第15話:王太子の御成りと、最強の「番犬」
「……ゼノス様。空気が、腐った権力の臭いで濁っております」
湖畔の家のテラスで、ミーシャが不快そうに鼻を鳴らした。
空を見上げれば、王国軍の紋章を掲げた数隻の魔導飛行船が、こちらへ向かって低空飛行してくるのが見える。
「わざわざ飛行船まで出してくるとは……。殿下もよっぽど暇なんだな」
俺が呆れている間に、庭の芝生へと豪華なタラップが降りた。
現れたのは、金ピカの鎧を身に纏い、狂気を孕んだ笑顔を浮かべる王太子アステリオス。そして、その後ろには窶れきった聖女リリィと、ガタガタと震えるハンスの姿もあった。
「ハハハ! 見つけたぞゼノス! こんな辺境で女と野暮天な家を建てて、ままごと遊びか?」
アステリオスは周囲を囲む俺の「作品」たち――自動で水を撒くスプリンクラー(神話級)や、雑草を分子レベルで分解する庭園管理ロボ(伝説級)――には目もくれず、俺を指差した。
「貴様の技術は、王家が管理する。今すぐその女を捨てて跪け! そうすれば、貴様のこれまでの不敬、許してやらんでもないぞ!」
「……殿下。俺は、もうあなたの部下じゃない。ここから帰ってください」
俺の静かな拒絶に、アステリオスの顔が怒りで赤黒く染まる。
「無礼者が! ハンス、リリィ! 聖域を展開しろ! この生意気な呪具師を力で分からせてやるのだ!」
「は、はいぃっ!」
「ゼノス、後悔させてあげますわ……!」
ハンスとリリィが、なけなしの魔力を絞り出して『聖なる鎖』を放とうとした、その時。
「――主様の庭で、これ以上の騒音を立てるな」
ミーシャが一歩前に出た。
彼女が指の『守護指輪』を軽く撫でると、周囲の空間が「パリッ」と音を立てて静止した。
絶対零度の冷気が、アステリオスたちが放とうとした魔法の「発動プロセス」そのものを凍結させたのだ。
「な、なんだ……体が動かん……!? 魔法が……消えただと?」
「ミーシャ。……ほどほどにな」
俺が声をかけると、ミーシャは残酷なほど美しい微笑みを浮かべた。
「ええ、ゼノス様。……ですが、この『子犬』たちが、お客様と遊びたがっているようです」
ミーシャが指差したのは、俺が防犯用に作った子犬型ゴーレムたちだった。
普段は愛くるしい姿の彼らだが、ミーシャの魔力が微かに触れた瞬間、その姿が豹変する。
背中から漆黒の刃が生え、瞳に紅蓮の火が宿る。
一匹一匹が、Sランクモンスターすら捕食する『殺戮の番犬』へと変貌を遂げたのだ。
「グルルル……」
「ひっ、ひぃぃぃ! 化け物だ! 助けてくれぇぇ!!」
ハンスが腰を抜かし、リリィは恐怖で声も出せずに座り込んだ。
アステリオスも、自分の首元に突きつけられた冷たい「木製の牙」に、全身の毛を逆立てている。
「殿下。俺は、あなたたちに復讐するつもりも、戻るつもりもありません。……ただ、これ以上俺たちの平穏を邪魔するなら、この子たちが『おやつ』を欲しがるかもしれませんよ」
「う、ぐ……。お、覚えておれ! こんな屈辱、絶対に許さん……!」
アステリオスは震える声で撤退を命じ、命からがら飛行船へと逃げ戻っていった。
空に消えていく飛行船を見送りながら、俺は深い溜息をつく。
「……ゼノス様。次に来たら、あの船ごと太陽まで凍らせて飛ばして差し上げますね」
「いや、それは過剰防衛すぎるだろ」
ミーシャは満足げに俺の腕にしがみつくと、元の愛くるしい姿に戻った子犬ゴーレムを撫で始めた。
王太子はまだ理解していない。
自分が敵に回したのが、ただの呪具師ではなく「世界そのものを書き換える男」と「世界を終わらせる魔女」であるということを。




