表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/35

010 サリュウス伯爵

 見覚えのあるその馬車に、私は思い出そうとしても決して思い出せなかった、十五年前の記憶が微かに過ぎりました。


「あの馬車。もしかして、サリュウス伯爵の……」

「そうだ。知っていたのか?」

「今まで忘れていたけれど、見た事があると思って」

「黒い馬車とは珍しいだろ。サリュウス伯爵は黒を好む。如何なる精霊と契りを交わそうとも、何色にも染まらないと言う意味を込めて、常に黒を纏うんだ」

「契り……」

「シェーラ。あまり直視しない方がいい」


 ルシアンは、いつの間にか震えていた私の手を握り、自身の背に隠すように後ろへと引きました。

 それと同時に馬車の扉が開き、漆黒のローブを着た背の高い人が馬車から降り立ちました。

 あれが、サリュウス伯爵でしょうか。伯爵が一歩前へ進む度に、靴音ではなく何かを地面に引き摺るような砂利の音が響きました。


 私は、恐る恐るルシアン越しに伯爵をじっと注視しました。ローブの隙間から覗く顔は、木の幹のように硬く干からび、薄っすらと光を宿す穴が二つ、瞳のようにポッカリと空いています。


 人とは思えぬその容姿に驚きを隠せずにいると、伯爵と目が合いました。その瞳とも分からぬぼんやりとした白い光に吸い込まれそうになった時、母が事故に遭った日の出来事が、全て蘇ってきました。


「あっ、あの時は、ありがとうございました」


 礼を述べると、伯爵はその場に立ち止まり無言のまま私を見据え、ルシアンは振り返ると目を丸くして私を見下ろしていました。


「お前は――」


 伯爵は低いしゃがれた声で呟くと、それ以上は何も言わず、私から目を逸らし怯えきった案内役の執事へと足を進めました。


「さ、さささサリュウス伯爵でございますね。こちらになりますっ」


 執事があまりにぎこちないので、私も付いていこうとすると、ルシアンに止められました。


「シェーラ。驚いた」

「え? そうね。見た目の迫力がすごい方ね」

「いや。そっちじゃなくて、シェーラに驚かされた」

「私?」

「あの顔面に、お礼を言う人間を初めて見た」


 ルシアンは顔を引きつらせながら、微かに笑っています。


「ルシアン。それは失礼だわ。あの方は、私の母と妹の命を助けてくれた恩人なのよ。ずっと記憶が曖昧だったけれど、全て思い出したの」

「それは……どんな記憶だ?」


 ルシアンは興味深そうに私の瞳を覗き込みました。

 新しい実験対象を見つけた時のような探究心に満ちた瞳です。


「でも、今は伯爵をご案内する事の方が……」

「歩くのが遅いから大丈夫だ。それに、茶ぐらいいただいていくだろう。今、聞かせてくれないか?」

「ええ。分かったわ」


 私は、ルシアンに当時の記憶を話しました。


 ◇◇


 あの日は、街で収穫祭が開かれていました。領主として祭を取り仕切る父の手伝いで、母と幼い私も街へ出ていたのですが、妹の出産を間近に控えていた母は目眩を訴え、私と二人で先に屋敷に戻ることになったのです。


 そして馬車に乗り屋敷へ出発した時、一台の馬車とすれ違いました。それは漆黒の馬車でした。

 私達の馬車の馬は、それとすれ違った途端に恐れ驚き暴れ出し、御者を振り落として暴走してしまったのです。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ