第14話 御前召喚
全70話完結予定です。毎日5話ずつ、7:10/12:10/17:10/20:10/22:10に投稿します。
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謁見の間は、夕暮れどきだった。
石造りの高い天井に、窓から差し込む光が斜めに落ちていた。左右に並んだ燭台に火が入っていて、それが壁をゆっくりと照らしていた。この部屋は常に少し薄暗かった。日の高い時間でも、光が届かない隅があった。そういう部屋だった。エドワルドは幼い頃から何度もこの部屋に入ったが、明るいと感じたことがなかった。
エドワルドは一人で入室した。扉が後ろで閉まった。
玉座の前、数歩のところに立った。国王は玉座に深く腰を下ろし、手元の書類を閉じて顔を上げた。その動作に急いだ様子がなかった。エドワルドが来るのをとうに知っていた顔だった。
「エドワルド」
「はい」
「アシュリー・ヴェルヴェント嬢が宮廷を去った件について、聞いている」
語調は穏やかだった。問い詰める声ではなかった。怒りは聞こえなかった。それが、かえって落ち着かない感じを生んだ。エドワルドは「はい」とだけ答えた。
「その経緯を話してくれ」
エドワルドは話した。ロザリーのことを、どれだけ大切に思っているかを。アシュリーとの婚約が、形だけのものになってしまっていたことを。ロザリーが宮廷での立場を持てずにいて、それを何とかしたかったことを。そのために従妹への配慮を繰り返してきたことを。婚約解消は互いにとって良い選択だと思ったことを。できるだけ整理して話した。言葉を選んだ。
国王は遮らなかった。最後まで聞いた。途中で何度か目を伏せたが、口を挟まなかった。聞き終えてから、少し間を置いた。燭台の炎が揺れた。窓の外の光が少し落ちた。
「台帳の記名権者が不在になった場合、来月の使節歓迎式典はどうなるか、知っているか」
エドワルドは答えられなかった。
式典の詳細については、ほとんど考えたことがなかった。儀礼の細部は担当者が処理するものだった。自分が手を動かす仕事ではないと思っていた。台帳の担当者欄という言葉も、記名権者という言葉も、今日書記局からの通達で初めて正確に意識した語だった。
「……把握できていません」
「式典は成立しない。書記局規程第七条に基づき、記名権者のない台帳は法的効力を持たない。記名権者は王太子の婚約者に限られる。現在、その立場の者はいない」
エドワルドは黙っていた。
「彼女が四年間、この国の外交儀礼を支えてきた。君はそれを知らなかったのか」
知っていた、とは言えなかった。彼女が儀礼の担当者として台帳に記名してきたことは、知っていた。しかしその意味を、今日まで考えたことがなかった。式典が毎年つつがなく行われていた。それが当たり前のことに見えた。当たり前のことには、理由を問わなかった。使節の式典が無事に終わる。新年の晩餐会が形を整えて行われる。それを誰が支えているか、誰がどれほどの手間をかけているかを、エドワルドは確認したことがなかった。
「……十分には把握していませんでした」
国王は何も言わなかった。しかしその沈黙は、それでいいという沈黙ではなかった。受け止めているだけの沈黙だった。
「書記局から報告が届いている。ヴェルヴェント嬢が四年間に関わった儀礼は、大小合わせて四十八件に及ぶ。その全てにおいて、台帳の記名権者として名を連ねていた。大使を迎えた式典も、境界交渉の後の晩餐会も、年始年末の宮廷行事も、全てだ」
四十八件。エドワルドは数字を聞いた。具体的な数字だった。ただ多いと思った。それ以上の感想が、すぐには来なかった。
「君はその間、彼女に何を聞いたか」
エドワルドは黙っていた。答えが出なかった。四年間の記憶を辿った。アシュリーとの会話を思い出そうとした。式典のことを話した記憶がなかった。台帳の記名のことを確認した記憶もなかった。彼女が何を処理しているか、どんな事情を抱えているかを尋ねた記憶が、出てこなかった。
「ヴェルヴェント嬢は今、どこにいるかわかるか」
「……わかりません」
国王がエドワルドを見た。長い間ではなかった。しかし視線がそこに留まった。何かを確認するような目だった。失望でも怒りでもなく、距離を測るような目だった。
「それだけ長く傍にいた人間の、現在の所在もわからないのか」
「……はい」
エドワルドはそれ以上言えなかった。ロザリーのことなら、どこにいるかわかった。何を食べているかも、今日の体調も、一時間前に何をしていたかも、大体は把握できた。しかしアシュリーの今日の在り処を、エドワルドは知らなかった。今日だけではなかった。今月どこへ行ったかも、何を考えていたかも、ほとんど知らなかった。四年間、ずっと傍にいたはずだった。
傍にいた、というのが本当だったのかどうか、今初めて問いが浮かんだ。
「下がってよい。ヴェルヴェント嬢の所在については、こちらでも確認する。ただし彼女の意向を尊重すること。それだけ言っておく」
国王がそう言った。エドワルドは儀礼として頭を下げた。足を一歩引いた。
「……父上、彼女に謝罪を伝えることは」
「それは君が自分で考えることだ。私に聞くことではない」
静かな答えだった。怒りではなかった。ただ、明確だった。
エドワルドは扉まで歩いた。足音が石の床に響いた。誰もいない謁見の間の広さが、このとき初めて広く感じた。扉のところで一度立ち止まり、振り返った。国王はすでに書類に目を戻していた。エドワルドのことを見ていなかった。それが何かを言っていた。
扉が開いた。廊下に出た。扉が閉まった。
廊下は静かだった。夕方の薄明かりが窓から差し込んでいた。使用人の姿もなく、ただ長い廊下が続いていた。エドワルドはしばらくそこに立っていた。どちらへ歩くかを考えなかった。ロザリーの部屋へ行く気にはなれなかった。自分の執務室へ戻る気にもなれなかった。ただ立っていた。廊下の窓から、王都の夕暮れが見えた。
エドワルド殿下が御前から下がった後、王宮の廊下を一人で歩いていた。




