第39話 書斎の扉の前で
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。
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廊下に窓がある。
城館の北側の廊下だった。外向きに大きく開いた窓で、庭の奥まで見渡せた。手入れの行き届いた庭ではなかった。辺境の城館らしい、実用的な庭だった。薬草が植えられていた一角は今は土だけになっていた。果樹の木が二本あった。どちらも葉を落としていた。しかし枝の形がよかった。冬の光の中で、その枝ぶりが空に広がっていた。葉がないから見える形だった。葉のある季節には気づかないかもしれなかった。
アシュリーはその窓の前に立っていた。
特に理由があってそこにいたわけではなかった。手紙を読んだ後、部屋の中にいることが息苦しくなったわけでもなかった。ただ、体が動いた。部屋から出て、廊下を歩いていた。城館の中を特にあてもなく歩くことが、ここに来てからの習慣になっていた。石造りの廊下を歩くのは心地よかった。足音が一定に響いた。考えていることが、歩くことで少し整理されることがあった。
この北側の廊下に来たのは、初めてだったかもしれなかった。
廊下を歩きながら、この窓の前を通りかかった。立ち止まった。果樹の枝の形が気になった。それだけだった。
その窓の向かい側に、書斎の扉があった。
気づいていなかったわけではなかった。廊下に入った時から扉は見えていた。ロドリクの書斎だということも知っていた。この城館に来てから、そこがロドリクの仕事場だと教わっていた。ただ、特に意識していなかった。窓の外の木に目が行っていた。書斎の扉が閉まっていることも、その奥でロドリクが仕事をしていることも、理解はしていた。ただ、そこにいる理由はなかった。窓の外の木が気になっただけだった。
どれくらいそこに立っていたのか、分からなかった。
書斎の扉が開いた。
ロドリクが出てきた。廊下に出て扉を閉めようとした手が止まった。アシュリーを見た。わずかに驚いた顔だった。この人が驚いた表情をするのは珍しかった。いつもは落ち着いていた。この廊下に人がいるとは思っていなかっただろう。
「こんなところに」
責めるような言葉ではなかった。ただ、事実として確認しているだけの声だった。
「すみません」とアシュリーは言った。「庭の木が気になっていて」
窓の方を向いた。果樹の枝は相変わらずそこにあった。
ロドリクは廊下に出て、同じ窓を見た。アシュリーの隣に来て、外を見た。
「ああ、この木ですか」
「枝の形がよくて」
「そうですね」とロドリクは言った。「秋に剪定したばかりですが」
少し間があった。ロドリクが言った。
「一緒に見に行きましょうか」
断る理由がなかった。行きましょうと、アシュリーは答えた。自分から誘うつもりはなかったが、誘われれば断う理由もなかった。
二人で廊下を歩いて、城館の側口から外に出た。冬の前の空気は冷たかった。しかし風はなかった。乾いていた。土の匂いがした。外に出た瞬間、体が少し縮んだ。ロドリクが扉を押さえた。アシュリーが先に出た。空が広かった。廊下から見える空より、外に出た方が空は広かった。当たり前のことだが、その当たり前が今は少し嬉しかった。
果樹の木に近づいた。二本並んでいた。一方は梨の木だった。もう一方は何の木か、アシュリーには分からなかった。近くで見ると、枝の剪定の跡が分かった。切り口が整っていた。丁寧な仕事だった。ロドリクが直接やったのか、庭師がやったのかは分からなかったが、この城館の仕事はどこも丁寧だった。細かいところまで手が入っていた。
二人は木のそばに立った。
ロドリクは何も言わなかった。アシュリーも何も言わなかった。木を見ていた。枝が空に広がっていた。葉のない枝だったが、形が美しかった。どこか均整が取れていた。その形だけで、この木が健やかに育っていることが分かった。剪定された枝が来年の春にどう芽吹くのか、今ここからは想像するしかなかったが、想像できた。形がそれを教えていた。
空は高かった。雲が少しあった。光は白く、温かくはなかったが、柔らかかった。
時間が過ぎた。どれくらい経ったのか、分からなかった。
「ここは静かですね」
アシュリーが言った。
「そうですね」
ロドリクが答えた。それだけだった。
沈黙が続いた。押しつけがましくない沈黙だった。冬の手前の庭に、二人で立っていた。遠くで鳥の声がした。枝の先に、風のないのに小さく揺れているものがあった。虫の繭かもしれなかった。
アシュリーはふと思った。
書斎の前の廊下だった。なぜあの廊下にいたのか、と。窓が気になったから、と答えた。それは本当だった。しかしあの廊下に来たのが最初だった。窓は後だった。最初から、あの廊下を選んで歩いていた。無意識だったが、それは確かだった。
城館にはほかにも廊下がある。東側の廊下は庭の別の部分が見える。西側の廊下は光がよく入る。どちらでもよかったはずだった。しかし北側の廊下に来ていた。
書斎の前にいたかったのだろうか。ロドリクが中にいると分かっていて、扉の向かいにいたかったのか。
自分でも分からなかった。答えを出す必要もなかった。ただ、ぼんやりとそのことに気づいた。
気づいても、どうという気持ちはなかった。恥ずかしいとも、驚くべきことだとも思わなかった。ここに立っていることが、今は自然に感じられた。隣に誰かがいる。何も話さなくてもいい。それがこんなにも静かで、温かかった。
翌朝、ロドリクが言った。
「王都から使者が来る予定があります」




