第千六百八十九話
春灯がぷちたちの親宣言をした。
実際、あいつは式神たちを生み出した。ならば、その親になるのは、自然な帰結ではないか。
とすると?
待てよ?
もうひとり、ぷちを生んだ奴がいないか?
自分は、緋迎カナタはどうなるのか!
いや、どうなるもこうもないだろ。
なるよなー。
ぜったいなるわー。
ただし春灯に比べて、ぷちたちが生まれた時期が半年以上は遅れているからな。猶予がある。
ぷちそのものの成長速度が同じか、春灯のぷちたちと近いのなら? 春灯がぷちたちを育てはじめたように自分も世話をするまで、まだ若干の猶予がある。
最低でも、あと半年はあるんじゃないだろうか。
助かるような、ありがたいような、いっそもう明日にでも大変になってくれやしないかと思っちゃうような。
複雑な心地。
正直、困る。
理想的な家庭とはほど遠い環境下で育った。別に父さんをあれこれ言うつもりもないけれど、それでもやっぱり最低限を満たしていたかっていうと、微妙だ。
もちろん、言いだしたらきりないんだけど。自分より大変な人も大勢いるのだけど。そこでの比較はあまり意味がない。というのも、気にしているのは具体的な状況というよりも、自信のなさや、不足に対するいろんな感情なのだから。
なので父さんにあれこれ言うつもりもない、と言いつつも、それに対する感情が皆無ってわけじゃなし。自分より悲惨なだれかと比べて自分はましだから、なんて方便でどうにかなるようなこともなし。その方便で満足するのって、だいぶ、あれだよな……。
母さんがいなくて欲しかったこと、自分が我慢してきたことのあれやこれやと、それに対する感情っていうのは結局やっぱり自分にしか対処しようがない。だれかに適当なことを言われても、むしろ腹立たしいか響かないかくらいなのである。いまのところは。
そこ、皮肉な構造してないか?
本人にしか捉えようがないのに、本人だからこそ自分の認識が邪魔をする。
まあ他人の認識がいつでも常に大正解で、自分の認識は大間違いだ、なんて前提で生きたら、わりとすぐにいろんな連中にだまされそうだけどな。俺ならラビにひどい目に遭わされるのだ。数えきれないほど経験してきたのである。あいつはすぐだますからな!
でも、待ったなしだ。
四の五の言わず、やるんだよぉ! という状況になる。
大変だなあ。
春灯はそれで休みを取っているのに、てんてこ舞い。
通話で聞こえる声の疲れっぷりがすごい。ただ、久しぶりに充実していそうでほっとしてもいる。日曜日はどうなるか、いまから楽しみだ。
なのだが、俺はというと、妙なことに巻き込まれていた。
隔離世の高等部校舎、グラウンドにそいつは立っていた。
幼稚園から大学まで。士道誠心の校舎を、でんでんでんと縦に重ねても尚、若干の不足が否めないような巨大な鬼だ。
身体中に目が生えている。百なんていう数じゃ足りない。目の大きさも、形状も、まちまちだが、実際に見あげてみると圧巻。そのひとこと。
春灯が見たという百目鬼にちがいない。
「いやあ。大きいなあ」
「なにを呑気に兄さんは」
隣で間抜けに口を開いた兄を、けれど睨む気にもなれなかった。
ほんとに大きい。山のようだ。こんなのを文明開化以前の人が見たら、どんな怪談が生まれたことか。というか、どんな奴がこんなんなっちゃうのか。
しかし、侍隊をはじめ、侍候補生と刀鍛冶の有志の集いの見あげる先、百目鬼の頭頂部に主はいた。鎌倉の宿でウィザードたちと会ったときに彼が連れてきた人だ。畑拳一。住良木の研究所で働いていた元研究員だ。
春灯の霊子体の状況について、彼なりに協力ができるという。もっと多くの言葉、あらゆる表現を駆使して、兄さんたちと対話を重ねたのだろう。
そして兄さんは彼を連れ出してきた。明日の祭りを前に、機会を設けたのだ。
彼の霊子体はすでに確認した。
穴はない。ヒビもない。
見あげる怪異は彼の御霊。妖怪の御霊を宿した生徒が、その身を怪異に変える術を得ることがある。彼は刀鍛冶で、なのに侍のように力を扱う。
化ける術は見事なものだった。
これがいったい、なにに、どのような形で春灯やホノカさんの霊子体に起きる異常に繋がるのか、この場にいるだれも理解していない。
ついでにいうと、なぜだかどうしてか、ホノカさんもいた。リエちゃん先生と一緒に見あげて「ああああ! はいはいはい! これ見て思いだしたわー!」と言っていた。
兄さんが彼女と彼を引きあわせたのは、彼がホノカさんの同級生だか知り合いだかで、彼の研究はホノカさんのような人を治す術を探すためでもあったのだそう。
彼が彼女を見る目は明らかで、なのに彼女は全然気づかない。あるいは気づいてなお、歯牙に掛けない。ウィザードが連れてきたときに伝え聞いたこと、彼が捕まったこと、いろいろな経緯と情報の欠片から想像すると? 彼の行動の理由がなにかは明らかで。
なのに、彼は言わない。彼女は知らない。知ろうともしないだろう。
だから、この話は終わりだ。
先に進める人がいないのだから、進みようがないのだ。
そこに、なんだろうなあ。
俺やラビがだれとも結ばれずに年を取ったら? 仮の姿を重ねた。ユウリやカズマは該当せず。想像できない。他にも何人か浮かぶ顔はある。
やだなあ、俺。あんなんなるの。
畑さんもいやだろうなあ。
望まなかったろう。けど、そうなってしまった。
人生はままならず、回避したくてもできない悲劇だってやまほどある。
学校に潜入して盗みまで働こうとしたという。ラビが事前に阻止して、秘密裏に調べていたようだ。なので、彼の犯行も大概は空振りに終わっている。そんなだましがあるかと小楠はブチギレ。ただし、悲しいかな。ラビはそんなヤツだ。いつだってそう。
おかげで悲劇は悲劇でも、喜劇めいて滑稽だ。
実のところ、彼が犯した罪は彼が想定していたものよりも、ずっと軽微になりそうだ。それもまた滑稽。空転した過剰な感情を持てあますくらいなら、彼は兄さんに申し出ることにしたのだろう。
価値はありそうだ。
彼の他にも妖怪の御霊を宿す人はいる。たくさんいる。士道誠心よりも星蘭などは、特に多い。けれど、彼ほど巨大な妖怪に化ける人を俺は知らない。兄さんも同じだという。
巨体で思いだすのは、東京湾で暴れた奴だけど。後にも先にも、奴だけだと思っていた。
それが、どうだ。
目前にいるではないか。
集合体恐怖症には厳しい見た目をしている。あまりに巨体が過ぎて、屈むことさえままならない。そばにある高等部の校舎を破壊するだろう。まず間違いなく接触する。腰掛けたら潰れることだろうし? 身動きが取れない。
兄さんがメガホンを口元に運び、呼びかける。
「あー! 結構ですー! 戻ってくださーい!」
間延びした口調である。
以前は常に緊迫感を持って仕事をしていたようだ。けど去年の五月の一件以降は、徐々にオンオフの切り替えがはっきりしてきたのだそう。
実際、ゆるい場面だ。
巨体の目という目から涙が溢れた。それはすぐさま蒸発して、湯気となる。白く煙り、みるみるうちに縮んでいった。百目鬼は蒸発する涙のぶんだけ、大きくなれるのか。なら、その涙のわけはなんだ。
恋なんだろうなあ。
行くも捨てるもままならない恋。
未練というけど、未だある恋で未恋、なんていうのもありそうだ。
それこそ春灯が途端にハマった和歌にもな。
「いやいや。見事な巨体でしたね」
「御霊を得て育った感情や欲求が、霊子体や変化に影響を与える。霊子は探ってくださいましたか?」
「ええ。大いに」
元の姿に戻った畑さんと兄さんが語り合う。
俺も、ここに集まった刀鍛冶勢もみんな、彼の百目鬼状態の霊子を探った。
あまりに痛々しい思いに溢れていて、そっと離れた。俺はそこですぐにやめた。
滑稽な悲劇は、たぶん、ありふれていて。彼はある意味、仕上がっていた。
けれど、その彼の霊子体にヒビも穴もないのだ。
春灯と出会うまで、荒ぶり通していた俺の霊子体にだって、なかった。
なら、先ほど比較を否定した、俺よりきびしい人生を過ごしている人たちの霊子体にならあるのかって? そういうわけでもない。それに、心がどうにかなりそうな事態は年齢を問わず、起こりえる。もっと頻繁に見受けられそうだ。
たとえば黒い御珠の発生源となる人には、どうか。
それこそ存在しそうだ。なのに、教授にはなかった。アダムにもだ。
率直に言えば畑さんは去年の兄さんといい勝負をしそうなくらい、参っている。霊子の手触りに感じる。ああもう無理、しんどくて限界だという、痛みにあふれたトゲトゲしい感触だった。脆くて、力を掛ければ砕ける。なのに躊躇うくらいに痛い。触れる場所に鋭く刺さる。
彼には休養がいる。
執着から離れて、心穏やかにいられるような手立てが早急に必要だ。
そして執着の対象なのであろうホノカさんから、畑さんが求めるなにかは得られない。
会って、百目鬼になってみせて初めて思いだされるくらいじゃあ、推定数十年単位の片思いはな。重すぎて。まあ無理だろう。
他人事だから、そう思える。けれど他人事なのに十分、痛む。
春灯と出会わなかったら。
春灯と付き合えなかったら。
春灯と別れることになったら。
あるいは、死別になったら。
父さんは、そうなった。
自分ではどうにもできない。だれかとの絆は、自分ひとりの意思で決まらない。定まらない。生死が常に自分たちの制御下にあるわけでもない。悲劇は突然起こりえる。
そうでなくても、いかに大事にしていても、それが独りよがりなもので、自覚がなければ、相手を傷つけ続けて苛んでいるかもしれず。
世に確実な縁はない。
結べば終わり、もう大丈夫という縁もない。
結ぶのもたいへんなら、それを守り育てるのも、維持するのも、たいへんだ。
どんな構えでいても響かないときもある。相手の心に障ることも。自分の心に障ることも。
こうしなきゃ、こうするべきだ、と強く念じて心に障る関係性じゃあ、もたない。
春灯が安全基地と、マズローの五段欲求の話をしていた。
すべての欲求が安定する安全基地を、まず自分で築き上げる。そういう印象を持ったけれど、春灯は否定する。結局ひとりじゃ限界があると、あいつは考えている。
実際そうだ。
人はそういう風にできちゃいなさそうだよなあ。
大昔から単独で生活するスタイルで、長い歴史を経てきたわけじゃない。
やっぱ、集団なんだよなあ。そうならざるを得ないというか。
手強い肉食動物を狩るにしても、ひとりじゃ限界があるし? 農耕をするにしてもそうだ。人手がほしい。ひとりで生きていくには、いろいろ足りない。
じゃあ、どうする。
父さんは選ばなかった。新しい人との縁を。選べなかったのかもしれない。
畑さんは? 内訳自体は異なるけれど、選ばないのも、選べないのも同じ。
条件は? もちろん並べれば並べるほどちがいは見えてくる。当然だ。
俺でもラビでもそうなるだろうし、カズマやユウリでもそう。
ただ、想像してしまう。
もしもの場合を。
魔法が解けるように、自分を救ってくれる気持ちが途切れてしまう瞬間を。
救いの象徴としてだれかに依存する。あるいはだれかへの思いに依存する。それとも、だれかに重ねた理想に依存する。その終わりが来たとき、なにができるだろう。次の魔法を探すのだろうか。
白湯を飲んでいると春灯は通話で言っていた。
あいつがネットでやべえ記事がいっぱいあったってぼやいていたけれど、それもある意味じゃあ依存だ。自分の心を穏やかにするための術に、支えたり、縋ったりする手段として生まれるものもある。だから詐欺は悪質なんだけど。
五段階の欲求が満たされてかつ、なお求める個人の歩みは心地よく刺激され、育まれて、はじめてなにかを成し遂げるのかもしれない。けれど、そこに向かう力は、いくらでも日常の安全基地の維持運営と、そこで生じる負荷で減衰してしまうのではないか。
あいつの考えは恐らく、こんなところじゃないか。
減衰するとき、本当なら百ある力も、次第に一のこればマシな状態になるのではないか。
それが春灯の言う余裕のなさや、余白のなさに繋がるのではないだろうか。
畑さんはホノカさんへの恋慕と、行動に移さず、移せない理由でいっぱいだった。減衰する負荷まみれだ。背景にうちと似たような事情を見て取った。社交的なタイプでもないようだし。
海外のドラマにデクスターというのがある。主人公の名前がドラマ名となっている、デクスターだ。殺人鬼がデトロイト警察の血液専門の鑑識をやっている。彼は殺人衝動に精神の安定を依存していて、定期的に殺人を行なう。ただし捕まらないよう、刑事の養父の教えと規範に従い、警察が捕まえられない悪党を相手に選んでいる。証拠隠滅をして、死体も遺棄する。
その衝動は、なぜ生じたのか。それはわからない。
ただしデクスターが幼少期、母親をチェーンソーで殺害される場面を目撃。波止場の倉庫の中で、血だまりの中、兄と長時間そこにいた。亡骸と共に。むせかえる血の匂いに包まれて。
彼は血に執着する。
シリアルキラーはコレクションをするという伝聞を聞いたことがある。デクスターの場合は、血だ。彼の殺人は儀式の手順を踏むが、殺す前に頬をナイフで斬りつけ、流れた血を集めているのだ。
そんな主人公だから、もちろん彼が捕まるか否かが焦点になりやすい。また、あらゆる場面で主人公の異質さ、素人めに見て病質さめいたなにかを見て取る。そういうシーンに溢れている。
環境や経験が人を作る。育てる。
だとしたら、人は変わるのではなく、どこまでいってもとことん、育てるかどうかにかかっているのかもしれず。
その場合、畑さんはどう認識するだろう。
育てようとできるのだろうか。
俺が彼なら、どうか。
父さんは諦めたから、次の出会いを求めなかったのか。
痛すぎて、進むも止まるも選べず、停滞して。それでもなお、なんとか生活しなければと足掻いて、俺たちを養ってきてくれたのか。わからない。わからないまま、小楠やユウリや、大勢が侍隊と相談したり、あれこれと試す場面を眺める。
動けない。
ただただ、痛くて。
鼻を指で摘まんでから、撫でた。奥がつんとしたような気がして。
夜の隔離世に広がった湯気は晴れて、蒸し暑くなりそうなのに、冷えていく。
みたらルルコ先輩が光葉先輩たちといて、手で払っていた。いやそうな顔をして。おじさんの涙の蒸気と考えると? 彼女がうっとうしそうな顔をするのもわかるのだけど。
それもそれで痛い。
なにかひとつでも大きく失うか、あるいは失い続けると、もう、先がないようで。
救いなどどこにもないようで。
自分に見つけられないのなら、自分でどうにかできるはずもない。
ただただ痛い。それだけの時間が、ずっと続くのだとしたら? 地獄は身近に存在することになる。そう思えてならない。
母さんが戻ってこなかったら、どうなっていたか。
俺は。兄さんは? コバトは。父さんは、どうなっていたんだろう。
春灯と出会えなかったら。
この先、なにかが起きて離れたら。
こどもだ。幼い悩みだ。そう切って捨ててきた。
だって母さんがいなかった。ずっと。
春灯はこどもの頃に、死を知って、親がいずれ自分より先にいなくなると想像して怖くなって、お母さんとふたりで寝たそうだ。くっついて。
俺はもう、いないのが当たり前で。けど、その当たり前に慣れることも、それを前提に自分を育てることもできずに過ごしてきた。兄さんも、コバトもそうだ。父さんだって。
痛みには先がない。
見通せる力なんて、痛みの先にはない。
持てない。
傷つき痛むとき、ただただ失うばかりだ。
デクスターが血に執着するのは、死とむごたらしい殺人を踏まえても尚、そこに母を感じるからじゃないか。
俺がもし母さんを失うときに、兄さんとふたりでデクスターと同じ経験をしていたら、どうなっていただろう。
フィクションだと笑えない。
斜めにさえ見れない。
いっそ地続きにさえ感じるくらいだ。
そんな俺がぷちたちを育てる。自分を育てることさえままならないのに。
畑さんも同じに見える。
兄さんもきっとそうだ。
そこからすると、ホノカさんはむしろ輝いてさえ見える。
どれほどヒビが入ろうと、穴が空こうと、それでもなお、彼女は春灯や小楠たちのように眩しく見える。
太陽や月の明かりを頼りに飛ぶ蛾だ。まるで。さみしさに喘ぐ生きものは、光と熱を求めずにはいられない。彼女たちのような存在に惹かれずにはいられない。
それはただ、自分から目を逸らすための理由なのかもしれず。
それじゃあ、俺たちが輝きを見て取る人たちが、俺たちとそばにいたい理由にはなり得ない。
さみしさや孤独を忘れる繋がりは脆く儚く、傲慢だ。
気づいてしまうと、ますます選べない。
父さんも、そうだったのかな。
畑さんも、だから言わずにいるのかな。
俺はどうだろう。
足音が近づいてきた。みれば、ラビが俺と似たような、しけた面して歩いてきたんだ。
「カナタ。嘘でもいいから、明日は気が晴れるって言ってくれない?」
「無理だ」
「つらいなあ」
渋い顔をして、俺の隣で立ち止まる。
小楠には近づかない。
こいつとは長い付きあいだ。
お互い、似たようなことを考えているのがわかった。
これ以上、互いになにも言わずに手をポケットに突っ込んで、立ちつくす。
三十六歌仙のひとり、柿本人麿の歌が百人一首に選ばれている。
『あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む』
死まで続く夜を、ひとりで寝るのか。
耐えられない。なのに、それは互いに手を取り合わなければ、避けられない。
玻璃の心は鋭さを増す。長く伸びて、脆くなる。
儚いほどに壊れやすくなりながら、それでも出会いを求めることさえできず、仮に光や熱に出会っては、がむしゃらに飛ぶことしかできない。
痛みが増えていく。
飛んでいきたくなった。春灯の家へ。いまからでもいい。バイクにまたがって、飛ばしていくんだ。あいつのそばへ。一緒に、夜を過ごすのだ。
鼻から長く息を吸いながら、自制する。
飛び方を知らないから、ロウでできた翼で太陽さえ目指そう。
そして死ぬ。
運だ。結果を左右するのは。人にできることには限りがありすぎて。
堕ちるのが怖くて、飛び立てない。次は死ぬかもしれなくて、縋りつく。
結果を出さないことにさえ。拷問に等しい時間が過ぎていくだけだとしても。
それでも選んでしまう。
尾は蛇や重石となって、飛ばない理由として育っていきやしないか。
わかっているのに、進めない。
障る思いは、なのに霊子体にヒビも、穴もあけないという。
春灯は育つ種のように、前向きに捉えることにした。
そんなあいつの声を聞いてなお、俺は自分の安全基地の作り方さえろくにわからないまま。
無性に会いたい。いますぐ飛んでいきたい。あいつは寝ていて、俺は合鍵なんて持っていなくて、会えるわけもないのに。
鼻筋を揉む。
奥がつんとして痛い。
しみる夜だった。
つづく!




