Ticket #5「handshake」②
なんだかAIに説教されている——ピンと来ないまま、口をへの字に歪めていたソーマだったが、割って入るようにイフがその胸を張る。
「わ、私っ、事務所の友だちとかもいるし! ライバーとしてだってちょっとは知名度あるし……情報を集める役には立てるよ。だから、ただついてくだけじゃない!」
「……」
「足手まといになりそうなら言って。勝手なこともしない。でも、あーしにも手伝わせてほしい」
ソーマはイフを見つめる。決然とした感情の色は、いっそ現実よりもはっきりと伝わるのかもしれない。
イフもまた、ソーマの揺らぎない瞳を見ていた。
「…………私、友だち、いない」
「へ?」
「情報を集めるなら、イフの方が向いてる。力、貸してほしい」
わずかに間を置いて、ソーマは続けた。
その小さな手を差し伸べながら。
「助けて、くれる?」
「――もちろんだぜ!」
元気よく握り返され、ソーマは軽くバランスを崩さんばかりの勢いで。
イフの顔に、ようやく笑みが戻った。
「この添之音イフ、頼まれたからには全力でお手伝いしてやりますとも!」
「やればできるじゃないですかあ」
「……」
台無しとばかりに、ソーマは軽薄な妖精の後頭部を叩いた。
「痛あっ! 妖精には痛覚緩和ないんです、優しくしてっ」
「今の私にも、ない」
「……え? ソーマちゃん、それやばいんじゃないの?」
「空耳。気のせい」
「えぇ……」
▼シノミヤ・駅前広場
「――と、言いましても……実際、何から調べたモンかね……?」
ホテルを出れば、驚くほど青い青い空が、変わらず鋭すぎず鈍すぎずプレイヤーたちを照らしている。
もちろん、そこかしこは途方に暮れているプレイヤーだらけだ。にもかかわらず——。
「うそっ。ちょ、ちょお、そそソーマちゃんログインして来てる人たちおるよっ」
ログインエフェクトの中から、幾人もが現れる。
その表情に危機感などまるでなく、まさに「何も知らない」といった様子だ。
「……入るのは、自由、ということ?」
「は、話聞いてみよっ」
「あわ」
躊躇なく引っ張られ、ソーマが判断する間もなくログインしてきたプレイヤーにイフは突っ込んでいく。
「あの!」
「わぁっ!? ……あ、そ、添之音エルスっ?」
「コッチはイフじゃボケー! って今はそれどころじゃなーい! えーとえーと……外で、何か起こってるって話、聞きませんでした!?」
「は? 外って……え、なんか覚醒遅延がどうたらとか言うのは見たけど……」
「今ログアウトできないんだよぉー」
「……マジ?」
メニューを開き、何度かタップ。
そこに現れるのはやはり――技術的問題が発生しています。
「……ホントだ。聞いてないんですけど。公式はなんか言ってないの?」
「なんにも。だから困ってて……」
「マジかあ。長引いたら有給扱いになるのかなあ」
「ええー」
気楽すぎるその言葉に、イフは思わず間の抜けたリアクションをしてしまう。
「……意外と、暢気」
「ちょっと、ソーマ様も隠れてないで。何か聞くことはないんですか」
「か、考えがまとまってない」
イフの足元に隠れながら、挙動不審にコメントだけ残すソーマ。
「ところで、せっかくお近づきになったんだしフレンド登録とか……」
「あ、ごめんなさい今忙しいんで! ありがとうございましたー!」
二の句をつがせる間もなく、ソーマを牽引しながらイフはプレイヤーから距離を取った。
「早業」
「もー! ソーマちゃんもちゃんと考えてよー!」
「か、考えては、いる、います」
「つーかさっきのヤツムカつくー! アタシはエルやのうてイフじゃー!」
話しかける内容を決めたり、何を聞くべきかの正否を考えたり。
そういうことを思案しているうち、ソーマは他者との対話にまで至らないがちなのであった。
「てゆーか意外な弱点持ちだなトップBB!」
「ソーマ様、アルカ内での会話時間はイフさんとエルスさんを除くと10分にも満たないです!」
「う、うるさい」
ソーマの連打を掻い潜り回避するレテ。
イフは腕組み空を見上げ、体を傾けながら続ける。
「うーん、したらソーマちゃんにはアプローチ変えてもらうかあ。てか、普段どーやって情報収集してたん?」
「掲示板。いつも見てる」
「いまどき掲示板ぁ? 浜辺(ハーバー・アルカ内SNS)でよくない?」
「一次報告を拾いやすい。経験則」
「ふむん。玄人っぽい」
「玄人っぽさで判断してるんですか……?」
訝しげなレテを尻目に、イフはすぐさま行動に移る。
「よっし。じゃあーしはちょっとみんなに聞き込みしてくるね。ソーマちゃんは掲示板とかで状況調べてみて。すぐ戻るぜ!」
「わかった」
「レテちも、ソーマちゃんが話す必要に迫られたら手伝ったげなよ!」
「はあい! このステキでムテキ、フテキなAIにお任せあれ!」
「…………」
もっと、落ち着いて仕事してほしい。昨日までは静かだったのに。
そんな愚痴を口にはせずに、ソーマもまた己の仕事を始めんとする。
イフの背中が人波に消えていくのを見送り、ソーマは駅前広場の隅にあるベンチへ腰を下ろした。
視界の端で手を振ると、半透明のウィンドウが幾重にも展開される。
匿名掲示板――「ナミノマニマニ」。通称ナミノマ。
アルカの攻略情報だけでなく、愚痴や晒し、真偽不明の噂から最速チャレンジから検証結果の山まで、すべてが無秩序に流れ込む場所。
そんな無秩序の濁流から事実らしいものだけを拾い上げるのが、ソーマの日課だった。
「検索語句。【ログアウト】【覚醒遅延】【雨】【正式サービスイン】【意識不明】」
「はいはーい。掲示板だけでなく、公開設定になっている浜辺の投稿も走査しますね」
「気が利いて、よろしい」
「レテはいつでも気が利きさんですよ!」
小さな妖精が指を振ると、いくつもの書き込みが流れ始める。
――【障害?】ログアウトボタン押しても反応しない。
――フレンドがずっとスリープ表示なんだけど、これ放置して大丈夫?
――百年祭の演出、さすがに悪趣味すぎない?
――アラヤドでも雨降ってた。あれ全サーバー共通?
――公式から何もないの怖い。
――いまログインした。何が起きてんの?
――サポートAIが変なこと言い出した人いる?
書き込みの勢いは、大型アップデートの直後を遥かに上回っている。
しかし、どれも断片ばかり。決定的な「何か」が示されていない。
「レテ。意識が戻らないプレイヤーについて、発生場所ごとに、分類」
「シノミヤ、アラヤド、ジュウコク、シュウヨウゲン……サーバーのほぼ全域から報告があります。偏りは無いかと」
「発生時刻」
「記載されていないものが七割。『雨のあと』『放送の少し前』『気づいたら』など、曖昧な表現が大半です」
「雨への接触量」
「ほとんど書かれていません」
「最後にログアウトできた時刻」
「不明です。少なくとも、ログアウト後に出戻りしたという書き込みは認められません」
「……使えない」
「投稿者さんたちに聞こえたら怒られますよ?」
「違う。情報が、使えない」




