第千六百八十四話
こども服って、どう思う?
フリマアプリを使う? つまり、新品か、それとも中古かでいったら、中古を買う?
いやいや、着るものでしょ? 無精をせずに買いなさいよって?
まさか!
私くらいの年ならまだしも、こども、それもぷちくらいの年だと、すぐに大きくなる。
おしゃれに着るなら、身体のサイズに合わせたものを。
すると、どうなる?
気を遣うほど、頻繁に買い換える必要になる。
身長が伸びたら? 手足が伸びたら? もちろん見栄えが変わる。
ちょいちょい気を遣うとなると、いくらあっても足りなくなる。
これは買う側の懐事情の話。
服といっても、見てわかる部分だけじゃない。
下着。靴下。靴。なにかと気を遣うものがけっこうある。
幼稚園、小学校と、私服だともう! たいへんだ。
なので大きくなった頃を見越して、最初に大きめのものを買って着させる? いやいや。わっと集まったとき、おしゃれの概念が入るとね? 大変になっていく。親の都合で言いくるめて済ませる、なんていう手が使えなくなってしまう。
家庭によるし。どうするかの選択は。
ひと目でわかる、垢抜けてるやつやん! とか。あ、子役? 劇団所属? へ、へええ、すごいね? みたいなのとか。そういう場合からさ? あ、お下がりね。うんうん! とか。あれ、ちがう名前が書いてあるよ? とか。
あるのよ。ちがいが。
気にしない子もいれば、気にしている子もいるし、気にしてないことにしている子もいれば、敏感に気にしまくっている子もいる。
寝た子を起こすな、じゃないけど。
差を露わにする考えを起こすな、広めるな、というのもある。
だからかなあ。
よそはよそ、うちはうち! 隣の芝生は青い! なんて言ったりするのは。
だけどなあ。ああいう服がいいなあ、こういう服きてみたいなあって気持ちへのケアにはならないじゃない? あくまでも親御さんの「買わずに済ませるための方便」のひとつじゃない? それか買えるものなら買いたいけど、お財布しんどい罪悪感を慰めつつ、ひとまず済ませたい方便かもじゃない? それはそれで親御さんにとって需要があるわけじゃない?
ファストファッションに頼る?
安くて最新デザインのコピー! なんとなく、オシャレ!
あると助かる意味は、ちゃんと存在するもの。なので? ZARAにH&Mに行く? ユニクロやジーンズメイト、しまむら、それかぁ……ライトオンとか? それとも個人店舗? あるいはブランドショップのセール狙い? それかアウトレット? それとも、いろんなブランドの服を集めたセレクトショップ?
福袋も狙い目。新品にこだわる、けれどドがつく新品はお高い。ならば、見えないところのほつれや、自分で直せばおっけーなものを狙う? 型落ち品もあるし。いっそもう洗濯する前提でフリマアプリでよくね? などなど。
とりとめのない、厳密にいえば正解という正解もない、服選び。
どれくらいかけるかで、親マウントを取りにいく人もいるかもしれない。やっかい!
逆に、周囲はこどもの好きに応えつつ、自分とある程度おなじラインで~ってやっている親御さんたちに囲まれて、わりと苦労していて自責か他責に追い込まれる人がいるかも。やっぱり、やっかい!
差が見えなくなるから制服が助かる、なんていう話もあり。
いや、そもそも着ている物で差別するのはおかしくね、うんぬん! って話もあり。
そうじゃなくて所得で服に苦労する世の中がきついとか。そういう論調で自分の収入あげない親がきついとか。いろんな話がありまくり!
もうねー。
これだけで頭から煙が出ちゃうね!
それとは別に、エンタメ業界だと収入の変化が激しい。あと、人は生活の水準を変えるの地味にたいへん。お金をかけていくのはいい。けど、お金を切り詰めていくのがね! たいへん!
毎週末に五千円のランチをしている習慣をなくすのって、たいへん。移動に必ずタクシーを使っているのを、歩きに変えるのもたいへん。
だけど、収入ががつんとあがって舞い上がると?
いい住まい、羽振りのいい生活、交流! どどんどどんどんどん! と、やっちゃいがち。
いつか贅沢したい! って思っている人ほど、ハマりがちなのだという。
なので、こどもの頃に我慢させられたら?
親から離れて、一気に欲望! だい! ばく! はつ! っていうのも、ありがち。
自分がこどもの立場だったときに考えると? そうなるだろって思えることも、たとえば私がいま、ぷちたち大勢に一着四、五千円のいろんな服を「買って!」って持ってこられると、ね? あ、あははは。待とう!? えっと。ここはほら、見る目を養いに来たんだよ! なんて、逃げ口上を打ちたくなるわけです。
先を見通す? ばかいうな! 今日のレジのお会計が問題なんだよぉ! ってなるよ? なるよ! さすがに! ぷちたち十人こえてるねんぞ!? ひとり四、五千円。合わせたら途端に四、五万円ぞ!? 洒落にならんて!
化かせて便利だねー。化け術おぼえようねー? はぁい、見る目の保養だぞー? デザイン、よぉく見ておくんだぞー? って、ごまかしたいわけです。
すまねえ! 億越え年収、とうぶん続くみたいな、そんなブレイクぶりだったらよかったんだけどな! 今年どうなるかも、まだわからねんだ……っ!
お母さんとお父さんと一緒に、ぷちたちを連れて外出したんだ。いろいろ見られたらいいし、気分転換にもなるし? レジャー施設で、いろんなものを見るのも大事! 水族館も動物園も、ヨシ! なのである。
服を見て、最低限必要なものをわっと買って、おめかしして、まだ時間があるから夕方前に飛び込むように行くんだけどさ?
水族園にしても動物園にしても、お土産もの屋さんは魔境!
洋服だけじゃないぞ? お人形がたくさんあるぞ? おいしそうなものもあるんだぞ? おもちゃだって、たくさんあるぞ?
すると、どうなるの?
魔境の誘いが、ぷちたちの好奇心を捕らえて離さないよ!
残高が……っ!
はたらかなきゃ……っ!
もちろん、なんでもかんでも買うわけにもいかず。
なにかひとつね? と言うわけ!
そういうのもねー。いざ自分がぷちたちの保護者な立場に立つと、はじめて見えてくることがあるわけ。
あとは、思い出すこともたくさんあるね?
口をぱっかーんとあけて、イルカやペンギンを見ていたり。注意しないと、ごくごく自然とガラスに両手と頭をべちんとつけて、じーっと眺めちゃったり。ふれあい生きものコーナーで、ナマコを見てるのかと思ったら、岩をじーっと眺めてたり。
そういうこと、私もやってたなーって。
館内から道に出るときも、落ちてる葉っぱや小石を気にしたりして。いちいちハラハラするよ! お花があれば近づくし、虫がいれば騒ぎまくり。
そんなだから、水族館の中でもうるさかったばかりかと思いきや、そんなこともなく。
クラゲを見て虚無顔になってたり、サメのコーナーで無表情になって「し、しずかにね」ってみんなで注意しあっていたりした。小声でね!
たまに声をかけてくれる人がいて、ファンですーって社交辞令だったり、がちめだったりする挨拶をしてくれたりもするんだけど、やっぱりぷちのことが気になるみたいでさ。
テレビの受け答えをそのまま使ってきたんだけど、ふと思う。
生みだす、というか。作りだす、というか。生まれたというか、育ったというか。
いろいろ言い方があるけれど、実際のところ、なんだろね?
式神で、こどもで……人? ううん?
ほんとのこと言っちゃうとさ? 元も子もないんだけど、狐憑きって、別にいい言葉じゃないわけでしょ? ニナ先生の犬神だってそう。
おいなりさんっていうのも、一緒。
稲荷信仰は広まっているものだけど、ほら。なにかを強く信じて、思考停止スイッチにしてる人もいればさ? そういうスイッチを利用して商売してる人もいるじゃない? そして商売や利益に繋げるときほど、盲信をいいエサの象徴として育てて利用しちゃうわけでしょ? だとしたら、おいなりさんさえ、やべえ詐欺の材料にしてた人もいたんだろうなあって思うとさ?
ますますもって、一口に言えないね?
人は単語に、意味を重ねる。
ぷちたちの親だと私は明言した。
じゃあ親ってなに?
新明解国語辞典だと?
『その人を生んだ(と変わらぬ情愛を持って養い育ててくれた)人。広義では、祖先・元祖を指す』
『(遊戯などで)進行の中心となる人』
じゃあ、大辞林なら?
『子を生んだ人、または、他人の子を自分の子として養い育てる人。実父母、養父母の総称』
『子を持っている生物』
『他の物を生ずるもととなるもの』
『物事の中心になるもの』
『同種のもののうち、大きなもの』
『勝負事の際、札配りなど競技の中心的な役割にあたる人。また、その役』
『無尽・入札などの際の発起人』
『もののはじめ。元祖』
『祖先』
さすがに多いね!?
これ、たとえば十年、三十年、五十年と前にさかのぼったときの辞書では、どういう記述になっていたんだろうね?
どういう風に変わっていったんだろう。増えてきたのかな? それとも、減ってきたのかな?
わからないや!
ただ、これなら素直にわかるわ。
私、親だ! まちがいなく、親だわ!
さてさて。
他の辞書も足すと、どうなっていくのかな? こればかりは記述の引用をずらっと並べて比べてみないとわからないね?
なので辞書については一端さておくとしてさ。
人によっては、どうかな?
みんなはどういう認識でいるのかな?
日本以外で生まれ育って、はじめて日本語を学ぶっていう場合、親っていう言葉にあるたくさんの意味にくらくらしちゃう国の人もいるかも? あるいは「足りなくね!?」ってなるのかな? 文化によっても変化するよね、意味合いって。もっといえば、環境次第なとこ、ある。
言語によっては、大辞林で並んだたくさんの意味が、ちがう単語に置き換えられているケースもあるかもしれないね? あるいは、もっとたくさんの意味を親にもたせている言語もあるかもしれない。
そもそもさ。
ある程度の共通認識が、世界には存在するのかな? それともちがうのかな?
朝の挨拶さえ、ぜんぜんちがうように。
アメリカで同性婚のふたりが養子を取ったり、代理母出産を通じてこどもを迎えるケースを聞いている。もちろん、親と子だ。まちがいなく。だけど、そうした潮流を好ましく思う人もいれば、そうじゃない人もいる。自分の身内や家族でないのに、過剰に敏感に反応する人さえ、なかにはいる。こどもを迎える選択肢が増えること、それ自体を私は好ましく思う。同時に、生まれたその先がやっぱり大変なんだなーって、ぷちたちと過ごして痛感してる。
まあ、そこまで話を広げちゃうとね。テーマが増えてたいへんだから、話を畳むけど。
日本の中だと、どうかな?
親って、どんな意味を連想する人がいるのかな?
だいたい、大辞林のどれかに当てはまる感じかな?
じゃあ、聞き方を変えてみるのは手かも。
どういうのが理想の親だと思う?
あるいはさ。
どういうのがやばい親だと思う?
あなたが警戒する親は? あなたが無条件で「だいしゅきぃ!」ってなる親は?
周囲にいる人たちの親は、どんなだといい? それとも、そんなこと、そもそも余計なお世話で考えるべきじゃない? じゃあ、たまに悲惨にも程がある事件で親がやばいとわかる、なんて筋でワイドショーがせっせと喧伝することがあるけど、そのときは?
バブみなんて言葉があるけどさ。ママなら、どう?
それとは別に頼りになるパパ像みたいなのもあっていいと思うけど、それは?
そもそも頼りにならなきゃだめ? それは親と必ずセットの概念? パパじゃなきゃだめ? ママじゃだめ?
さすがにさ?
にほんでんとーの! おやとは! とか。
にほんでんとーの! かぞくとは! とか。
ここまでいくと、やばいよね?
ありとあらゆるものをこじらせてるもんね?
や。そういうもんじゃねーから。くにがーって話じゃないから。
個人個人の家庭の話だから。そういう、でけえ主語を持ってくるのはやめてもらって。
けどさ?
なんとなーく。
ふんわーりと。
こどもにやさしくいられる親ばっかりだといいなーとか。そのためには、まず親の生活が安定してないと、心身の安定を保つのが、そもそもしんどそーだなーとか。
思うわけで。
おまけにさ?
それには安定したお仕事が欠かせないよなー、とか。だけど、すべてのお仕事、すべての立場が安定してるかっていったら、とでもじゃないけど、そんなこたあないよなーとか。
思うわけで。
安定が得られないと理想もなにもあったものじゃないし、安定するのでもうやっとだったら、理想を追いかける元気も意欲も湧くわけないし?
現状がきつくて余裕がないときほど、人って他責的になるところがある。すると、なにが起きるか。こどもがなにかとダメージを受けやすくなっていく。
それを防ぎ、支え、守るために福祉があって、生活保護とか、いろんな制度があるのかなーって思うけど。十代の私から見て、その状態から、どんどんつよつよラインに育てていくのを支える術って、どれくらいあるんだろう? って思うの。
最低ラインまでしか支えられないのだとしたら、その先が欲しいよね。
だって、繰り返すけど、安定するのでもうやっとだったら、その先へと動けないからね?
日常でこつこつと上向くように変えていきましょう、じゃないんだよね。無理なのよ。それは。成功体験がないと、なにごとも続かないしさ。余裕がないほど、小さな喜びって簡単に壊れちゃう繊細なものだからさ。
そうした前提を踏まえたうえで考えると?
理想も、やばいも、それだけでは語れないね?
親もそうだ。親というだけでは語れないっぽいぞ?
一部分の話なんだなあ。
生活や、体験、環境と地続きだ。
それに、そういうのが快適だと? 身軽に動けそうな気がするし。快適からほど遠くなっていくほど、なにかとしんどさが増していきそうだぞ?
親という概念について考えるだけで、これだもの!
もうねー。
愛着? 尻尾の愛情の構成要素? おいつかんて!
おうどんにしたって、香川の絶対こし権利主張します派もあれば、うどんは柔らかくていいんです派も存在するじゃない? ドラマのメシバナ探偵で、大好きな役者さんが言ってた。アンチこし!
家族旅行をすると、たまぁに出くわす。
やっけーに! かたいうどん! 噛んだら歯がどうにかなっちゃいそうなのが!
おそばでもあるけど、おうどんだと大変! 麺が太いと、もうやばい!
おうどんひとつで、この騒ぎだよ?
やばくない?
平べったくて大きな麺が好きなんだけどね? あれはだいたい、ぷにぷにか、伸びてて柔らかい茹で具合が多い。つめたいので食べたことないからかな? だけど、それくらいでいい。
ただ、同じ麺でも人によっては、つるしこがいいだろうし?
歯やアゴが弱くなっちゃったら? ある程度はやわらかくないと、そもそも食べられなくなっちゃうかも。
そんな状態でだよ?
こしについて語るの、もうたいへんじゃない?
おうどんなら、食べるまえとあとが過熱どきで、それってそこまで身近じゃないけど。
親だともう、ねえ? ずっとじゃん?
そんなのよそから、かくあるべし! なんて押しつけられたら、ひたすらしんどいだけだ。見ず知らずの人に言われてしんどくなるケースも多いというからさ? 服をみたり、水族館を歩いたりしている間、実はずっと気を張っていた。
そういうのも「あーそうなんですかー、へー、関係ないのでいきますねー」って流したり、スルーできるといい。ただし余裕がないと、なかなかむずかしい。
自分を責めてると? その気持ちが「あれしろこれしろ」や「できないお前、だめぇえええええええ!」という無責任な言葉を積極的に拾い集めて、自分を責める材料に化けちゃう。
そういうときって自分を責めるか、そこから逃げるべく責めずに済むことにしか気持ちが向かなかったりして、地獄。なので、思考停止スイッチをささやいて近づいてくる詐欺のカモに狙われるという。
性教育ふくめて諸々ぜんぜん教わらないのに、いきなりあれやれこれやれと学校を出て求められて、判断できる力を養うひまもなく、あれこれと押し流されるばかり。仮にこどもができて参っていたら詐欺のカモにされるとか。性自認がマイノリティだったら差別されたり。どこかでしくじると、なかなか復帰できない社会とか。
現代って戦国時代かなにかなの? とても真っ当な国には思えないんだけど。
愛せないなあ。とてもじゃないけど。DVクソ野郎に思えてならないからさ? 無理だなあ。
暮らしている場所だから、いやになっちゃうよなあ。
ま、その話はさておくとしてもさ?
身の回りのことから、こつこつと。
助言をもらう相手は選ぶ。というか、とっくに選んでる。軽くあれこれ言ってくる人相手に親切にいちいち教えないけど。
それでも、安易に基準をひとつにして、ああするべき、こうしなければだめ、みたいな環境のほうが、ずっと身近で息苦しい。酸素をゆっくりと抜かれる密室の中に押し込められているような気分になる。
そんな思いをぷちたちにしてほしくはなくて、さらに悩む。
親だと明言して、時間を過ごしながら、いろいろと考えた。
感じることもある。
春灯ちゃんがお母さんなんだねーなんて、水族館で会ったファンのお姉さんが言ってさ。ぷちたちがもじもじしながら、次の場所に行った。あえて私の前で言わないようにしているみたいだ。あるいはそれは地雷なのか。それとも、言うべきかどうか、ぷちたちの間で相談してるとか?
わっかんないけど。
いろんな偏見を人は持つと思うのだ。それがまずもって、大前提ね?
そのうえで言うと、私はお父さんとお母さん、それにトウヤに、三人と比べたら短いけれど知ったことじゃない、お姉ちゃんからも、愛を着せてもらってる。
愛着。語源がなにかは、知らん! わからんです。
なんだろ。自分が楽に居ることのできる保証を、やまほどもらってる。
だから耐えられることってある。けどそれは、ひどく繊細で、しかもこつこつと続けて大事に伝え、育みながら~みたいなイメージをもっている。ついでにいえば、それらはどれも、やばく変換できちゃえる単語だという自覚もある。
じゃあ、具体的に言い換えるとね? 今度は、それがあるかないかで愛の有無だの愛着のあり方だのを論じそうになるけど、それもちがうとあえて断りをいれる。
そのうえで具体的な例を挙げるとさ?
夜寝る前にお話してっていったら、いろんな物語を聞かせてくれる。あるいはいわずとも幸せな気持ちで眠れるように手を尽くしてくれたり、構ってくれたりする。お気に入りの洋服も、靴も、必ず着られるし? いやなことがあったら元気メニュー、うれしいことがあったら最高メニューが出てくる。クリスマスもお祭りも、七夕も節分も、あらゆる行事を全力で楽しむ。いろんなところにお出かけするし? めちゃめちゃ構ってくれる。
もちろん、これだけじゃないよ? これだけじゃないけど、そういう幸せな時間が待ってるから、なんとかぎりぎり保ってたところはあるし? それが当然とも思わないし。同じことをされても、人によって感じ方はちがうよなーっていう想像もする。
じゃあ、自分はぷちたちに、なにをどれほどできるだろう。
どれほど愛を渡せるだろう。安全基地としての居場所になれるだろう。
水族館には他にも家族連れのみなさんがいた。
ついつい探りを入れたり、なにか学びにならないか見ちゃいそうでさ?
できたことといったら、せいぜいがチラ見するところまで。
なにせ、ぷちたちは人数が多くて、意識がいくつあっても足りない!
ふと目を離すと、ひとりだけじゃなくて、ふたりもさんにんもいなくなってる可能性がある。実際、何度かお母さんやお父さんが助け船をだしてくれたり、連れてきてくれたりした。
世の中、いろんなことが駆け足どころかトモの雷光みたいに早すぎて、なにかと追いつかないぞ?
どうどう、落ち着け。
ぷちたちと過ごして、あれこれ感じて、考えるほどに、不思議と尻尾に――……ちがうな。私が求めてるものや足りないものがなにか、どんどん見えていく。
安全基地としての側面がまず欲しいんだ。
あげていかなきゃ足りないけど、あげるにはまず元気がほしくて。安定するための元気にプラスして必要な、もあもあな元気がやまほど、めいっぱい必要でさ? そのためには、あげていかなきゃ間に合わない。卵が先か、鶏が先か、なんて言ってる暇がないくらい!
まじで、本気で、安全基地の作り方みたいなのを知りたい。
なんだろ。お母さんとおばあちゃんの言う豆知識も、参考になるものは作り方のひとつになる。ぷちたちが私の匂いで寝つきやすくなるっていうのは、そのひとつだ。
私だと、なんだろ。カナタは、どんなかな? トモは? ノンちゃんは? キラリやマドカは? 理華ちゃんや愛生先輩は?
好きな人、参考にしたいなあって人を選ぶ?
どうだろ! 合うか合わないか、手段によるところもある。
学びとかいってらんねえ! ってこともたくさん。
あと、学びを入り口にすると急激に心がしゅんとすることもあるから、むずかしい!
おかげで結局、こども服ってどう思うかの答えもわからん!
みんなと話してみるにしてもね?
帰りの車で、お着替えショーをするんだけど、水族館に行ったからなのかなー。シャチやイルカ、ペンギンの着ぐるみを選んではしゃぐ子が多い。ひとりからふたり、ふたりから、さんにん、そしてみんなへ。広がっていくと、もうさっぱりわからん!
楽しそうにしてることだけ。
私、なれるのかな? ぷちたちの安全基地に、なり続けられるかな。
わからないや。
わかることや、わからないことに心をやられるよりも、わかろうとすることに集中していきたい。そう自分をなだめて、みんなのかわいいポーズをスマホでいくらでも撮影する。
思い出は、まちがいなく増えている。
ひとつひとつ、残していこう。
ふり返って確かめることができるから。
つづく!




