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第61話:重力無視の「全自動・三次元ピクニック・セット」と、星の子の初飛行

『鏡像の氷原』を北へ抜けた先、そこは上下左右の概念が消失した不思議な空域だった。巨大な岩塊が空中に島のように浮かび、滝の水は上へと昇り、光は螺旋を描いて進んでいる。


「ゼノス様、気をつけて! ここは重力のことわりが壊れています。油断すると、足元がそのまま空になってしまいますわ」


ミーシャが慌ててステラの手を引くが、当のステラは「あ、浮いた! パパ、ふわふわだよー!」

と、重力から解き放たれて空中で平泳ぎのように手足を動かしてはしゃいでいる。


「うわっ、とと……。これは移動するだけでも一苦労だね。ウルさん、踏ん張れるかい?」


『――主よ、案ずるな。我の爪は空間そのものを掴む。だが……このままでは、せっかくのティータイムのケーキが、あらぬ方向へ飛んでいってしまうぞ』


ポメ化した聖獣ウル(ウルちゃん)が、空中で逆さまになりながら懸命に四肢をバタつかせている。

確かに、このままでは落ち着いて食事もできない。


「よし、重力が気まぐれなら、俺たちの周りだけ『常に快適な方向』に重力を固定してしまおう。ついでに、この景色を特等席で楽しめるようにね」


俺は工房の奥から、以前『アネモスの尖塔』で拾った「浮遊する軽石」、西の魔王から献上された「方位を忘れた磁石」、そしてミーシャが女神として覚醒した際の「揺るぎない決意の残光」を取り出した。


「トントン、と……」


無重力空間で、槌の音だけが真っ直ぐに響く。叩くたびに、周囲の乱れた引力が整列し、波紋のように広がっていく。


【スキル:重力制御・空間固定グラビティ・マスター発動】

【神話級アイテム:『全自動・三次元ピクニック・セット「重力知らずの円卓テラス」』】


それは、旅路号の側面から展開される、透明なクリスタル製の巨大な円形テラスだ。

このテラスの内側だけは、外がどれだけ逆さまになろうとも、常に「ゼノスの足元」を地面として認識する強力な重力安定フィールドが張られている。

さらに、全自動で「空中姿勢制御パラソル」が開き、絶景ポイントを自動で追尾して飛行する機能付きだ。


「さあ、お茶の時間にしよう。ステラ、あまり遠くに飛んでいっちゃダメだよ」

「はーい! パパ、みてみて、逆さまの滝だよ!」


ステラは、テラスの端から身を乗り出し、上へと落ちていく水のカーテンを物珍しそうに眺めている。俺が淹れた紅茶も、カップの中で一滴もこぼれることなく、美しい琥珀色の水面を保っている。


「……ゼノス様。どんなに世界が混乱していても、あなたの隣にいれば、いつも通り『真っ直ぐ』でいられる。……それが何よりも心強いです」


ミーシャが、逆さまになった山々を背景に、穏やかな笑顔を見せる。



その頃、地上の「エルフレードの塔」では。

『絆くん』が届けてくれた「重力安定アンクレット」を装着したアステリオスが、驚愕の声を上げていた。


「な、なんだこれは!? このアンクレットを着けている間だけ、パンの生地が『一番美味しく膨らむ方向』へと勝手に浮き上がる! ゼノス様はついに、重力すらも調理の道具にされたのか……!」


塔の外では、四魔王たちが「逆さま飛行レース」を開催していた。


「おいレオン! そのアンクレットを貸せ! 我も空中で逆立ちしながらピザを焼きたいのだ!」(北のガストフ)



「ならん! これはゼノス殿が我にくれた『重力の極意』だ!」(南の魔王レオン)


地上でも、ゼノスの発明によって「新しいスポーツ」や「新しい調理法」が次々と誕生し、もはや平和を通り越して、世界中がお祭り騒ぎになっていた。


「パパ、あそこに……おおきな、きらきらがある!」


テラスでくつろいでいたステラが、回廊の最奥を指差した。

そこには、星の魔力が収束して作り上げられた、巨大な『重力オモイの結晶』が輝いていた。


「あれが、この空域の核だね。……よし、あの結晶をリフォームして、次はステラのために『全自動・星空遊園地』でも作ってあげようか」

「わーい! パパ、だいすき!」


重力を遊び場に変えた俺たちの旅は、星の子供の笑い声と共に、さらに高く、未知の階梯へと昇っていく。

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