バレオロゴスの罠 18
◆
前線では、騎士達の激突が始まっている。両軍の怒号が響き、宮殿の庭先は騒然としていた。
西門を固める不死隊は不気味なほど何も言わず、虚ろな眼で地上を見下ろしている。
上空に天使達が迫った場合のみ、彼等は弓矢を持って迎撃するようだ。
要するにパヤーニは、この地で神殿騎士と天使共を殲滅するつもりなのだろう。
穴だらけの肉体を持つクセに、作戦はどうやら抜かり無いもののようだった。
宮殿の内部からは女官や宦官が、この世の終わりだとでも言わんばかりの奇声を発し、混乱に拍車をかけている。
まあ――いきなり大臣たちに、「大公は偽物だった」と言われれば、もはや何を信じればよいのかも、分からなくなるだろう。その点では、多少の同情も出来るが……。
とはいえ、この程度の混乱を押さえられる人材もいないというのでは、バレオロゴスの将来が思いやられる。
一方、暫くすると天使の集団が上空に現われ、此方へ向けて魔法弾を放ち始めた。西側の逃走経路を確保する事は、どうやら保留にしたらしい。
胸壁に寄る死体よりは、平地にいる生者の方が扱いやすいと見て取ったのか。だとしたら、当然の判断といえるが……。
「前衛は神殿騎士団に集中せよ! 中衛、後衛は盾を翳せ! 天使共の攻撃に備えよっ!」
陛下の横でクロエが、拙いながらも的確な指示を出している。
しかし攻撃魔法の少ないバレオロゴス騎士団では、上空の天使達を攻撃することが出来ない。
どうやらクロエは、それが悔しいようだ。彼女はチラチラと陛下の横顔を覗き込んでいる。多分、迎撃を頼みたいのだろう。
しかし陛下は、今のところ涙に濡れるシーリーンの頭を撫でている。
正直なところ物凄く邪魔をしてやりたいが、シーリーンの立場を思えば、同情心も湧くというもの――今回ばかりは「ぐぬぬ」と苦虫を噛み潰すことにして、私はクロエの肩を叩いた。
「私でよければ、奴等を始末してきましょう」
「おおっ、シュラどの! それは心強いっ! ぜひお願いしますっ!」
クロエがキラキラとした眼差しを、私に向けてきた。
む……妹がいたら、こんな眼差しを向けてくるのだろうか?
クロエも、可愛いところがある。私は頷くと、すぐに「機動飛翔」を唱えた。
ザーラやカイユームには及ばなくとも、私だって魔法が苦手という訳ではない。世界的な水準で考えれば、私とて強者の部類に入るのだ。天使ごときに、速度で後れはとらぬ。
私は上空で羽ばたく天使の集団に突入すると、呆気にとられる一体の背後へ回りこみ、自慢気に翻している純白の翼を両断した。バランスを崩した天使は、容易く地上へ落ちてゆく。
下にはバレオロゴスの騎士が待ち構えているから、私が手を下すまでもないだろう。
それから身を翻し、二匹目を狙う。
剣を水平に振るうと、刃は銀色の弧を描いた。狙いは寸分たりとも違えず、私は天使の喉を切り裂いた。
「ひゅー」と空気を漏らしながら、錐揉みしつつ、また一体の天使が落ちてゆく。
三匹目は目を抉った。
槍を持って突進してきた一体を、かわしざま至近距離で捕まえたのだ。剣を振るう余地の無い空間で、私は二本の指を武器とした。
両目を押さえて暴れまわる愚かな天使の胸に剣を突き立て、止めを刺してやる。
「くく……くははははっ! ゴミ共がぁぁっ!」
私は笑い、天使達を見据えた。全身の筋肉が、殺戮の喜びに震えている。
所詮私は、森の悪鬼と云われた闇妖精の末裔。他者の生命を強引に奪うことが、種族としての本能なのだ。
そして、奪うべき他者の命が強い輝きを放つものであればあるほど――純粋に喜びは大きい。だから天使共など、格好の獲物だった。
……あ。だから私の部隊は殺戮隊――なんて呼ばれてしまうのか。ようやく分かったぞ。
まあ、そんなことはどうでもいい。
眼前で群がる天使共の数は、凡そ二十。そのうち三体を血祭りに上げると、奴等は私を球形に囲んできた。このままでは、各個に倒されると理解したのだろう。
どうやら全くの能無し、という訳でもないらしい。奴等は前後左右から槍を翳し、私に迫ってくる。
「だが――無駄だ。嵐刃ッ!」
剣を胸元に翳し、私は呪文を唱えた。
風が私を中心として、渦巻く。それは見えない刃となって、天使共を切り刻んでいった。
「ぐわぁぁっ!」
「ひぃぃぃっ!」
白く長い衣を真紅に染めて、天使共が地に落ちてゆく。
くはははは……これが本当の、堕天というものであろう。精々、魔族となって生まれ変わるがよい。
私が天使共を片付けて地上へ戻ると、クロエがギリギリと歯軋りをしていた。前線で問題が起きていたのだ。
「神殿騎士団の守備は、随分と固いな」
シーリーンの肩に、陛下が手を掛けながら仰った。
なんだこれ? 陛下とシーリーンが、随分とよい雰囲気ではないか?
ぐぬぬ……ギリギリ……あれ、何だろう。私の奥歯も鳴っているぞ。
「あれも、フランチェスコの力でしょうか?」
シーリーンが目尻の涙を拭いながら、陛下に問いかけた。既に二人は立ち上がって、戦況をじっと見つめている。
前方を見れば、そこには、神殿騎士団に苦戦するバレオロゴス騎士団の姿があった。
「ああ……奴等は俺の結界を転化して、防御に回したらしいな。多分、鎧の継ぎ目とか――本当に弱点を突かないと、倒せない状況だと思う」
陛下が申し訳無さそうに、仰った。
全体では此方が包囲しつつあって、我が方が有利だ。
しかしあくまでもそれは数の問題であって、押してはいるものの、損害を出しているのは我が方だけ。なので陛下が気に病むのも、無理からぬことである。
――だというのに陛下は、ネフェルカーラさまが到着されるまで動く事が出来ない。
さぞや、もどかしいであろうな。
「シーリーンッ! 行くぞっ!」
私はシーリーンを呼び、最前線へと向かう。私達が斬り込めば、きっと敵も怯むであろう。
決して、断じて、誓って――陛下からシーリーンを引き離したい訳ではない。ないったら、無い!
えと、理由はあれだ。どれ程固い防御でも我等であれば、打ち破れぬということはないはず。味方に、敵の攻略法を教えることも出来る。そういうことだ!
「わ、我輩も行くっ!」
おや? 私達の後に、クロエも付いて来た。お前は別に、どうでもいいのだが……。
「クロエどのは、陛下のお側におられよ」
「大丈夫だ! 我輩は、あの天使を討ち取らねばならぬから、指揮を執るより前線にいたいのだっ!」
ふむ。そういうことか。
私は騎士達の隊列をすり抜けながら、クロエの話を聞いた。
まあ、もっともな言い分である。
それに指揮をするといっても、現状、特に難しい用兵を必要とはしていない。
となれば――指揮官など、ただ暇なだけであろう。
「では、無理をせず、危険を感じたら、すぐに後退なされませ」
「うむ、シュラどの。それは心得ておる、陛下にも言われたからな。やはり陛下は将来、我が子を産むであろう我輩の身を、案じてくれているのだ。むはー!」
やっぱりコイツ、ぶん殴ろうかな――そう思ったところで、私達は最前線へ到着した。
◆◆
最前線に到着してみると、戦況は思いのほか厳しいものだった。
攻撃してもまったく怯まない神殿騎士団を前に、バレオロゴスの騎士達は亀のように盾を翳し、丸くなっている。
敵に攻撃が効かず陣形を乱すことも出来ないとなれば、彼等の選べる道は防御に徹することくらいだった。
しかも頭上から振り下ろされる天使達の槍が、ジリジリと彼等の士気を低下させてゆく。
「くっ……強すぎる」
盾で天使の攻撃を防ぎながら、一人の騎士が喘いでる。既に金属の盾は拉げ、縁取りの赤枠も弾け飛んでいた。
「無事かっ!」
クロエが叫び、頭上の槍を掴んで引っ張った。途端、地上に落とされた天使が、バレオロゴス騎士に背中を踏まれ、無数の槍で貫かれる。
「閣下っ!」
突如として現われた赤髪の女大公に、バレオロゴスの騎士達が沸き立った。
どうやらクロエは、天然で指揮官としての素養を持っていたようだ。檄を飛ばすまでもなく、その行動だけで部下達が奮い立っているのだから。
クロエは、それからも巧みに天使達を叩き落し、さらに味方の士気を盛り上げていた。
「飛んでいる敵は、掴んで落とせ! 敵味方が入り乱れるこの状況なら、魔法は使えぬ! 怯むなっ!」
クロエの言葉は、概ね正しかった。というより、この小娘は意外と軍事的な才能も豊かなのであろう。下らんことさえ言わなければ、将来が楽しみなのだが……。
シーリーンは神殿騎士の集団に一人で突入し、散々に敵の陣形を乱している。
この狭い場所では大規模殲滅魔法が使えないので、炎槍を巧みに操り、敵の数を減らしていた。
それにしても、あれ程の魔法を連発して息も乱さんとは――あの女、本当に沙漠民なのか? 実は魔族だと言われても、私は驚かんぞ……。
“ビュン”
おっと。他人を見ている場合ではないな。空を切る音が鳴って、私の鼻先を槍が掠めてゆく。
私は剣を両手で構え、鋭く敵の懐に踏み込むと、左脇を貫いた。
「どのような鎧も、脇の下は空いている! 敵の武器を跳ね上げたら、懐に潜り込んで殺せっ!」
言葉の通りに私は三人の神殿騎士を屠り、実践して見せた。
「一人で不可能ならば、二人一組で当たれっ! それで鎧の防御を破れるぞっ!」
私の言葉を聞いた敵の騎士が冑の下にある顔を驚愕に歪め、自らの生み出した血溜まりの中に倒れてゆく。「化け物……め……」
そもそも敵味方とも、たいした数ではない。
私達が前線に突出したことで、戦況は変わりつつあった。
これを好機とみたのだろう。
右翼からはパヤーニーとテオドシウスが、左翼からはベリサリウスが前線に出た。
これにより、敵方の円形陣が歪なものに変わってゆく。
ここまでくれば我等の勝利も、時間の問題であろう。フランチェスコが神の力を奮う、という選択をしなければ――だが。
◆◆◆
パヤーニーとテオドシウスが中空へ踊り出し、天使達を縦横に屠り出したのを見て、クロエが飛翔を唱えた。ちょうど目の前に、自らを騙っていた天使を見つけた為だ。
「あっ! なりませぬっ!」
私の制止も聞かず、クロエが宙に舞う。
一、二――と容易く二体の天使を両断しつつ上昇して、彼女は得意満面に振り返った。
「大丈夫! 我輩は、先程の決着を付けに行くだけだっ!」
ブンと剣を一振りして血を払い、迫る目当ての天使とクロエは激突した。
どうやら相手の方もクロエを探していたらしく、ある意味では相思相愛の関係だったようだ。
しかし、空中戦というのはいただけない。
「いくぞ、偽物っ!」
クロエが咆えて、金髪の天使に突進する。そして渾身の突きを放った。
「我は主天使アルマロス! 人間如きが我を傷つけたこと、死んで悔やむがよいっ!」
金の縁取りも美しい真珠色の盾でクロエの突きを弾くと、天使は何を思ったのか、名乗りを上げる。
そして仰々しい構えを中空で見せたアルマロスとやらは、手持ちの武器を剣に変えた。
こうしてクロエと偽物の戦い、その第二幕が切って落とされる――かに見えたのだが……。
「あーあーあー、聞こえない。偽物の名など、知りとうないっ!」
クロエは両耳を塞ぎ、一人で騒いでいた。
アイツ……もしかして、アエリノールさまと同じ種類の者ではなかろうか?
はっきり言って私には、クロエがバカにしか見えなくなった。
とはいえ、クロエには加勢が必要だ。
あの小娘は、地上戦であれば主天使と云えども互角に戦うだろう。しかし空中戦は不慣れな上、ただの飛翔では話にもならない。しかも本人がその事に気付いていないという、しょうもない事態である。
まったく、「あーあー」などと言ってる場合では無いだろうに。
私とシーリーンは、どちらからともなく、視線で合図を交わし合った。
「私が行くっ! 機動飛翔ッ!」
結局、空へ上がったのは、シーリーンだ。
彼女は地上の敵を充分屠り、けれど代わりに包囲されつつあった。自らが脱出する為にも、空へ逃れる必要があった――というわけだ。
対して私の方は、味方と共に戦線を維持していたから、ここを離れるわけにもいかなかった。
シーリーンはアルマロスを名乗る天使の背後まで迫ると、光弓の詠唱に入った。
恐らくは、敵をを弱らせる為だろう。そして、止めをクロエに任せるつもりに違いない。
妙なところで気を使うシーリーンだとは思うが――けれど現実は、そう都合よく運ばなかった。
シーリーンの背後に、先日の智天使――その一体が姿を現した為だ。女の方だった。
智天使は、まるで闇夜を切り取ったかのような黒髪を靡かせ、純白の翼を彩っている。蒼い瞳が嗜虐的に煌き、獲物を狙う狩人のようだった。
その手には黄金の盾を持ち、同じく金色に輝く剣を翳している。
聖教の壁画に描かれる神の使者そのものの姿で、今、彼女はシーリーンと対峙していた。
「シーリーンッ!」
私は危険を感じ、叫んだ。
シーリーンも私の意図をすぐに察し、高度を上げつつ振り返る。そのまま光弓を転じ、智天使へ向けて連射した。
しかし智天使は、シーリーンの放った光の矢を歯牙にもかけず、羽虫でも払うかのように容易く打ち落してゆく。
シーリーンはその間に、大きく距離をとった。それは傍から見れば、逃げたように見えるかもしれない。
「少しは出来るかと思ったけれど――期待はずれだったかしら? ふふ、ふふふふ……私の名前は、ハデスヤ。これでも智天使なのよぉ、に・ん・げ・ん・さ・ん」
「ふっ……智天使だと云うことは、知っていた。あまり人間を舐めていると――痛い目を見るぞ。さあ、掛かってこいっ!」
シーリーンが体勢を立て直し、中空で剣を構えている。肩に掛けた五頭竜のマントが、前へと流れていた。
ん、風上……か?
シーリーンはどうやら風上に位置することで、何かを狙っているらしい。
――ならばまあ、あの女のことだ。どちらにしろ、加勢など無用だろう。
遠くを見ればパヤーニーも、もう一体の智天使と戦っていた。
逆にあのミイラは風下にいて、砂をぶつけられている。
「目が、目がぁぁああ!」と喚いた後、「ふっははははぁーっ! 余、目とか無いんですけどもっ!」と言っていた。
もう、あんなヤツは火葬されればいいと思う。ホントに。
だが、なるほど。敵も考えたらしいな。
つまり此方の主戦力に、同等の戦力をぶつけてきたということだ。
……あれ、ちょっと待て。だとすると……。
クロエに主天使。シーリーンに智天使。パヤーニーにも智天使。
しかしベリサリウスに当たっている者は、相変わらずの雑兵。私にも雑兵……。
むぐぐぐぐ……!
「ドゥーカーァァァスッ! 出て来いっ! 私と勝負しろぉぉぉっ! 私には、それだけの価値があるぞぉぉっ!」
このままでは何かに負ける、と、焦燥感に駆られた私は、声を大にして叫んだ。
「……随分と威勢が良いですね。ドゥーカスが望みのようですが、ここは私で我慢して頂きましょう」
私は思わず、首を横にブンブンと振った。
これはマズい――非常にマズい。背筋に氷を当てられたようだ。頬に冷たい汗が流れ、思わず後ずさりをしてしまった。
何しろ私の目の前に立ったのは、誰あろうフランチェスコだったのだから。流石にお前は、呼んでいないぞ……。
◆◆◆◆
“ヒュン”
私は風の音を聞いた。それからすぐに視界が揺らぎ、地上との距離が近くなってゆく。
やがてふんわりとした下草と土が、私の顎を受け止めた。ジンと、鈍い痛みが頬を打つ。
何をされた?
私は何も理解出来ないまま、自らの現状を確認する。
顔の痛みは、すぐに消えた。
いや、違う。顔の痛みが消えたのではなく――その他の部分が、焼けるように痛いのだ。
見れば、自分が血溜まりの中で倒れていることが認識できた。
強引に顔を動かしてみれば、視線の先には、歪な方向に折れ曲がった手が見える。もちろん、自分の手だろう。
「あああああああぁぁっ!」
自分が悲鳴を上げている? 馬鹿な?
認識が付いてこなかった。私は今――何をしているのだろう。
そして次の瞬間、私は唐突に理解した。全身をズタズタにされたのだ。
身体に力を入れようとしても、入らない。痛み以外、何も感じなかった。
それでも首から上は動く。何故だろう。この男の思惑だろうか?
痛みに耐えつつ考えて、私は自分を見下ろす男の姿を見た。
男は金の装飾が入った白い法衣を着て、右手に杖を持っている。左手に持った緋色の帽子は、胸元に押し当てていた。
男は黒髪を風に靡かせ、怜悧な蒼い瞳で私を見下ろしている。法衣に付いた私の血を鬱陶し気に眺めると、それから「ふっ」と息を吐いて、冷たい笑みを浮かべていた。
ああ、そうか。私はこの男に手も足も出ず、やられたのだ。
「神は何人にも安らぎを与える。それは皆に平等です。さあ、シュラ――祈りなさい。神である、この私に」
フランチェスコの声が響く。
冗談ではない。誰がお前などに祈るものか。
私は力を振り絞って顔を持ち上げ、いけ好かない男の顔を睨む。
「馬鹿を言うな。下衆」
うつ伏せだから――首が苦しいな。まあ、それ以前に全身が痛い。だが、言ってやった。私が祈り、膝を屈するのは陛下だけなのだ……。
「悔い改めぬ、と、言うのですね?」
フランチェスコが、下部の尖った杖を振り上げた。
杖は、上の部分に青白い水晶が嵌っている。それが徐々に光度を増し、伝播して周囲を淡い光が取り囲んだ。
杖の材質は木だと思うのだが――魔力を込める事で、別の物質に変じたらしい。少なくとも、私を刺し殺せる程度には、硬くなったのだろう。
ああ、私はこれで死ぬのだな。
杖が、ゆっくりと振り下ろされてゆく。
肉が貫かれ、骨が砕けた。ブチブチ、ゴリゴリと、嫌な音が聞こえる。杖が刺ささり、体内にめり込んでいく音だ。そして杖が心臓に達すると、私を壊す為の魔力が広がった。
「がはっ……」
口から大量の血が零れた。
――これが死か。
別に恐くは無い。私が今まで散々、他者に齎したものだ。今度は、私の番だというだけのこと。
ただ――陛下には謝らないと。
ごめんなさい。私……ここまでのようです。
そして、私は、深い深い闇の中へ――「再生」
しかし、私の意識が闇の中へ落ちた途端、冷たい声が再び響いた。
「がはっ!」
また、口から大量の血が飛び出す。
「ははは……杖は、差したままにしてありますよ、シュラ。貴方は何度でも甦り、何度でも死ぬのです。永遠に苦しみなさい。そして、神に逆らった罪を償うのです。
それが嫌なら、今すぐシャムシールを呼ぶがいい。主従とも、仲良く殺して差し上げますよ」
あああ……背中が熱い。なんだ、その提案は。
そうか、この男は陛下を殺したいのだったか……。
ならば、断じて呼ばぬ。いずれネフェルカーラさまが来て、鎧が届けられる。そうすれば……。
「冗談ではない……」
私は首を左右に振って、唾を吐く。
フランチェスコの顔までは届かなかったが、法衣が汚れた。ざまぁ……みろ。「がはっ……!」
「主君思いなのは立派ですが……再生。呼ばなければ、それも良いでしょう。何度でも死になさい」
またも、視界が暗転する。
――――
何度、死んだだろうか。背中に走る痛みが無くなった。それどころか、暖かい光の中で、私は抱きかかえられている。
「ごめんな、シュラ」
陛下がそう言って、私の頬に手を当てた。これは、夢だろうか?
次にはギュッと、抱しめられている。仄かな暖かさが全身に広がって、心の底から私は安心することが出来た。
ああ、いよいよ本当に死んだのだな。生前の想いが、全て叶えられているようだ。
「フランチェスコ……いや、ヘルメス。お前をシュラと、同じ目に合わせてやるぞっ!」
ああ……今、私は陛下の腕の中にいるのか? 怒りに満ちた陛下のお顔――うーん、素敵だ。
でもどうせ、これは死後の夢。ならば、好きなようにしてやろう。
陛下の胸元に、私はスリスリと頬を寄せる。ついでに「チュッ」。
キャー! 陛下の頬にキスをしたぞ! やったー!
「シュ、シュラ……頭でも打ったか? 大丈夫か? 俺、あんまり回復、得意じゃないから……なんか、ごめん」
ん? あれ? どうした? はへ? 私、生きてる? 身体の傷も……ああああ! 無い! 回復してるっ!
「へ、陛下! どうしてここへっ!」
私は陛下の腕の中から飛び出して、ゴロゴロと転がった。背中に突き立った杖が心配だったが、やはり杞憂だったらしい。そんなものは、もう無かった。
「見ていられなかったんだ。シュラはもう、下がっていてくれ」
陛下が立ち上がり、フランチェスコを睨んでいる。
「し、しかしっ! まだネフェルカーラさまが……!」
「そんなことは、関係ない!」
「ですが……!」
「シュラ……下がってくれ」
「ぎ、御意」
余りの迫力に、私は下がらざるを得なかった。けれど陛下が私を見つめる目は、何処までも優しいもので……。
“ゴゴゴゴゴゴ……”
大地が、空が、震えている。
陛下の身体から、揺らめく炎のような闘気が見えた。
「シャムシール、茶番はこれまでだ。神は古より、十二柱と決まっている。お前の存在は、無用だ」
フランチェスコ――いや、ヘルメスも同じく闘気を纏っている。
私は下がり、兵達に周辺から退避するよう命を下した。
神と神の戦いに巻き込まれれば、バレオロゴスの騎士など跡形も無くなるだろうから。
あとは陛下のお力が、結界など無くとも奴を上回ることを祈るのみだった。




