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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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38/70

第38話 手紙を読む

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

「やはり気になっています」


 シエルは朝の支度をしながら言った。控えめな言い方だった。しかし昨日も同じことを言っていた。二日続けて言うシエルは珍しかった。


「……何が気になっているの」


「お手紙のことです。昨日から机の上に置いたままでいらっしゃいますから」


 アシュリーは鏡の中の自分を見た。シエルが髪を整えていた。鏡の奥に部屋の様子が映っていた。机が見えた。その上の封書も見えた。


「読まなければいけないとは思っていない」


「はい」とシエルは言った。「ただ、気になっています」


 繰り返しだった。しかし押しつけではなかった。シエルは急かしているのではなかった。ただ、正直に言っているだけだった。気になっている、という言葉は本当だろうとアシュリーは思った。この侍女はアシュリーのことを心配している。それが言葉の裏にあった。


 アシュリーは鏡から目を離した。


「分かった。読む」


 シエルの手が一瞬止まった。そして何も言わずに続きを進めた。急かしたとも思われたくないのだろう。それでも気になっていると伝えたのは、黙って見ていられなかったからだろうと、アシュリーは思った。この侍女はアシュリーが思っているより、アシュリーのことを案じている。その気持ちに応えてやりたかった。読まなければならないというより、そういう気持ちがあった。


 支度が終わった。シエルが部屋を出た。一人になった。


 窓から光が差し込んでいた。今日は晴れていた。枝だけになった庭の木に光が当たっていた。その光の中でアシュリーは机の前に立った。封書を手に取った。昨日より軽く感じた。あるいは昨日は実際の重さより重く感じていたのかもしれなかった。封蝋に指をかけた。蝋が割れた。小さな音がした。


 中に紙が三枚あった。広げた。


 文字は整っていた。筆跡には見覚えがあった。四年間、この手で書かれた文書を何度も見てきた。正式な命令書も、私的な連絡も、すべてこの筆跡だった。見知った字だった。知っている字なのに、どこか他人のものを読むような感覚があった。内容を読み始めた。


 台帳の件は、国王陛下より叱責を受けた。自分の行いが軽率だったと認識している。そう書いてあった。


 ロザリーのことも考えすぎていた。従妹が望むことを優先することが良いことだと思い込んでいた。しかしその度を越えていた。ヴェルヴェント家への配慮が足りなかった。そう書いてあった。


 最後の段落に、戻ってきてほしいと書いてあった。誠意をもって謝りたいとも書いてあった。直接言葉にしたいから、機会をもらえないかと書いてあった。


 アシュリーは三枚を読み終えた。机の上に紙を戻した。


 怒りがなかった。


 驚いた。怒りが来ると思っていた。読んだ瞬間に何かが噴き出すと思っていた。あるいは悲しみかもしれないと思っていた。しかしどちらもなかった。胸の中は静かだった。


 謝ってほしかったわけではなかった、と気づいた。謝罪の言葉を待っていたわけではなかった。叱責を受けたという報告も、自分に関係する話として受け取れなかった。読んでいる間ずっと、どこか遠い場所の出来事を読んでいる感覚があった。


 整理すると、こういうことだった。エドワルドは謝りたいと言っている。戻ってきてほしいと言っている。しかし自分はもう、あの場所に戻ることを考えていない。謝られたいとも思っていない。怒っていないから、謝罪を求めていない。ただ、もう関係のない人の話だ、という感覚だけが残っていた。


 それは冷たさではなかった。憎しみを乗り越えた先でもなかった。もっと静かなものだった。ただ、遠くなった、ということだった。


 四年間があって、それが終わった。終わる前にどんなことがあったか、アシュリーには分かっている。その記憶が消えたわけではない。しかし怒りがない。怒りが来なかった。それが不思議だった。しばらく自分の胸の中を確かめた。波一つなかった。怒りの代わりに何があるのかと探した。何もなかった。あるいは、ただの静けさだった。それで十分だった。何かを感じなければならないわけではなかった。この静けさが答えだった。


 しばらくそのまま机の前に立っていた。紙を手に持ったままだった。手が動かなかった。何かを考えているわけではなかった。ただ、少し時間が必要だった。


 窓の外で光が変わった。雲が少し動いたのかもしれなかった。庭の木の枝の影が、床の上でかすかに揺れた。


 扉がノックされた。


「どうでしたか」


 シエルの声だった。扉越しだった。中に入らずに聞いていた。それもシエルらしかった。この侍女は待てる人だった。


「読みました」とアシュリーは答えた。「大丈夫です」


 少し間があった。


「……そうですか」


 扉の向こうでシエルが何かを確かめるような間があった。本当に大丈夫なのかと、もう一度確かめたかったのかもしれなかった。しかし重ねて聞いてこなかった。大丈夫だと言った言葉を、そのまま受け取ってくれた。それでよかった。


 シエルの足音が遠ざかった。


 アシュリーは三枚の紙を折り畳んだ。封書の中に戻した。机の引き出しを開けた。一番下の引き出しに入れた。閉めた。引き出しの前面を指で一度触れた。それでおしまいだった。


 返事は書かなかった。書く必要がなかった。伝えることが何もなかった。謝罪を受け入れる言葉も、断る言葉も、どちらも出てこなかった。書くべき言葉が一つも見つからなかった。それが答えだった。


 ——その日の夕方、ロドリクが書斎から出てきた時、アシュリーはそこにいた。

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