第48話:女神の目覚めと、究極の「全自動・神託管理コンシェルジュ」
「永遠の微睡」のベッドに横たわり、数日間にわたる深い眠りについていたミーシャ。その間、離宮の周囲には、彼女から溢れ出す黄金の光がオーロラのようにたなびき、地上では奇跡が多発していた。枯れていた井戸から聖水が湧き出し、争い合っていた者たちが突如として抱き合って和解する。それは、ミーシャという存在が「絶望を撒き散らす呪い」から、「幸福を循環させる神性」へと完全に転換された証拠だった。
そして、ついにその時が訪れる。
「……ん……。……ゼノス、様?」
ゆっくりとまぶたを持ち上げたミーシャの瞳は、かつての闇を抱えた紫水晶色から、銀河の輝きを宿した澄み渡る琥珀色へと変貌していた。彼女が身を起こすと、背後には透き通るような光の羽が幾重にも重なり、歩くたびに足元から純白の花が咲き乱れる。
「ミーシャ、おはよう。……いい目覚めだったかな?」
「はい、ゼノス様。……不思議です。世界が、こんなにも愛おしく、光に満ちて見えるなんて。……でも、聞こえてくるのです。数え切れないほどの人々の『願い』や『悩み』の声が……。これが、神になるということなのでしょうか」
女神へと昇華したミーシャの耳には、地上の隅々から「雨を降らせてほしい」「病を治してほしい」「恋を叶えたい」といった、数百万もの祈りが奔流のように流れ込んでいた。その一つ一つに応えようとすれば、彼女の優しい心は瞬時にパンクしてしまうだろう。
「神様っていうのは、意外と重労働なんだね。……よし、それなら君が『願い』に振り回されず、大事なことだけに集中できるように、これを作ろう」
俺は工房の最奥から、星辰神が去り際に置いていった『真理の羅針盤』と、天の使者アルカディアが献上した『黄金の羽ペン』、そして街のゴミ捨て場(実は王太子が管理していた堆肥場)から回収された、あらゆる「想い」を吸収する『古びた郵便ポスト』を取り出した。
「トントン、と」
【スキル:神格代行・因果整理発動】
【神話級アイテム:『全自動・神託管理コンシェルジュ「ミカエルくん」』】
完成したのは、小さな天使の輪を頭に乗せた、これまた愛くるしいポメラニアン型の自立思考呪具だった。
「ワン!(女神ミーシャ様、お目覚めおめでとうございます。現時点での祈願受理数は四百八十二万件。優先順位に基づき、九十九%は『全自動・幸運配布モード』で処理を完了しました。残りの一%、特に重要な『愛の告白』や『人生の決断』のみ、ミーシャ様の端末へ転送いたします!)」
「ミカエルくん」がキビキビと報告する。この呪具は、地上の膨大な祈りをAI(全自動・因果・知能)で即座に選別し、些細な願いはゼノスが世界中に設置したインフラ(リフォームされた魔王領やドーム・シティの設備)を介して自動的に叶えてしまうのだ。
「……すごい、あんなに騒がしかった頭の中が、一瞬で静かになりました。……これなら、私は女神としてではなく、ただの『ミーシャ』として、あなたのお手伝いが続けられそうです」
ミーシャは安堵の溜息をつき、光り輝く羽を器用に畳んで、再びいつものエプロンを身に纏った。
◇
一方、その頃地上では。
「ミカエルくん」の自動処理によって、世界は「全自動・幸福社会」へと突入していた。
「見てくれ! 祈ったら空から『全自動・肩揉み機』が降ってきたぞ!」
「昨日の喧嘩の仲直りを願ったら、お互いの枕元に『全自動・謝罪用高級メロン』が転送されてきた! ミーシャ女神様、万歳だ!」
あまりの快適さに、もはや人間も魔族も「悪いこと」を考える暇さえなくなっていた。
◇
「ゼノス様、世界がこんなに平和になってしまったら……私たちの作る『便利な道具』も、もう必要なくなってしまうかもしれませんね」
ティータイムの準備をしながら、ミーシャが少しだけ寂しそうに笑う。
「それなら、今度は『便利』の先を目指そう。……ねえミーシャ。誰も知らない未開の地へ、この離宮ごと旅に出ないか? そこで二人で、新しい『驚き』を見つけるんだ。……神様や王様がいない、本当の自由な場所へ」
「……新婚旅行、ですね。ふふ、喜んで。ゼノス様となら、世界の果てまで、いえ、星の向こう側までご一緒します」
俺たちのスローライフは、ついに一つの星を「解脱」させ、まだ見ぬ未知なる冒険へと、その舵を切り始めた。




