第47話:呪い姫の「脱皮」と、究極の「全自動・神格安定安眠システム」
星辰神たちが「観客」へと退き、世界のあらゆる運命の鎖が解き放たれたあの日から、離宮にはかつてないほどの穏やかな時間が流れていた。しかし、世界の理が書き換わった副作用は、意外な形でミーシャの身に現れ始めていた。
「……ゼノス様。最近、体が少し……熱いのです。それに、指先から漏れ出す魔力が、以前のような黒い『呪い』ではなく、透き通った黄金色に変わっていて……。我の中にあったはずの『絶望』が、あなたの淹れてくれるお茶の温かさに溶けて、消えてしまいそうなのです」
離宮のテラスで、ミーシャは自分の透き通るような手を見つめながら、どこか不安げに呟いた。
彼女はかつて、世界を滅ぼす「呪い」として生み出され、人々の憎悪と恐怖を糧に存在を固定されていた。だが、ゼノスが星の運命を「創造と娯楽」へと書き換えたことで、彼女の存在定義そのものが、負のエネルギーから正のエネルギーへと急激に「再構築」され始めていたのだ。
それは喜ばしい進化である一方で、彼女の繊細な魂にとっては、まるで自分の核が作り変えられるような、激しい変異の苦痛を伴うものだった。
「ミーシャ、それは君が『呪い』という古い殻を脱ぎ捨てて、新しい『神格』へと昇華しようとしている証拠だよ。……でも、そんなに急ぐ必要はない。君が君のままでいられるように、俺が最高の『安定剤』を作ってあげる」
俺は立ち上がり、工房の最も神聖な一角、かつて星辰神が降り立った際に残した『エーテルの雫』が滴る場所へと向かった。
取り出したのは、教皇庁の宝物庫から譲り受けた(という名の、案内くんドローンが回収してきた)『神の休息を守る真綿』。それに、四魔王が共同で作り上げた『四元素の調和結晶』、そしてゼノスが毎日ミーシャに贈り続けてきた「想い出の品々」の欠片たちだ。
「トントン、と」
俺はこれまでの「家事」の技術のすべてを注ぎ込み、一打ちごとにミーシャへの感謝と、変わらぬ愛情を込めて素材を叩き、紡ぎ合わせていく。
【スキル:神格安定・魂の揺り籠発動】
【神話級アイテム:『全自動・神格安定安眠システム「永遠の微睡」』】
完成したのは、まるで雲をそのまま切り取って、星の光で縫い合わせたような、美しくも柔らかな「寝具セット」だった。これには、周囲の過剰な魔力を吸収して「心地よい眠りの波動」に変える機能と、魂の変異による負荷をゼロにする「存在維持フィールド」が搭載されている。
「さあ、ミーシャ。ここでゆっくり休んで。君がどんなに変わっても、俺がずっと隣にいるから」
ミーシャがそのベッドに身を沈めると、黄金色の魔力の暴走が瞬時に収まり、彼女の表情に安らかな色が戻った。
「……ああ、ゼノス様……。温かい。……まるで、あなたがずっと抱きしめてくれているような……そんな安心感です……」
彼女が深い眠りに落ちたその時、離宮の扉をノックする音が聞こえた。
現れたのは、かつての傲慢な面影を完全に失い、日に焼けた肌と筋肉質の体つき、そして晴れやかな笑顔を湛えたアステリオス――元王太子だった。
「ゼノス……。いや、ゼノス様。突然の訪問を許してほしい。……私は、ついに完成させたんだ。君が私に教えてくれた『土の味』と『感謝の心』……そのすべてを込めた、最高のパンを」
彼は恭しく、一枚の木皿を差し出した。そこには、黄金色に輝き、芳醇な香りを放つクロワッサンが並んでいた。
一口食べればわかる。それは、かつての「泥の味」ではなく、大地を愛し、労働の尊さを知った者だけが生み出せる、真の豊かさの味だった。
「……美味いよ、アステリオス。君も、自分の『呪い』を克服したんだね」
「……っ!!」
アステリオスはその場に泣き崩れた。かつて「無能」と切り捨てた男からの、たった一言の肯定。それが、彼にとっての本当の救済だった。
「ゼノス様、そのパン……後で我も食べたいです……」
寝言のように呟きながら、ミーシャが夢の中で小さく微笑む。
呪い姫が「神」へと生まれ変わる静かな夜。
追放された呪具師が作った「最高級のベッド」の上で、世界の新しい歴史は、かつてないほど優しく、そして深い安らぎと共に刻まれていった。




