Ticket #1「baseline」①
▼シュウヨウゲン 旧メイン・ストリート
「「ようこそ、プロジェクト・アルカへ!」」
かしましく響き渡る、二人分の少女アバターの声。
穏やかな赤橙の灰明かりが、苔むした大きな廃ビルの谷間を不均衡に点々と照らす。
カラフルでセクシャルなキャラクターイラストが満ちる、錆び付き剥げ古びてもなおギラつく看板の下。
それをも凌駕する派手な容姿の人々が無数に往来していた。
地に着きそうな長髪を嫋やかに揺らす美少女たちが、球体状の生物を抱いて楽しそうに話し込んでいる。
半人半機のヒューマノイドが、半人半裸の獣とスパーリング中。
はては着ぐるみから怪物、縮尺のおかしな存在までもがキャンプファイヤーのような焚き火を囲む。
行き交う者も入れ替わり立ち代わり、互いを気に留めることもない。妖怪百鬼夜行と言われても納得がいきそうな有様。
――プロジェクト・アルカ。
今を席巻するフルダイブ型MMOゲーム、ここはその中。
そして、周囲に比べても目抜きに派手でサイバーなデザインをしたアバターの二人組が、中空に浮かんだ小さなカメラモジュールを前にはしゃいでいた。
「はい! 本日もやってまいりましたイフエル・ストリーム!」
「――イン! プロジェクト・アルカ! あなたの右でササヤカ実況、添之音イフ!」
「あなたの左でヒソヤカ実況、添之音エルス」
「って、どっちも同じやないかーい!」
「今の同じっていうのは、どっちも実況って意味です」
「いや説明しちゃうのかよーっ!」
右手には桃色の髪をした薄着の少女、イフ。
左手には青色の髪をした厚着の少女、エルス。
どちらも配信者らしい、画面映えに全振りした衣装とモーション。
片方は露出高めの高身長、片方は布面積多めの低身長。並ぶと、絵面としてのバランスは不自然なほど良く映る。
群衆は、慣れたものと横を通り抜けたり、物珍しげに好奇の目で見物したり。
「はいはい配信バリア〜。それ以上近づかないでくださいねー」
「どのみち、これは絶対拒絶の不可侵領域です」
二人の足元には、撮影用の侵入防止バリアが淡く展開されている。
――そのそばに、歩幅も背丈も小さな黒いフードの姿があった。
拳大の光球を伴い、人々と逆行してかたわらを過ぎていく。
「37.0℃。60Hz、マイナス0.3 dB。ストライプ周期、0.987秒。誤差、0.02%。ズレてた」
平たんな口調、わけのわからない独り言。
疑問を反芻するように歩きながら、フード姿は眼前を覆うHUDで文字の羅列を眺めている。
「――ねえねえイフちゃん、聞きましたか。黒フードの女の子の話」
「えっ何それ初耳?」
「嘘おっしゃい、配信の企画書に書いたでしょう。行く先々で虫喰いを見つけてるBBさんのこと」
「あー! はいはい。ネットの一部で盛り上がってる都市伝説みたいなやつ? BBって地味だしあんまピンとこないけど」
「地味だからこそ、その積み上げ方が異常だと目立つんですよ。ほら、あの子みたいな――」
エルス――青髪の少女が指さした先。フード姿の何者かが、ビルの前に立ち何やら壁を等間隔で叩いている。
「……あの子みたいな? おや?」
「……えっ、待って待って、あの子じゃないん?」
「ΔEスリーポイントフォー、フレア残光0.06、問題なし」
特徴的な黒一色の外套――まさに噂の人物、その特徴にピッタリ合致。
イフ、エルス、カメラ、そして雑踏の視線は一挙にフード姿へ向いた。
「――あ、あなたって……『ソーマ』ちゃん?」
「ここ」
――問いに答える代わり、呟く声と響き渡るノイズ混じりの甲高い音。
拳の側面が壁へ届く直前、薄緑色の光がわずかに滲んで――消える。
ソーマと呼ばれた人物が叩きつけた握りこぶしの側面を起点に、ビルを覆っていた薄い油のような皮膜がガラスめいてヒビ割れる。
ギザついたテクスチャの破片が、グリッチノイズと虹色のパーティクルを伴い、一気に降り注ぐ。
眩ゆく極彩の乱反射が辺りに突き刺さった向こうには、今まで存在しなかった古ぼけた鉄扉が出現していた。
ごつ、と硬い手応え。骨へ返るはずの衝撃は、触覚フィードバックの許容域で丸められ、鈍い圧だけになって掌へ残った。
痛みは生じない。現実なら、指の骨から順に後悔する叩き方だった。
「『虫喰い』だ」
「初めて見た……」
「あんな力業で出てくるもんなの?」
「え、新しい狩場??」
「虫姫じゃん!」
「レイド式のアンコモンクエストかな」
「どうせエンハンスドどもが食い荒らすでしょ」
「イフエル邪魔」
ざわめきが広がり、イフとエルス、配信の向こう側に驚きが伝播する。
しかし、異様を起こした張本人はこれといった感慨もなく、フードの下で目をわずか細めただけ。
指先が速やかにレポートデータを整形する。ほんの一瞬——バグの表面に、体温に似た残留熱。
備考欄には「感覚ノイズ:微量」。この周辺では六十三件目。システムからの返答は変わらず、受理通知とウォレットに入るゲーム内通貨(OBL)のみ。
「温度、振幅、すべて誤差レベル。仕様の範疇――今回も、いつも通り」
彼女はぽそりと呟いてから、残光のように余韻を引く虹色のパーティクルと共に振り返った。
小柄なシルエット、ブカブカとした黒いフード姿。
「はい、ソーマです」
「……本当にそうだった!? ていうか素直に返事した!」
「呼んだのは、そちらでは」
幼気ながらも芯の通った涼やかな声は、小揺るぎもしない。
ソーマと呼ばれた少女型アバターは、ショートの黒髪を揺らして首を傾げ、無機質なグラファイトブルーの瞳にシアンの虹彩を瞬かせた。
食いつきもよく、イフは立て続けの問いをソーマに投げかける。
「ねねね、あなたって虫姫……BBなんでしょ? ズバリ、バグ探しのコツは?」
「趣味なので、考えたことないです」
「おほおう……玄人っぺー」
感嘆するイフを見、カメラを見、再びイフを見てソーマは問いかけた。
「これ、配信、してるんですか」
「え? そうだけど……」
「なるほど。――イェーイイェーイ」
「……意外とノリが良いんですね」
「では、急いでいるので、これで」
「ア、ハイ……またねソーマちゃん」
配信画面には、「えっ攻略しないの」だの「虫姫の先導もナシに我々だけで……?」「一番槍は誉ぞ」などのコメントが流れていく。
「ちょっと待ってください、何を流されてるんですかイフ。ここで会ったも何かの縁。袖振り合うも多生の縁」
「エルちゃん言いたかっただけでしょそれ。んでも確かにそーだ、あーしらとフレ登録どう? あとチャンネル登録も!」
「私で、よければ」
一通りのやり取りが済むと、ソーマはストリーマー二人組に丁寧にペコリと一礼する。
「やー……運が良いかもね、あーしら」
「明日の天気は、手描き切り抜きが作られ放題でしょう」
「チャンネル登録もドシドシ降り注――」
イフの台詞を切るように、突然と全プレイヤーへ通知が届いた。
金色の飾り文字が、空やUI、街頭モニターなどへ一挙に浮かび上がる。
『――プロジェクト・アルカ運営より重要なお知らせ
サービス開始から半年、ハーフアニバーサリー企画
明日21時:復興暦100年記念祭典を開催
全プレイヤー参加型特別イベント
ログイン時間に応じた限定報酬配布――』
「そーよ百年祭! 明日じゃんよーお前たち!」
「ログボ、限定クエ、逃す手はありません」
コメント欄もまた湧き立つ。
『限定報酬きた!』『絶対参加』『徹夜組おりゅ?』
「ソーマちゃんも来るよね?」
「たぶん」
「見つけたら逃がしませんからね〜」
「ぅ、ぅ、」
ソーマは、イフから左右に揺さぶられながら通知を見つめる。
――『ログイン時間に応じた』という一文が、なぜか気になった。しかし、今はそれよりも。
「私、門限ある」
「あっ引き止めちゃってごめんね!」
「まったく、イフはいつもこれだから困ります」
「はぁーん!? エルに言われたくはないですねえーっ!? ……あー? もっと女神様の話引っ張れってココあーしらのチャンネルなんですけどぉー!? てゆーかあんたらはいつもさぁー!」
興奮が募るその場を離れようと、ソーマは静かに二人から距離を置き始める。
「――待って」
柔らかに袖口を手で引かれ、エルスが耳元にそっと声を投げかけた。
「はい」
「今度、コラボして。なんなら明日のお祭にでも」
「私で、よければ」
「やった。後でメッセージ送るね」
小さく頷き返すと、エルスは淡白な表情に微笑みを浮かべた。
そうして未だ続く喧騒に尾を引かれる気配すらなく、ソーマは駆け足に人気のない方へと去っていった。
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