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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第46話 2人の会話(後半)

「……帰ってきてくれないか」


 エドワルドが言った。


 言葉は静かだった。声を荒げてはいなかった。しかし何かを押しているような重さがあった。アシュリーは答えずに聞いていた。続きを待った。次に来る言葉を、予感していた。


「お前がいなければ、儀礼が回らない」


 アシュリーは答えなかった。


 帰ってきてくれ、という言葉の次に来たのは仕事の話だった。その順番を、アシュリーは静かに聞いていた。順番に何かがあると思ったわけではなかった。ただ、順番が見えた。帰ってきてほしい、その理由が仕事だった。一ヶ月が経って、王都の儀礼が滞っている。それは事実だった。アシュリーがいなくなれば影響が出ることは分かっていた。分かった上で出てきた。だからこの言葉を聞いても、驚きはなかった。驚きがないことに、またアシュリーは気づいた。自分はもう、この人の言葉に揺れない場所に来ている。


 まだ仕事の話をしているのか、と思った。


 思ったことに気づいた瞬間、少しだけ自分が遠くなった気がした。驚きでも怒りでもなかった。ああ、やはりそうか、という気づきだった。それだけだった。


 窓の外に、昼の光が伸びていた。テーブルの食器がそれを受けていた。部屋の中は静かだった。


「私のことが嫌いになったのなら、それでいい」


 エドワルドが続けた。


「でも仕事として、戻ってきてくれないか。感情の話は抜きにして」


 感情の話は抜きにして、という言葉が部屋に残った。


 アシュリーは一呼吸置いた。何かを言わなければならないと思った。しかし急がなかった。言葉を整えた。整えるのに時間は要らなかった。ただ、言うべき形を確かめた。


「殿下は、今もそういう順番で話されるのですね」


 静かに言った。怒りではなかった。問いかけだった。責めているわけでもなかった。ただ、見えたことを言葉にした。


「……どういう意味だ」


 エドワルドが聞いた。表情が変わった。言葉の意味をすぐには受け取れなかったようだった。整っていた顔に、わずかに戸惑いが混じった。


「仕事の話が先で、その後に『嫌いでもいい』。私のことが、まだそういう場所にあるということです」


 アシュリーは言い終えた。声は低くなかった。高くもなかった。ただ、言葉をそのまま置いた。


 部屋が静かになった。


 エドワルドが口を開かなかった。開けなかったのだと思った。何かを言おうとして、止まった。その止まり方が、今まで見たことのないものだった。整った顔が崩れたわけではなかった。ただ、言葉が出なくなっていた。杯の近くに置いていた手が、動かなくなっていた。


 それは四年間だった。四年間、アシュリーはこの人の隣にいた。儀礼を整えた。書類を確認した。式典の段取りを組んだ。体調が悪い日も、眠れなかった夜の翌日も、理由があっても、日程を変えることはなかった。仕事があるから、という理由で動き続けた。その期間を通じて、エドワルドがアシュリーを何として見ていたか。今この瞬間の言葉の順番が、その答えだった。嫌いでもいいから仕事として。仕事が先で、感情は後回しか抜き。四年間、ずっとそうだった。


 気づいた顔だった。


 アシュリーはそう思った。今この人は、自分が四年間気づかなかったことに気づいている。その顔だった。責める気にはなれなかった。気づかなかったことは事実として、気づいた今があった。それでいいとは言えなかった。しかしそれ以上でも以下でもなかった。アシュリーにはもう、この人を責め続けるだけの熱がなかった。あったかもしれないものは、この一ヶ月でどこかへ行っていた。


 エドワルドという人は悪い人ではなかった。それはアシュリーにも分かっていた。誠実に王太子として生きようとしていた。義務を果たそうとしていた。ただ、その誠実さの中に、アシュリーという個人が入っていなかった。入っていないことに、当人も気づいていなかった。そういうことが、四年間続いた。気づかないまま続けられることの重さを、アシュリーは知っていた。だから責めなかった。しかし戻ることもできなかった。気づいた今から始めることは、アシュリーにはできなかった。アシュリーが始めたいのは別の場所にあった。


 エドワルドが口を開きかけた。しかし言葉が来なかった。しばらくそのままだった。部屋に光が差し込んでいた。二人の間に空気があった。何かを言うべき場面だったかもしれなかった。しかしアシュリーは何も言わなかった。言えないエドワルドを、急かすつもりもなかった。


「答えは明日にさせてください」


 アシュリーが先に言った。


 エドワルドが少し間を置いて、頷いた。声は出なかった。頷きだけだった。その頷きの中に、何かがあった。諦めか、受け入れか、判断はしなかった。ただ、頷きを見た。見て、それで十分だと思った。


 アシュリーは席を立った。礼をして、部屋を出た。廊下に出ると、北の空気があった。石の床が硬かった。歩きながら、足音を聞いていた。自分の足音が、地に着いていた。声に出さなかったことは、まだ胸の中にあった。しかし押さえているわけではなかった。ただそこにあった。


 シエルが廊下の端で待っていた。何も言わなかった。アシュリーも何も言わなかった。二人で部屋へ戻った。外から鳥の声がした。夕方が近いのかもしれなかった。窓から見える空は、まだ明るかった。


 その夜、アシュリーは一人で考えた。答えはすぐに出た。

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