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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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5/70

第5話 来年のシーズン全部を

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

「来年のシーズン全部、ロザリーに任せてやりたいんだ」


 エドワルドが言った。


 全部、という言葉がアシュリーの頭の中で響いた。


「ロザリーも婚約者候補として宮廷に慣れる必要があるし、台帳管理の仕事も少しずつ覚えていかないとね。アシュリーにはそのサポートを頼みたい。来年の春から段階的に」


「サポートを」とアシュリーは内心で繰り返した。


 自分の仕事を全部引き渡して、そのサポートをしろということだった。台帳の書き方を教えて、申請書の出し方を説明して、儀礼当日の段取りを横で補助する。それで来年一年を過ごすということだった。


「ロザリーも頑張ってるよ。ただ少し体が心配で。隣に経験のある人がいると安心するんじゃないかと思って」


 経験のある人。


 アシュリーは自分のことが、いつから「隣に置く人」になったのかを考えた。婚約者として隣に立つはずだった。でもいつの頃からか「隣に置いておくと安心できる人」になっていた。


「君は優しいから、大丈夫だろう?」


 エドワルドが言った。


 優しいから大丈夫。


 アシュリーは、その言葉が今夜で何回目かを数えなかった。数えることをやめた言葉がいくつかあって、それもその一つだった。優しいから大丈夫。頼りにしているから大丈夫。君ならできるから大丈夫。


 大丈夫という言葉を使うとき、エドワルドはアシュリーのことを確認しなかった。大丈夫かどうかを尋ねるのではなく、大丈夫だと断言する。それがこの四年間ずっとそうだった。


 アシュリーは台帳の全体像を頭の中で広げた。


 年間四十八件。春から冬まで、均等に散らばった儀礼と式典と接待の記録。それぞれに記名された人物がいて、相手国や相手家があって、当日の準備が必要な事項がある。アシュリーは四年かけてその全てを把握していた。どの国の使節が何に敏感で、どの席次に問題があって、どの料理が禁忌に触れるかを、台帳の補記として全て書き込んでいた。


 来年の台帳のことを考えた。


 四月の第三週に、隣国リヒタールからの使節が来る予定だった。その国の儀礼慣習には細かい注意が必要で、席次の組み方に特別な規定があった。主賓の左側には必ず同格の人物を置かなければならない。右側に下位の者を置くと侮辱と解釈される慣習がある。アシュリーは去年、書記局の記録にその補記を加えておいた。ロザリーがそれを把握できるとは、現実的に思えなかった。


 でも今は、そのことを言う気がなかった。


 言っても変わらないから、という言葉が出かかって、今夜だけは止まった。


 違う。今夜は、それとは違う何かがあった。


「……ありがとう。少し考えさせてください」


 アシュリーは言った。


 今夜初めて、「承知しました」ではない言葉を使った。エドワルドが少し眉を上げた。「考える?」という顔だった。いつもなら「わかりました」と返ってくるはずの場所に、別の言葉が来たから驚いていた。


「……うん、まあ。来週にでも話しましょう。よろしく頼むよ。アシュリーがいると本当に助かる」


 扉が閉まった。


 アシュリーは椅子から立ち上がった。


 暖炉の前に立った。炎が揺れていた。四年間、こうして炎を見ながら「仕方ない」と思い続けてきた。今夜も同じように立っている。でも今夜は、少しだけ何かが違った。


 来年の台帳全部を、ロザリーに渡す。


 その言葉が頭の中にある。渡すことは技術的には可能だった。書類の手続きをすれば、記名の移行はできる。でもそれは「アシュリーの名前が台帳から消える」ということでもあった。


 消える。


 アシュリーはその言葉を、もう一度頭の中で確認した。消える。台帳から、自分の名前が消える。


 四年間で、四十八件の年間予定表に何度自分の名前を書いたか。代替者欄に書いた数を全部足せば、百を超えるかもしれなかった。その一画一画が、ここに自分がいるという証拠のように思えていた。書けば、いる。書き続ければ、消えない。いつからか、そう思いながら書いていた。


 台帳が記録として残る限り、アシュリー・ヴェルヴェントという名前はそこにあり続ける。それだけを、細い糸のように握っていた気がした。その糸が、今夜、手のひらから抜けようとしていた。炎が小さく揺れた。抜けていくのを止める気が、なぜか起きなかった。名前がなくなることを、今夜初めて、静かに恐れていない自分に気づいていた。炎の色だけは変わらなかった。


 四年間、それを怖いと思っていた。台帳に名前がなくなれば、自分がここにいる理由も消えてしまう気がしていた。でも今夜、その言葉を頭に浮かべた時、初めて怖いとは思わなかった。


 ただ、静かだった。


 静かだった。暖炉の前に立って、炎を見て、静かだった。


 台帳に名前がなくなる。それが何を意味するのか、アシュリーはまだ考え始めたばかりだった。


 窓の外の庭は暗かった。四年前に初めてこの庭を見た夜のことを思い出した。緊張していた。期待していた。変わると思っていた。


 変わった。


 ただ、変わった方向が違った。台帳に名前があることと、婚約者であることと、大切にされることが、同じことだと思っていた。でも四年かけて、それが違うのかもしれないという考えが、少しずつ積み重なっていた。


 台帳に名前がある。でも大切にされているのか。


 アシュリーはその問いを、今夜初めてはっきりと言葉にした。言葉にしたことで、何かが動き始める気がした。

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