Ticket #5「handshake」③
誰も嘘をついているわけではない。
ただ、自分が見たことを、自分が気になった順番で書いている。場所も、時刻も、条件もばらばらだった。
一件ずつ読めば事件らしい。けれど、並べても比較できない。
それでは、同じ原因から起きた現象なのかすら判別できなかった。
「ソーマ様。『公式発表』という語句も追加しますか?」
「うん」
新たな書き込みが抽出される。
外部のニュースを見てからログインしたというプレイヤーは、確かに存在していた。
しかし彼らが知っているのは、アルカ利用者の一部に覚醒遅延が発生している、という曖昧な情報だけ。
大規模障害とも、緊急メンテナンスとも、ログイン禁止とも報じられていない。
その一方で、事件後にログインしたプレイヤーも、アルカから出られなくなっている。
「外では、まだ状況を、把握できてない……?」
「少なくとも、公式に公開された情報は少ないようですね。ArkTecからの告知も、外側でのニュース以外は確認できていません」
「でも、入ってきた人は、いる」
「はい。ログインサーバーは止まっていないみたいです」
「……変」
外との接続が切断されたのなら、新たなプレイヤーは入ってこられない。
ログイン処理が動いているなら、同じ経路を利用するはずのログアウトだけが機能しない理由がない。
通常ならば。
「戻ったよー!」
考えが形を得る前に、人混みの向こうからイフが駆け戻ってきた。
肩で息をしつつ、それでもどこか誇らしげに胸を張り、目はエモーショナルにキラキラだ。
「いっぱい聞いてきた! めっちゃいっぱい!」
「何が、わかった?」
「みんな困ってる!」
「……」
「あ、待って。その顔やめて。ほかにもあるから!」
イフは慌ててウィンドウを開き、聞き取った内容を次々と並べた。
——コード雨の最中、建物の中に逃げ込んだプレイヤー。
——雨に触れたあと、指先が動かしにくくなったプレイヤー。
——仲間が突然倒れ、そのまま目を覚まさなくなったプレイヤー。
正式サービスインの放送を聞いた場所も、シノミヤ、アラヤド、ジュウコクとさまざまだった。
「その人が倒れた、時刻は」
「え」
「雨に触れてから、何分後?」
「そこまでは……」
「雨は、全身に浴びた? 手だけ? 装備越し?」
「聞いてない、です」
「倒れる直前、ログアウト操作、した?」
「それも……」
「最後に、普通にログアウトできた、時刻は」
「……ごめんなさい」
イフの肩が、見る見るうちに縮こまっていく。
「聞き方、よくなかったかな……」
「ううん」
ソーマは首を横に振った。イフに頼んだのは自分。
何を情報とするのかも決めず、ただ集めてほしいとだけ言った――イフが悪いわけではない。
「私が、決めてなかった」
「何を?」
「項目。比較すべき、こと」
ソーマは再びウィンドウを開く。
雑多な証言を付箋アプリで並べ、その共通項と欠落している箇所を抜き出して貼り直していく。
「情報。形が揃ってないから、比べられない」
「形を揃える……?」
「全員に、同じこと、聞く」
ソーマの指が宙を走るたび、新たな質問が追加されていった。
「そういやさ」
イフが手を上げて、指を握った。開いた。
「昨日から、こっち感じないんだよね」
「どっち」
「右。触っても分かんない。動くけど」
「痛い?」
「痛くもない。なんもない」
ソーマは項目を一つ増やした。
「今、あーしのこと質問票に入れた?」
「入れた」
「心配は?」
「してる」
「してる人の反応じゃないんだよなー」
増えた内容も足され、一覧ができあがる。
・事件発生時にいた都市と座標。
・コード雨への接触の有無。
・コード雨接触部位とその時間。
・感覚異常の有無。
・意識を失った者がいたか。
・最後に成功したログアウトの時刻。
・事件の前からアルカにいたか、それとも発生後にログインしたか。
・ログイン時に警告が表示されたか。
・通常の較正雨に異常があったか。
・正式サービスインの放送を聞いた時刻。
・NPCやサポートAIに、それ以前と異なる挙動があったか。
「どう?」
「……と、取り調べか……?」
「調査」
「いやそのまま聞かれたらみんな逃げるやろコレ! 怖いよ!」
「必要な、項目」
「中身は変えないから、聞き方だけあーしに任せて!」
「意味が変わるの、困る」
「変えないってば!」
イフはソーマが作った質問票を複製すると、文面をすさまじい勢いで書き換え始めた。
〈雨に触った人、どこまで濡れたか覚えてますか?〉
〈昨日からずっといた人と、今日入ってきた人で状況が違うか調べています!〉
〈お友だちが眠ったままの人は、直前にどこで何をしていたか教えてください〉
〈他の人の様子がおかしかったとか、いつもと違うこと、細かい情報もあったらください!〉
添えられた絵文字や柔らかい表現に、ソーマは眉をひそめる。
「軽い」
「答えてもらえなきゃ意味ないでしょーが!」
「……まあ、内容は、変わってない」
「でしょ?」
「なら、いい」
「うっし!」
イフは質問票をハーバーへ投稿し、事務所の知人や配信者仲間にも一斉に送信した。
ソーマは同じ内容をナミノマの各スレッドへ投下する。
投稿から一分も経たず、回答が流れ込み始めた。
「うおっ、早! あーしの人徳かな!」
「事態が、切迫してる、から」
「そこは人徳って言ってくれてもよくなあーい?」
返答せず、集まった回答を表へ変換していく。
場所、時刻、雨への接触量、意識断絶の有無、ログイン時刻——。
まだ数は少ない。けれど、ばらばらだった証言が、少しずつ比較できる情報へ変わり始めていた。
「レテ。比較、開始」
「はいはーい!」
レテの翼が、エネルギーを注がれたように光の線を伴いながら明滅すると、集められたデータが整頓され周囲へと見やすく配置されていく。
「返事、いらない。エフェクト、いらない」
「がーん! キラキラしましょうよう! お喋りしましょうよう!」
「あ、あーしは好きだよそれ……」
騒がしい二人を横目に、よぎる思索。
今集められる情報は、揃った。――けれど。
「……」
――取っ掛かりはある。
しかし、真相にはたぶん、まだずっと遠い。そんな気がした。
ほんのわずかに首を振るって、ソーマは目の前に広がる回答の走査へと集中するのだった。




