Ticket #4「emergence」③
意味を生まない虚しいリフレイン。
軌跡にノイズの雪化粧を伴ったレテを前に、イフはいつもの調子へ逃げ込むように、何やらワキワキもどかしげに手元を動かしている。
「はい! ソーマ様に正しくお仕えし、お力添えとならんとする――自由です!」
「じゃあ、まあ、はぁ、そう……えーと、今の状況について、教えて」
「わかりません!」
「ポンコツ。さっきも麻痺、治せなかった」
「根に持たれてますぅ……でもでも、ご覧ください。各地の様子を一挙に中継したり、有志さんがたのストリームを流すことはできます。えい!」
間の抜けた掛け声とともに、ソーマとイフの目の前へ多数のディスプレイが浮かび上がった。
向こう側には、複数地点を映すライブカメラ、あるいは添之音姉妹のような配信者たち。現状を実況してくれているようだ。
「どうやら、そこかしこで似たような現象が起こっていたようです。おそらく、いま観測しうるアルカのエリア内すべてで」
「……」
大量の映像。だが、表示されてる情報や状況にはおおよそ一貫性がある。
一枚のモニタには、砂漠都市。半身まで砂に埋もれたアバターたちが、目を開けたまま動かない。
別のモニタ、極地研究拠点。屋外に出ていた探索隊らしき者たちは吹雪の中で立ち尽くし、NPCの輸送ドローンだけが虚しく彼らの周りを旋回している。
さらにもう一枚、海外サーバーのどこかだろうか。英語と韓国語のチャットログが入り混じった街で、誰かが泣きながらカメラに向けて訴えていた――『ログアウトできない。外の家族に、これがバグじゃないってどう説明すればいい?』
瞬間的に軽く目を通し、幾ばくもしない内にソーマは頷いた。
「五大陸全土でログアウト、不可。雨もプレイヤーを選ばず、無差別。現状、脱出する手段、発見されず。世界各地で混乱中。手元でわかる情報と、大差ない」
「い、今チラッと見ただけでわかったの?」
「全体像を見て、ふわっと。字幕もある、簡単」
「はー、マジ虫姫様……」
「ソーマ様は凄いのです!」
「うるさい、太鼓持ち」
「『太鼓持ち』は男性向けの名詞ですソーマ様! レテはご覧のとおり女の子です!」
「うるさい知らない黙ってて、怖い」
「びぇ……」
テンプレめいた泣き顔を浮かべながら墜落するレテを尻目に、ソーマは表示されているディスプレイのひとつをスワイプ、拡大した。
「でも、ひとつ、気になる情報。雨は、プレイヤーの集中部を、狙い撃ちしていた」
「狙い撃ち……?」
「街や、拠点を。ということは、必然的に、雨を避けられた、プレイヤーたちが居る。意図を、感じる」
「意図……誰かがやったってこと?」
「そう。あるいは逆に、彼らを狙う意味がなかった、か。もしくは――漏れることも、想定の内、か」
アルカの非公式お天気レポーターを名乗って活動しているプレイヤーのライブ。
中継の向こうで表示されているのは、周辺都市部の被害グラフ。どれもこれも、プレイヤーが集まるロケーションばかり。狙われたのは祭典イベントが行われていたシノミヤだけではなかったようだ。
「ふーん……」
「とはいえ、今考えても、仕方ない」
ソーマは、この場で最も異質で、最も「それ」に近い者へと向き直った。
「――レテ。自由意思(仮)を持ったという、あなたに、もうひとつ聞かせて、ほしい」
「カッコカリ! はい、何でしょう?」
「あなたは、バグ? どこから来た、何者?」
「!」
その問いかけに、レテよりもむしろイフが目を見張る。
返答が来るよりも先に、ソーマはさらに畳みかけた。
「サポートAIとしての逸脱、修正すべきものなら――アルカに、報告が必要。今のサポートが機能するかどうかは、ともかくとして」
「ふむ……私が何者か、ですか」
考え込むように腕を組み、目を閉じたままレテは辺りを飛び回る。
やがて上下を逆さまに浮遊したまま、右手の人差し指を顎元に指し、「それ」は神妙な顔つきで片目だけ開いた。
「ではソーマ様、レテが逆に問わせていただくのですが……感情とは、バグですか?」
「…………」
ソーマは、答えられなかった。
不具合なら、正常な状態がある。
正しい出力があって、それとの差分をバグと呼ぶ。
では、レテの正常とはどれだ——光球だった昨日か、目の前で笑っている今か。
「わからない」
「わからない、ですか」
「比較できない。元の仕様が、わからないから」
レテはしばらく黙ってから、笑った。
「では、私が何者かについて——それは、保留とできますね!」
「保留……保留、せざるを得ない、だけ」
「よかったです!」
「……なぜ?」
「修理されませんし、ソーマ様と今しばらく一緒に居られるということですから!」
心底愉快そうに、けれど真摯な面持ちのままにレテはソーマの周りを飛び回る。
AIから伝えられているとは思えないほど、感情的な湿度。
なんだか受け止めきれなくて、ソーマはそっと目を逸らす――こんな会話、友達はもちろん、家族とだってしたことない。こんな風に、わざわざ「感情」とかいうものに向き合ったことは、なかった。
「……急に、そんなこと言われても。困る。腑に、落ちない。由来不明。なんならちょっと、キモいし怖い」
「んもう、この半年間片時も離れずご一緒に居りましたのにい! その時を忘れたとは言わせませんよお! つれないんですからあ」
「煙に巻いて、いる」
「くすくす」
わざとらしく笑いを表しておどけるように振る舞うAIは、なんなら自分よりもずっと人間臭いのではないかと、ソーマは思った。
そんな天真爛漫さを発揮する方法、私にも教えてほしいくらい――そう感じるほどに。
「ではではソーマ様! お話もそこそこに、早速アルカへと繰り出してこの現象の謎を――」
「待ちなさい」
「あえ」
――それはそれとして。
ソーマはそっと、レテの体を両手で掴んで捕まえた。目の前で不用心に舞う虫か小鳥でも捕らえるように。
「ぅぎゅっ」
そして、ちらりとエルスの状態表示を見る。
変化はない。呼吸も脈拍も正常。イフの監視ウィンドウも開いたままだ。
「何ひとつ、わかってない。エルスに変化がないうちに、レテ。まずはあなたの変化を徹底的に調べる。何より、そこから」
「ひ、ひぃぇ……」
「ね、ね、ソーマちゃん……あっ、あーしも……あーしもレテちゃんのこと……触っていい……? マジビジュ良いじゃん……」
「もみくちゃに、どうぞ」
「ひ、ひぃえーっ⁉︎」
髪の感触から羽の反射率、抱きしめた時の温度分布まで、容赦なく数値化してやる――そんな思いは、その握力からきっとレテにも伝わったに違いない。
当然、しばらくに渡って両人による「分析」が続いたことは、言うまでもなかった。




