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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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31/70

第31話 また手伝いを申し出た

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

 朝食の席は静かだった。


 窓の外が白く霞んでいた。霧が出ているのかもしれなかった。遠くの木立がぼんやりしていた。食堂の中は暖かかった。パンの匂いがした。焼きたてだった。アシュリーはスープを飲んでいた。ロドリクは向かいに座っていた。右手の傍らに書類の束が置いてあった。食事の最中も、それが目に入っていた。


 薄い紙が重なっていた。端が揃えられていた。文字が細かく書かれているのが、離れた場所からも分かった。何かの記録だろうと思った。数字が含まれているように見えた。表紙らしいものはなかった。会議のために用意されたものだと分かった。


 ロドリクは黙って食べていた。


 食事中に書類を気にする様子はなかった。しかし食べ終えれば手を伸ばすだろうと分かった。こなすべきことがある人間の動き方だった。アシュリーは長く宮廷にいたから、そういう人間を見慣れていた。自分もそうだった。食事の時間でも、次にすることを考えていた。次の会合、次の書類、次の人間関係。頭の中が常に動いていた。それが働くということだと信じていた。


 ロドリクがカップを置いた。


「今日は領地の会議があるので、午前中は席を外します」


 それだけ言った。説明ではなく、知らせるための言葉だった。


 アシュリーはパンを持ったまま、その言葉を聞いた。カップをテーブルに置く音が静かに消えた。


 領地の会議。書類の束。担当者がいるはずだった。記録を整理する人間も必要だろう。議事をまとめる作業も出てくる。そういう場で自分が何をできるかを、反射的に考えていた。書記の整理なら手を貸せる。資料の確認なら目を通せる。いくらでもできることはある。どこにいても、自分は手の動かしどころを探していた。それが当たり前のことだった。


 言おうとして、少し止まった。


 また、と思った。また同じことをしようとしている。求められていないのに、役立てることを探している。その癖に気づいていた。昨日も一昨日も、何かをしようとして途中で気づいた。気づくだけで止まれていなかった。止められなかった。癖というものはそういうものなのかもしれなかった。分かっていても体が動く。


「……私、書記の整理を手伝えます」


 口から出た。


 止めようとしたのに出た。自分でも驚いた。ロドリクは書類に手を伸ばしかけていたが、その動きが止まった。顔をこちらに向けた。怒った表情ではなかった。咎める目でもなかった。少し間があった。ただ純粋に、なぜと聞いていた。


「……なぜ」


 短い問いだった。責める言葉ではなかった。理由を知りたいという問いだった。


 アシュリーは少し黙った。


 なぜ、と言われると答えが出てこなかった。役立たなければならないから、というのが正直なところだった。しかしそれを言うのは恥ずかしかった。自分でも分かっていたからこそ、恥ずかしかった。宮廷で四年間動いてきた。その四年間の動き方が、身についているのだとも思った。四年よりも前からかもしれなかった。気づいたときには、そういう人間になっていた。


「役立たなければ、という癖が抜けないみたいで」


 言ってから、少し驚いた。


 そんなことを口にしたのは初めてだった。宮廷では言えなかった。ヴェルヴェント家でも言えなかった。自分の内側にあるものを人に説明する習慣が、元々なかった。しかし今言った。言葉が出た。静かな食堂だったから出たのかもしれなかった。ロドリクが怒らない人間だと分かっていたから出たのかもしれなかった。あるいは、少しずつここに慣れてきているからかもしれなかった。


 ロドリクは少し考えるように間を置いた。それからゆっくり言った。


「では、今日は聴講者として会議に来てみますか。手伝いではなく、見るだけです」


 アシュリーは顔を上げた。


 手伝いではなく、見るだけ。その言葉が少し意外だった。断られるとも思っていなかったが、条件をつけられるとも思っていなかった。ただ、見るだけ、という言葉が耳に残った。何もしなくていい。それは今の自分に向けられた言葉だと思った。ロドリクは分かっていて言っている。そういう気がした。


「……分かりました」


 ロドリクは頷いて、書類を手に立ち上がった。食堂を出る前に振り返ることはなかった。余分なことを言わない人間だった。促しも、励ましも、説明もなかった。ただ場所を与えて、去った。それでよかった。それがこの城館の在り方だった。


 シエルが片付けをしながら近づいてきた。


「また言ったんですか」


 笑い交じりの声だった。責めているのではなかった。ただ、見ていた人間の言い方だった。


「……癖だと、自分で言った」


「それは進歩です」


 シエルはそう言って、スープの皿を下げた。


 進歩かどうか、アシュリーには分からなかった。ただ言葉が出たことは確かだった。自分の癖を口にしたことは、今まであまりなかった。あることを知っていても、人に言うことはなかった。言う必要がなかったし、言う場所もなかった。口にすることで弱さを見せるような気がしていた。しかし今言った言葉は、弱さとは少し違う気がした。ただ事実を言っただけだった。それがどういうことかは、まだよく分からなかった。


 午前の会議室へ向かう前に、窓の外を見た。霧はまだ少し残っていた。木立の形がぼんやりしていた。足音を聞きながら廊下を進んだ。会議室の扉が見えた。中から人の声がした。


 会議は予想外に面白かった。

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