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砂漠の図書館  作者: 梗崎凛
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繋がれた話

第一話更新です。



 ゆっくりと開く扉。その先にいた一組の男女は、僅かな躊躇いの後自らの手でその扉を押しあけた。


 思っていたより広い空間は、外の喧騒など関係ないとでもいうのか、静寂を持って二人を迎えた。ひんやりとした空気の中に交じる紙の匂いが、どこか人を落ち着かせる。だが、極限状態の二人にとってそれは何の慰めにもならない。

 男性が空いた隙間から首だけを入れて室内の様子を探るように忙しなく視線を巡らせ、暫く後に後ろの女性を振り返って頷く。女性はそんな男性に負けるとも劣らず緊張した面持ちで、だが男性が頷くとほんの僅かに表情を緩めて頷きを返した。

 怯えの滲む眼差しで館内を見回す男女。その手は堅く繋がれていて、そこに一分の隙も入る余地はなさそうだ。


「いらっしゃいませ。ようこそ当図書館へ」


 館長の声に、二人はびくりと肩を竦めた。図書館である以上、それを管理する人間がいるのは当然の事なのに、今の二人には、そんな初歩的な事に気付く余裕すらないのだろうか。いや、そもそもここが図書館であるという考えにさえ至っていないのかも知れない。

 咄嗟に女性を庇うように前に出た男性は、しかしそこにいた一人の老紳士の穏やかな笑顔に漸くその事に思い至ったらしい。途端、身体の力が抜けたのか、へなへなと床に座り込んでしまった。

 男性の背に縋るようにしていた女性の方も、それにつられるように膝を折る。


「どうなさいました。どこか具合でも悪いのですか」


 館長は、特に慌てた様子もなく二人に近付くと、助け起こそうと手を伸ばす。が、


「いっいえ、大丈夫です」


 他人に触れられるのが苦手なのか、それとも老人に手を貸してもらうのは悪いと思ったのか。恐らく後者であろうが、伸ばされた館長の手を丁重に断ると、二人支え合いながら何とか立ち上がる。

 二人を見ると、どこかちぐはぐな印象を覚えた。男性は、お世辞にも立派とはいえないくたびれた上下を纏い、逆に女性は汚れてこそいるものの、一目で上等と分かる物を身に着けている。

 共通点があるとすれば、二人共疲労困憊しており、今にも倒れてしまいそうなところであろうか。

 穏やかながらも向けられる視線自体が気に障ったのか、僅かに警戒心を滲ませながら館長を見ている二人。怯える様子すら見せる彼等に、だが館長はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべている。


「見たところ、随分とお疲れのようですね。もし宜しければ、奥で少しお休みになりませんか」


 強制ではない。あくまでも、どうするかは二人の判断に任せるのだという含みを持たせた言葉に、二人は警戒する間もなく頷いてしまう。

 ではこちらへ。と、二人を促し歩き出した館長の背中。


「あ……」


 女性の口から溜息のような音が漏れる。それは、すぐ傍にいた男性にしか聞こえない位の微かな音。

 不思議そうに見てくる男性になんでもない首を振りながら、視線は再び館長の方へ。

 前を行くその背中。そこに一瞬、重なって見えたのは、一体誰だったのか。



 通されたのは暖炉のある一室。部屋の中はいたってシンプルで、カーペットとその上にクッションが置かれた一角と、ソファとテーブルが置かれた一角があった。

 ごてごてと飾り立てることのないすっきりとした室内は、この部屋の主の品の良さを表しているようにも見えた。

 二人がソファに身を沈めると、館長が良い香りのする紅茶を二人の前に。

 程よい温度のそれを、男性はゆっくりと一口。次いで喉が渇いていたことに気が付いたというように、あっという間に飲み干してしまう。そんな男性の様子に、館長は呆れるでもなく二杯目を用意する。

 女性は、紅茶から香り立つ芳香を胸いっぱいに吸い込んだ。柔らかく甘い香りは、疲れた身体を慰撫してくれているようで。一口含むと口の中に広がる甘みに、思わず目を閉じたままゆっくりと嚥下し、喉を通る紅茶の感触すらも味わってしまう。

 ほう、と。女性の口から漏れた溜息は、その心情を雄弁に物語っていた。

 女性は館長へと視線を向け、嬉しそうに笑う。


「爽やかでとても美味しいです」

「お疲れのようでしたので、重過ぎないものをと思ったのですが、どうやら御口に合ったようですね」


 館長の穏やかな口調に、女性は益々笑みを深くした。

 そのまま館長と紅茶について生き生きと語りあう女性。館長は相槌を打ちながらそれに応える。女性は久しぶりの楽しい一時に気が付くことがなかったが、向かい側に座っていた館長は、気付いていた。


 生き生きとした女性を見る男性の、哀しそうな眼差しに。



 相当疲れが溜まっていたのだろう。数刻経つうちに女性の瞼がだんだん重くなっていく。

 そんな女性を眠らせてはならないと言うように、揺り起こそうとする男性もまた今にも力が抜けてしまいそうで。


「お急ぎでないのでしたら、泊まって行かれませんか。空いている部屋もございますし、ここには私と猫が一匹いるだけですので、誰に気兼ねすることもありませんから」


 柔らかな微笑を浮かべる館長。

 裏のないその笑顔に、抗う気力など元よりなかったかのように、男性はこくりと頷き、案内されるがまま、客間へと向うのだった。




続きます。

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