第6話:無自覚な神の手と、王国の崩壊前夜
騎士たちが逃げ帰った後、俺は拠点の整備に勤しんでいた。
「よし、これで水場も完成だな」
手元にあるのは、先ほどまで騎士が持っていた『聖水入りの水筒』を改造した代物だ。
中身の聖水をあえて「腐敗の森」の猛毒と混ぜ合わせ、反転錬成を施した。
結果、蛇口をひねれば「飲むだけで全状態異常が治り、魔力が全快する霊水」が無限に湧き出る『魔力源の不凍栓』へと変貌を遂げている。
「ゼノス様……。その辺の小石を叩いて、伝説の『賢者の石』の偽物を作るのは止めていただけませんか? 我の心臓に悪いです」
ミーシャが呆れたように、しかし愛おしげに俺の作業を見つめている。
彼女は俺が作った「ただの座布団(座ると精神が強制浄化される神聖防具)」に座り、お茶を飲んでいた。
「ただの効率化だよ。それよりミーシャ、これを使ってくれ」
俺が彼女に手渡したのは、今朝、森で拾った「折れた竜の角」を削り出して作った、一本のヘアピンだ。
「これは……?」
「君の魔力は強すぎるからな。たまに指輪から漏れた冷気でテントが凍るだろ? それをこのピンで吸い取って、君の『髪の艶』に変えるようにしておいた。呪具師としてのちょっとした遊び心だ」
「我が魔力を、美容の糧に……? っ、ありがとうございます! 一生、死んでも、魂が消滅しても、家宝として抱いて眠ります!」
「いや、今すぐ着けてくれよ」
ミーシャが嬉々としてヘアピンを挿すと、彼女の銀髪が一層まばゆい輝きを放ち始めた。
同時に、彼女から漏れ出ていた刺すような威圧感が完全に消失する。
今の彼女は、どこからどう見ても「とてつもなく美しい、ただの美少女」にしか見えない。
だが、その性能は『神域の魔力収束器』。
彼女がその気になれば、大陸一つを氷河期に沈める魔力を一瞬でチャージできる凶悪な代物なのだが、俺は「いい感じに可愛くなったな」くらいにしか思っていなかった。
◇
一方その頃。王都の謁見の間。
「な、なんだこれは……ッ! 汚らわしい! 汚らわしすぎるぞ!」
アステリオス王太子が、逃げ帰った騎士が持ってきた『全自動・草むしり鎌』を見て叫んでいた。
鎌は王太子の目の前で「ヒヒヒッ」と不気味な笑い声を上げながら、絨毯のほつれを猛烈な勢いで修繕(刈り取り)している。
「殿下! しかし、この鎌が通った後の土地は、どれほど枯れた大地でも一瞬で超肥沃な農地に変わるのです! 既に我が国の農民たちが『呪いでもいいからその鎌を貸してくれ』と暴動寸前で……!」
「黙れ! 私は聖具師ハンスを信じているのだ! ハンス、奴の呪具などより優れた聖具を今すぐ作れ!」
「は、はいぃっ! お任せください!」
ハンスが冷や汗を流しながら、自慢の『聖なる鍬』を大地に突き立てた。
だが、その瞬間。
パキィィィィン!!
「あ……」
聖なる鍬は、大地に宿るわずかな「森の瘴気」に耐えきれず、粉々に砕け散った。
それどころか、ハンスの周囲に展開していた『聖なるバリア』までもが、ゼノスの呪具による「中和」を失ったことで、森から流れ込む毒素に食い破られていく。
「ぎゃあああああ! 毒だ! 毒が逆流してくるぅぅ!!」
「ハンス! しっかりしろハンス!」
王宮は大パニックに陥っていた。
ゼノスがいた頃は、彼が「呪具」によって無意識に国中の邪気や毒素を吸い取り、処理していたのだ。
その「浄化装置」がいなくなったことで、王国は今、自らの排出した毒に沈もうとしていた。
「ゼノス……あの忌々しい呪具師め! どこまで私をコケにすれば気が済むのだ!」
アステリオスは、原因が自分たちの無知にあるとは露ほども思わず、真っ赤な顔で拳を叩きつけた。
◇
そんなこととは露知らず。
森の奥では、ゼノスがミーシャのために、ドラゴンの骨を加工した「最高級のオーブン(火を吹く機能付き)」を完成させていた。
「よし、ミーシャ。今日の晩飯はピザにするぞ」
「はい、ゼノス様! どこまでもついて参ります!」
追放された男と、封印されていた魔女。
二人の規格外なスローライフが、本格的に加速していく。




