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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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第47話 謝罪は受け取ります

 翌朝、空気は冷たかった。


 北の春はまだ遠い。窓の外に光はあったが、朝の光は薄く、輪郭が曖昧だった。アシュリーは早く目が覚めた。眠れなかったわけではなかった。眠りは来た。しかし夜明け前に目が開いた。そのまま起きていた。考えていたわけでもなかった。ただ、起きていた。答えはすでに出ていた。


 昨夜考えたことを振り返った。長い時間ではなかった。横になって天井を見ていた。天井の石の模様を、暗い中でも少し感じた。それだけだった。考えるべきことは一つだった。戻るか、戻らないか。それだけだった。戻らないという答えは、考える前からあった。考えることでその答えが変わるかどうかを確かめた。変わらなかった。変わらなかったから、それが答えだった。


 朝の支度をしながら、アシュリーはシエルに言った。


「殿下に、お時間をいただけますかと伝えていただけますか」


「はい」


 シエルはすぐに動いた。余計なことを聞かなかった。この侍女の立ち回りは、いつも過不足がなかった。


 少し待ってから、使える部屋があると伝えられた。昨日の昼食の部屋ではなく、もう少し小さい部屋だった。そちらの方がよかった。小さい部屋の方が、言葉が余らなかった。


 エドワルドはすでに室内にいた。アシュリーが入ると、立ち上がった。夜を越えた顔だった。眠れていないのかもしれなかった。目の周りの影が昨日より濃かった。しかしアシュリーはそれを指摘しなかった。座るよう促されて、席についた。


「昨日の続きをお伝えしに来ました」


 アシュリーは言った。


「謝罪は受け取ります。でも戻りません」


 短かった。それだけだった。


 エドワルドがアシュリーを見た。何かを言おうとした。止まった。それからまた言おうとした。


「……理由は聞けるか」


 声は低かった。問い詰める声ではなかった。ただ、聞いていた。聞く権利があるかどうか、その問いを抱えながら聞いている声だった。


「ここにいる、という選択をしたからです」


 アシュリーは言った。


 エドワルドへの否定ではなかった。王都への拒否でもなかった。ただ、自分がどこにいるかを言った。ここにいる。それだけが、今のアシュリーにとっての事実だった。ここで過ごした一ヶ月が、アシュリーの中に何かを作っていた。その何かは、まだ言葉にならなかった。しかし確かにあった。それを手放して王都へ戻ることは、今のアシュリーにはできなかった。


 城館の石の廊下を思った。北の風を思った。ロドリクが黙って書類を手渡す場面を思った。疲れたかと聞かれる前に、疲れていると言える場所を思った。それはまだここにあった。ここにいる間だけ、アシュリーはアシュリーでいられた。その感覚を手放したくなかった。


 エドワルドが黙った。


 長い沈黙だった。部屋の外で何かが動く音がした。朝の支度だろうと思った。城館は静かだったが、人は動いていた。エドワルドの手が膝の上に置かれていた。動かなかった。窓から光が入っていた。二人の間に、朝の光がゆっくりと伸びていた。


「……そうか」


 短い言葉だった。それだけだった。しかしその「そうか」には、何かが含まれていた。怒りではなかった。問い返しでもなかった。受け取った、という重さがあった。受け取ったことを、アシュリーは感じた。何かを言い返す力もないのかもしれなかった。あるいは、言い返す言葉を持っていないのかもしれなかった。どちらでも構わなかった。「そうか」と言えた、それで十分だった。


 エドワルドが立ち上がった。少し何かを探す動きをした後、懐から書類を取り出した。


「署名が必要になる」


 テーブルの上に置いた。


「……持っておいてくれ」


 書類だった。婚約解消に関わる書類だった。アシュリーはそれを見た。手に取った。紙の重さを感じた。紙そのものは軽かった。しかしそこに書かれているものの重さがあった。受け取った。


「最後に一つ」


 エドワルドが言った。声がわずかに変わった。用件を伝える声ではなくなった。


「4年間、本当に苦労をかけた」


 アシュリーは書類を手にしたまま、エドワルドを見た。その顔を見た。昨日よりも疲れていて、昨日よりも何かが剥がれていた。王太子の顔の下にある顔が、少し見えていた。その顔は、ただ疲れていた。


「……殿下も、大変でしたね」


 アシュリーは言った。


 怒りではなかった。皮肉でもなかった。ただの事実だった。エドワルドは大変だったと思う。義務を果たそうとして、周囲を見ながら、気づかないことを抱えたまま動き続けた。それは大変だったと思う。アシュリーに苦労をかけたことが大変だったという意味ではなかった。この人がこの人として生きてきたことが、大変だったと思った。そう思って、言った。


 エドワルドが少し口元を動かした。何かを言いかけて、止まった。頷いた。頷いて、頭を下げた。礼だった。それ以上は何もなかった。


 アシュリーも礼を返した。


 部屋を出た。廊下に出ると、北の空気があった。手の中に書類があった。紙の感触が、手のひらにあった。軽い紙だった。軽い紙に、重いことが書かれていた。それを受け取ったという事実だけが、今のアシュリーにあった。胸が痛いわけではなかった。しかし何もないわけでもなかった。何かがあったことは確かで、その何かが終わったことも確かだった。終わったことを、アシュリーはここで受け取った。


 廊下の先にシエルがいた。また何も言わなかった。アシュリーも何も言わなかった。一緒に歩いた。部屋への廊下は長かった。石の床を歩きながら、アシュリーは書類を手に持ったままでいた。


 エドワルド殿下が城館を出ていく馬車を、アシュリーは窓から見ていた。

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