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011 過去の記憶

 道を外れ森へ逃げようとした馬は、木々をすり抜け奥へと走っていきましたが、私と母を乗せた馬車は大木に阻まれ半壊して横転しました。

 私は馬車から投げ出されて無傷でしたが、母は倒れた馬車に挟まり、身体中傷だらけで動けない状態でした。


「お母様っ」

「だ、だれか……助けを――」


 私は怖くて怖くて、でも、母に言われた通り誰かに助けを求めようと立ち上がった時――伯爵と出会ったのです。

 真っ黒いローブの背の高い男性が、手に美しい鈴蘭の鉢植えを持ち立っていたのです。


「あ、あのっ」

「これは、精霊の力を秘めた鈴蘭だ」

「すず、らん?」

「そうだ。私はこれを息子の花嫁に授ける為に、この国へ来た。この鈴蘭の力を借りれば、母親を助ける事が出来る」

「た、助けてください。何でもしますからっ」 

「……お前にできることは何もない。選ぶのは鈴蘭だ。そして受け入れるか決めるのは、そこの死にかけの母親だ」


 私は、今にも意識を手放してしまいそうな母に駆け寄り、必死で声をかけました。


「お母様っ。お母様っ。鈴蘭さんの力を借りよう? 助けてくれるんだって」

「シェー……ラ?」


 母が目を開けると、男性は母に鈴蘭の鉢植えを差し出しました。


「鈴蘭はお前の娘を選んだ。お前が受け入れるのならば、力を貸そう」

「鈴蘭?」

「鈴蘭の加護を受ければ、お腹の子は美しく皆に愛され、富を生む女性へと成長するだろう。ただし、これは息子の花嫁に授ける為の花。娘が十五歳を迎えた時、花嫁として迎えに来る。それでも良いか?」

「この子を……。嫌だと申し上げたら、私は……」

「お腹の子と共に、この世を去ることになるだろう」

「そんな……」

「さぁ。どうする? 受け入れるか否か」


 困惑する母に、男性は選択を迫ります。

 難しい言葉が多くて、当時の私には全ての意味を理解できませんでしたが、私は母に言いました。


「お母様。いなくなっちゃ、嫌っ」


 母は私の手に指を絡め、伯爵に懇願しました。


「受け入れます。どうか……この子を」

「――承知した」


 男性が承諾すると、鈴蘭から光が生まれ、母を包み込み、私はその時初めて――。


 ◇◇◇◇


「初めて、どうしたんだ?」

「えっと……。は、初めて魔法に触れたの!」

「ああ。そうか……」


 あの時、初めてフェミューと話したのですが、彼女のことは秘密なので、私はそこで話を誤魔化しました。

 ルシアンは納得してくれましたが、どこか浮かない表情をしていました。


「ルシアン?」

「話してくれてありがとう。そろそろ行こうか?」

「ええ」


 ◇◇◇◇


 サリュウス伯爵は、庭が気に入ったと仰ったらしく、中庭でお茶を頂いていました。お茶を頂くといっても、口から飲むのではなく、足元に全て零しています。

 ローブの裾からはみ出た足をよく見ると、まるで木の根っこのようでした。


 テーブルを囲んで腰掛けた両親とガブリエラは、それを驚愕の表情で見つめていました。もちろん、執事やメイド達も同様です。

 私はルシアンと二人、中庭の隅でその様子を見守りました。


「では、そろそろ失礼しよう。ひと月後、そのドレスを着て身支度を済ませておいてくれ。その時は息子を紹介しよう」

「ご、ご子息はどのようなお方なのかしら?」

「私に似ているとよく言われる。まだまだ若く至らぬ点の多い若輩者だがな」

「ごっ、ご謙遜を……。はははは」


 父が乾いた笑いを漏らすと、ガブリエラは険しい表情で立ち上がりました。


「笑い事ではありませんことよ! わたくしは嫌っ。嫌ですわ!」

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