第千六百八十六話
夜はみんなで動画を見たんだ。
お父さんが持てあました情熱を注ぎ込んで作った、変身もの作品の合成動画!
はじまりは魔法少女。サリーちゃんとか、クリーミーマミとか。お父さんやお母さんが「出た出た、どうせあれでしょ? はじめは昭和の往年のやつでしょ?」っていじる、地上波のアニメ特集特番みたいなノリ。結局、お父さんも外せないんじゃん。
デビルマンもあるよ? ガッチャマンもあるよ? 特撮もやまもりだよ? ライダーも戦隊もあるよ? おジャ魔女もあるし、キュアもあるし? 特にご長寿シリーズになると、変身シーンを繋げても、音楽の構成をがんばってみても、長いぞ?
オリジナルビデオアニメーション全盛期の作品群も、お父さんはきっちり盛り込んでいて、ひたすらに長いぞ? 作成が間に合わなくて、その手の動画を流しちゃえっていうケースもあってさ。まどマギとか、シンフォギアとかね。
華やかなシーンだけど、変身シーンだけでぷちたちは飽きないかヒヤヒヤした。実際、ぬいぐるみを抱き締めて船を漕いでる子がいたり、おやつの芋けんぴをハムスターみたいにかじかじかじかじとちまちませこせこ食べてる子がいたりする。ただ、概ね好評だった。なぜに?
ライダーのねー。昔の、アマゾン? あれの変身には「お?」と声をあげる子がたくさんいた。真似したくなったのか「あ~ま~ぞ~ん!」ってやってる。真似しやすいよね。アマゾン。最新のやつだと、だいぶスタイリッシュなイメージある。
そこいくと、なのはのシリーズだと脱衣がすごいね! 気前よく脱ぐよね!
キルラキルみたいな変身だと? ゴリマッチョなお兄さんも、イケメンも、女の子もお姉さんも、みんな気前よく脱ぐし? 着るよなあ。
かと思えば、戦隊モノでシンケンジャーは一筆入魂するでしょ? あっ、一筆奏上か! ちびっこの頃、見てたよー!
セーラームーンは昔のと、最近のと。あと実写があるんだよね? お母さんが追いかけてんの。大人向けのグッズがまた、本気で! 売りに来ているっ! って、美希さんとふたりで燃えていた。それでいえば、ライダーの大人を狙いにきている商品群も、かなりやばいらしいね?
いろんなアプローチがあっていいし?
ライダーも戦隊もキュアなのでも、どれも凝りに凝ってない?
だけど、キラリたちと考えているのって答え探し。
遊びたい、じゃない。
そこがなんか、もう、致命的にずれてるんだなあ。私たち。
おーすげーとか、かっけえとか、かわいいーとかって盛りあがってるぷちたちを見てると、目からうろこがいくつも落ちていく。
電王のさ? 主演の俳優さん、めちゃくちゃ好きで。漫画の実写映画化っていったら、だいたい残念になる、みたいな偏見が根付いてるじゃん? だけど、あのお兄さんの殺陣のシーン、もうひたすらかっこよかった。貫禄あるし。あのお兄さんの変身シーンは、お父さんが私向けのときにも、トウヤ向けのときにも買ってきたディスクで何度も繰り返し見た。
いまはビルド。実験をはじめると? ベストマッチ! 次は平成最後のライダーになるけど、どんなのかな? なぞ! それはそれとして、ビルドはなんかプラスチックみたい。鋼のムーンサルト!
そこいくとアラモードなプリキュアは、動物とスイーツモチーフの組み合わせがやばいくらいかわいい。デコって化けて、かっこかわいい。甘いスイーツがスーツになるの、なんかいいな。
どっちもポーズがいいよね。鋼のムーンサルトのポーズ、なんかやってみたくなるし? ジェラートのできあがりーっ! なポーズも真似してみたくなる。
ジェラートでいえば、アイスをセット。自由と情熱をレッツらまぜまぜしてるよね? ホイップは、ショートケーキをセットして、元気と笑顔を。カスタードはプリンで、知性と勇気を。マカロンは美しさとときめきを。ショコラはチョコレートで、強さと愛を。パルフェはパフェで、夢と希望を。
混ぜて自分をデコレーション。
組み合わせっていう意味では、ビルドもそう。ビルドだと、ボトルの組み合わせだっけ? で、ボトルを入れ替えると、フォームが変わる。プリキュアとちがって、ライダーはフォームがいろいろ変わりがちな印象があるよ? あ、でも、魔法つかいプリキュアだと、いろんなスタイルがあったっけ。
フォームの数で言うなら、戦隊モノも、ライダーも、特別な周年企画だと? 過去作品のなにかに変身できる仕組みを採用してなかった? ライダーならディケイド。戦隊モノならゴーカイジャー。どうでもいいけど、ディケイドの士くんとゴーカイジャーのマベちゃんが好き。
カードを手に入れたら? あとはもう、変身ベルトにセットしちゃえば、変身できちゃうディケイドも。キーを持ってさえいれば、折りたたみ式携帯電話型変身アイテムに挿して回して変身できちゃうゴーカイジャーも、どっちもすごい。
けど、プリキュアだと? 個人に紐づいているから、いまのところ他人になるような変身をするってことはないよね。
変身した存在の力を利用するのか。それとも、変身しようと、あくまで個人そのものなのか。
なんて、それこそ年に二回の巨大イベントで、だれかが同人誌にして売ってそう。
もっといえば、好きな人たちがそれぞれに意見を持っていそう!
赤髪の私は、まさにディケイドやゴーカイジャーみたいなスタイルで戦う。銃と弾丸で。あれに憧れて、私も無垢刀でそれをやってみようと思ったこともある。たぶん、修行次第で、ある程度はできるようになる気もしてる。天国修行で、特別な場所で自分の現し身に渡して何度も修行した実感として、できる道筋を思い描けている。
でも、いまやりたい変身や、力の使い方って、そういうんじゃない。
どっちかっていうと?
れっつらまぜまぜ! そっちかな。
なにを混ぜる? なにをセットする? そこで右往左往している真っ最中だ。
だけど、答えを探そうとすると? 間に合わない。浮かばない。どうしていいのか、わからない!
遊びがない。遊びの中にあるに違いないのに、遊びがないから答えが見つからない。
もっと細かくいえば、安全基地としての力がほしい。バックボーンに、どぉんとぉ! 強い安全基地があって「いってらっしゃい」と送り出されて遊びに出かけるくらいの全力さがほしい。
なのに私も、キラリも、たぶんマドカさえも、私たちが安心できる安全基地を作ろうとしている。そのために変身しようとしている。
そこでずれてる気がして仕方ないんだよなあ。
私にとって、これが大事なんだっていう象徴を、だれもが獲得してない?
自分の軸足みたいなものの輪郭を、最初の変身の時点で獲得して。だけど失敗したり、ケンカしたり、きっつい負けを経験したりして、安全基地に戻って元気の再チャージと軸足の再認識をして、どんどん成長していかない?
でさ?
その最初の一歩って、夢や願いに向かっていてさ。
おまけに、それはきっと、遊びの中にある。
自分への道はきっと、遊びの中にこそある。
GOプリは、プリンセスになりたいっていう宣言がドレスアップキーとパフュームを使った変身に繋がっていく。香りを纏う。纏って変わる。咲き誇る。暗く淀んでいた世界に、満開。ゼツボーグの攻撃に思わずジャンプ! めっちゃ高く飛ぶのはお約束? 自分がどう動きたいか、しっかりイメージしてと訴えられる。なんかわかった! かも! な、体験を積んでの最初の解決。
でも、なんだろ。大事にしてる夢を笑われることのつらさとか、痛さみたいなの、あるし。そもそも一話の冒頭で出てくる、笑われているシーンの前に、夢があるんだよね。プリンセスになってみたいなっていう、夢が。
シンプルに皇族になるとか、迎えいれられることとかじゃなく。学びひとつとっても、いろんな意味が読み取れるような、そういう自分にとってのプリンセスの定義って、なんだろう?
あの子は自分にとってのプリンセスを探してるのかなー? なんて思うんだ。
それって壮大だ。キラキラしてるぞ? いけーっ! って応援したくなる夢だ。
私はどうだろ。
ついついそれを考える。
中学生時代にせっせと書いていた日記のキャラクターは、まさにその象徴だ。と、最初は思った。だけどいま思うと、あれはキラリや結ちゃんに重ねてみる理想とか、中学校とか小学校みたいな枠組みになじめない自分を責める私とか、あらゆるものから自分を守るための衣だった。
自分をデコるんでも、飾るんでも、探すんでもなくて、なんかこう、生きるために必要なものだった。南極に行くのに、防寒着。宇宙に行くなら、宇宙服。息ができるよう、そこにいられるようにするための服だ。
中学時代のみんなからはヘンテコで滑稽なキャラでも、私には必要だったんだ。
でも、そこまでなんだよね。
息をする。その先はないんだよ。ないんだ。
作ってないし。想像もしてないし。それどころじゃないし? 余裕がないし。なので、先がない。
それだと変化のしようもない。
居る。
すごくシンプルな言葉だけど、それを実現するのは大変だ。
とてもとても、大変なんだ。
だから、居るを実現する手段は必要だと思うよ?
なにせ、居るってきっと、安全基地だから。
なので居ると別にあるんじゃないかな? その先へと進んでいくときの目標って。
ああでも、重なっている人もいるのか。
自分が居るとき、必然的に生まれるもの。あるもの。それが自分の言葉や言語になっていく、なんていうこともありそう。あるいは自分のための辞書作りの原動力になったりして! それが仕事に繋がるっていう人もいそうだ。
なら、それって遊びから生まれるのかな? ぜったい、そうなのかな?
どうだろ! わかんないや。
居るのと遊ぶのって、重なることもあると思う。居るために、あるいは居るのに慣れるために遊ぶことも多いからね。
じゃあそれが、自分に続いているか。あるいは自分へと続けていけるかっていったら、話は別。おまけに自分へと続いていよういまいが、ほんとのところはどうでもいいんだ。
歩いていきたい道なら。
軌道修正してでも続けたい道なら。
安全基地を脅かさないほうがいい。だれかの安全基地を犠牲にして、なんていうのも筋が悪い。強いるものじゃないよね。だれかに対してさ。
自己実現に集中できるといいのかな。居るのをつらくするのでも、脅かすのでもなく。
わかんないや。
わかんないことだらけだけど、それは実のところ、さして問題じゃない。
わかろうとしていくし、学んでいく。それが方向性でしかないものの、処方箋になると思うので。
それに私がぷちたちくらい小さかった頃に見た夢を、結局いま進んでいるから。
必要だと気づいたら、それを習慣に取り入れていけばいい。
そして習慣を育てるっていうのはさ。たいがい、長期戦になるから。焦らずいこう? ね!
そんな心構えで盛りあがるぷちたちの中で不安になったり、張り切り過ぎちゃう子の話を聞き、耳を傾け、会話でなくて対話を心懸ける。すると必然、自分にいくらでも問いかけることになる。
あれはなんでー、とか。ぷちもやらなきゃだめー? とか。自分はどう変身したらいいのかわからないとか。もう、やまほど質問される。質問の嵐だ。
私がかかりきりになっていることもあるから、お父さんやお母さんがフォローに回ってくれる。結論ありきじゃなくて、問いかけている。なんでだと思う? とか、やってみたい? とか、変身ってそもそもなんだろうね、とか。いろいろ。響かなければ、別の角度で問いかける。答えられることには答えるし。流さない。放置しない。
それってひどく大変だ。
質問攻めが終わって、真夜中にみんなを寝かせる時間になると?
今度はお部屋で寝物語を語って聞かせる。油断をすると、何回も同じ話をすることになる。盛り上げどころを作るぞーと意気込むと、途端に詰まる。アドリブにだって限界があるぞ?
なので、話を作る方向性で挑戦する。ヘンテコな話を作るのだ。あれはどうなったのー? だれだれはどうしたのー? と、どうせ質問されるのだ。答えを用意して、がちがちっと固めた話をしててもきりがない。どうせアドリブが必要なら、一緒に考えてみればいい。こうじゃない? っていうのを採用して作っていっちゃうのも楽しい。それに、募集&採用方式のほうが、ぷちたちそれぞれの考えや発想がわかって、よし!
すると、どうなる? 自分のを採用して、の競争になる場面もある。
なるべく取り入れようとしてもいい。しっちゃかめっちゃかになるって? いいのいいの、なっても別に。だけど、それでケンカになっちゃうようじゃあ仕方ない。そういうときには、みんなで考えてみればいい。
夜遅く、ぷちたちみんながねむたい時間に話をするのだ。だんだん眠たくなっていくから、ひとり、またひとり、寝ていく。とすると? 実のところ、お話は終わらなくていい。次の日の夜に「さあて、どこまでお話したかな?」って聞いちゃえばいいのだから。
暇な時間にスマホにまとめて、夜に備えても楽しい。
不思議の国のアリスは、こんな感じで生まれたのかな? まあ、著者と少女の関係について疑問の声をあげる人もいるみたいだけど、そこは今回は踏みこまないでおくとして!
最後のひとりが眠って、みんなのおでこにキスをして、エアコンつけてるけど、ゆったり眠れるようにタオルケットを整える。けとばす子もいるから。
一階に降りて、お父さんとお母さんと軽く話して、ふたりが寝るのを見送ってから、リビングで通話。カナタと話す前にキラリやマドカたち同学年のみんなとグループで話す。
現状の進捗の確認は大事。だけど、思わしくない。そもそも、そんなに急がないという前提でいるから、それはいい。試せる土台となる進展があればいいのだ。それについては、期待できそう。けれど答えまで辿りつきたいキラリにとっては不満な状況みたい。
気持ちが急く。
このままじゃだめだと思うときほど、これじゃだめ、もっとこうしなきゃ、こうあるべきだ、こうするべきなんだって思いが膨らんでいく。
それは安全基地の安全を見直す目のようで、疑う目でもある。見直すのと疑うのだと、意味合いはぜんぜん変わってくる。構えも、態度も、言動さえもね。だけど見直す意識でいて、そのじつ疑っているだけだと? 今度は見直すためだと考えながら、あらゆるものを疑い、変えようとしちゃう。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
疑いも過ぎれば憎しみに転じるし、憎しみは怒りを生じやすくする燃料に変わるし、その燃料も放っておくと次第に怨みに変わっていく。
なまじ見直す必要性を感じていると? 正当性とひどく仲がいいものだから、ますます感情的に障りやすくなる。
すると、どうなるの?
安全基地の先へと旅をする、じゃあなく。
すべてを叩いて壊しながら怯え、怒って、怨んでいく道筋になってしまう。
焦らずいこうよ、と。ただなだめるだけじゃ足りない。
キラリの焦りの内訳の中には、私の現状のやばさがあってさ? 私を心配してくれてるのが伝わってくる。そこには、中学時代の私がキラリに抱いていたようななにか、こじらせた熱情みたいなものがありそうで。いきなり尋ねるなんて、できない。障れない。ましてや、みんなと話している最中には聞くべきじゃない。
ただ、私と会うのを目的の割合の大部分にして、キラリは士道誠心に入ってきた。
ちょっと前までの私には、それって絶対重荷だった。いまの私にも、正直どこまで受けとめられるかわからない。重たく、壮大で過剰な期待に読み取っちゃいかねない。なぜかって、私がいま居るのがそもそも壮大で過剰で重たい状況にあると思ってるから。無自覚な領域ではもっと、深刻になってるかも。不安が根を張り、私の心から気力を吸いあげ育っているかも。
例え話だ。
笑い飛ばせるといい。
話せる人と、話せば済む。
遊べば気晴らしができて、気鬱も吹き飛ばせる。
祭りに行ったり、趣味に没頭したりする。
赤髪の私が言うように、だれかと遊べばいい。カナタとデートするのもいい。ぷちたちと過ごすのだって、いいんだ。
案外、それくらいでいい。言うなれば、いま挙げたのって、どれも安全基地だ。
やってみせ、の最初のやってみせを追求しあう。一緒に。考えていける。それだけでけっこう、安全基地作りに繋がる。尋ねていいし、訪ねていい。思うことがあるなら、語れるといい。
そういうなにげないことで、安全基地はしっかり育っていく。
だけど私は私と、育んできてない。まだまだ全然、足りてない。
なのでもちろん、みんなと作れてもいない。なんとなぁく、できてる部分もゼロじゃないよ? そりゃあね! だけど、意識して育てておきたいところが、やまほど浮かぶ。
キラリに対してもそう。
私がやばい。だからみんな、だいじょうぶだと示そうとする。だいじょうぶななにかを見せようとする。現状は、そんな感じ。
それ自体を否定したり、拒絶したいわけじゃない。
ただ、ちょおっとずれてる。
私がみんなに話せなかったり、そもそも私自身で気づけていなかったり、認識しにくかったり、したくなかったりすることのほうが、まず心に障る部分でさ?
ぷちたちならどうするか、みんなと話しながら考えてた。
あの子たちなら、すぐに言う。それか「がまんしてます! つらいです!」って顔をする。わかりやすいんだ。隠さなくていいんだよ、伝えてくれていいのよ。私はみんなの安全基地になると決めているから――……だけど、そこからして、ずれてる。
ちがくてさ。
話してくれていい。隠したいなら隠してもいい。我慢したいのなら、我慢したいままでいい。
どんなままでも、安らげる場所でいる。
隠す理由がもしも、言うのにやたら勇気が必要だっていうのなら?
必要な勇気がぐんと下がる場所でいたい。
だけど、勇気必要量を下げる場所になるのを叶える手段って「言って! さあ! いますぐ言ってごらん!」と押しの一手で迫ることじゃあない。よね? 言うのを強要してどうするの。こわいって!
言うのが怖いようにさ?
見せるのが怖いこともある。
だからかな。ホノカさんが、みんなに霊子体の状態を知らせたのって、いま思うと半端なくすごい。あと、とても痛そうだ。なのに、ホノカさんは選んだ。なんでだろう?
それに、フラットでラフに見える。学校に来てるときのホノカさんは。
ホノカさんの判断がどういう風になされたかはわからないけど、私ならどうかを考えてみる。
みんなと一緒なら、尻尾の穴を見れるだろうか。
私の夢の穴を、見ることができるだろうか。
見せられるかな?
それとも、こわいかな?
いや、こわいよな。
中学の卒業式で、キラリに会って、いろんなことを言った。伝えられなかったことをぶつけた。キャッチボールじゃない。ドッジボールでさえない。デッドボールだ。
気持ちを暴力的にぶつけた。答えは聞いてない! ってやつだ。会話。対話したいんじゃなくて、結論ありきだった。私が憧れ、きらい、妬み、嫉み、許せず、許されないすべての象徴として、キラリにすべてを押しつけて、ぶつけた。
あのときのこわさと比べたら、どうだろう。
微妙だ。わからない。
ただ、あのときの私にいろいろいとぶつけられたキラリの怖さは、かなりのものだったんじゃないかな。
それとくらべてみると、どう? やっぱりわからないや。
ああでも、私が見せることがだれかのこわさに繋がることってあるよなあ。見せ方次第でもあるし。そもそも合意が大事だし? 言いだすときりないけど、それが大事なんだ。
見せられるだろうか。
あるいは、見れるだろうか。
私自身を。
悩ましい。
どうやら不安がありそうなんだ。
というのもさ。ぷちたちの中には、いるんだよ。
私に伝えるのをためらう子が。私を心配する子もいれば、私に言ってだいじょうぶかを気にする子もいる。なんともならないんじゃないかって諦めてる子もいる。
私自身、不足を感じてるから、そりゃあぷちたちからみたら、敏感に感じとるよね。
できないことをいきなりできるようにするのは難しい。
やっていくしかない。ハートを磨くっきゃないのである。あの歌、そうとう長く歌われてるのやばくない? そういう歌を作れたらさ?
将来、食いっ――……ぱぐれないのでは!? きぃーん。なんちゃって。
冗談はさておき。
プリキュアもライダーも戦隊も、他のありとあらゆる作品でも、メタなことを言っちゃえば必然性に見舞われて戦っているけど。私も戦いの連続だった。
戦いに対して安全基地はぜい弱なままだった。作ろうとしてこなかったもんなー。育てようとしてこなかった。意識的にやってこなかった。
シュウさんとバチバチだった頃のカナタを見て必要だと気づいたよ? 思い返せば、ギンと過ごしていたときだってそうだ。これまでをふり返るとね? あらゆる経験から読み取れることだし、折に触れて気づいてもいたけど。もっと動きが欲しいぞ?
すると、やっていくしかないぞ? どうやらさ。
変身する前に。化ける前に。
なにをやる?
普段着から戦闘に移る変身ではなくって、一から自分を変える、そういう変身だとさ。
脱ぐじゃん。やっぱ。ある程度は! 全裸である必要性がないだけで。
そういう変身をイメージしたら、どうかな?
尻尾に空いた穴って、まず露わになるんじゃないかな?
だけど傷痕を見るようなものだ。
それは必要?
そうは思わない。
だって心を傷つけることになる。そう考えるのなら? 必要とは思わない。
けど、どうだろう。
夢の器に、愛だけじゃなく、なにかを足したいとき。
まるで「どうぞ」と言わんばかりじゃない? 尻尾に空いた穴ってさ。
変身ベルトの「さあ、入れてごらんよ! 組み合わせ次第さ!」みたいなスロットみたいじゃない?
こんな考え、前向きが過ぎるかな?
でも、ありじゃない?
転化するのなら、そういうやり方だってありじゃない?
さて。そうするとさ。
私の尻尾って、もしや変身アイテムなのでは?
九つの変身を残しているのでは?
それ、やばない?
『おい、春灯。聞いてんの?』
「あ、ごめん! ちょっと思いついちゃって」
『『『 いまぁ!? 』』』
あ、やべ。
「だ、だいじょぶだって! ここへきての大幅修正みたいな話じゃないから!」
ほんとのほんとにね!
私の願いの尻尾に、愛がすでにセット済み。
そこに、れっつらまぜまぜするものが必要だと感じてる。
それはなに? 安全基地のレシピだって欲しい。
ネタは、いくらでもほしい。
「作戦に変更はなし。仕様変更もね。じゃなくて――……お願いがあるんだけど」
あのね、と切り出す。
中学生時代、私は犬歯の目立つ付け歯を選んだ。口を開けば威嚇できるから。
大きなマントを羽織った。纏えば、身体を守れるから。寒くなくなるから。震えている身体を隠せるから。
どちらももう、必要ない。
必要なのは、私やぷちを育てる手段。安全基地。
一から着替えてデコりたい。
そんな変身だ。
つづく!




