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『また従妹に譲ってくれ』が四十八回目だったので、儀礼台帳を白紙に戻しました  作者: ヲワ・おわり


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27/70

第27話 辺境の入り口

全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。

少しでも続きが気になりましたら、評価・ブックマークで応援していただけると励みになります。

 石柱が夕暮れの光の中に立っていた。


 二本あった。古い石だった。表面に苔が生えていた。上部に何かが彫ってあった。文字ではなく、模様のようだった。ノルディアの紋章の原形になったものだと、後で知ることになる。石の根元に低い草が茂っていた。誰かが最近刈ったのか、乱れていなかった。管理されている石柱だった。大切にされていることが、その状態から分かった。馬車はその間を通り抜けた。


 あれがノルディア領の境界だった。


 通り過ぎた後、何かが変わった気がした。空気の冷たさが少し増したかもしれなかった。あるいはそれは気のせいで、境界を越えたという意識が感覚を変えていただけかもしれなかった。いずれにしても、アシュリーは窓の外を見ながら、石柱が遠ざかるのを確認した。木々が続いていた。道の両側に背の高い木が並んでいた。夕暮れの光がその隙間から差し込んでいた。細い光の帯が、道の上に斜めに伸びていた。


 しばらく走ると、小さな集落が見えてきた。


 道の脇に家が並んでいた。石造りの家だった。王都の建物より低かった。窓が小さかった。寒さに対応した作りだとすぐに分かった。夕刻で、家々に火の光が見えた。扉の前に出ている者がいた。老人だった。馬車を見た。ロドリクの家紋が馬車の側面についていた。老人は頭を下げた。深く下げた。


 ロドリクが馬車の窓を開けた。


 外に顔を出した。老人の方を向いた。短く言葉を返した。言葉の意味はアシュリーには聞こえなかった。しかしロドリクの顔が変わっていた。


 目が細くなっていた。


 頬の硬さが消えていた。王都での顔ではなかった。宮廷での会合で見たロドリクの表情ではなかった。馬車の中で書類を見ているときの顔でもなかった。それとは違う何かが出ていた。もっと奥にある、素のようなものが表に来ていた。


 集落を抜けると、また道が続いた。ロドリクは窓を閉めた。顔が元に戻っていくのが分かった。完全には戻らなかった。わずかに、何かが残っていた。口元の緊張が、少し少なかった。目の奥の硬さが、少し和らいでいた。気づかなければ分からない程度の変化だった。しかしアシュリーは気づいた。


「領地では違うんですね」


 アシュリーは言った。


 ロドリクは少し間を置いた。


「……帰ってきた、という気持ちはあります」


 短かった。それだけだった。説明ではなかった。感情を語るのに慣れていない人間の言い方だった。しかし確かに言った。帰ってきた。


 アシュリーはその言葉を聞いた。


 帰ってきた。


 言葉が頭の中に残った。消えなかった。繰り返すわけではなかったが、そこに留まり続けた。


 自分にはそういう場所があるのか。


 ヴェルヴェント家の屋敷はあった。生まれた家だった。しかし「帰ってきた」という感触があったかどうか、思い出せなかった。宮廷での四年間、家に戻るたびに安堵はあった。しかしそれは疲労からの解放であって、帰った、という感触とは違った気がした。帰る、という言葉には、そこが自分の場所だという確かさが必要だった。アシュリーがその確かさを感じたことがあったかどうか、正直なところ、今すぐには答えられなかった。


 宮廷はそうではなかった。働く場所だった。気を抜けない場所だった。台帳を携えて行く場所だった。立っているだけで力を使う場所だった。そこに「帰ってきた」という言葉は、当てはまらなかった。ヴェルヴェント家も、少し違った。生まれ育った場所ではあったが、自分が作った場所ではなかった。自分が選んだ場所ではなかった。あそこにいる間も、アシュリーはどこかでずっと緊張していた気がした。


 馬車が揺れた。道が少し悪くなった。森が深くなっていた。木の間から空が見えた。星が出始めていた。夕暮れの橙が消えて、空が暗くなっていた。冷気が窓の隙間から入ってきた。アシュリーは外套を少し引き上げた。後ろの馬車でシエルが何か言っている声が、風に乗って届いた。言葉の内容は分からなかったが、楽しそうな声だった。


 道の脇で、また人が頭を下げた。


 今度は若い男だった。馬に乗っていた。ロドリクに気づいて馬を止め、深く頭を下げた。ロドリクが短く応じた。男は顔を上げて、今度は何か言った。ロドリクも何か返した。やりとりが短くあって、男は馬を進めた。


 アシュリーはそれを見ていた。


 ロドリクが誰かに迎えられることを、自分が見ている。それが少し新鮮だった。王都では、ロドリクは来客だった。会合に来る、ということは、そこが自分の場所ではないということだった。しかしここでは違った。ここではロドリクが主だった。人々が彼を知っていた。彼が来ることを知っていた。彼が帰ってきたことを喜んでいた。


 自分にも、そういう場所ができるかもしれない。


 考えたのではなかった。気づいたら、そう思っていた。まだ確かなものではなかった。確かめる前に言葉にするには早すぎた。しかし微かにそこにあった。消えなかった。四年間、どこかに持ち続けていた問いへの、初めての手応えのようなものだった。あるかもしれない。少なくとも、なくはないかもしれない。それだけで、今は十分だった。


 ロドリクは窓の外を見ていた。何を考えているのか、分からなかった。しかし帰ってきた、と言った男だった。この領地を自分の場所と知っている男だった。その隣に自分が今いる。それがどういうことなのか、まだ言葉にはならなかった。しかし何かが、少しずつ形になっていく気がした。それが何かは、もう少し先にならないと分からなかった。


 木々の間に光が見えた。


 城館が見えてきた。

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