第7話:自称・聖女の来訪と、究極の「おもてなし」
「……ゼノス様、不浄な気配が近づいています。今度こそ、その魂を凍結させて森の肥やしにしても?」
ピザを頬張っていたミーシャが、冷徹な目で森の入り口を睨みつけた。
彼女の指にある『守護指輪』が、かすかに黒い光を放つ。
「いや、今度は騎士じゃないみたいだ。……なんだ、あの派手な馬車は」
森の瘴気を強引に光の魔法で押し広げ、一台の豪華な馬車が乗り込んできた。
中から現れたのは、かつて俺を「生理的に無理」と切り捨てた元婚約者、聖女リリィだった。
「――見つけましたわ、ゼノス。こんな薄汚いテントで野宿なんて、本当にお似合いですこと」
リリィは鼻をハンカチで押さえながら、蔑みの笑みを浮かべる。だが、その顔色はどこか悪い。
それもそのはず、彼女の背後に控える護衛たちの装備はボロボロで、聖女自身の聖なる衣も、蓄積した呪毒で裾が黒ずんでいた。
「リリィ……何の用だ。ここはもう王国の外だぞ」
「勘違いしないでください。殿下が『どうしても戻ってきて、呪具の修理法をハンスに教えろ』と仰るから、慈悲深いわたくしがわざわざ迎えに来てあげたのです。さあ、感謝して戻りなさいな」
要するに、自分たちで呪具を扱えず、国中の装備が腐り始めたから泣きついてきたわけか。
俺が口を開く前に、ミーシャが音もなくリリィの前に立った。
「……ゼノス様。この女、主様のことを『薄汚い』と言いましたね?」
「ちょっと、誰ですのこの女! 汚らわしい、わたくしに近づかないで……」
リリィが拒絶の魔法を放とうとした瞬間。
ミーシャが軽く指を鳴らした。
パキィィィィン!
「えっ……? わたくしの、聖なるバリアが……?」
リリィの周囲に展開されていた光の壁が、ガラス細工のように粉砕された。
それどころか、彼女が持っていた国宝級の『聖女の杖』が、ミーシャの放つ圧倒的な「格上の魔力」に耐えきれず、一瞬で真っ黒に凍りついた。
「なっ……わたくしの杖が!? 何をしたのよ、この化け物!」
「化け物……。ふふ、ゼノス様に救われたこの命、貴様のような低俗な聖女に汚されるのは不快ですね。ゼノス様、この女の『声』だけ凍らせてよろしいですか? 騒がしいので」
「待て待て、ミーシャ! ……リリィ、悪いが帰ってくれ。俺はもう、あんたたちの道具を直すつもりはない。それに、俺がいなくても『大聖具師』がいるんだろ?」
「あんな無能、もう役に立ちませんわよ! 今すぐ戻って、わたくしの肌の荒れを治す呪具を作りなさい! これは命令……ひっ!?」
リリィの言葉が止まった。
俺が手に持っていた「ただの薪割り斧」を地面に置いた衝撃で、周囲の空間が震えたからだ。
【作成済みアイテム:神話級『次元を断つ開拓斧』】
俺にとってはただの道具だが、聖女であるリリィには見えたのだろう。
その斧から溢れ出す、神の雷をも凌駕するほどの濃密な神気が。
「わ、わたくしたちを脅すつもり!? 殿下に報告すれば、ただじゃ……」
「報告、できるといいですね。その足で」
ミーシャが冷たく微笑むと、リリィたちの足元から無数の氷の茨が突き出した。
それは彼らを傷つけるのではなく、馬車の車輪と、彼らが着ていた高価な聖衣だけを正確に粉砕し、呪毒を「浄化」する代わりに「服の繊維」として吸い取ってしまった。
「あああ! わたくしの服が! 聖女の正装がぁぁ!」
下着同然の姿で森に放り出された聖女一行。
ミーシャはゴミを見るような目で、追い打ちをかけるように告げた。
「安心しなさい。その辺にゼノス様が捨てた『失敗作の雑巾』があるわ。それを纏えば、王都まで死なずに帰れるでしょう。……消えなさい、二度と主様の視界に入るな」
ミーシャの放った凍てつくプレッシャーに、リリィたちは悲鳴を上げながら、全裸に近い状態で森の出口へと逃げ出していった。
「……いいのか? ミーシャ。あんな返し方して」
「当然です。ゼノス様。……それより、ピザが冷めてしまいます。あんなゴミより、私との時間を優先してください」
ミーシャは俺の腕を抱きかかえ、甘えるように胸を押し付けてくる。
王都では今頃、半狂乱で逃げ帰る聖女の姿に、民衆が絶望の声を上げているはずだが……今の俺には、隣にいるこの少し重いヒロインと、温かい飯の方がずっと大事だった。




