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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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35/70

第35話 辺境の小さな行事

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

 城館の廊下に、折り畳まれた羊皮紙が広がっていた。


 オルバーが廊下の壁際にある台の上にそれを広げていた。何枚もあった。図面のようなものと、名前の一覧が書かれた紙が混ざっていた。家令のオルバーは実直な人間だった。この城館に長く仕えている。細かいことを几帳面に仕切る人だとアシュリーは見ていた。その人が、眉間に皺を寄せていた。指で何かをなぞっては止まり、また別の紙に目を移していた。行き詰まっている様子だった。台に近い窓から冬の手前の光が差し込んでいた。光の中で羊皮紙の文字が読みにくくなっていた。それもオルバーの苦労の一端かもしれなかった。


 収穫祭の準備だった。


 ノルディアの収穫祭は城館主催の行事だった。近隣の村の名士や商家、小領主の代理などが集まる。大きくはないが、辺境における顔合わせの場でもあると城館の誰かが言っていた。規模は宮廷の宴とは比べるべくもないが、この土地では重要な場だった。


 アシュリーは廊下を通りかかっただけだった。図書室から戻る途中だった。足を止めるつもりはなかった。ただ、広げられた紙の一枚に目が止まった。


 席次の一覧だった。


 宴席の図が書かれていた。上座から末席に向かって、名前が並んでいた。アシュリーは足を止めた。一枚の紙を目で追った。


 おかしい、と思った。


 隣村の名士の名前があった。ノルディアと隣接する村の、地主格の家だった。その名前が、中段より下に置かれていた。領地の規模からすれば、あの家は中段より上が妥当なはずだった。しかもその隣に配置されているのが、隣村とは別方向の商家の名前だった。格としては同じくらいだが、この収穫祭という場での関係性を考えると、その二者を隣席にするのは摩擦を生む可能性があった。もともと両者の間に小さな争いがあると、庭師との会話の端で聞いたことがあった。直接の話ではなかったが、聞いていた。


 言うべきか、とアシュリーは思った。


 少し迷った。頼まれたわけではなかった。準備の責任者はオルバーだった。外から口を出すのは余計なことかもしれなかった。オルバーはこの城館のことをアシュリーよりはるかに長く知っている。地元の人間関係も、各家の格付けも、アシュリーより詳しいはずだった。ただ今の様子を見ると、何かに詰まっていた。もしかすると、このあたりの事情が抜け落ちているだけかもしれなかった。


 しかし、実害が出る。


 それが判断を決めた。席次の問題は小さく見えて、実際には宴席の空気全体に響く。あの名士が自分の席を見た瞬間に何かを感じれば、その後の話が滑らかにいかなくなる。辺境の行事は宮廷の宴より人数が少ない分、一人の反応が場に広がりやすい。


「オルバー様」


 アシュリーは声をかけた。


 オルバーは顔を上げた。驚いた様子だった。廊下でお嬢様方に声をかけられるとは思っていなかったのだろう。


「こちらの席次なのですが」


 アシュリーは一覧の紙を指した。


「ベルノ村のグレイ家の席が、この位置になっていますね。あの家は今年、収穫量が増えてノルディアへの供出も増やしています。格としては中段上が相応ではないかと思うのですが」


 言葉は短くまとめた。指摘ではなく、確認するような口調にした。こちらが正しいのではなく、こういう見方もある、という形にした。


 オルバーは紙に目を落とした。それから別の書類を手に取った。供出の記録らしかった。しばらく見ていた。それから顔を上げた。


「……おっしゃる通りです。私の手違いでした」


 表情が変わっていた。困り顔から、引き締まった顔になっていた。


「修正します。グレイ家を中段上に。そうすると隣の配置も変わりますね」


「商家の方をもう少し末側にずらすと、かえって収まりがよくなると思います」


「なるほど」


 オルバーは羊皮紙を取り直して、素早く書き込み始めた。身のこなしが変わった。行き詰まっていた時とは違う動きだった。


「助かりました。気づかなかったら、当日に揉めていたかもしれません」


 オルバーの声は率直だった。お世辞ではなかった。本当にそう思っているから言っている声だった。


 アシュリーは頷いて、廊下をあとにした。オルバーはもう紙に向き直っていた。羽根ペンを動かす音が背後に聞こえた。素早い音だった。行き詰まっていた時とは音の質が違った。


 歩きながら、胸の中を確かめた。


 ここ数年、何かを指摘する時はいつも先に緊張があった。言っていいか、余計なことではないか、受け取ってもらえるかどうか。言った後は評価が返ってくるのを待った。どう受け取られたかで、言ったことの価値が決まった。


 今はそれがなかった。


 実害が出ると思ったから言った。それだけだった。言った後に不安が来なかった。気づいたことを伝えた、という感覚だけがあった。義務から動いた時の感触とは違った。何かが違った。その違いが何なのか、まだうまく言葉にならなかった。


 役立てなければならない、という焦りがなかった。ただ、気づいたことがあって、それが放っておけなかった。それだけだった。そういう動き方があることを、アシュリーはこの時にはじめて、確かな感触として知った。


 その夜、ロドリクがアシュリーに言った。


「オルバーが感謝していました。席次を直してもらったと」


「たまたま気づいただけです」


「気づいた上で言った、ということですよ」


 それだけだった。ロドリクはそれ以上を言わなかった。アシュリーも何も答えなかった。ただ、その短い言葉を胸の中に置いた。


 それから、アシュリーは城館の行事をときどき覗くようになった。

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― 新着の感想 ―
1話前で手紙が届いたのに全く触れていないのは話がとんでいるんでしょうか
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