バレオロゴスの罠 19
※残酷な描写があります
◆
神殿騎士団の幾人かが、無謀にも陛下へ挑みかかった。
陛下は群がる敵を、無造作に斬り伏せながら歩く。
とはいえ巨大な剣の切れ味は、正直――悪い。それでも敵を両断してしまうのは、陛下の類稀なる膂力の賜物だろう。
身体を中央で両断された騎士が、脳漿をぶちまけ内臓をドロリと地面にさらけ出して倒れ伏す。その様を見ても陛下は顔色を変えず、大剣を縦横に振るい続けた。
恐らく敵を怯ませる為に、陛下は心を鬼にして凄絶な攻撃を繰り出しているのだろう。
「「今こそ、大司教猊下への忠誠を示せ!」」
「「おおーっ! 神の下、我等に死は無いのだ!」」
しかし味方の無残な死体を見ても、神殿騎士団は怯まない。
「狂信者が……!」
陛下が不快気に仰った。
辺りの空気が、陛下の気迫によって震えている。まるで世界が鳴動しているかのようだ。
それなのに純白の鎧を纏った神殿騎士団は、恐怖に歪む顔の中に殉教の喜色を滲ませ、陛下へ迫っていた。
陛下が仰るとおり、確かに彼等は狂っている。信仰の名の下に、自らの不死性を信じて疑わないのだ。フランチェスコが齎す、圧倒的な「再生」の力を知っているからだろう……。
「……その男の足を止めなさい」
フランチェスコが陛下を指差し、騎士達に命じる。
そして自らは杖で軽く地面を叩き、呪文を唱えた。
「蝶の短剣」
陛下の頭上に、凄まじい数の短剣が現われた。無数の煌きが刃を象り、短剣となったのだ。
中空に浮かぶ刃が太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。第二の太陽さながらだった。
「味方ごと、攻撃するつもりかっ!」
陛下が叫び、茫然とする騎士達を突き飛ばしてフランチェスコに突進する。そのまま逆袈裟に大剣を振るい、奴を両断する――かに見えたが、流石に相手も神。後ろに跳び退って陛下の攻撃をかわしていた。
「構わないでしょう……私の信者たちです」
中空で煌く短剣の集団が、剣先を陛下の背中へ向けてギラリと閃いた。
このような戦いの最中にあっても、あの男は集中力を乱さず狙いを定めていたのだろうか。
「人間は神々の所有物ではないっ!」
陛下がさらに追撃するも、刃は敵に届かない。
「行けっ!」
フランチェスコが万の短剣に命じると、刃の大群が陛下の背中を目掛けて一斉に降下した。
結界を持たない今の陛下であれば、あのような短剣でも致命の一撃となるのであろうか?
不安に心を苛まれたが――表情を崩して誰かに内心を気取られる訳にもいかない。何しろ味方の兵が多数いる中で、私が狼狽すれば士気に関わるだろうから。
「壁」
私の不安を他所に、陛下はしゃがんで地面に手を当てると、自らを中心に半球形の屋根を持つ小屋を作った。
猛然と降り注ぐ短剣の雨は土の屋根に阻まれ、陛下には届かないようだ。一瞬にして針山になったそれは、次の瞬間、陛下が内側から破壊することで、バラバラと崩れ去った。
「バカバカしい攻撃だな」
僅かに被った埃を払いながら、陛下がつまらなそうに仰る。
「そうでもないでしょう。肩に一本――短剣が刺さっていますよ」
「……だからどうした?」
フランチェスコが言うとおり、陛下の左肩に一本だけ、短剣が刺さっている。
陛下は無造作に短剣を掴むと、抜いて辺りへ投げ捨てた。気にも留めぬ――といった様子だ。
「治――」
「させませんよ……光剣」
治癒魔法を唱える寸前、フランチェスコが杖を光の剣に変えて陛下へ向かってゆく。法衣のままで走るのかと思えば、高速で空を飛んでいた。
“ギィィン”“ギィィン”
甲高い音が響く。決して金属同士がぶつかる音ではないが、それは確かに刃鳴りだった。
フランチェスコは見た目に反して剣もよく使うようで、淡く緑色に光る剣が揺れるたび、陛下が防御を余儀なくされている。
両手持ちの大剣を右手だけで扱う陛下は、前後左右――そして上下に動き回るフランチェスコに翻弄され、顔を顰めておられた。
左肩を治療出来ないというのも問題だが、間合いに入られてしまえば、巨大な剣というだけで不利になるのだ。
私は意を決して、足を踏み出した。
たとえまたフランチェスコに殺されようとも、陛下が左肩を治癒する時間くらいは作ってみせよう。
私は地面を蹴って、陛下の元へ向かった。
“ゴォォォッ”
しかしその時、横から黒い拳大の何かが迫って、私は方向転換を余儀なくされた。
このままでは顔に何かが当たる。そう思った瞬間、私はしゃがんで“それ”をかわした。
「良い勘だな、闇妖精」
距離にして、ここから五歩という辺りに、青いタバードを纏った銀髪の妖精が立っている。ドゥーカスだった。
私を見る目は何処までも嗜虐的で、今も鉄鎖をブンブンと振り回している。恐らく、この距離であれば自分の間合いだと確信しているのだろう。
「ふん。妖精の割りに、妙な武器を使う男だ。人間にでも憧れているのか?」
私は左手を背中に隠し、印を結んでゆく。
残念ながら、私はシーリーンほど魔法が得意ではない。だから高度な魔法を使おうと思えば、ある程度の集中と触媒が必要なのだ。
魔力を練り上げる時間は――会話をしつつ、稼ぐことにする。
「別に。よい武器だから使う、それだけだ。といっても――人間の方が、妖精よりは好感が持てるかな」
ドゥーカスが目を細めて、私をじっと見ている。
あの手の男は大体の場合、相手を「どう殺そうか」と考えているのだ。
要するに変態だから、このような会話にも付き合うのだろう。
「では、私のことはどうだ? 妖精が嫌いなら、反目する闇妖精に好意的でも構わないと思うがな」
「ふっふ――命乞いでもしたいのか? だったら無駄なことだぞ。私は長き年月を生きるわりに、新たなことを学ぼうとしない愚かな種族が嫌いでな。つまり――妖精も闇妖精も、同様に愚かな種族だと思っているのだ」
「ほう。それで鉄鎖術を学んだ――という訳か」
会話を交わしながらも、私が一歩前に進むと、ドゥーカスは一歩下がった。結局、距離は変わらない。
私は目を左右に動かし、周囲の状況を確認した。
こうして私達が対峙している間にも此方の兵は、徐々に数を減らしている。
いくら数で勝るといってもバレオロゴス騎士団では、鉄壁を誇る神殿騎士団の相手は、やはり厳しいのだ。
「二人一組で敵に当たれ」と指示を出したが、それでも確実に倒せているとは言い難い。三人一組が無難だったか……。
それに不死隊にとっても、神聖魔法を扱う神殿騎士団は天敵と云える存在だった。所々で幸せそうに、天へ昇る不死隊の魂が見える。
むしろ、それを現世に留まらせるパヤーニーの方が悪なんじゃないか、とさえ思えてくるから不思議だった。
だが、この状況を鑑みれば、ドゥーカスの狙いは理解できる。
この男は、私をこの場に引き付けておきたいのだ。無理に戦おうとは、思っていない。
今のところは――だろうが。
◆◆
完全に膠着したかと思える戦況の中で、著しく不利に陥った者がいる。それは、アルマロスと戦うクロエだった。
「ううー! こんなもの、痛くも痒くも……ぐわぁぁっ!」
アルマロスが身体を捩りながら、掌を翳して魔法弾を放つ。クロエは剣を持ったまま両腕を交差して、攻撃に耐えていた。
クロエの衣服は既に所々が破れ、顔も黒く煤けている。このまま戦闘が続けば、きっと危ういだろう。
「ちっ……陛下の下へも行かねばならんのにっ」
私は自らの体内にかなりの魔力が高まったことを自覚しつつ、吐き捨てた。
ここでクロエに死なれては、寝覚めが悪い。それに同盟国の元首と共に戦いながら、帝国軍がそれを守りきれなかった――などと噂が立っては、それこそ国の沽券に関わるというものだ。
見たところ陛下は肩から血を流しながらも、フランチェスコと互角に戦っておられる。あまり心配することもないだろう。
一つ懸念することがあるとすれば、陛下が地上で戦っておられることだ。
もしかしたら陛下は、フランチェスコから我等を守りながら戦っているのではあるまいか?
いや――きっと、そうに違いあるまい。陛下がその気になれば一気に高空へ上がり、禁則呪文で敵を殲滅出来るはず。
そしてフランチェスコはそれをさせぬ為に、あえて地上戦を挑んでおるのだ。おのれ――!
だが、そうであれば、いっそ分かり易い。さっさと私達が敵を撃滅して、陛下を自由にして差し上げるのだ。
「炎槍ッ!」
私はドゥーカスに、超高熱となった炎の槍を飛ばした。熱波が渦を作り、周囲の土や草を焦がしてゆく。“ゴウッ”と唸りを生じたそれは、一直線に妖精の騎士へと向かっていった。
“ヴォォン、ヴォン”
ドゥーカスが鉄鎖を、自らの前方で回転させた。鉛色の鉄球が残像を残し、風を巻き上げている。
驚くべき事に、私の炎槍が鎖の回転に巻き込まれ、掻き消された。
鎖そのものはやがて赤黒くなって溶け落ちたが――私の対人最強魔法を防がれたことは、間違いない。不愉快なことだった。
しかし、私はその間に駆けた。此方の魔法が破られたとはいえ、ドゥーカスも鉄鎖を失ったのだ。
こうして敵の間合いへと入り、私は奴の脇腹を目掛けて剣を走らせた。
“ギィィン”
目の前で火花が散る。銀色の刃と刃がぶつかり、弾かれた。
私は二合、三合とそのまま撃ち合い、一気に勝負を付けようと試みる。しかしドゥーカスは強かで、千切れた鎖を私にぶつけると、次の瞬間、斬り込んできた。
「ちっ!」
舌打ちと共に私はドゥーカスの刃を弾き、二歩、飛び退いた。思いのほかドゥーカスの斬撃が強力で、右腕が痺れている。
「鉄鎖も得意――というだけだ。剣が不得手な妖精など、いるものか」
ドゥーカスが、笑みを浮かべていた。「もともと私は、正統派の騎士だ」
確かに、背中から下ろした方形の盾を前面に出して、ヤツが剣を構える様は、なかなか堂に入っている。これがドゥーカス本来の姿だとしたら、焦りは禁物だ。
私の剣術は、どちらかと言えば邪道。側面や背後を襲い、不意を付くことが極意だった。
まあ、だからといって正面から戦うことが苦手とは言わないが――あえて危険を冒すこともあるまい。
しかもドゥーカスの剣と盾は、間違いなく魔法が付与されている――となれば……。
「幻影……」
私は自らの身体を、周囲の景色と同化させた。これで背後に忍び寄り、ドゥーカスを始末してやろう。
さっさと片付けなければ、クロエのことも心配だ。
「……薄汚い闇妖精の考えそうなことだ。そんなもので、私を倒せると思っているのか? 笑止な」
重心を落とした姿勢で、ドゥーカスが辺りを見回している。
どうせ姿が見えるはずも無いから、ハッタリであろう。私が動揺して物音を立てたなら、そこを目掛けて突進してくるはずだ。
「来い――水妖精」
しかし次の瞬間、ドゥーカスの周囲に無数の水の蛙が現われた。「ゲコゲコ」と気持ち悪い声で鳴き、バシャバシャと跳ね回っている。
そのうち一匹と目が合った私は、跳び掛かってくるそれを咄嗟に斬り伏せた。
“バシャン”
実害は無いが――まるで水風船が弾けたかのように、全身がずぶ濡れになってしまった。
「そこか」
ドゥーカスが私を目掛けて驀進する。打ち付ける様な盾の攻撃に晒され、私は吹飛ばされた。
「機動飛翔ッ!」
地面に激突する寸前、辛うじて宙へ浮く。そのまま続くドゥーカスの突きをかわすと、私は反撃に転じた。
苦戦するクロエを目の端に捉え、口中で「すまん」と呟く。
このままでは、彼女を助けることが出来ないだろう。見殺しにしたくは無いが、私自身の勝利も覚束ない今――致し方あるまい。
が――そこへ巨大な髑髏の騎士が、クロエの前に現われた。白骨化した前足を高々と上げる骸骨の巨馬が、煌びやかな主天使の進行を遮ったのだ。
◆◆◆
クロエは、見るからに憔悴している。飛翔で宙を舞っていることが、既に奇跡と言えるほど満身創痍だった。
荒い息遣いが私の所にまで聞こえそうなほど、彼女は大きく肩で息をしている。
そんな最中、主天使アルマロスの放った光の洪水を、髑髏の騎士が盾で受け止めたのだ。
きょとんと大きな髑髏を見つめるクロエの驚きは、いかばかりだったであろうか。
「お、お主、なんなのだ!?」
光の洪水は、膨大な熱量を持った主天使の攻撃だ。光弓を百本束ね、炎槍の熱量を半分に減らしたような魔法だが、クロエが消炭になるには、それでも充分過ぎるものだった。
それを、物言わぬ髑髏の騎士が止めたのだ。僅かに焦げた彼の漆黒のマントから、チリチリと煙が上がっている。
だがマントはすぐ冷気に包まれて、元の状態へ戻ってゆく。それはさながら、時を刻まぬ亡者の永遠性を示すかのようだった。
まったく。あれなら、パヤーニーの方が可愛気があるぞ。
実際、助けてもらっておきながら、クロエなど恐怖で目を見開いているしな。
首を横に向けて、髑髏の騎士――テオドシウスが、窪んだ眼窩を輝かせながらクロエを見つめている。
クロエの方も恐る恐るテオドシウスを見つめ返し、ようやく今、声を出していた。
「わ、我輩を、助けてくれたのか?」
髑髏の騎士はクロエを無視して、アルマロスに向き合った。このまま、倒してしまうつもりなのだろう。
実際、この恐ろしげな騎士であれば、主天使如きに後れはとるまい。
「き、騎士どの、我輩も、その――馬に乗せてもらえぬだろうか?」
しかし――クロエは強固な意志を秘めた瞳を髑髏に向けて、頼み込んでいる。
さっきまで恐れ慄いていたクセに、いざとなれば、この小娘は肝が据わるのであろうか?
「頼む! 我輩が偽物を倒さねば、意味が無いのだ!」
さらにクロエが懇願すると、髑髏の騎士は頷いた。
“カタリ”
存在するだけで、周囲の気温を幾分か下げているような魔物が、ニッコリと笑ったような気さえする。
髑髏の騎士は横にいたクロエの襟首を掴み、ひょいと持ち上げ自らの前に座らせた。
「覚悟しろ、偽物っ!」
クロエが咆えて、テオドシウスが馬腹を蹴る。すると凄まじい速度で骨の馬が空中を駆け、クロエの掲げた剣を陽光に煌かせた。
“ドンッ”
戦場に、肉を斬り骨を断つ音が響き、地上に金髪の容姿端麗な頭部が落下した。
頭を失った胴が首から噴水のように血を噴出し、四枚の翼が二度、羽ばたいて活動を止める。そして魂を失った天使の身体は、地上へと落下した。
「しゃあああっ! 我輩の勝ちだーっ!」
血の滴る剣を掲げ、クロエが勝利の雄叫びを上げた。
彼女の足下でバレオロゴスの騎士達が、「「おおーっ!」」と歓声を上げている。
士気がまた、高まった。
敵に刃が通らぬと知りつつも、バレオロゴスの騎士が前進する。
髑髏の騎士は小さく頷き下降して、本陣へとクロエを送り届けるのだった。




