Ticket #3「isolation」②
次から次へ足場を使い捨てながら、一気に雲へと接近――しかし。
「っ」
瞬間的な明滅――から、即座に。
なんらかの意思を感じるほど捻じ曲げられた雷の閃光が、ソーマ目がけて的確に突き刺さる。
「うあッ⁉︎」
世界が白くちぎれた瞬間、視界の四隅が真紅に染まった。
途端、HUDは悲鳴がごとく文字列で埋め尽くされた。
〈WARNING:NOCICEPTION LIMIT OVER / PAIN BLANKET OVERRIDE〉
〈ALERT:ENV_EVENT “LIGHTNING” / PRIORITY:UNDEFINED〉
〈ERROR:EFFECT TAG NOT FOUND / ID:########〉
〈SYSTEM:ユーザー安全プロトコル再起動中……再起動中……再起動失敗〉
〈ARCA_CORE:外部刺激レベル=0.000……※値が規格外です〉
〈BMI LINK:伝送遅延 0.12ms → 86.3ms → 999ms → ———〉
〈LOG:“この強度は許可されていません。この強度は許可されていません。このきょ……」〉
〈ADMIN ONLY:USER_CLUSTER_03 / 異常電位検出 / 自動隔離を推奨〉
〈ACCESS DENIED〉
〈ACCESS DENIED〉
〈ACCESS DENIED〉
画面中央には視認不能なスピードでエラーメッセージが積み重なっていく。
――システム側が、私を「異常な電気信号の塊」として切り離したがっている? でも、その手段を見つけられていない――。
〈予期せぬイベントが発生しました。ログを送信します〉〈ログ送信先が見つかりません〉〈ログ送信先が見つかりません〉
〈痛覚フィルタ再設定〉〈痛覚フィルタが見つかりません〉〈代替モジュールを探索中〉
〈ARCA:ご安心ください。安全です。ご安心ください。安全です。ごあんしんくださ……〉
「なに――」
目が泳ぐ。視覚処理も追い付かない。
文字が滲み、行と行のあいだは溶けて混ざり合い、どこからがメッセージで、どこまでがノイズなのかもわからなくなる。
最後にひとつだけ、普段は見えない色で、小さな一行が点滅した。
〈CORE_NOTICE:ユーザーID:— への直接干渉を検知。遮断しますか?[Y/N]〉
誰かが、誰かのアクセスを、遮断しようとして――?
瞬間的思考もまた、雷鳴に呑まれて消し潰される。
そうして長いような短いような体感時間の後――ソーマの受容器全てに「今の現実」が強く押し当てられた。
「――あぐ⁉︎」
分析など、間に合わない。
最初に壊れたのは温度だった。温冷の境界線が、一瞬で溶けた。全身が冬と夏を同時に受け、季節の区別が消失する。
次に壊れたのは音だった。右耳に流れ込んだ衝撃波が、左耳に抜ける前に反転して戻ってくる。音の向きが失われ、世界が一点に集約される。
最後に壊れたのは、痛みの手前だった。ブランケットが処理落ちしている。遮断されるはずの入力がフィルタを素通りし、痛みになる寸前の「圧」だけが無限に引き伸ばされる。
痛い、のではない。痛くなる直前が、終わらない。気持ち悪い――気持ち悪い――気持ち悪い――。
弾き飛ばされた体が、何かに叩きつけられるまでの間に、ソーマはひとつだけ拾った。
――雷の中に混じっていたのは、悲鳴。
システムのモノではない。人の。
誰かが、怖がっている。
何を――。
近場のビルの中へと放り込まれた。
ざりざりと皮膚を裂く石や鋭角。跳ねるたびに赤く画面の端がダメージを表す。
「づッ」
一際真っ赤に視界が染まり、息が詰まる。
倒れ伏してから、自分が壁に叩きつけられてようやく止まったのだと理解した。
「ふ――、っく……」
起き上がろうとして、手が震える。意思に反して力が入らない。
ブランケットそのものは、まだ安全側へ働いている。
ただ、入力処理が追いついていないのだ。
呼吸の要らない世界だと頭でわかっていても、本能が肺と横隔膜を収縮させ恐怖と焦燥を生む。
傷や焼かれた名残はあっという間に薄れていくが——それを、場違いに自身を客観視する己。痛みを指数に変換しようとして頭の中をかき消した。
そんな場合ではない、今は考えるべきことがあると、無理くり今にフォーカスする。
祭りの服はもう脱いだのに、髪だけはエルスが結ったままだった。そんな名残を床へ散らしたまま、ソーマの身体は起き上がってくれない。
「――ま……ひ……いや、ち、がう……!」
HUDにおける表示上は麻痺のようだが――コレは、別物。
おそらく、ブランケットに備わった緊急回避反応。流し込まれた過剰なパラメータが、ソーマを壊さないためにマージンタイムを差し挟んでいる。
腕を枕に寝て起きた時のような感覚が、全身を縫い付ける。粘ついた不快感だけが間断なくまとわりつく。
「っ、ぅ……近づいて、ほしくない、なにか……あの、向こう、に……」
意図。意図がある。迎撃するということは。あるいは、即死させなかったことにさえも。赤いシステムアラートも正体不明なままだ。
しかし、感覚の混乱で頭の回転も悪い。花火が上がれば上がるほど、雲は大きく膨らみ、張り詰めていく。
『ぴんぽんぱんぽーん。ナビゲーターの凪空エコー……は? えっこれを読めって、いや、どういう……あっちょっ、待っ、』
呑気なアナウンスから一転、剣呑なやり取りにバチバチと雑音が混ざる。
遅れて聴こえてきたのは、エコーとは異なる機械的な声。
――本来のシステムボイスの主、「ロレライ」。
『――こちらは、プロジェクト・アルカ運営です。本日は、ハーフアニバーサリーイベント、復興記念百年祭へようこそいらっしゃいました。
この場にお越しいただきました皆さまがたへ、感謝とともに記念品の贈呈を行いたく存じます。どうぞお楽しみくださいませ』
宣言と共に華々しく上がる、大量の花火。
光の線は次々雲の中に吸い込まれ、鋭い雷鳴が閃き――ついには臨界に達したかのごとく、豪雨が降り始めた。
「!? 何、あ、れ……」
震える体でなんとか首を持ち上げれば、訪れた降雨は明らかにおかしい。
雲は暗い色合いのグリッチノイズに覆われ、フレームの狭間では、文字化けした時刻表記のようなものが雨の代わりに大量に注いでいる。
――脳裏によぎるのは、先ほどの思考。
花火よりも、鮮烈な値。これが、その具現か。
「レ、テ……外の、様子を……」
「――了、解――しまし、」
ようやっと指示が通った。
持ち主たるソーマの状態を反映するように、レテもまた弱々しく飛び、ビル外の様子をHUDへモニタリングし始めた。
倒れたままでも参照できる――そんな仕様に感謝しつつ動いてくれる眼球のみで、中継された映像を見た。
下にいる人々のほとんどは、雨を意に介していない――いや、認識すらできていないように見える。ただ呆然と、ザラつく暗いノイズを身にまといながら立ち尽くしていた。
幾人かはソーマと同じく屋根の下に居て無事だが、雨を受けた者が微動だにしない様子を気味悪がっているように見える。
「何が、起きて、る?」
「不、明。不明。スリープモードにあるプレイヤー、多数」
「スリープ、モード……? なぜ……」
肉体側に問題が出た場合などに誘導される、疑似睡眠。
しかし、そう起きるものではない。物理現実側の肉体が昏睡したとか、あるいは自ら望んで仮想世界側で睡眠を取るとか。寝落ちしたとて、基本的にはログアウト処理がなされるはず。
「く……レ、テ……麻痺の、解除……」
「そ、の命令は実行でき、ません」
「……っ、の、役、立たず……」




