第56話:深緑の「全自動・癒やしの森林浴バス」と、聖獣の真の姿
『星の記憶が眠る湖』で家族の絆を深めた一行は、聖獣ウルの導きにより、未開の大地でも最も酸素濃度が濃く、魔力が霧となって漂う『深緑の回廊』へと差し掛かっていた。
「ゼノス様、この辺りの空気……吸い込むだけで体が軽くなるようです。でも、ステラちゃんには少し魔力が強すぎるかもしれません」
ミーシャが抱えるステラは、周囲の濃厚なマナに反応して、パチパチと小さな火花のような光を放っている。星の子にとって、原初のエネルギーは栄養すぎるのだ。
「そうだね。ステラのためにも、一度しっかり『マナの湯通し』をしてあげたほうがいい。……よし、ウルさん。この近くに、一番いい湧き水が出る場所はあるかい?」
『――主よ。この先にある「翡翠の滝」が最適だ。だが、あそこはかつて我ら聖獣が、千年に一度の脱皮の際に使う神聖な場所。……普通の人間が入れば、その身が溶けかねんぞ』
「大丈夫、俺が作る道具を信じてよ」
俺は工房の奥から、以前魔王レオンに貰った「決して冷めない溶岩石」、天の使者アルカディアが置いていった「神聖な羽の根元」、そして湖の底で見つけた「時を止める化石」を取り出した。
「トントン、と……」
今回の槌音は、森の木々が風に揺れる音と溶け合い、どこか幻想的な旋律を奏でた。
【スキル:霊素中和・極上休養発動】
【神話級アイテム:『全自動・森林浴モバイル露天風呂「翠玉の湯」』】
それは、旅路号の後部からテラス状に展開される、ヒノキ造りの贅沢な風呂だ。ただの風呂ではない。翡翠の滝から引き込んだ水を、瞬時にステラの成長に最適な「ベビー・マナ」へと中和し、さらに周囲の木々と対話して、入浴者の精神を極限までリラックスさせる。
「さあ、みんなで入ろう」
お湯に浸かった瞬間、ステラの光は柔らかな桃色に落ち着き、彼女は「ぷはー!」と声を上げておもちゃのポメラニアンと遊び始めた。
「……ああ、極楽ですね、ゼノス様。……女神になってから、少しだけ肩に力が入っていたのかもしれません。このお湯、魂のコリまで解してくれるようです」
ミーシャが湯気に包まれ、うっとりと目を細める。
すると、その様子を羨ましそうに見ていた聖獣ウルが、大きな鼻先を風呂桶に近づけてきた。
『……主よ。我も、その……あのお腹のブラッシングの礼として、一度その湯を試してみても良いか?』
「もちろん。でもウルさん、そのままだと風呂桶が壊れちゃうから、少しだけ小さくなれるかな?」
ウルが「心得た」と短く吠えると、まばゆい光と共に、その巨大な体が縮んでいく。霧が晴れた後に現れたのは、これまでの威厳ある巨獣の姿ではなく……。
「わあ……! 大きな、真っ白なポメラニアン!?」
ステラが目を輝かせて駆け寄る。そこには、体長一メートルほどの、これ以上ないほどフワフワでモコモコな「原初の白ポメ」となったウルの姿があった。
『……む、これがあの……地上で「可愛い」と持て囃されている姿か。……致し方あるまい。これも主の命だ』
小さな姿になったウルが、ちょこんと風呂に浸かる。そのあまりの可愛さに、ミーシャもステラも「可愛い……!」と悶絶し、代わる代わるその毛並みを洗い始めた。
◇
一方、その頃。
地上の「ドーム・シティ」では、四魔王たちが『あしあと・シアター』のライブ中継を見て、絶叫していた。
「な、なんだと……!? あの伝説の破壊獣フェンリルが、あんなに愛くるしい姿でゼノス殿に洗われているだと!?」(南の魔王レオン)
◇
「う、羨ましい……。我らも、あの風呂に入りたい……。よし、今すぐ全魔王軍を動員して、我らの領地にも『森林浴バス』を建設するのだ!」(北のガストフ)
地上の魔族たちは、ゼノスの優雅な日常を追体験しようと、各地で空前の「健康ランド・ブーム」を巻き起こしていた。
◇
「……ふふ、ウルさん、とっても似合っていますよ」
「わん!(いい気分だ!)」
ステラとウルがじゃれ合い、ミーシャがそれを見守り、俺が新しい入浴剤をトントンと作る。
未開の大地の深い緑に包まれて、俺たちの「家族旅行」は、かつての追放劇を完全に書き換え、神話ですら想像しなかった「究極の休日」へと色づいていく。




