第2話:捨てられた先は、死の森か宝の山か
王都の門を追い出されて数時間。
俺の目の前に広がっているのは、空すらも毒々しい紫の雲に覆われた「腐敗の森」の入り口だった。
「本当に、ここに捨てられるとはな……」
背後では、俺をここまで護送(という名の放逐)してきた騎士たちが、薄汚いものを見るような目でこちらを見ている。
「おい、さっさと入れ。王太子殿下の温情で、命だけは助けてもらったんだ。中で魔物に食われようが、瘴気に焼かれようが我々の知ったことではない」
ガシャリ、と重々しい鉄門が閉ざされる。
ここは、かつて魔王軍との戦いで汚染され、今では高レベルの冒険者ですら数分と持たずに肺を腐らせるという死の土地だ。
「……ふぅ。とりあえず、静かにはなったか」
俺は一人、紫色の霧が立ち込める森の中へと足を踏み入れた。
普通の人間なら、この時点で激しい眩暈と呼吸困難に襲われるはずだ。だが――。
「ん……やっぱり、ここの空気は『美味い』な」
俺の指に光る『因果応報の指輪』が、周囲の猛烈な瘴気をゴリゴリと吸い取っていく。
吸い込まれた毒は、指輪の中で純粋な魔力へと変換され、俺の体に行き渡る。
呪具師にとって、呪いや毒はただの「燃料」であり「素材」に過ぎない。
「さて、まずは拠点作りか。……おっと」
足元の腐った土から、ドロリとした粘液状の魔物――カース・スライムが這い出てきた。
本来なら触れるだけで骨まで溶かされる厄介な魔物だが。
「ちょうどいい素材だ。ちょっと形を貸してくれよ」
俺は腰の袋から、ボロボロの作業用ハンマーを取り出す。
ただの鉄の塊。だが、俺が魔力を流し込めば、それは「呪いを加工する神の指先」に変わる。
ハンマーを軽く振るい、スライムの核を叩く。
本来なら物理攻撃が効かない相手だが、俺の力は「概念」に干渉する。
『抽出』――。
「キュ、ィ……!?」
スライムの猛毒だけを抜き取り、その辺に落ちていた「呪われた枯れ木」に叩き込む。
トントン、とリズム良く釘を打つような音。
【スキル:反転錬成発動】
【素材:カース・スライムの核 + 腐食した霊木 + 瘴気】
【作成完了:神話級アイテム『常闇のシェルター』】
俺の手元に、真っ黒な折り畳み式のテントのようなものが完成した。
見た目は禍々しいが、その性能は。
「『外部の攻撃を100%遮断』し、『内部にいる者の体力を超回復』させる……か。よし、これで今夜の宿は確保だな」
周囲の瘴気を吸えば吸うほど頑丈になる、この森において最強の要塞だ。
「……ん?」
テントを広げようとしたその時。
森の奥、さらに霧が濃い深部の方から、奇妙な音が聞こえた。
カラン、カラン、という、虚ろな鐘の音。
そして、身を切るような冷気と共に、圧倒的な「呪いの気配」が押し寄せてくる。
「なんだ……? この濃度の呪いは、ただの魔物じゃないぞ」
俺は無意識にハンマーを握り直し、音のする方へ歩き出した。
木々が不自然に凍りつき、毒の霧さえも凍結している中心部。
そこにいたのは。
巨大な氷の結晶に閉じ込められた、一人の少女だった。
透き通るような銀髪に、雪のように白い肌。
だが、その体には幾重にも及ぶ漆黒の鎖が巻き付き、彼女の心臓からはドス黒い「呪いの炎」が溢れ出している。
『――去れ。さもなくば、汝も凍てつく絶望に沈むこととなる』
少女の瞳は閉じられたままだが、直接脳に響くような冷徹な声が響く。
普通なら、恐怖で足がすくむ場面だろう。
だが、俺は不覚にも見惚れてしまった。
「……なんて、綺麗で……純粋な『呪い』なんだ……」
職人としての魂が、歓喜に震える。
王太子たちが「不吉だ」と吐き捨てたものとは比べ物にならない、宇宙の法則すら書き換えてしまいそうな、美しく、完成された絶大な呪力。
「大丈夫だ。そんなに苦しそうな鎖、今、俺が『最高の装備』に作り変えてやるからな」
俺は、死を振りまく少女に向かって、救いの手を差し伸べるように一歩踏み出した。




