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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千六百九十一話

 



 なんで? どうして?

 前はしょっちゅう口にしていた。

 知りたい気持ちにあふれてた。知らないことであふれてた。

 後者はいまも変わらず。変化が訪れたのは、前者。

 検索すれば? 知りたい気持ちはすぐに、どうにかなる。だけどそれが、どの程度の“知る”ことなのか、悩み始めると? 物足りなさへの気づきと出会ってしまったら、もう無視できない。

 たったそれだけの変化に、私はとてつもなく時間がかかっちゃった。

 他にも理由はあるんだよ?

 なんで? どうして?

 これをね?

 それ、知りたいな。どうなっているんだろうね? 謎だわ~!

 言い換えること知らなかった。これくらいのことさえ、私はろくに気づけなかった。

 どれだけしてこれたかな? たぶん、ぜんぜんだ。

 最初の段階で、あるんだよね。

 知りたいぞ! びびっときたよ!? こいつぁなんだぁ!? この、ぷんっぷんっ! ただよってくるのは! っていう気持ちがさ。

 ここまで露骨じゃないかもしれないし、激しくもないかもしれないけど。

 ふわっとさ。気になるところから始まる。

 知りたい。だから尋ねる。

 なんで? どうして?

 学校の宿題をいますぐ片づけたいけど、どうにもできないから「教えて」っていうのと違ってさ? ちびの頃の「なんで? どうして?」っていうのは「いますぐ答えを教えて!」とは限らない。

 好奇心の声。

 ぽえみーな表現をすると、具体的な話から遠ざかってしまう気がして、それが個人的には要注意やでポイントになるんです。なので言い換えるとさ?

 好奇心を刺激されて、一緒に好奇心を気持ちよく刺激しあいたい。

 そっちがポイントかなって、いまは思う。

 これだけとは限らないよ?

 わかりたい、という衝動と、わかるという結果を得る体験と学びが必要なのです! そして学びを利用して、行動によって得られる利益の心地よさを知ることが大事です! みたいな話がありそうだ。

 私はどう思うのかって?

 わからねえ! わかるはずねえよ!

 そっちの勉強、まだしてないもの……っ!

 いまの私にわかることといったら、なんだろね?

 ぷちたちが「なんで?」と言うときって、私に呼びかけてるんだと思ってるんだ。必ずしも答えを教えてほしいからってことだけじゃなくて、好奇心を気持ちよく刺激されたいんだよね!

 それってすごく大事じゃない?

 って、思ってることまでが、わかる!

 人と話しているときに「自分はさ、こういう奴だから」とか「あなたって、あれみたいなタイプでしょ?」とか言われるとき、好奇心の前に分厚いシャッターを何枚も、幾重にも、ずががががん! と落とされた気がして、息苦しさを感じる。

 それならさ?

 答えをぽんと教えられたり、正されたりするのは?

 どう感じるのかな?

 好奇心を渾身の力でぐちゅっと潰されてしまったような気持ちになる。おまけに矯正さえされた気分。どちらも息苦しくてきつい。

 私の場合はね?

 ぷちたちの場合はどうかな? カナタやトモたちは? キラリやマドカは? 先生たちや、高城さんたちは?

 わかっているとは言えないな~! 言えないわ~!

 なので好奇心との対話をしよう。

 具体的には「なんで?」に対して、すぐに答えを言わずに一緒に考えてみるんだ。

 すると? 数はこなせない。すぐにこなせるようになるわけでもない。そのための練習として、効率的とは言いがたいかもしれない。とにかく数を知っておいたほうがいいこともあるだろうし? このやり方じゃあ、数を早く多く知ることには対応できないだろう。

 検索して、読んだ。識者に会い、聞いた。

 それで済ませない。

 自分で見る。自分で触れる。自分で考え、自分でしくじり、自分で学ぶ。

 そう言いたいのだからさ?

 分かれるよなあ。やるかどうかの判断が。

 養育者がそろいもそろって教育熱心なら、こどもは幸せかっていったら? もちろんちがう。

 なんで? どうして?

 教育の内訳が人によって異なるからだ。

 極端な例を挙げるとさ?

 都会で最先端の技術と知識を叩き込むべし! という養育者と、田舎で大自然に触れあい人の系譜をたどりながら学びを得るべし! という養育者が絡むと?

 ふたりが折り合いをつけるならまだしも、ケンカしてばっかりだったら?

 こどもの「なんで? どうして?」の対象は「どうしてふたりはケンカするのかな」という内容に向かっていくんじゃない?

 なにを、どう知るか。

 どういうスタンスを獲得していくのか。

 それはどのようにして決まるのか。

 一度きめたら済むことなのか。

 まさか「幼い頃から、こうやっておけば大人になっても食いっぱぐれないように育つ! こどもの教育は、これ一冊!」なんて本を買って読まないでしょ? そういうことをSNSで発信している人の言うとおりにする? セミナーをやっている方もいるかもね? それとも「我、専門家ぞ!?」とぐいぐいくる、よくわからない人の言うとおりにする?

 しないよなー。

 じゃあ、養育者側に立つとき、パートナーと相談して決めればいい? 必ず落としどころが見つかって、必ず対話が成立し、必ずよい方向に向かっていく?

 まさか。

 それで済んだら楽ちんだ。

 けど、そうはならない。必ずしも。

 たとえば、そうだなあ。

 まず、どこかで上下で人を見るくせがついているか、ないし、相手についていた場合には、どうかな。

 下の側の人のやり方を選択する?

 大事なこどもの教育なんだよ?

 参考にする? あるいは、世のあまねく「上下で人を見るくせのある人」のすべてが、下だと思う人の意見を聞くと思う?

 そういうタイプが結婚できるわけないとか、事前にわかるから対処するとか、こどもができたら変わるとか、それで済んだらいい。いいけど、済まないこともざらにあるから、さあどうするかっていう話だ。

 親が悪いだの、自己責任だのいっても、こどもはいるのだ。すでに。どうするの? 言葉が思いつかなくて、親を責める? 親は相手を責める? こどもは途方に暮れちゃうだけだよ。しかも時間が過ぎていくんだよ? まずいでしょ。それはさ。

 なにも知らないこどもに「自分で見る。自分で触れる。自分で考え、自分でしくじり、自分で学ぶ」を任せていられる? だいじょうぶ?

 あなたがそれをよしとしたとして、こどもはどう? パートナーはどう? 見ていられる? やりたいと思ってやっているか、相手の意見を遮ることなく、ちゃんと話を聞ける?

 できるー? あるいは、養育者側のパートナーは、それをしてくれる?

 突きつめれば。

 あなたは。そしてパートナーは、ちゃんと向き合える?

 なんで? どうして? に。

 ふたりの間でうまくいかないことも、そりゃあある。そのとき、どこにしわ寄せがいく? こどもだ。ふたりにだってもちろん影響はあるけれど、一方的に浴びることになるから、こどもはつらすぎる。

 そもそも、自分自身、どうかな?

 なんで? どうして? と生じる自分の好奇心と、どれくらい過ごせるかな?

 付き合っていられる時間に比べて、社会は忙しない。

 なにかに特化して、しかもそれがお仕事に繋がりそうな子はすごく眩しく見える。羨ましく思う。自分は間に合うかどうか、わからないと? 猛烈に不安になる。

 たとえば、音楽。それも、楽器。

 ピアノにせよバイオリンにせよ、早い子は幼稚園にはもう始めている。フィギュアスケートやクラシックバレエもそう。早ければ早いほどいい、という声をよくきく分野がある。

 経験値の差は、年を重ねるほどに露骨に出てくる。

 それは習い事や趣味、仕事に限らない。生き方、考え方にも出てくるように思える。

 すると?

 間に合わないことばかり増えていく。そんな気がしたらさ?

 なんで? どうして? と自分の中で訴えてくる気持ちって、どれもがいまさらな気がして、うんざりしちゃわない? だいじょうぶ?

 いまから始めても、どんなにやっても、岡島くんほど料理ができるようになる頃には、岡島くんはさらにうまうまな料理を作るようになっているにちがいない。

 ひとつの軸で捉えたとき、好奇心の先にだれかの背中を見ては、そこに自分の至らなさや情けなさを重ねてみた気になって、諦めちゃうことさえあるかもしれない。

 そういうことさえ、こどもを相手にすると? 自分とはちがっていて刺激してくるだれかを相手にすると? 離れられなくなる。なんで、どうして、ということ。これまでどう付きあってきたか、ということ。それぞれからね。

 慰めになるかどうかはわからないけれど、ただ経験するだけじゃあね? 素敵な経験ができるかどうかは大事という話もある。

 スポーツでコーチングの相性があるのなら? コーチとの相性ががっかりレベルなとき、ぴったりレベルになると? これまでかけた年月が嘘みたいに、ぐんと伸びる人もいるという。

 いつ始めるかに気ばかり取られていたら、どう始めるかも、どうやって続けるかも検討されずに放置されがちだ。そして実際、やりながらあれこれするっきゃない。

 好奇心が芽生えたとき、それがいつどんなときだろうとね?

 やりながらあれこれするっきゃない! とどのつまりは、そこに尽きる。尽きてしまう。

 しまうのだけど、修学旅行の準備だの、体育祭や文化祭の準備だのと一緒で、動き出す前の相談パートが問題だ。もうねー。地獄になりがち。そして結局「やめとこ」となる。

 たまに、その選択が痛くなることも。

 自分の思いもよらないこと、あずかり知らないことが理由で始められない「やるっきゃない」を諦めるとき、深い傷や怨みになることもある。痛みは増す。いつかやるぞ、やってやるぞとなる人もいるし、怨みを育ててしまう人もいる。

 たとえばゲームなら? オタク趣味なら? 家を出て、どっぷり! なんてネタは呟きアプリでちょいちょい見たよ?

 好奇心をどうするか。

 どう育てるか。あるいは、どう他に切りかえていくか。

 なんで? どうして? の根っこにある気持ちとの付きあい方は、わりと悩ましい。

 それは本人が決めるべき? じゃあ、こどもが悩んでいたらどうする? こどもがおよそ持つべきでないことに興味をもったら?

 たまにドラマや映画、の、原作あたりで扱われていません? こどもがシリアルキラーの予兆とみられる動物虐待をはじめたとき、どうするか、とかさ。

 犯罪だけじゃあ、ないよ?

 トランスジェンダーに理解のない時代、偏見が強く、差別に暴力の絶えない地域で、男の子が女の子の服装を好んでしはじめたら? 自分の息子と、どう付きあう?

 性自認の話だけじゃない。

 妙なものを集める趣味に走るときってない?

 そうだなあ。川や海の石とか、貝殻とか。

 あるいは、虫とか? カブトムシやトンボじゃなくってさ。

 なんだろ。ムカデとか、トカゲとか、なんかそういうのをせっせと集め出したら、どう?

 セミの亡骸をやまほど集めて「おー」って満足げだったら、どうする?

 どうせいずれ飽きるでしょって思って、放置する? その間に、どんどん増えてくよ? お掃除しなかったら? ひどいことになるかもよ? どうする?

 他にもあるよね。

 こどもがご自愛をしていると気づいたら、どうする? 性的なものに興味をもって、いろいろと収拾しはじめたら、どうする?

 年頃だなあ、で終わり? それでほんとうにだいじょうぶ?

 他の子としちゃったら、どうする? 一定の年齢になったら、すべきでないと言っていたところでできちゃうわけで。どうするの?

 他の子と、っていうのならさ。

 たとえば、だれかに暴力を振るっていたら? 殴る蹴るでも、言葉でも、いろいろと暴力には種類があるけれど。そのどれかひとつでも、悲惨なことになる。なのに、それに興味を抱いていたら、どうする?

 止める?

 ふり返ってみてさ。

 止めることって、どういうことになる?

 どう止めると、どんな風になる?

 わき出る「なんで? どうして?」に、どう接するケースが想像できる? その結果、どうなるかな?

 傷ついたら? よくないよなー。反抗的になるよ? 結局止められないし。強くいえばいいってわけじゃない。甘やかせばいいわけでもない。喧々諤々。

 そんなことはお構いなしに「どうするの!?」と求められることのほうが多い。

 生きるのって、現代だとだいぶ忙しいじゃないですか。や、昔がどうかも知りはしませんが!

 だから安易に易しく済ませたくなるのだし?

 ああ、これでいいんだって安心したいしさ。

 あ、これどんぴしゃだって思えることを言って欲しいし、教えてほしい。簡潔に、手短に。それができる人がだれかって? たぶん、本屋さんのビジネスコーナーに、顔写真つきで出てるんじゃないかな?

 別に写真に限らない。

 自動車産業の大手の社長や、電気機器の製作所を育て上げた人あたりの本がある。成功者の語る成功の法則は需要が高い。国内企業に留まらないよね。大学も内外問わずタイトルで見かけやすい。

 やることが多そうなわりに、時間には余裕がなく、しかもだれもができるほどの自由度も余裕もない。となると? いかに早く、いかに効率的にやるかを意識しやすくなって? 必然的に「なんで? どうして?」は早く易しく済ませられるほうがよくなっていくのかな。

 ほんとにい?

 それがいいの?

 それしかないの?

 しらね。わっかんね!

 そういうことになってるほうがお金はいってくる人がいるのは確か。みんなが買うと儲かる人が複数いるのも確か。求める人が増えるほど、安易に受けてくれるようになっていくほど、その人ができることが増えていくのも確か。

 信者化して信徒を相手にしていく商売はやまほどあって、そのひとつだよね。ついでにいえば、それで留まらないケースもあるから悩ましいわけで。カルト化の恐れもある。このあたりはわりとフィクションのネタにしやすいし、ネタになるような事件も起きやすい。

 好奇心や興味を、ただ刺激されることを求める。自分でコミュニケーションを取るのではなく「あの人の言うことがいいんだ!」で完結すると、ひとつひとつの物事に対して自分なりの考察が抜け落ちて習慣が損なわれる可能性が増す。

 そうでなくても面倒だったり、忙しかったり、大変だったりで、習慣を維持するのは大変なのに。大変だからこそ「あの人のこの分野の発言は正しいに違いないから、そのとおりにしときゃいいや」は麻薬のように作用する。だから、増すんだ。危うい可能性が。

 しっかり学んでいきたいし、だとしたら好奇心とは自分でまずお付き合いできるほうが望ましいかなー。ひとまずいまのところ、どういう意見の分布があるか、どれだけ接する経路が存在していて、それぞれどういう刺激を得られそうか、どういう枠組みになっているか、などなど。下手でも、効率的じゃなくても、しくじるとしても、自分の経験値になるものを易しく済ませたくて潰すのはもったいないんじゃないかな。

 なんて。

 長ったらしく並べてみたけど。

 とどのつまりはさ?

 それ、知りたいな。どうなっているんだろうね? 謎だわ~! なので、調べさせて。体験させて? 一緒に楽しむっていうのなら大歓迎。だけどもし私の楽しみを邪魔するつもりなら、どこかよそへ行け。以上、終わり! なんだよね。

 最後、いきなり強めの圧を放つんだけど!

 これに尽きるのかなーとも思う。

 つい、ふり返る。

 自分の好奇心を相手に、私はどこまでいま述べたスタンスで付き合えてこれたか。

 ぷちたちみんなが、好奇心という手を差し伸べてくる。私に。繋いでくれるの当然! ううん、それどころか拒まれるなんて発想が最初からないんだ。眩しくて、思わず目を細めてしまう。

 私の中には「うまくできなかった」と落ち込む私もいれば、怒る私もいて、怨んでいる私もいる。いろんな私が、ぷちたちに手を伸ばそうとする私の中で暴れるんだ。ずるい、うらやましい、私もやりたい。他にも、いろいろと。

 それならまだわかりやすくて、マシなほう。

 問題は馴染みすぎて考え方や感じ方に染みついていること。

 それは無自覚にぷちたちを傷つける。そうしてたぶん、やっと気づけるかもしれない。私もまた、過去に私を傷つけたことを。そして、だれかを傷つけたことを。

 単純には済まない。

 気にしててもしゃあねえな! と、笑える人はつええなあって思うんだ。

 いまのところ、私にはできそうにないや。なんでだろ? どうしてかな?

 わっかんね!

 みんなといるときは、思える。笑える。

 ひとまず、ひとりじゃだめっぽい。そこまではわかる。

 なので、みんなと一緒にいる状態で、いろいろやってみるよ。考えてみる。めいっぱい感じながら、試してみることにする。

 右往左往しながら、朝ご飯が終わったぷちたちを連れてハミガキトレーニング。これがもうたいへんだ。ひとりひとりに専用のハミガキノートを作って、あえてスタンプを押す。レトロな方式だけど、実感がたまったらいいなーと思って。ある程度たまったら、なにかプレゼントしようと考えてる。歯垢が赤くなるやつを使って、だれが一番綺麗にみがけたか合戦も計画中。

 やるまで時間がかかると「えー、なんかこどもっぽーい」と言われてしまうに違いない。みんな、そういう年頃だもの。遊びは積極的に考えて、やっていこう。百やって一のこればいいや。習慣を育てるところが目的だからね。

 苦手な子もいれば、お口についた泡で遊ぶ子もいる。騒ぎになって、めっちゃ大変な瞬間もあって、理想ほどうまくはいかない。スムーズにもいかない。

 効率的に、スムーズにって執着すると? 思いどおりにいかなくて、いらいらしちゃう。こどもなら、という気持ち処理箱にだって容量があるんです。いまはまだ、ね。

 私が磨いてあげざるを得なくなると、それをずるいって感じる子も出てくるし? するとわあわあ言い始める。まるで国を小さなこどもたちに擬人化したサミットみたい? 揉める。まあ揉める。ひとつなにかやるだけでも、わあわあ揉める。

 それくらい、ぷちは元気に育ってる。

 それにやっと、我のままに振る舞い始めている。

 ずっと我慢させてきた。負い目もあるけど、願いもある。

 できればもっと、自分に対しては素直になれるようになってほしい。

 ぷちたちを相手に、一緒に育つことの難しさはやまほどあって、いまの思いさえときにはぷちたちにとってしんどい押しつけになるんだ。通じて、学校や職場でみんなが受けてくれていただけってことに気づいたりもする。その気づきにふたをするか、易しく済ませるか、それとも認識して悩むか、変えようとするか、すべては自分の選択次第。

 忙しくてたまらないなあ! なんて毎日だ!

 ハミガキひとつとっても大騒ぎのお祭り騒ぎ。

 お母さんが和室に宝島への道を作ってくれるという。

 なのに私はもうすでに、けっこうくたびれている。

 慣れてないんだ。

 なんで? どうして?

 好奇心のまま、答えをすぐに出さないまま、わくわくやどきどきと一緒に遊んでこなかった。過ごしてこなかったから――……なんて。

 キラリに言ったら「は?」って、引くほど疑いの眼差しを向けられそう!

 でも、ほんとなんだよ?

 必死だった。

 たぶんそれじゃあ、だめなんだ。




 つづく!

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