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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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32/70

第32話 聴講者の目

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

 会議室は思ったより広かった。


 長いテーブルがあった。椅子が並んでいた。窓が一方の壁にあって、曇り空の光が差していた。テーブルの上に書類が置かれていた。各席にそれぞれ配られていた。アシュリーは端の椅子に案内された。端というのはテーブルではなく、壁際に置かれた一脚の椅子だった。見るだけ、という位置だった。テーブルから少し離れていた。参加者でも傍観者でもない、という場所だった。


 担当者が六人いた。農地を管理する者、蔵を管理する者、村との連絡役、記録係、それから二人は名前を聞き逃した。皆、着慣れた仕事着だった。書類の持ち方が手馴れていた。定例の会議なのだと分かった。特別なことではなく、毎年繰り返されてきた会議の、今年の一回なのだと思った。ロドリクは上座に座った。姿勢がいつもと変わらなかった。会議の席でも余分なものがなかった。


 最初の議題は収穫量の調整だった。


 今年の麦が例年より多く取れたという話だった。余剰分をどこに振り向けるかについて、各担当者が数字を出した。アシュリーはそれを聞きながら、数字の内訳を頭の中で確かめていた。聞くだけでいいと言われていた。何かを言う必要はなかった。ただ耳を傾けた。数字が積み上がっていくのを、頭の中で追った。宮廷の会議とは雰囲気が違った。声の調子が穏やかだった。誰かを出し抜こうとする動きがなかった。ただ淡々と、今年の事実を共有していた。


 次の議題は冬の備蓄だった。


 薪の量、保存食の量、家畜の冬越しに必要な飼料。細かい数字が出た。担当者の一人が手元の書類を何度も見た。暗記していない者と暗記している者がいた。書類を見ずに数字を言える者は、その仕事を長くやっている人間だと分かった。ロドリクは書類を手に持ったまま、静かに聞いていた。口を挟まなかった。担当者が話し終えると、短く頷いた。それだけで話が進んだ。承認の仕方が無駄なく、静かだった。


 三番目の議題に入ったとき、アシュリーは気づいた。


 来年の収穫祭の準備日程についての話だった。担当者の一人が日取りを読み上げた。八月の第二週を中心に、前月から準備を始めるという計画だった。その内容を聞きながら、少し前に出た話と重なる部分があった。


 冬の備蓄の調整の中で、隣村との協力について話されていた。隣村の収穫量が今年は少なかったため、来年の夏までに支援物資の手配が必要だという話だった。連絡役が隣村との窓口をするという話だった。その手配の期日が、収穫祭の準備と重なっていた。同じ人間が同じ時期に、二つの大きな仕事を抱えることになる計算だった。


 担当者たちは気づいていないようだった。


 二つの議題は別々に話されていた。誰もそれを並べて見ていなかった。記録係は書いているだけだった。各担当者は自分の担当部分を話すことに集中していた。それぞれの仕事は丁寧にやっている。しかし全体を横から見ている者がいなかった。縦に深い代わりに、横に薄かった。全体を俯瞰する役割は、本来ロドリクか、あるいは議事をまとめる立場の誰かにあった。


 アシュリーは口を開こうとして、止めた。


 見るだけ、と言われていた。聴講者として来た。手伝いではない。言わなくていい。いや、言ってはいけない。今日は聴くだけだ。そう思った。ロドリクはそのための場所を用意してくれた。壁際の椅子はそういう意味の椅子だった。


 しかし気づいている。


 放置すれば、来年の夏に二つの作業が重なって、連絡役が動けなくなる。それは小さい問題ではなかった。収穫祭の準備が滞るか、隣村への支援が遅れるか、どちらかになる。あるいは両方が中途半端になる。今ここで指摘すれば、対応できる。来年になってからでは遅い場合もある。気づいて黙っている、という状態が居心地が悪かった。しかし約束は約束だった。言わないことを選んだ。


 会議は進んだ。


 アシュリーは黙っていた。膝の上で手を組んだ。指先が少し緊張した。気づいているのに言えない状況は、宮廷でも何度かあった。しかしあの頃は別の理由だった。立場の問題、力関係の問題。言えば損をする場面、言えば誰かを傷つける場面。そういう理由だった。今は違った。ただ、見るだけ、という約束があるだけだった。その約束を守ることが、今日の自分の役割だった。


 会議が終わった。


 担当者たちが立ち上がり、書類を集め、部屋を出た。各自の仕事に戻る動きだった。早い者は扉を出る前に次の段取りを考えているようだった。会議室に残ったのはロドリクとアシュリーだけになった。


 ロドリクは席を立ちながら、端の椅子を見た。急いでいる様子はなかった。ただこちらを見た。


「何か気づきましたか」


 声は静かだった。試すような調子ではなかった。問い詰める感じでもなかった。ただ聞いていた。聴講者だから何かあったかもしれない、という前提が声に入っていた。気づかなかったとしても、それはそれでよかった、という余裕も入っていた。


 アシュリーは少し間を置いた。


 言うべきか、という迷いが一瞬あった。しかし今は会議の外だった。見るだけ、という約束は会議の間の話だった。終わった今は、聞かれたことに答えてよかった。聴講者として来て、一つ気づいたことがあった。それを伝えることは、約束に反しない。そう判断した。


「一つ、あったかもしれません」


 声が少し小さかった。それでも出た。


 ロドリクが『教えてもらえますか』と言った。

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