第18話 3日間待っていました
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。
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応接室の扉が開いた。
最初に目に入ったのは、背の高さだった。次に、静かさだった。ロドリク・ノルディアは部屋に入ってきても、余分な動きをしなかった。視線が落ち着いていた。室内を確認するように一度だけ見回して、それからアシュリーに目を向けた。
二十代の後半か、三十代に差し掛かったところに見えた。日に焼けた肌と、短く整えられた黒髪。辺境の人間らしく、装いは質素だった。しかし、型はきちんと整えられていた。礼服ではなく、品のある普段着という印象だった。華美なものは何もなかったが、それが似合っていた。
アシュリーは立ち上がって迎えた。
「ヴェルヴェント家のアシュリーと申します。本日はお越しいただきありがとうございます」
「ロドリク・ノルディアです。お時間をいただき、感謝します」
声が低く、落ち着いていた。挨拶は短かった。無愛想ではなかったが、言葉を飾らない人間だと分かった。社交的な当たり障りのない台詞を並べる気がないことも、初めの一言で伝わった。
二人は向かい合って座った。シエルが茶を持ってきた。ロドリクが礼を言った。その礼の言い方も、簡潔だった。シエルが部屋の端に下がった。
少しの間、沈黙があった。
アシュリーは沈黙に慣れている方だった。しかしこの沈黙は少し違った。ロドリクが何かを整えているような、言葉を選んでいるような、そういう間だと感じた。急いでいる人間の沈黙ではなかった。伝えることを決めていて、ただ言葉の順番を整えている、そういう静けさだった。
窓から光が入っていた。春の午後の、柔らかい光だった。応接室は父が客を迎える部屋で、調度は控えめだったが品があった。初めて会う人間と向き合うにはちょうどよい部屋だった。
ロドリクは背筋を伸ばして座っていた。緊張している様子はなかったが、くつろいでもいなかった。来るべき理由があって来た人間の、静かな構えだった。
アシュリーは待った。
「……三日間、待っていました」
ロドリクが口を開いた。
アシュリーは少し首をかしげた。三日間。
「書記局から台帳の緊急通知が届いたのが、三日前でした」
ロドリクが続けた。声は静かで、早くも遅くもなかった。
「記名権者の変更が生じた場合、関連する台帳記載者に通知が届く規程があります。私のところにも来ました。ヴェルヴェント家の台帳が、白紙になったという内容でした」
アシュリーは何も言わなかった。
「その通知が届いた時から、ここに来る機会を待っていました」
三日前。それは台帳を白紙に戻した日と一致していた。アシュリーが書記局に申請して、記名が消えた夜と同じ日に、ロドリクのところにも通知が届いていた。そしてロドリクはその日から、ここに来ることを考えていた。
三日間。
何かを言いかけたが、言葉が決まらなかった。アシュリーがこれほど言葉に迷うことは、あまりなかった。
「……なぜ、ノルディア侯爵様が」
言葉を出してから、問いが粗いと感じた。なぜとは何だ。その後に続く言葉がない。しかしロドリクは気にした様子がなかった。
「それをお伝えしたくて参りました」
静かに言った。逃げた言い方ではなかった。「これからそれを話す」という意味だった。答えを先送りにしているのではなく、今からその話をする、という意思表示だった。
アシュリーはロドリクを見た。目が合った。視線が逸れなかった。誠実な人間の目をしていた、とアシュリーは思った。何かを誇示するでもなく、何かを隠すでもなく、ただ伝えようとしている目だった。傷ついた人間を前にした時の、過剰な同情の色もなかった。同情も憐みも、今のアシュリーには余分だった。
父が「信頼できる人物だ」と言った。シエルが何かを知っていて、言いかけて止まった。台帳には几帳面な記録が何年分も並んでいた。
断片が、少しずつ並び始めていた。まだ何も分からなかった。けれど、何かがあることは分かった。そしてそれが、悪いものではない可能性が、少しずつ感じられていた。
三日前に通知が届いた。その時から来る機会を待っていた。それはつまり、通知を受けた瞬間に、来ることを決めたということだ。何を伝えたかったのか。何が彼をそう動かしたのか。
アシュリーは台帳のことを思い出した。何年も変わらず続いていた、几帳面な記録。一度も遅れたことのない提出。誰に言われたわけでもなく続けてきた、その丁寧さ。
それが、今目の前にいる人間の仕事だとしたら。
ロドリクは急かさなかった。アシュリーが考えている間も、静かにそこに座っていた。視線が泳がなかった。落ち着いていた。北方辺境で生きてきた人間の落ち着きだった。厳しい気候と長い冬を知っている人間の、揺れない静けさだった。
アシュリーはその静けさを、少し心地よいと思った。宮廷にいた時、誰かの前でこんなふうに考える時間をもらったことは、ほとんどなかった。誰もが常に次の一手を急いでいた。沈黙は間を埋めるべき空白として扱われていた。何かを言わなければ、何かをしなければ、という焦りが、いつもそこにあった。
ここには、急ぎがなかった。言わなくてもいい言葉を言わなくていい場所だった。それだけで、アシュリーは少し息がしやすくなった気がした。
茶を一口飲んだ。カップを置いた。呼吸を一度整えた。
ロドリクの目を見返した。
「続きを聞かせてください」
言うより前に、アシュリーはすでに答えを予感していた。




