Ticket #2「exception」①
▼シノミヤ駅前・駅舎前広場
「早く、来すぎた」
翌日、19時。晩の食事を終えてからのログイン。
きっと夏の終わりを再現している、柔らかく薄い夜の中。
百年祭の装飾とイルミネーションに彩られたそこは、開幕に備えPCもNPCたちも慌ただしく駆け回っている。
ソーマは現実におけるシノミヤ――東京駅を訪れたことはないが、一昔前の怪獣映画でなら見たことがあった。
「ゴジラ、居ない」
「ソーマ。それは創作です」
「ここだって、創作の中。コラボとか、すべき」
「現在の予定にはありません」
「すべき」
「現在の予定にはありません」
面白くない返答をよこす光球――レテを伴いながら、歩く。
滅亡以前の姿、近世風のデザインを比較残した駅舎は、アルカの電子的魔法に掛けられてとても美しい。
辺りのビル群も、アラヤドやその周りに比べるとかなり原型を留めている方だ。清掃や整備修繕をしている誰かが居るのかもしれない。
ここではそういった地続きのリアリティ、一から始める開墾開拓の余地すら保証されている。
『今日は、遅くに戻る、かも』
『ダーメ。ちゃんと門限は守って』
『ケチ』
――脳裏に蘇るのは、学校から帰宅後にした母との会話。
いつも守っているのだから、たまには夜更かしさせてくれたっていいのに、と思う。
フルダイブは文字通り、脳をフル回転させている実感があるから、寝つきが悪くなるのは否定しないけれど。
「……後夜祭くらいまでは、居たい」
独り言を漏らしながら視界端、HUDの時刻表示に目をやる。
アルカの体感時間は、現実の三倍。どのように引き延ばしているかはわからないが、現実の一時間はここでは三時間に変じている。
門限ギリギリ、アルカの日付変更までは居られるだろうか――などと、ぼんやり考え事をしていると。
「あの」
突然にかけられた声。
「はい」
振り返るもそこには誰もおらず――否。目線の下に。
「私より、身長低い人、珍しい」
「うっ……気にしていることなんですけど」
ソーマよりも身丈の低いところで頬をかく中性的な少年型アバター。
アルカにおいて最も一般的な種族であり、ソーマとも同じ人間属。澄んだパステルイエローの髪を短く切りそろえ、その瞳に果実のような淡いオレンジを宿している。
「それならアバター、変えたら良い、のでは」
「ぼ……僕の話はいいんですよ。それより、初心者さんですか? 初めて来た方はここで留まってる人、少なくないので」
「……初心者と言えば、そう」
ソーマの姿は、被ったフードを除けば女性型における初期アバター。プレイしたての人間だと思われてもおかしくはないだろう。
今の返答には、それ以外の意味も含まれているけれど。
「僕、初心者案内クランに入ってて……小さいとこなんですけど」
「ナンパ」
「ち、違いますって!」
「小さいのに、意外と隅におけない」
「違うー!」
なんだか面白そうな人。そう認識して詳しく話を聞こうと思ったそのタイミングで。
「……アイツ、虫姫のこと知らんのかね」
「あの子を初心者扱いしたら俺らだって初心者だわな」
通りすがりの余計な横槍。
時々、こういうことがある。何も聞こえるように言わずとも。注意しないソーマも悪いのかもしれないが。
「……えっと、ごめんなさい。もしかして有名人さんでした? その……失礼します!」
「あー」
引き留める間もなく、少年は人混みの向こうへ駆け足に去ってしまった。
「……私は、バグを探しているだけ、なのに」
周りの野次馬に目線を向けるも、すでに散った後。
ぷくりと頬を膨らませるも、当て所もない感情は未消化に終わるばかりだった。
わずかに肩を落とし、改めてソーマは街の騒がしさへ目を向けた。
「お祭、どんなのだろう。今の人に教えてもらえば、良かった」
復興記念百年祭――ゲームとしては、サービス開始半年記念のイベント。
アルカにおける人類が滅亡の憂き目から立ち直って百年、その節目を祝うのだという。
思えば、ソーマはそういった背景情報をほとんど知らない。BB一筋、バグ狩りにかまけてストーリーをまるで把握していなかった。
実際、さっきの人に説明を貰いたいくらいだった。
「仕方ない。……レテ、百年祭について詳しく教え――」
「――ソぉーマちゃぁんっ!」
「ふぐっ」
唐突に後ろから抱きつかれ、危うく前に転倒しそうになる。
「あわわわわわ」
背にくっついた誰かは勢いのまま前傾していき――支える形で止めてくれたのは、エルス。
「ちょっとイフ。怪我させたらどうするの」
「だってぇー、事務所以外の友だちなんて久々だからぁ」
「むーぐー」
かしまし女子ズのサンドイッチ。
柔らかな感触に包まれつつ、隙間からソーマは口を開いた。
「二人とも、一時間早い」
「せっかくなら早く会いたかったからねえ」
「フレンドの居る場所は大まかにわかるしね」
「そうなんだ」
「……ひょっとして、知らなかった?」
「フレンド、初めて」
「……大事に育てよう、エル」
「光源氏みたいで気持ち悪いよ、イフ」
「ひかる……なんだって?」
なんとか離れて彼女らを見上げると――いつもの衣装ではなかった。
ラフなサマーニットにショートパンツ、猫耳帽の下には赤いカラーサングラスのイフ。
対してエルスは髪をひとつに結び、丈の短いジャケットとワンピースを合わせて動きやすそうな格好をしている。
「配信と、雰囲気違う」
「そらそーよぉ、アレお仕事だしー。それに、せっかくのオフタイムを邪魔されたくないっしょ。へんそーへんそー」
「そ。私も、いつもみたいに堅苦しい話し方したくないもん」
「キャラ、作ってた」
「ソーマちゃんは、オンでもオフでも変わらなそぉだねえー。うりうり」
「ぅ、ぅ、」
フードを外されたところをぐりんぐりんハチャメチャに撫でられ、うめき声しか上げられないソーマ。
「とゆーわけで、配信は21時からやる予定なんだけど、それまで一緒に回ろーよ」
「その後は、お仕事にも付き合ってくださいね?」
「わた、わたしでよけ、れば」
「さあさ、時は待ってくれませんぞ!」
元気いっぱいのイフに手を引かれ、表情薄めながらも楽しげなエルスに背を押され、駅舎前通りへと連行されていく。
道は華々しく彩られているが、祭典用に飾られたもの以外、出ている店はどこもかしこも統一感がない。
「学園祭、とか、みたい」
「そーだね。んでも、現実のお祭とは一味も二味も格が違うのがアルカスタイル!」
「CMで、見たことあるブランド」
「コンビニとか大手企業とかも出してるんだよ」
「知らなかった」
道の両側には、学園祭のような屋台がずらりと並ぶ。綿あめや焼きそばの定番はもちろん、なぜか発光しながら浮かんでいる飲み物の群れ。
あいだで急に寺社仏閣っぽい祭殿ブースが挟まったり、小さなビルごと持ち込んだような出展スペースが無造作に突き刺さる。
さらに奥では、西洋人形みたいなアバターモデルを並べたケースや、説明のつかないオブジェだけをうず高く配置した空間。
なんでも、とにかく全部ここに置いておけ――分類を諦めたタグ一覧みたいだ、とソーマは思う。
「……少し混乱するけど、見てるだけで、意外と楽しい」
「あーわかる。騒げ楽しめオラ! って言われてるみたいだよね」
「そこまで、圧は感じない」
届く屋台の匂いが層になって流れてくる。
醤油の焦げと砂糖の甘さと、何かの柑橘が一斉に鼻腔を叩く――音楽でいうところの、不協和音。
口にした綿飴と、混じり合う炭酸の甘味――その閾値は現実のそれよりも高く。調整ミスか、意図的か。
砂糖粒が指に残ってべたつき、隣を歩くイフの体温が、雑踏を通じて肘に伝わってくる。
バグをさらうことに慣れすぎたソーマの知覚は、匂いにも、温度にも、味覚にとて反応する。すべてが混線するほどごちゃついているのに、今ここに居ることが不快だとは感じなかった。
エルスは半歩後ろを歩いていた。見守るように。
ときどき、すれ違うプレイヤーのアバターに視線が止まるのを、ソーマの余剰した知覚が拾う。
「私さ、こういうユーザーの手作り系好きなんだよね。企業産のセンスじゃ見ないようなデザインもあるし」
「エルち、そゆの好みだよねー」
店先、エルスが手を伸ばしたブレスレットは、様々な色合いの鉱石を複雑に、しかし派手すぎないようシンプルにまとめられていた。
そのブースは宝飾店のようにデザインされており、店構えに恥じないシックで高級感のあるアクセサリーが多数飾られている。
これもまた個人店らしく、置かれた看板にはユーザーネームやアバターの画像などが名刺代わりに配されている。リアルと異なり、店番や在庫管理も要らないのが良いところだ。あえてそれをしているところもあるだろうが。
「そうだ、ソーマちゃんにも買ったげる」
「えっ」
表示されたUIを二、三叩くと、『ご購入ありがとうございます』のメッセージとささやかな演出パーティクル。
間もなくソーマとエルスの手首に、先のブレスレットが装着されていた。
「あー! ずるーい! 私が先に買ったげたかったのにい! てゆーかあたしの分はぁ!」
「自分でお買い上げなさったらいかがー」
「むぎー!」




