第8話:呪いの「魔除け」と、感謝の嵐
王都から来た聖女一行を追い払ってから数日。俺たちの拠点には、少しずつ変化が訪れていた。
「ゼノス様、また入り口に『お供え物』が置かれています」
ミーシャが不思議そうに抱えてきたのは、新鮮な野菜や、この辺りでは珍しい上質な肉の塊だった。
「……またか。誰が置いていってるんだ?」
当初、この森に近づく者などいなかったが、最近、近隣の村の人々がこっそりとやってくるようになったらしい。
理由は単純だ。俺が拠点の周囲を整備するついでに、森の入り口にいくつか「余った素材」を置いておいたからだ。
「ただの失敗作だったんだけどな。あの『カカシ』とか」
俺が何気なく作った、森の瘴気を吸い取って肥料に変えるだけの『呪い除けのカカシ』。
村人たちにしてみれば、それは数百年解決できなかった「死の土地」を「黄金の農地」に変える神の遺産に見えたのだろう。
「ゼノス様の慈悲深さは、時として残酷なほどに人を惑わせます。……我以外の者に、その優しさを振りまくのはあまり感心しませんが」
ミーシャが少しだけ不満げに、俺の袖をギュッと引く。
「そんなつもりはないって。ただ、素材が余ってもったいなかっただけだよ」
俺は苦笑いしながら、今日作るアイテムの構想を練る。
最近、森の奥から聞こえる「地鳴り」が気になっていた。おそらく、巨大な魔物が瘴気の変化に反応して目覚めようとしている。
「ミーシャ、少し本格的な『防壁』を作る。手伝ってくれ」
「はい、主様。我の命、そのすべてを捧げて……」
「いや、魔力を少し分けてくれるだけでいいから」
俺は森で拾った「古龍の鱗」と、ミーシャが指輪から放出する「凍てつく魔力」を練り合わせる。
トントン、と小気味よいハンマーの音が森に響く。
作成しているのは、拠点全体を覆う不可視の結界――の、はずだった。
【スキル:反転・極致錬成発動】
【素材:古龍の鱗 + 終焉の魔女の魔力 + 感謝の念(村人の供え物)】
【作成完了:神話級アイテム『安らぎの凍土結界』】
完成した瞬間、拠点の周りに白銀の光が走り、透き通ったドーム状の壁が展開された。
それは外敵を防ぐだけでなく、内部にいる者の「精神を安定させ、全ステータスを永続的に上昇させる」という、建物の概念を越えた何かになっていた。
「……ゼノス様。今、この空間だけ世界の理から切り離されましたね?」
「えっ、そうか? ちょっと空気が美味しくなっただけだと思うけど」
俺が首を傾げていると、結界の端の方で、村の少女がおずおずと手を振っているのが見えた。
どうやら、病気の母親のために「森に生える薬草」を探しに来て、迷い込んでしまったらしい。
「あー……ミーシャ。あの子、中に入れてやって。ついでに、その辺に生えてる『ただの雑草(実は万能薬)』を持たせてやろう」
「……承知いたしました。ゼノス様がそう仰るなら。ですが、お礼に抱きつこうとしたら、即座に排除します」
ミーシャが監視の目を光らせる中、俺たちは図らずも「森の守り神」としての地位を確立しつつあった。
◇
一方その頃、王都。
「おのれ、ゼノス……! 村人たちが奴を称え、この王太子である私を蔑むだと!?」
アステリオス王太子は、手元の報告書を握りつぶした。
聖女が全裸同然で逃げ帰った醜態は瞬く間に広まり、王家の威信は失墜。
逆に、森の境界で「奇跡」を起こす呪具師の噂が、絶望に暮れる民たちの唯一の希望となっていた。
「こうなれば、軍を動かすしかない。あの男を捕らえ、その技術を力ずくで奪い取るのだ!」
王国の崩壊を早める、最悪の決断。
そのカウントダウンが、静かに始まっていた。




