐が尻尾を見せたな? 手軽に新しいことしたいだけとみた」
「べっ、べつに手軽に遊んで気晴らししたいから学びたいだけじゃないし!」
「本音ほんね。ダダ漏れてる」
そもそも尻尾かくしてないし、隠せないし!
白状するよ。素直にいくよ? 相手が受けとめやすいように気をつけるのは当然として。
「素敵そうだから覚えたいのは本当だもん」
「勉強することが多くても?」
「――……や、り、ます」
「暗記することが多くても?」
「やりま、す」
「試験は満点?」
「とれません!」
元気いっぱいに答えたらお母さんの肩がこけた。
流れでむずかしい約束を取りつけようとしたって、そうはいかないぞ?
「まあいいわ。学び直しのつもりで、うちでできることからやってみましょうか。そんな時間が一日にどれほどあるかって話だけどね」
「「「 ママ、おふろ! 」」」
「ねむいー」
「もういいでしょ? お話してよー」
お母さんが目配せしたのを合図に、ぷちたちが一斉にお願いごとをしてくる。
腰を上げてテレビ前を見たら、お父さんが仰向けになって倒れていた。画面に敗北の文字あり。たっぷり遊んで疲れ果てたみたいだ。うちが襲撃されてから、心機一転! お腹についた脂肪を落として運動に励んでいるみたいだけど、仕事終わりにぷちたち全員と遊ぶとなるとさすがにもたないみたい。
かんしゃ!
「なんのお話してたの?」
「ぷちたちのこと話してなかった?」
「どんな話!? ねえ、どんな話!?」
尻尾に飛び乗ったり、私の膝をよじのぼってTシャツを掴んで前後に引っ張ったり。椅子の背もたれをのぼって、肩に飛び乗り頭を押してきたり。わんぱくが過ぎるぅ。
そこまで私は頑丈じゃないので、ほどほどにしてもらわないとくたびれてしまいますぅ。
「お風呂はいって、お布団でお話しよっか」
「でた! おとなはすぐそういう!」
「もんだいのさきおくりだ!」
「よくないとおもいます!」
「そのへんママはどうおもってるんですか!」
どこからそんな語彙を覚えてきたのかな!?
「それよりママさいきんお話きいてくれないの、やだ」
「なんで?」
「ねえ、どうして?」
心を抉る問いも漏れなくついてくる!
寂しい気持ち、まだまだみんなの器にいっぱいたまっているよね。
お母さんの言うように、常時キャパ越えしてる。
「ごめんね、ばたばたしてて、どうしようどうしようって悩んでるの」
みんなのこと、大事にしたいんだよ? なんて言葉じゃ安心には届かない。
抱っこしたらなんとかなるんじゃないかっていう目論見ほどバレるものもない。
しっかり向きあってなんぼ、のようであり。それじゃ太刀打ちできないくらい、自分で手いっぱいな気持ちが溢れちゃうこともあり。
実際の育児がどうかは知らないし、千差万別だろうけどさ?
ぷちたちと過ごしてると、常時満点なんて「あり得ない」や。
いつだって精いっぱい。それじゃ届かないし、失敗の連続だ。なのに元気ややる気や回復力や一日がんばれる度がどんどん減っていく気がする。可視化された「できない」、「だめだ」はどうにもならないままたまっていく。相手を支配して、なんとかなった気に浸ったら? それは自分がごまかしたいようにごまかしているだけだから、実際には相手の中にある不審の種にせっせと栄養をあげているだけ。
気持ちが滅入る。それは伝播していく。止められないままに。
逃げたくて解放を願う。お母さんの言うとおり、ぷちたちを置き去りに私は選んでいたかも。
選ぼうとうまくはいかないだろうから、苦しみは続く。ギャップに苛まれる。
それはつらいぞ?
よく話すよりもっと、よく聞いて。
言いたいことがあるほど、感情が揺れ動いて言わずにはいられないときほど、よく耳を、心を傾けて。
自分に夢中になっちゃうから。
自分の外に出られなくなっちゃうから。
「もしもこのさき、ママが頭がいっぱいになって忘れてたら、聞いてって教えてくれる?」
約束をして、守る。
それがとてもむずかしい。
そうとわかっていても、する。
省みることを続けなければ、だれかが私の中に安心を見つけることはできないだろう。
その逆もまた然りだと思うのだけど、ぷちたちがそれをしたいと思える日がくるだろうか。
信じて待てる? そう願いたくなるような私で居られる?
待てずに干渉する? あれやれこれやれって。
これが式神でないのなら、私はどう悩む?
社会に出るのだから、覚えるべきだとして圧をかけるんだろうか。
それって、うまくいくのかな? それを始めることで満たされるのは、だれかな? いずれわかるという時間経過は一切なしで考えたら、どう?
私の思いどおりになるように支配して、変えようと圧をかけ抜いて。
こどもの意志はどうでもいい、みたいなの。
それがほんとにいいって?
これに対して自分の中に反論がある。
そうは言っても、だ。人はなにかしら特性を持つ。なにかにおいて多数派で、なにかにおいて少数派だ。それが仮に社会のバリアに排除されるものだとしたとき、私自身を安心させられるだろうか。忘れずにいられないくらい、頭にこびりつくはずだ。責任の文字が。
自分がなんとか維持できても、復帰できても、身の回りの人は?
どれほど愛しても相手になることはできない。相手より長生きすることも、大概はむずかしいだろうし。そのとき、私は自分をどうなだめられるだろう。相手の意志と選択を受け入れる余白をきちんともてるだろうか。
わからない。
そのときがきたら、待ったなし。
自分に対しても、たとえばカナタに対しても、ぷちたちに対しても一緒かな。
だから手段がほしい。
いくらでもほしい。
常時募集中。
うちに伝わる秘伝って、お母さんが見せてくれた不思議な術なら?
なにか道が開けるかもしれない。たしかにぽんぽん飛びつきすぎだけど!
ありとあらゆるタスクがたまるわ、特に隔離世絡みがどん詰まりだわで、手が欲しいんだ。
理華ちゃんからもシオリ先輩からも連絡なし。
今夜はもうなにもないかも。
マドカと愛生先輩に連絡だってできてない。
目まぐるしく流れる時間に溺れているから、藁にも縋る思いだ。
けど青澄家直伝でお母さんの術ときたら、それは浮き輪に見えるのよ。
お母さんのことも知りたい。
もっと話してほしいし、聞きたい。
親の履歴書を確認するこどもはそうはいないかもしれない。
それに確認したいんじゃなく、物語を聞かせてほしいんだ。いろいろと話してくれるとき、心を許して開いてくれたり、繋がれた気がするから。
ぷちたちもまた、それを私に話したくて、聞いて欲しくて仕方ない。話して満たされるんじゃなくて、話すときの相手との距離感や繋がりがうれしいじゃん?
すると、話って不思議じゃない?
心を通わせる手段になる。情報のやりとりとはちがうもの。
もしも言い換えるのなら?
ちゃんと私のことを見て、というメッセージになる。
紋切り型の言い方をするのなら「こどもはまだことばをよく知らないから」私がくみ取る。
ことばを濁して相手が配慮することを望むことで、権力勾配を利用して支配を強める大人もいるけれど、私には正直やってることが幼児と同じかなって気がしてる。それで物事が厄介になるんだから、おとなになるって難しいことじゃない? って感じてもいる。
ことばは取り扱いがむずかしくて、お互いの翻訳が噛みあわなかったら面倒だから黙るって人もいるし?
私はどうかな。
苦手ではあるな。
どうしたもんかな! 答えはない。どうしたいのかを選ぶので精いっぱい。そんな状況に百点もなにもない。
ほんとさあ。
人生ってわからないことだらけだなあ。
だから知りたいと思えるか。自分に興味をもつ人の気持ちと自分の気持ちとで握手するだけの余白があるかどうか。
わっかんね。
書類を持ち込んだおじさんはきっと、私だけじゃなく事務所に対しても、もしかしたら他にも余白はなくて、気持ちはずっと拳を作っているのかも。それじゃ握手はできないのに。
「さっそくぼーっとしてない?」
「ねええ!」
おっと、いけない。
お風呂に入ってのんびりお話といきますかね!
たくさんのタスクを抱えているときほど、切りかえていこう。前向きに!
つづく!




