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波打ち寄せる世界を往く  作者: 川崎春
一章 法国編

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黒幕

「あなたの考えは話した方がいいわ。現状の慣習を推す者達には、次の交代で城育ちになったあなたの子孫が自殺する事になると言ってあげればいいのよ。自分の死んだ後は関係ないなんて言う勝手者が未来に続く慣習に口を出すなんておかしいわ」

 モラクは驚いたようにレイシアを見る。

「お嬢は……容赦ないですな」

「私、少し前まで夜会に出たり、姫君の話し相手をしていた侯爵令嬢だったのよ。突然商会を継ぐ様に言われて国を逃げるように出て、今回の事件だもの。やさぐれてしまうのは仕方ないわ」

「……災難でしたな」

「本当よ」

「でも、安心しました。お嬢なら十分に会長としてやっていけます」

「やさぐれていないといけないの?」

「いえいえ、ベルネアには独特の雰囲気があります。ご本人は分からなくても、周囲は感じ取ります。お嬢、あなたは間違いなくベルネアです。今後ともよろしくお願いします」

 モラクはそう言って頭を下げると、部屋を出て行く。扉の前振りむいて

「会長も、お嬢がやり遂げた事を喜んでおられる事でしょう」

 ぱたんと扉が閉まり、レイシアはぽつりと言う。

「まだよ」


 深夜……。


 レイシアはベッドから抜け出し、部屋の中で自分の魔法のウォーミングアップを始める。

 結界を張り、中で自分の魔力を体内で巡らせ、手は足等の末端に集める速度を確認する。それから、ディランの描いた絵を取り出す。そこには、穏やかな表情の婦人が描かれている。

 しばらく見つめてからレイシアはそれを懐にしまう。

 隠蔽魔法を使って外にでると、街外れまで歩く。人気の無い場所まで来るとレイシアは立ち止まって空を見上げる。

 遠くから翼の生えた馬がレイシアめがけて下りて来るのが見える。幻獣のペガサスだ。

「マリー、元気だった?」

 白ペガサスは青い目でレイシアを見つめ、鼻づらを差し出す。それをレイシアはそっと撫でる。

「お願いがあるの。……今から連れて行って」

 幻獣との意思疎通は思念だ。レイシアの思考を読んだペガサスから承諾の返事が来ると、レイシアは鞍の無いその背に飛び乗る。

 音もなくペガサスは空に舞い上がる。

「雷獣の馬車は最悪だったわ。あなたは最高ね」

 当然だと言わんばかりにペガサスが鼻を鳴らす。

「心外ですな。ペガサスよりも速いのですが」

 声がしたと思ったら、ラガールが雷獣に乗って横に並んでいた。

「お嬢も幻獣持ちだったとは」

「お父様のお土産だったの。……四年前くらいに、王都へ帰って来る時に密猟者から保護した子が私に懐いたの」

「あの……普通は開放したら逃げますので、懐く事はないかと」

 幻獣は力で屈服させねばならないのだ。

「そうだったの?知らなかったわ。お土産だ。ちゃんと世話しなさいって言うから私のものになったの。お兄様より私の方が軽かったから。ペガサスって重たいと乗るのを拒否されるのよ」

(捕縛された幻獣は、例え幼獣であっても檻を出たら屈服させぬ限り周囲を破壊しつくして何処かに行くものですが!)

「凶暴な雷獣とは違うのよ」

(幻獣に大差などありません!誇り高いので、主人以外には懐きません!)

 普通の馬のやり取りの様に話される事で、ラガールは双子の雷獣を捕縛した際の死闘を思い出した。ラガールは本当に死にかけたのだ。故に深く考える事を放棄した。

「……それで何処へ向かわれているのですか?」

「お父様の仇の居る場所」

「カシギではないのですか?」

「実行犯はカシギ。でもカシギに正の王気の悪用方法を示唆し、ラーナ殿下と城育ち二人を今回の悲劇に導いた黒幕が居るわ」

「は?」

「式で感情の授受をする事が法国では禁呪ではなかった。……つまり、誰かの感情を受け取らされて歪んでしまった者が居るのよ。このままにしておけば他の誰かにも同じことをする」

「それは記憶も込みで伝わっているではありませんか!人格移植です」

「そうよ。魔法を改良したのでしょうね」

 レイシアは先に見える宿場町のぽつぽつとまばらな小さな光を見ながら言う。

「城育ちは正しく感情のみを渡していたのだと思う。だから、理由の分からない感情に振り回されて苦しんで死んでしまったの。記憶と言う裏付けがあれば受け入れやすいでしょう?」

「ではお嬢の探している者は、感情の原因となった記憶を持っているという事ですか?」

「精神操作系の魔法が禁呪にされない国、式に頼る国……けれど、レザンは王国の傷薬の様に魔法を使ったわ。ふだと言うそうよ。……その内容はリオンが言うような原始的なものだとは思えなかった」

「あの……どういう事ですか?」

「じゃあ、カリンは誰の推薦でラーナ殿下の側に居た?あの侍女が居なければ、陛下は死んで居なかった筈よ」

 ラガールがはっとして言う。

「まさか、ガザン将軍が……何時気付かれたのですか?」

「レザンが居るから言えなかったけれど城で戻ってきていないって聞いて……。モラクと話して確信したわ」

「地獄に呑まれて亡くなったのかと」

「そう見せるのが狙いだったのだと思うわ」

「部屋の改装の話をしていたのではないのですか?!」

「そうなのだけれど、打ち合わせの後で、支部が忙しすぎるからどうしてって聞いたの」


『うちの馬が死ぬ事件がありまして』

 ベルネア商会の馬が、ある日飼い葉を食べ、衰弱して一斉に動けなくなったらしい。その内何匹かは回復しないまま死んだという。新しい馬がなかなか手に入らず、仕事が押してしまっているとモラクは言った。

『いつの事?』


「お父様が、カシギに直談判した翌朝だそうよ」

 ラガールの顔が険しくなっていく。

「王気の影響だと思うけれど、皆記憶があやふやだそうよ。私は、当日の飼い葉に毒を仕込んだ者はカシギと別に居ると思っているの」

「カシギが指示したという線は?」

「全くないとは言わないわ。でも玉座いすにしか興味の無いカシギが、馬の食事にまで手を回すかしら?」

「確かに……王気と言祝ぎと言う力技でのゴリ押しでしたな」

「その危うさを客観視できる誰かが協力していたのだと、私は思っているの」

 レイシアは近づく宿場町の明かりの先、暗い道を走る男を見据えていた。

「お父様は商会で用意した馬車に乗り換える気なんてなかった。息子の絵は最強だと信じて疑わない親馬鹿で楽天家だった。だから姑息で疑り深い卑怯者の行動は浮彫になる」

 マリーは走る男の上を凄い勢いで通り過ぎ、男はその場にうずくまって丸くなった。

 レイシアはうずくまる男の少し先に着地したマリーからひらりと降りる。その横にラガールと雷獣も降り立つ。

 ぶるぶる震えて丸まっている男が恐る恐る顔を上げる。その顔はレザンによく似ていた。

「こんばんは。愚王様」

 レイシアは目だけ笑っていない笑顔で言う。

「わ、私は、ガザン・カだ。人違いだ」

 そう言う男の顔は、唐突に泣きそうな顔になって言う。

「殺してくれ」

「ガザン将軍、あなたの息子さんはご立派でした」

 一瞬薄く笑った後、今度は目を剥いて叫ぶ。

「またお前かぁぁぁ!ユリウスゥゥゥ!」

 立ち上がり、殴りかかろうと走って来る。

 レイシアは親指を立て、人差し指と中指を伸ばして薬指と小指を曲げた。そして伸びた指先をガザンへと向ける。

「おやすみなさい」

 レイシアの指から白い魔弾が飛び出し、一瞬でその額を打ち抜く。

 ガザンは唖然とした顔のまま仰向けに倒れた。

 指先から上がる魔力の残滓をふっと口で吹き飛ばし、レイシアは不愉快そうに言った。

「私の名前はレイシア・ベルネア。ユリウスはお父様よ」

 暫く死体を見ていた後、見守っていたラガールの方を向いてレイシアは少し泣きそうな表情で笑った。

「私……ちゃんと出来た?」

 その手は微かに震えている。目の前の主が十七歳の少女だとラガールは思い出した。

「ご立派でした。お疲れでしょう。……後は私がやっておきますので宿でお休みください」

 ラガールが一礼するとレイシアは頷き、ペガサスに乗って夜空に溶けるように消えて行った。

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