第3話:呪いの姫と「神の金槌」
「……狂うたか、人間。我が身を苛むはこの世の理から外れた『終焉の呪い』ぞ。触れれば魂ごと凍てつき、砕け散るのみ」
少女の唇は動いていない。だが、拒絶の意思は冷気となって俺の頬を削る。
確かに凄まじいプレッシャーだ。普通の人間なら、この場に立っているだけで心臓が止まるだろう。
だが、俺は確信していた。
この呪いは、彼女が望んで持っているものではない。制御できずに溢れ出し、彼女自身を檻に閉じ込めている「悲しい素材」だ。
「いいや、狂ってないさ。俺は呪具師だからな。君のその苦しみ、放っておくにはあまりにも……『もったいない』」
「……何?」
俺は『因果応報の指輪』を全開にする。
指輪が赤黒く脈動し、彼女から放たれる凍てつく呪気を、ダイソンも驚きの吸引力で飲み込み始めた。
「なっ……我が冷気を吸うているというのか!? 貴様、何者だ!」
「ただのクビになった職人だよ」
俺は少女を閉じ込めている氷の結晶の前に膝をつき、愛用のハンマーを構えた。
そのまま、結晶に巻き付いた漆黒の鎖――彼女を縛る呪いの実体に、ハンマーをコツンと当てる。
「さあ、お仕事の時間だ」
【スキル:解呪錬成発動】
俺は彼女の体から溢れる「絶望の冷気」を、その「漆黒の鎖」の中に叩き込んでいく。
バラバラに暴走しているエネルギーを、一つの形へと編み上げ、固定する。
キン、キン、と高く澄んだ音が凍った森に響く。
それは破壊の音ではない。新たな命を吹き込む、創造の旋律だ。
「う、あ……熱い……? 我の魂を焦がす冷気が、収まっていく……?」
少女の閉じていた瞼が、ゆっくりと持ち上がる。
深紅の瞳が、驚愕に揺れながら俺を見つめた。
「よし、仕上げだ。……形は、そうだな。ずっと一緒にいられるものがいい」
俺は最後に、彼女の魔力を結晶化させ、鎖と融合させて一つの「指輪」へと凝縮した。
パキィィィン!!
激しい音と共に、彼女を閉じ込めていた氷の結晶が霧散する。
拘束から解き放たれた少女の体が、ふわりと崩れ落ちる。俺は慌ててその細い身体を受け止めた。
「……終わったよ。もう大丈夫だ」
「信じられぬ……。神々ですら解けなかった我が呪いを、人の手で御したというのか……?」
彼女の指には、今、俺が作ったばかりの指輪がはまっていた。
漆黒の台座に、凍てつく銀色の宝石。彼女の強大な魔力を完全に制御し、むしろ彼女の生命力を活性化させる「補助装備」へと変貌した逸品だ。
【作成完了:神話級アイテム『凍てつく魂の守護指輪』】
「これ……は……?」
「君の呪いを、君を守る力に変えておいた。それがあれば、もう周りを凍らせることもないし、君も自由に動けるはずだ」
少女は信じられないといった様子で自分の手を見つめ、それから俺の顔をじっと見上げた。
その瞳には、先ほどまでの拒絶ではなく、得体の知れない強い感情が宿っている。
「……主様」
「えっ、主様?」
「呪いを統べ、我を救いし者。我が名はミーシャ。かつて世界に絶望を振りまく魔女として封じられた者……。だが、今この時から、我が身も心も、そしてこの呪いすらも、全ては貴殿のものだ」
ミーシャは俺の胸に顔を埋め、驚くほどの力で抱きついてきた。
ひんやりとしていて、でもどこか温かい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺はただ、いい仕事がしたかっただけで……」
「離さぬ。二度と離さぬぞ。貴殿を捨てるような愚かな世界なら、我が今ここで凍らせてやろうか?」
「いや、それはやめてくれ! 頼むから!」
俺が必死に彼女を宥めている頃。
王国では、王太子アステリオスが絶叫していた。
「な、なんだこれは!? ハンス! 貴様の作った聖具が、なぜ粉々に砕けている!?」
「そ、そんなはずは……! ゼノスの呪具を捨てた途端、装備のバランスが崩壊して……ぎゃあああ!?」
王都最強のパーティを襲う、自業自得の崩壊。
その足音が近づいていることを、俺と、俺にベッタリと甘え始めた最強の「呪い姫」は、まだ露ほども知らない。




