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第4話:呪い姫の「重すぎる」忠誠心

「……主様。先ほどから、あちらの茂みに隠れている卑小な存在を消し去ってもよろしいでしょうか?」


俺の腕にギュッとしがみついたまま、ミーシャが物騒なことを口にする。

彼女の指先から、ピキピキと周囲の地面を凍らせるほどの冷気が漏れ出していた。


「待て待て、ミーシャ。消しちゃダメだ。あれはただの野生の魔物だから」


茂みから飛び出してきたのは、この森では珍しくない『カース・ラビット』だった。呪いによって角が歪にねじれたウサギだが、今の俺たちには無害だ。


「主様の視界に入る不純物は、全て我が凍土の塵とするのが道理……」

「道理じゃないから。あと、俺のことは『ゼノス』でいいって」

「……ゼノス、様」


頬をわずかに赤らめ、ミーシャがさらに密着してくる。

さっきまで世界を滅ぼしかねない絶望を放っていた魔女とは思えない懐きっぷりだ。だが、その瞳の奥には、時折ゾッとするほど深く、重い執着の色が見え隠れする。


「ところでゼノス様。その……我が身を縛っていた鎖を、このような『美しい指輪』へと変えてくださったこと、改めて感謝いたします。この指輪……一生、外せぬようにまじないを重ねてもよろしいですか?」

「いや、それはもう立派な呪具として完成してるから、余計なことはしないでくれ」


俺は苦笑いしながら、拠点となる『常闇のシェルター』の設営を再開した。

テント状の布を地面に固定し、魔力を流すと、周囲の瘴気を燃料にして内部に快適な空間が広がる。


「……信じられぬ。この森の猛毒を濾過し、清浄な空気に変えているのか? しかもこの布、魔王級の広域魔法ですら弾き返しかねぬ強度が宿っているぞ」


ミーシャが驚愕の表情でテントの布をなでる。

「そうか? 落ちてた枝とスライムの核をチャチャッと混ぜただけなんだけどな」

「チャチャッとで聖遺物アーティファクトを作るな……。やはり、貴殿を追放した人間たちは正気ではない。見る目がないにも程がある」


彼女はフンと鼻を鳴らすと、テントの入り口に座り込んだ。

「ゼノス様。我が決めた。これより我は、貴殿の『盾』となり『剣』となろう。貴殿を害する者、侮る者、そして――貴殿を誘惑する不届きな女は、一人残らずこの指輪の糧にして差し上げる」

「最後の一文が一番怖いんだけど」


そんなやり取りをしていると、ふと、俺の耳に「音」が届いた。

森の入り口の方から聞こえる、騒がしい足音と怒号。


「おい! 本当にこっちに逃げたのか!?」

「ああ、あの呪具師の男だ! 王太子殿下から『不吉なモノを撒き散らす前に処理しろ』との密命が出ている!」

……どうやら、ただ追放するだけでは飽き足らず、口封じに刺客を差し向けてきたらしい。

数人の中級騎士たちが、瘴気除けの魔法を使いながら、こちらへ向かってくるのが見えた。


「ゼノス様。……ゴミが、掃除されにやってきたようです」


ミーシャが立ち上がる。

彼女の周囲の温度が、一気に絶対零度へと急降下した。


「あー……ミーシャ。死なせない程度に、な?」

「善処しましょう。……命がある限りは、『死んでいない』と定義してよろしいですね?」


ミーシャは冷酷な、しかしどこか楽しげな微笑を浮かべると、音もなく刺客たちの前へと姿を現した。



その頃、王都。


「は、ハンス! どうしたその顔は!?」


アステリオス王太子の前で、新任の『大聖具師』ハンスが、全身に真っ黒な湿疹を作ってのた打ち回っていた。


「の、呪いが……! ゼノスの野郎が作った『清浄の首飾』を捨てた途端、今まで抑え込んでいたパーティー全員の蓄積疲労と呪毒が、一気に逆流して……ぎゃあああああ!!」


均衡が崩れた王国の崩壊は、すでに止まらなくなっていた。


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