第24話 4年間動けなかった理由
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。
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「四年間、なぜ言わなかったかを、もう少し話してもいいですか」
アシュリーは少し間を置いた。
「どうぞ」
短く答えた。ロドリクは書類を膝の上に置いた。窓の外に視線をやった。景色を見ているようでもなく、何かを考えているようでもなかった。言葉を選んでいるような間だった。
「まず、婚約者のいる女性に声をかけることは、私にはできませんでした」
静かな声だった。言い訳をするような口調ではなかった。ただ説明していた。
「それは理解できます」
アシュリーは答えた。
「次に」とロドリクは続けた。「私は北方の侯爵です。王都の政治に関与しない立場を取ってきました。あなたは宮廷の儀礼を管理する立場にあった。声をかけることが、政治的な意図と取られる可能性があった。そのことも、動けなかった理由の一つでした」
アシュリーはそれも理解できた。北方辺境侯は王都との距離を保つ。それが慣例だった。宮廷の儀礼官と近しく見えることが、どんな憶測を呼ぶか。ロドリクはそれを計算していたのだろう。計算という言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、そうではなかった。それは配慮だった。北方の立場を守ることは、北方の民を守ることと繋がっていた。個人の感情より、立場が先に来る。それはアシュリーにも分かる話だった。
ロドリクは少し間を置いた。
「でも」とロドリクは言った。
少し間があった。
「一番の理由は、そのどちらでもありませんでした」
アシュリーは何も言わなかった。続きを待った。
「あなたはいつも、一人で完結していた」
ロドリクはそう言った。
「どんな仕事も、自分で引き受けて、自分で片付けていた。誰かの手を借りた様子がなかった。誰かに頼ろうとしている気配がなかった。台帳の精度がそれを物語っていた。一人の人間が作り上げたとは思えない完成度だった。それを毎年確認しながら、声をかけられなかった」
ロドリクはそこで一度言葉を止めた。馬車が揺れた。道が少し荒れていた。揺れが収まった。ロドリクは続けた。
アシュリーは窓の外を見た。木立が続いていた。緑が濃くなっていた。王都を離れると、空気の色が変わった気がした。
「あなたが誰かの評価を必要としていないように見えたことです」とロドリクは言った。「声をかけることで、その均衡を壊してしまうかもしれないと思った。余計なことをするかもしれないと思った。あなたがすでに持っているものに、余分なものを加えてしまうかもしれないと思った」
完結していた。
その言葉が、頭の中に留まった。一人で完結していたと言われた。それは褒め言葉のようだった。しかし同時に、何かが違う気がした。
完結していたのか。
アシュリーは自分の四年間を振り返った。台帳を整えた。儀礼の手順を守った。誰も指摘できないほど正確にやった。しかしそれは、完結していたということなのか。それとも、完結しているように見せていただけなのか。誰にも頼れないから、一人でやるしかなかっただけではないのか。頼ることを許されない場所にいたから、頼らない形を作り上げただけではないのか。
外の景色を見ていた。見ながら、頭の奥で何かが動いていた。言葉にならないものだった。しかし確かに動いていた。
「……それは勘違いです」
言葉が出た。
自分でも驚いた。口から出るとは思っていなかった言葉だった。考えてから言ったのではなかった。口が先に動いた。
ロドリクが顔を上げた。アシュリーの方を見た。
「一人で完結していたのではありません」とアシュリーは言った。声が平坦だった。感情が乗っているかどうか、自分でも分からなかった。「一人でやるしかなかっただけです。均衡しているように見えたなら、それは表面だけです。内側は、そうではありませんでした」
ロドリクは黙っていた。
「なぜ私がこんなことを言っているのか、自分でも分かりません」
アシュリーは付け加えた。言い訳のつもりではなかった。ただ事実だった。こんなことを言うつもりはなかった。言う準備をしていなかった。それがいつの間にか言葉になっていた。自分の口から出たとは信じがたい言葉だった。しかし確かに出た。取り消しはできなかった。
「そうでしたか」
ロドリクが言った。短かった。否定しなかった。怒らなかった。責めなかった。ただそうでしたか、と言った。受け取った、とでも言うような、静かな返事だった。それだけだった。それ以上の言葉が来なかった。どういう意味か、と問い返さなかった。具体的に説明しろ、とも言わなかった。ただ、受け取った。
アシュリーは窓の方を向いた。
外套の袖の端を、指先でわずかに触れた。何か所作が必要だった。何かに触れていないと、先ほどの言葉が宙に浮いてしまう気がした。
木立が続いていた。道が緩やかに曲がっていた。馬車は揺れていた。規則的な揺れだった。空がまた広くなっていた。王都からどれだけ離れたか、正確には分からなかった。しかし空の広さで分かった。王都は建物が多かった。空が狭かった。ここは違った。
ロドリクは書類を再び手に取らなかった。しばらく、二人ともが黙っていた。しかし先ほどまでとは違う沈黙だった。何かを置いた後の空気だった。重くはなかった。重さとは違う何かが、そこにあった。言葉にするとすれば、少し開いた、というような感触だった。
それ以降、馬車の中の空気が少し変わった。沈黙ではなく、短い言葉が増えた。




