第千六百八十七話
みんなに提案して、その打ち合わせをする。
といっても、そんなにしんどい話し合いにはならなかったよ?
通話を終えて、すぐにカナタと話した。
私の提案についても、もちろん報告したんだ。そのときの反応が、こちら。
『尻尾の穴に短歌を宿す――……って、なに? どゆこと?』
「わからないものを入れたいの。わかるものじゃあ、だめなの。わかろうとしたくなるものを入れて、私がいまわかる愛だの恋だのとまぜまぜして、これだって閃いたら? 力が増えるの!」
『そのための、短歌を、尻尾の穴に入れる? どうやって?』
「玉や鏡にするんだよ。ひとつひとつ。古今和歌集みたいに、和歌を集めたり。それか、彫り込むの」
『――……その、やまほど聞きたいことがあるんだけど。まず、入れる歌の選定は?』
「私がやるよ? 私の尻尾だし」
『それってもう、佳村たちに伝えてあるんだよな?』
「あるよー!」
『じゃあ、その。なにを選んだのかも教えてほしいけど、先に聞かせてくれ。なんで、玉や鏡なんだ?』
「日本の三種の神器といえば、刀剣、鏡、玉でしょ?」
『厳密に言えば八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉のみっつだけど。そこはこだわらないのか?』
「本音を言っちゃえばねー。私にとっての神器を作れればいいんだ。尻尾の穴、入れて転化で化けてみせ。変身するなら、もう尻尾はライダーの変身ベルトみたいなものじゃない?」
『な、なるほど?』
あ、受け入れるために咀嚼してる。
ぺっ! と、口からだしたりしない。
ちなみにさっきはわりと、いろんな人からツッコミが飛んできそうになって、マドカが率先して進行役を引き受けてくれた。おかげで、大勢と話しているわりにはスムーズに進められたよ?
『そこで、まず歌ですか』
「そ。それも古くから大事に受け継がれてきた歌からいこうかなって。和歌クラスタのみなさんからは非難囂々の、ひんしゅくを買う、浅くておばかな知恵の欠片さえない私ですが! それでもあえていおう! なんかいいなって思うんです!」
『素直ぉ!』
どういう返しなんだ! カナタさん!
『歌を、あの。ディスクとかにするわけじゃなく?』
「尻尾の穴にディスク入れるの、なんか間抜けだし。おいなりな私には、もうちょい風雅なものが欲しいじゃない?」
『風雅ときましたか。詩歌を用いて。それで、玉ね』
「尻尾の穴と組み合わせられるアクセサリーならいいんだけど、ひとまずさっき思いついたから。刀を持っているのだし、鏡で自分の姿を見たくなったし」
まず、自分で見てみよう。そう決意するなら、鏡は必須。
すると、穴に適切なものとして浮かぶのは? 残るは玉。
消去法なのである!
「玉をいれよっかなって。なんなら国語や古典の教科書とか、古今和歌集とか、万葉集とか? あのへんの本をレジンのボールに入れるくらいのノリでもいっかなーって」
『それはちょっとあの、ださ――……んんっ! 本がだめになってもったいない気がするし? 玉でいいんじゃないかな!?』
「やっぱりださい?」
『ああのおお……しょうじき?』
「だめかー」
さっきもダメ出しの嵐だった。
ガチでやるんじゃなく、霊子を使って加工する、その場限りのなんちゃってーならありじゃない? って思ったんだけどな。本が入っていれば、そこから読み取れそうな気がするし。なんなら「たいむ!」って呼びかけて、待ってもらっている間にいいのないか探せるし?
戦闘中になにをする気だ。まあいいじゃないか!
「なので、ひとまず彫ってもらおうかなって。玉に、選んだ歌を」
『人の愛を知って、学ぶためにか?』
「そういうこと! 九尾のすべてに穴が空いたんだ。私のいまの夢じゃ、足りないってことかなって思ったのね? そこで、なにができるか考えたわけ」
『ふむ』
「私だけじゃ足りないよね? なら、みんなのこと、世界のこと、知っていけばいいかなって思ったの。で、タマちゃんから歌を聞いてさ?」
『それで、短歌』
「歌の練習にもなると思うし。勉強にもなるだろうし?」
『テストの点数もよくなるかもしれない?』
「それな! なんですよ!」
もう手遅れな気がしますけど!
「まあ冗談八割くらいなんだけどね」
それよりも純粋に気になるほうが強い。
お母さんがいろいろ教えてくれた。お父さんも。恋愛や別れをテーマにしたものをみると、ぐっと身近に感じるよって。昔の人のあふれるセンスも、刺激になるって言われたんだ。
それにさー? 君の名はでも、ちょっと出てくるじゃん? 先生に教えてもらうシーンで!
あれで気になってもいたんだ。瀬をはやみ、だけじゃあもったいない。でしょ?
あとはさ?
「歌って、いろんな意味があるでしょ?」
『旋律やリズムをつけて声にだすもの、その言葉。あるいは、和歌、短歌。あとは詩かな。くちへんに貝で唄うだと、声に出すもの。歌謡曲の歌だと、一般的な歌か和歌になる――……だったか』
大辞林に載ってそうな情報をどうもね!
「そ。奉納するなら、歌ってありじゃん? 和歌には、ダブルミーニングやトリプルミーニングの巧みな作品もたくさんあるんだって! それ聞くと余計に気になっちゃうわけ!」
『そ、そうだっけ?』
「そうなのー!」
『そですか』
あ、いま投げたね!? 音が聞こえたよ!
深掘りする気持ちをぽいって投げて、池の水が跳ねる音が!
そんなの私の気のせいなんですけども!
『初回は、どうするんだ? 九尾すべてに、一首ずつ選んだとか?』
「んー。明日まで内緒、なんて言うほどでもないか。えっとねー」
お母さんが持ってる文庫本がテーブルにあるから、手に取って開く。
使い込まれて日焼けした古今和歌集。
百人一首の解説本もいろいろあるんだよねー。お母さん、そういうのも持っててさ?
そっちも気になるんだけど! まずは置いといて。
「紀貫之か、小野小町あたりで悩んでるの。候補は全部つたえたんだけど、決めきれなくて」
『なんだ。ありすぎるのか』
「それはどういう意味?」
『失礼しました。古今和歌集ねえ』
タブレットで検索でもしているのかな。ごそごそ音がする。
待っている間に語っちゃえ。
「全二十巻のうち、恋歌が十一巻から十五巻まで! たくさんあるし、見てみたら、これがけっこう“わかる”んだよね!」
『思いがわかるって?』
「恋歌二の小野小町のものでさ? 思ひつつぬればや人の見えつらん、夢と知りせばさめざらましを。これって、夢で会いたいと願うから夢で会えたのに、夢だと気づいて、なんて残念! みたいな意味なんでしょ?」
『――……まあ』
だいぶ間をおいたね!
腰を折らないように受けてくれたのかな?
じゃあ、甘えちゃえ。
「そういうの、あるよ。こまちパイセン……っ! ってなるよ?」
『六歌仙を相手にパイセンって!』
「カナタも私が恋しかったら、パジャマを裏返しにして寝たら? 夢で私に会えるかも?」
『差し迫っているけど、それをするくらいなら、匂いを使う手を借ります』
「ぱんつ?」
『さすがにそこはパジャマです』
「ほんとにい?」
『しませんし、してません。心より反省しております』
お。前にこっそり持ち出したことをちゃんと覚えてますね?
許可は出さないよ! もちろんですとも!
遠距離恋愛だったら、どうなんだろう。
思春期の暴走で、そういうことする人もなかにはいるのかな?
私?
しないよ。
許可も出さないよ? さすがに。
「暗にパジャマならいいだろって思ってますね?」
『――……許可がもらえたらって我慢してます』
「じゃあ今夜、許可を出さなかったら、カナタはパジャマを裏返すのかな?」
『ただいま検討中。これ以上のコメントは差し控えさせてください』
「しょうがないなあ」
許可を出すかどうかは別だけどね!
『で。ふたりのものに限るのか?』
「そこまでじゃないかな。あくまで、いまの推しってだけで。そもそも全部を見てもいないから」
今夜はもうすこし、白湯をちびちび飲みながら読む気でいた。
心にびびっときたものを送ってあるんだけど、それで終わりってわけじゃない。
おまけにさ?
場所や情景に情念を例えているものが多くて。
こればかりは例えた光景と重なりそうなものを見てみないと、そのさわりさえ想像しにくい。
加えていえば、一瞬を切り取った作ばかりだと捉えると?
恋愛の文脈の、その一瞬って、前後の流れ次第で彩りがぐっと変わるでしょ?
わかろうとするのに、これほどいいものもないのでは!
なんだけど、ますます選ぶのに困っちゃう。
「カナタには、オススメ作品あったりしない?」
『んー。俺かあ。後拾遺和歌集で、和泉式部の作が、いい具合に未練の味があって好き?』
「……どういう感じ?」
『あのー。ほら。春灯がたまに言うだろ? 男性の恋愛の歌の未練がましさやばい、みたいな。ああいう感じ?』
おおう。
「たとえば?」
『んー。と。あったあった! なかなかにうかりしままに、やみもせば忘るるほどになりもしなまし。ふたりの仲が憂いつらいまま終わっていたのなら、今ごろ忘れられたのに、みたいな感じかな。俺の雑な解釈だと』
「……なかなかに未練がましいね」
『遊び人で恋多きタイプが言っても、本気で慕うタイプが言っても、重さがやばいくらいには』
「でも、式部ってことは、女性なのでは?」
紫式部も女性だし。ざっつ! その程度の知識量なんです。すみません……っ!
『未練に性別は関係ないわけで』
なにその、姉さんに語りかけそうな口調。
カナタには絶対に伝わらないから言わないけど。
お父さんの持ってるVHS、いわゆるビデオテープに録画された昔のドラマにあるんだよ。
ホテルっていうドラマで、主人公がモノローグで「姉さん」と語りかけるシーンがめっちゃたくさん差し込まれるの。口調も特徴的で、まさにカナタが言ったような感じ。
ちびの頃にちまっと見ただけなのに、覚えてるもんね。
だからなんだ。意味はない!
『色っぽいのもあるぞ? 黒髪のみだれも知らず、うちふせば。まづかきやりし、人ぞこひしき。乱れた髪をそのままにして寝転がってみて、思いだす。私の髪を掻いてくれた愛しい人を』
「おおおお」
かなりのセンシティブぅ!
たしかに色っぽい!
情事のあとを思いだす。寝乱れた自分の黒髪を掻いてくれた人を。
手櫛で整えてくれたってとこかな。いいよなー。好きな人に、好きなタイミングでされたらたまらない。もっと撫でればいいって言うぞ? でも、言える間柄になる前の段階だったら? むずかしい。
ましてや、相手と距離があると?
恋に煩う。
「いいね!」
『だろ? 後拾遺和歌集にも恋の巻がけっこうあるんだよ。生々しいのも含まれるし、読んでみると新鮮に思えるかもな』
「昔の人も、流行りや作法、文化は違えど、恋に愛に悩んでたってわかるから?」
『切実にな』
「――……たしかに」
もうあの人が頭を撫でてくれないって、うつうつとした歌を書いちゃうのって、かなり切実な感じがする。それか、うつうつしすぎてもうすっかり後ろ向きになりながら、寂しさと、距離の理由から生じる感情に振り回されて、思わずSNSに投稿しちゃう感じ?
古今和歌集や後拾遺和歌集あたりの時代にスマホとSNSがあったら、どんな歌が残っちゃっていたのだろう。気になる!
筆で記したのかな?
出力する手間のぶんだけ、いろいろと思いが宿っていそうだね……っ!
でもさ?
出力したときが一番“わかる”状態なのかといったら、ちがう。
自分のことを常に特別、隅から隅まで“わかっている”わけ、ないよなあ。
自分だからこそ気づけないことがあるじゃない? 世界には知らないことがやまほどあるじゃない? 人と絡むとわかることもいっぱいあるでしょ? すると、いろいろと経験してからふり返ると、視点を得て過去にちがう一面を見つけることがある。
わりと。
ざらに。
ある。
黒歴史と、それを恥じるのは、わかりやすい例。
だけど実は先があってさ? かっこいいと思ってやっていたことが、実はかっこよくなかった、じゃなくてさ。なぜそれをやろうとしていたのか、その理由はなにで、どれくらい切実で必死だったか、とか。かっこいいと思っていること、ださいと思っていることから、自分のなにが読み取れるのか、とかね?
その先だって、あるのだろう。前後の流れを読み取ると?
念のため言うと、先へ進まなきゃいけない理由はないよ?
それを選ばなきゃいけない必然性もない。
だれかに強制されても、答えを示されても、それはだれかのものであって、自分のものじゃない。それってなにも知れてないから、入ってこない。自分で選んで、自分で止まるか、留まるか、進むか、休むか、その他のなにかかを決めるんだ。
でさ。
それでも感情的になるくらい、痛むことだと? 経験を積んだうえでふり返っても、どれだけ学んでみてもまだきついままってこともある。
恥ずかしすぎることだときつい。
でもって、寂しかったり、つらかったりすることだと? きつすぎるくらい。
好きな人のことだと、どうだろう。
もう会えない人のことだとしたら?
会いたいという願いは叶わない。だけど会いたくなるんじゃないかな。
満たされないから、つらさは増しそうだ。とても痛そうだ。それは。
じゃあさ。
心にその人がいたら、どうかな?
あ。タマちゃんと十兵衞みたいな感じじゃなくて。
なんだろ。
お母さんの言葉や、お父さんの推しを思いだすみたいな、そんなノリ。
あの人ならこう言うだろうなあ、とか。あの人はこんな顔するんだろうなあ、とか。
それくらいのノリね?
話しかけてこないよ? 映画のエモいシーンで、命を失ったか、自分の元から去った人が、なぜか主人公のそばに登場して話しかけるような、そういうやつでもないよ?
ふっと感じる。考える。ああ、お母さんならキレそう。お父さんなら笑い飛ばしそう。カナタならどうかな。トウヤなら? お姉ちゃんなら。キラリなら? マドカなら、どうか。
そんなのだ。
しょっちゅう思いだす。しょっちゅう浮かべる。
たしかにすぐそばに、その人はいないとき。確実に孤独で、その人に触れてもらえなかったり、声を聞けなかったりする。助けてもらえないし、熱を感じ取れない。
それを悲しみと感じる間のつらさは、筆舌に尽くしがたいものかもしれず。
それでも歌人と呼ばれる人たちは、歌に残したのかもしれない。せめて。あるいは届けと願って。そういう歌も、あるのかも。
歌に触れて、思いだす。詠みながら、思いだす。
距離を痛感しては苦しみ、悲しむのかもしれない。
焦がれる思いに嘆くのかもしれない。
たぶん、でも、そのとき一緒に居るんだよね。
だけど、居るのがつらいんだよね。
距離感が変わって、もしもその人が自分のそばからいなくなったとき、だけど心にその人がちゃんと残っているとき、まだ慣れない頃ほどつらくなっちゃうんだよね。きっと。
どこが基準なのか、なんて話はさ。
居るのがつらくなくなってからじゃなきゃ、心にしみてこないの。
なのにだれかもじぶんも、それを求めちゃうし、押しつけちゃうし、それじゃ居るのはつらくなるばかりなの。
それを感じ取れるんだ。すごくわかるよ、さみしいの。せつないの。慣れないの。いてほしいの。触れてほしいのも。かんじるよ。
いいな。和泉式部さんかあ。
「私のこと考えて詠んでくれない? もういちど」
『ドヤ感あると邪魔になるやつ?』
「わかってるじゃん」
ソファに移って、寝そべる。
白湯の残りをもっとゆっくりと、ちびちびやりながらカナタの声を聞く。
昔は歌を送りあっていたという。
みたびの邂逅で、婚姻につながる。
だれもがそう過ごしていたとは思わない。
一定の身分、立場にある人たちの文化。あるいは、しきたりかもと。
そのころ、いまよりも結ばれることの必然性みたいなものが強くあったかもしれず。
その中で精いっぱい自由に恋をするとして。
なのにやっぱり、初婚のハードルのための婚姻もあったかもしれず。
さらに切実で自由な恋を、愛を求めた人たちもいたかもしれず。
簡単にはわからないことばかり。
わかろうとしたくなることばかりだ。
あふことは雲ゐはるかに、鳴る神の音にききつつ恋ひわたるかな。
掛詞、掛かる、どっちも正直まだぴんときてない。読み取れるほどには。
私の読んだ本の解説だと、会いたい人が空のごとく遠く離れた手の届かないところにいる、という意味だとある。
スマホがあれば顔が見れて、別に音だけの通話にしたって、声を聞ける。
それは肉声とはちがうという。類型化された声を選び、届けていると。
それでも案外、知るまでは気づかなかったり、ほんのささやかな違和感程度で済んだりしてさ。
なのに、それでも、やっぱり遠く感じる。
願いはもっともっと、この先をと求める。
欲しい気持ちを埋めてくれよと願ってしまう。
あなたを感じるほどに思い描く。埋めてほしいこと。私が叶えてほしいこと。いくらでも。
焦がれるほどに、求めが増えて強さを増していく。
執着が顔を覗かせる。欲が叫び声をあげる。
どちらも別に、あっていいもの。認識していないと、無自覚に相手を責めて、自分さえも責めて、どちらも苛むだけで。きちんと見て取り、なだめれば済むもの。
居るのがつらいと、それどころじゃないのが困りもの。
愛をささやいてと願い、返すように願われる。
昔は歌を送り、返していたという。
そういうところも惹かれたんだ。カナタにはまだ言えない。
恥ずかしいだけなら、気にならない。
きみに送る歌がまだ浮かばないから、まだあたためさせてほしいだけ。
私に送る歌を、カナタはどんな顔で詠んでくれるだろう。
どっちからがいいかな。どっちでもうれしいや。
ただ、いまはまだ焦りたくないから、もうすこし浅瀬で遊ばせて。
つづく!




